What is my true heart?

《本当の心って何?》




 とっくに調査済みだろうけれど、とりあえず私も死体を調べよう。そう思って、死体があるはずのゴンドラに近付く。

 ふと、何かを感じて足を止めた。足を止めてから、自分が何に対して足を止めたのかわからずしばし呆然とする。


「香狐さん?」

「え? ああ、なんでもないわ」


 何故だろう。理由もないのに、突然足を止めたくなるなんて。

 時間がないというのに。早く決定的な証拠を探さなければ、【犯人】以外全員死んでしまう。

 そう思って、静止したゴンドラの内部を覗き込む。

 最初に見たときと少し変わって、座席に座っているのは確かだけれど、玉手さんは倒れ込んで寄りかかるような姿勢になっていた。おそらく誰かが調べた際に身体が傾いて、戻せなくなってしまったのだろう。

 まあ、殺害直後の姿勢については私が真っ先に確認している。だから傾けられていたとて問題はない。


 ゴンドラの内部は、ガラスの異常以外は特に何も見受けられない。特に物を隠すような場所もないし、これは間違えようがない。

 とりあえず、本当に傷を受けた痕跡がないかは確かめたい。何かあるなら、それが透意の容疑を晴らすカギになるかもしれない。

 それと、玉手さんの所持品も調べてみるべきか。この辺り、あの子らにできるような作業とも思えない。

 死者の服をまさぐって物を探すなんて、魔法少女には辛い仕事だろう。

 けれど私は魔王なのだから――


「…………」


 どうしてか、手を伸ばすのに躊躇する。

 私は――そうだ。今の私はもう魔王ではない。彼女らと同じ魔法少女だ。

 だからといって、こんな……ただ魔法少女になったというだけで、大罪人が死体一つ触れなくなるなんて。


 恐れと共に、強烈な罪悪感に同時に襲われる。

 おかしい。どう考えても。精神干渉? そんな魔法を持った魔法少女などこの場にはいなかった。いや違う、一人だけ可能性のある子がいる。透意だ。魔法少女契約は魂に干渉する。

 だとしたら、透意が何か……


「触れませんか?」

「…………」


 透意が、何かを見極めようとするような目でこちらを見ている。

 その視線で、私は元凶が彼女であることを確信した。


「あなた、何をしたの?」


 問いかけると、透意は私に顔を寄せてきた。

 そのまま、魔法少女たちには聞かせられない話であると示すように耳打ちされる。


「おかしいと思ったことはないんですか? 『虚無』『邪悪』『悲嘆』『恐怖』『憂鬱』『閑静』『勇敢』『神聖』『盲愛』、そして『狂気』、それから私の『甘美』」

「【十二魔王】の性質の話? それが何?」

「あなたの性質は『物語』。わかりませんか? あなただけは、性質として感情に関わる言葉が与えられていません」

「…………」

「もっと言うなら、あなたは感情が極めて希薄でした。さっきあなたの魂に触れて、ようやくそれがわかりました。――今は違います。魔法少女になった今、魔王の特性は一時的に封印されています。その影響が出ているのだとしたら……それがあなたの、今の心です」


 ……魔物は、自分に規定された性質からは逃れられない。

 それは本能であり、物理法則のようなものでもある。

 けれど魔王は違う。魔王は特有の物語を持たないがゆえに、性質に沿った性格を持つことにはなるけれど、感情の赴くままに振る舞うことができる。そう思っていた。

 それは、私の誤りだった?


「感情が希薄って……私は怒りも、嘆きもしたわよ」

役割演技ロールプレイです。あなたは自分を物語の役割に当てはめ、その通りに振る舞っていた。その結果がアレです」


 魔法少女同士の殺し合い。血と涙に彩られた推理デスゲーム。

 私は……脚本家のつもりでいた私は、ただ脚本の中で芝居をしていただけ?


「もちろん、今まではそれがあなた自身です。あなたの行動の結果が別の誰かの責任になることはありません。……でも、あなたは変わりました。これからどう行動するかは、あなた次第です」

