Did you find anything?

《何か見つけたの?》




 透意との会話を終え、事件現場である観覧車へと戻ってくる。

 てっきり全員で捜査しているものだと思っていたけれど、この場にいたのは法条さんと万木さん、包さん、霧島さんだけだった。

 ただし霧島さんは他三人と比べて、どう見ても顔色が悪かった。


「あなたたちだけ? 他の子たちはどうしたの?」

「ああ、香狐と透意か、戻ったんだな」


 万木さんに声をかける。

 万木さんは暗い表情で現場を調べていたけれど、一旦手を止めてこちらに対応してくれる。

 私の姿を見た万木さんは、影を帯びた表情に一瞬驚嘆を浮かべる。


「香狐、その姿は?」

「ああ、これ? 私の魔法少女衣装は二段階式なのよ。本気モードはこっち。今までのは普段着みたいなものよ。……ちょっと、心構えをしておく必要があると思ったから再変身したわ」

「なるほど、そうだったか」


 変わってしまった衣装は誤魔化しようがないため、もうそういう設定でいくことにした。

 実際、見た目が変わる魔法少女衣装というのは存在している。というか万木さんの鎧姿も重装備、軽装、装甲なしの三段階変身みたいだし、包さんに至っては日ごとに見た目がコロコロ変わっている。なら私がそれに便乗しても、それほど怪しまれることはないだろう。


「それで、みんなはどこ?」

「ああ、そうだったな。こういうことに慣れてないようだったから、一旦休ませている。まともに行動できる様子ではなかったからな」

「そう。まあ、賢明な判断かもね」


 人手が欲しいけれど、粗い捜査で証拠品を見落とされる方が遥かに損失は大きい。一度何もなかったと処理された場所を、わざわざ再捜査しようとは思わないだろうから。


「とりあえず、透意から話を聞いたわ」


 推理に取り組む姿勢はあるらしいこの場の面々を呼び集めて、私は透意に聞いたことをかいつまんで話した。もちろん、立場上明かせないことは除いてだけれど。


「それで、そっちの進捗は? 何か見つかったものがあるなら教えてほしいのだけれど」

「そ、それならボクから一つ話そうじゃないか」


 霧島さんが手を上げる。声が上ずっていたし、顔色も悪く脂汗も滲んでいたけれど、指摘することはやめておいた。


「もともとボクは、そこの万木クンや包クンと乗り合わせたときからおかしいと思っていたのだけれど、四つある窓ガラスのうち三つが曇ったようになっていただろう?」

「ええ。やっぱりそっちもそうなっていたのね」

「え、あ、気づいてたのかい?」

「当り前でしょう。あんなもの気づかないわけがないわ」


 自信ありげだった霧島さんが苦い顔をする。

 ……まさかこの子、本気で気づいてるのは自分だけとでも思ってたの?

 流石にそんなことはないと思いたい。


「ま、まあなかなか優秀じゃないか。それで、ボクもそれが気になってね。先ほどゴンドラを外から調べてみて、ようやくその正体を掴むことができたよ」

「なんだったの?」

「窓ガラスフィルムだよ。それもすりガラスタイプのものさ。知っているかい? 言うなれば窓ガラスに張るための保護シートのようなものなのだけれど、これには種類があってね。すりガラスタイプのものは、名の通りすりガラスのような見た目となっている。貼り付けると視線の通りを極端に悪くするんだ。元々は外部からの視線を簡易的に遮断する用途で用いられるのだけれど、【犯人】はこの特性を利用して窓ガラスを潰したんだろうね」

「ふぅん……」

「急いでいたのか知らないけれど、かなり粗雑な仕事でね。多少枠からはみ出してもお構いなしに、外側から適当に張り付けてあったよ。明らかに素人のやっつけ仕事さ」


 なるほど。窓ガラスフィルム。

 そんなものを使ってまで、犯人はゴンドラ外への視線の通りを悪くしたのか。


「それ、全部のゴンドラに張られていたの?」

「まだ完全に確認したわけではないけれど、おそらくはそうだろうとボクは考えているよ。でなければ意味がない」

「まあ、そうね」


 私たちがどのゴンドラに乗るかなんて、【犯人】には知りようがない。だとしたら細工済みのゴンドラに乗せる最も簡単な手法は、全てのゴンドラに同じ細工をしておくことだ。

 ただし困難な作業であったことは想像に難くない。外から張り付けるなら全ての作業は地上で行う必要がある。観覧車を回しては止め、その繰り返しだったはずだ。小さめの観覧車とはいえ、ゴンドラは十個あるわけだし、塞がなければならない窓は合計三十枚。多少作業が雑になっても仕方ないというものだろう。

 一応、ガラスフィルムの効力は確かだ。朧げな輪郭しか外を見通せないあの状態を思い出せば、おそらく【犯人】の目的は十分に達せられていたのだろうと思われる。


「接着に使ったと思しき霧吹きや、フィルムの残りのロールはその辺の装飾の裏に隠されていたよ」


 どうやら隠されていたものは既に発見されているらしく、霧島さんは近くに置いてあった実物を指す。

 特に何の変哲もないものだ。ただし何かに使える物とも思っていなかったため、そういえばこんなものもアーケードエリアのショップにあったかもしれない、と思う程度で確証がない。後で確認が必要だろう。


「なるほどね。他には何かあった?」

「ゴムの手袋とブーツ。同じく装飾の裏だ」


 法条さんがかなり離れた地面に置かれた物を指す。

 確かに手袋とブーツが放り出されていた。


「どちらも強力な滑り止めが効いている。その用途で間違いあるまい」

「滑り止め……? ガラスフィルムを張るときの作業用手袋とかではなく?」

「ならブーツは必要ない」

「ああ、まあ、そうね」


 滑り止め用途の手袋とブーツ、ねぇ。

 手袋ならまだわからなくもない。何かの作業に手袋を使うというのは十分にあり得る。けれど、滑り止めのブーツ? どこか滑りやすい場所で作業をしたということ?

 この辺りの地面はしっかりしているし、滑りやすい床などもない。もちろん雪が積もっているなんてこともないし、いよいよ用途がわからない。


「それと、これもだ。子犬の……その、背中と座席の間に隠されていた」


 万木さんが取り出したのは、一本の小刀だった。彫刻用のものだろうか。木の鞘に入った状態でそれを渡される。

 試しに抜いてみると、白い刃が光を反射して現れる。これを人に突き立てれば、殺害することも可能だろうと思わされる。

 ただ、どうにも妙に思えた。


「その小刀、血が付いていないけれど。拭き取ったの?」

「いや、おかしいことじゃないんだ。私の[聖光加護]は、流した血は体内に帰る。だからこれで刺されたとしても、もし子犬が私の魔法の範囲内にいて……その、死後に回復したなら」

「ナイフに付いていた血も戻っている可能性がある、ってことね」


 凶器に血が付いていないなら透意が刺したわけではないと指摘したかったけれど、そんなうまい話はないらしい。

 それにしても、と過去に見た回復魔法を思い出す。彼方さんの[外傷治癒]は、流した血はそのままだった。あくまでも傷を塞ぐだけ。むしろ血が戻るのは、唯宵さんの[刹那回帰]に近い。

 そういうところも含めて、確かに二つ名持ちの能力だと納得させられる。


 ――とりあえず、現時点で判明した事実は以上のようだ。

 ここからは私たちも現場の捜査に参加する。

 まだ、決定的な証拠が足りていない。それを見つけないと。


 残り時間は、約一時間。

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