What is this?

《なんだこれは?》




「む、なんだこれは? 形状から察するに、体に装着するもののようだが……」

「それ、工事の人がつけてる道具かもしれないワニ」


 身体検査から解放された後、どうしようかと迷っていると、操作室から万木さんと包さんの声が聞こえてくる。


「何か見つけたの?」

「ああ、こんなものを見つけたんだが……」


 万木さんが、カチャカチャという金属音を鳴らしながら発見物を持ち上げる。

 それは、人の形に合わせて作られたらしい帯状の道具だった。大きなカラビナが別の金属部品にぶつかって、カチャカチャと音を立てている。


「えっと、確か……フルハーネスだったかしら、それ」


 困惑と共に、記憶からそれの名前を抽出する。

 簡単に言ってしまえば、フルハーネスとは高所作業における落下防止の道具だ。体に装着して使用する。

 高い場所にフックをかけてこれを装着しておけば、高所作業において足を踏み外して落下したとしても、地面までいかず空中で静止する。落下による事故死を防ぐための道具……のはずだ。

 ――うろ覚えだったけれど、[幻想書架]で確認してもこれであっているようだ。


「そんなものが、どうしてここに……?」

「観覧車のメンテナンス用の道具かもしれない。ここは操作室なのだから、そういったものがあってもおかしくはないだろう?」

「まあ、確かに……」


 ひとまず万木さんの話に同調しながら、私は透意に目を遣る。

 透意は、万木さんたちにバレないように小さく首を振った。

 ……どうやら、作業員のための装備というわけではないらしい。

 それじゃあ、これは【犯人】が使ったもの……?

 こんなものが必要になる高所があるのだとすれば、それは――


「ねえ万木さん。さっきから考えていたのだけれど、そろそろ観覧車を回してみて、全部のゴンドラを確かめない?」

「ああ。物が隠せそうな場所はもう全て調べたから、あとはそれを残すのみだと思っていた」

「なら、すぐに調べましょうか」

「あの、ゴンドラを調べるなら、これを使った方がいいと思います」


 操作室の隅――観覧車の制動ボタンの付近を弄っていた透意が、リモコンのようなものを持ってくる。


「これ、観覧車を遠隔で操作するリモコンみたいです。非常用みたいですけど、今はまさにその非常時ですし……。回転のオンオフを切り替えるボタンしかないですけど、これならゴンドラをスムーズに調べられるかもしれません」

「ああ、確かに。操作するたびに毎回ここに出入りするのは面倒だものね」


 透意の言葉に頷く。今見つけたかのように振る舞っているけれど、最初から知っていたはずだからただ探していたのだろう。

 ――そこで、突然放送のチャイムが鳴った。


『ご来園のみんなにお知らせします!』

『捜査時間は残り半分となりました!』

『【審判】でおバカな発言して無様を晒さないよう、最後までしっかり捜査に励んでください!』

『繰り返します、捜査時間は残り半分となりました!』

『【審判】でおバカな発言して無様を晒さないよう、最後までしっかり捜査に励んでください!』


 そして再びのチャイムと共に、放送は沈黙する。


「どうやら、モタモタしている暇はなさそうね。急ぎましょう」

「ああ、そうだ。念のために教えておく。この操作室には、脚立と台車が放り込まれていた。存在自体かなり不自然ではあるのだが、【犯人】が使ったものかどうかはわからない」

「そう。跡とかはなかったの?」

「地面が土ではないからな」


 スイートランドの地面はだいたいお菓子だ。どういう理屈なのかは知らないけれど、特にベタベタしたりもしないし、足元の感触は固い。逆に見た目の柔らかさとのギャップで感覚が狂うくらいだ。

 まあともかく、そんなわけで地面から靴に付着するようなものもないため、台車のタイヤ等を調べても使用済みかどうか断言はできないらしい。

 けれど、少なくとも台車は使ったはずだ。この観覧車とショップは遠すぎる。全ての道具を手で運んだのでは、それだけでどんなに時間がかかることか。


「なるほど。まあ、覚えておくわ」


 チラと透意に視線を遣る。軽くジェスチャーも交えて、これはここに最初からあったものかと首を傾げてみせると、透意は首を振った。つまり、最初からここにあったわけではないと。

 どうやら、【犯人】が使ったものと見て間違いないらしい。


「ああそうだ、二人とも。降り場の近くで、ボイスレコーダーか何か、録音した声を再生できるようなものは見かけてないかしら?」

「ボイスレコーダー? いや、見た覚えはないな」

「結似も見てないような気がするワニ」

「重要なことなのか? それが何か、【犯人】を示す手がかりになるのか?」

「いえ、ないならいいのよ」


 この状況下で、確証もないことをペラペラと喋ってはいけない。

 疑心暗鬼に歯止めがきかなくなれば、このデスゲームがより惨い結末に向かってしまうことは目に見えている。

 ……推理は、【審判】の時まで秘めておかなければならない。


 私は万木さんの追及に対する答えをはぐらかして、操作室を抜けた。

 捜査時間は残り四十五分。遅刻は厳禁と言っていたから、余裕を持って向かうには残り三十五分と見ておいた方がいいだろう。

 全てのゴンドラを調べればそれだけで終わってしまうくらいの時間だ。


 ……未だ決定的な証拠は掴めていない。それなりに確度が高いと思っている推理はあるけれど、それにしたってまだ謎は残っている。

 それ以前に、先ほどの不甲斐ない状態で【犯人】の糾弾なんてできるかどうかすらわからない。

 それでもやるしかない。ここで全滅なんて、認められるはずもないのだから。

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