「…………」


 透意が本心を語ってほしいなどと言いながら、唐突に魔法少女契約を持ちかけた理由をようやく理解する。

 あれは透意に私の気持ちを伝えるための儀式なんかではなく、私自身に私の本心を把握させるための儀式だったというわけだ。

 透意はこんな騙し討ちみたいな真似ができる性格ではないと思っていたけれど。どうやら違ったようだ。


「とりあえず、ここは私が調べます。あなたは見ていてください」

「……できるの?」

「これでも、経験がないわけじゃないですから」


 苦虫を嚙み潰したような表情ながら、透意はそう言って玉手さんに手を伸ばした。

 死体を動かしながら表面上の変化を確かめ、その後で表面から手を触れ、最後に衣服の下を直に確認する。

 ……本当に、覚悟なしにはできないと思えるような作業だった。


「やっぱり、何もないですね。傷跡もありませんし、何かおかしなものも持っていませんでした」

「……そう」


 私はそれを、ただ見届けることしかできなかった。

 とりあえず、もうこれ以上このゴンドラを調べるのは意味がない。そう思い、私は透意と共にゴンドラから外に出た。

 すると、霧島さんが法条さんと共にこちらにやって来る。

 声をかけてきたのは、霧島さんの方だった。


「やぁ、ちょっといいかな。そういえば二人の所持品調査がまだだったと思い出してね。少し協力してもらえないだろうか?」

「え? ああ、いいわよ」

「そうかい、それはありがたい。ああ念のため訊いておくけれど、先ほどキミたちがここから離れたときがあっただろう? そのとき、証拠品を処分するような素振りをどちらかが見せたりはしなかったかい?」

「いいえ。第一、証拠品の持ち出しはやむを得ない場合以外禁止でしょう。【犯人】がそれを棄てに行ったと言うなら、今頃……殺されてるわよ」


 殺される、とただ口にするだけなのに妙に躊躇させられる。

 今までは平然と行えていただけに、それが鬱陶しく感じられる。


「それもそうだ。それじゃあ、少し失礼するよ」


 私たちは何かおかしなものを持っていないか、全身を探られる。

 ……まあ、こんな事態になった以上は仕方ないだろう。むしろ、前回のデスゲームでこういった検査がなかったこと自体が私には疑問だった。

 検査の最中、手持ち無沙汰だったので少しでも情報を聞き出そうと試みる。


「捜査中は、二人一組で行動しているの?」

「その通りだとも。【犯人】を一人で行動させてしまうと、証拠品の処分はできなくとも、より面倒な場所に隠されてしまう可能性はあるからね。それの抑止を目的としてね」


 なるほど。つまり、余計な工作が為された線は消していいと。


「そういえばさっき、隠されてたっていう証拠品がいくつかあったけれど、あれは普通に地面に置いてあったわよね? 勝手に移動していいのかしら。位置が重要だった可能性もあるでしょう?」

「それに関しては、ボクと法条クン、両方で写真を撮っているからね。問題ないさ」


 霧島さんが腕時計のように装着した機械、ムーンライトを見せつける。

 そういえば、そんな機能があった。前回そんな要素はなかったため、すっかり忘れていた。

 霧島さんが機械を弄り、画面が空中に投影される。それを見ると確かに、先ほど見せられた証拠品が隠されていた、という様子の写真が存在しているようだ。法条さんも見せてはくれなかったけれど、否定もしなかったため同じ写真を持っているはず。少なくとも、写真の偽造は疑わなくてもよさそうだ。


「それで、新しく何か見つかったりした?」

「あったぞ。これだ」


 法条さんは身体検査の手を一旦止めて、一本のナイフを取り出す。

 先ほど万木さんに見せられた小刀とはどう見ても形状が違っていた。鞘もなく、抜き身の状態だ。どうやらあれとはまた別のナイフらしい。

 続いて、乗り場の隅っこと思われる位置にナイフが転がっている写真を見せられる。


「死角に転がっていた。適当に投げ捨てられたものに思える」

「また、血はついてなかったのね」

「ああ」


 それについては先ほどの小刀と同じようだけれど……。

 どうして、二本目の凶器が? こんなもの、一本あれば十分だろうに。

【犯人】が用意したのか、それとも……。


 その後、結局私たちから怪しいものは特に出てこなかったということで身体検査は終わり、解放された。

 まだ、何十分か捜査時間が残っている。私が思うに、必要な証拠はあといくつか……。


「ああ、そういえば二人とも。あと一つ聞きたいのだけれど」

「何かな?」

「降り場の近く、もう詳しく調べた?」

「ああ、降り場なら最初に調べたよ。怪しいものは特に見当たらなかったね」

「……ボイスレコーダーとか、録音した音を再生するような機械はなかったかしら?」

「ん? ボイスレコーダー? いや、そういった機械を見かけた覚えはないね。この遊園地の放送用スピーカーならあるけれど、あれはどこから放送しているかわからないし、録音した音云々は関係ないだろう? 法条クンは何か見たかい?」

「いいや。そんなものはなかった」

「……なるほど、ありがとう」


 有力情報の入手に、思わず手に力がこもる。

 どうやら、推理は一つに収束しつつあるようだった。

 ……ただ、まだ足りない。想定できるルートがいくつかある。

 決定的な証拠を手に入れなければ、【真相】には届かない。

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