As a Magical Girl

《魔法少女として》




 全員で乗り場に横並びとなり、観覧車を起動させる。そしてすぐに停止させた。

 未だ加速が乗っていなかった観覧車は、案外すぐに回転を止めた。ゴンドラが二つ進んだだけだ。乗り場降り場の広さの関係上、一度に調べられるゴンドラは二つが限界だ。


「それじゃあ、調べましょうか」


 私たちは二人グループになって、ゴンドラを調べる。

 ゴンドラの内部、側部、底部、上部。隠された空間がないかまで、私たちは念を入れて調査した。しかしどのグループも不審なものは発見できず、時間だけが流れていく。

 結局誰も、意義のありそうなものは発見できなかった。


 しかしまだ落胆するのは早いと、観覧車を回して新しいゴンドラを捜査可能な場所に持ってくる。けれども、何も出てこない。空振りか、と誰もが疲れの浮かんだ表情を見せている。

 ただ、調べないわけにもいかない。私たちは精神的疲労を宥めながら、次のゴンドラを迎え入れる。それでも何も見つからない。

 もう何分経っただろうか。数十分は経過しているだろう。一時間半の制限時間の内、かなり貴重な時間だ。

 捜査の結果は私たちの生存を左右するというのに、数十分なんの情報も得られない。それは相当なプレッシャーを植え付けてくる。

 もう残りのゴンドラは二つだ。ここでやめておいた方がいいのではないか。

 そんな声が聞こえてくるようだった。


 それでも何かに縋るようにして、観覧車が最後のゴンドラを運んでくる様を見つめる。

 どちらも外見からして、窓以外にゴンドラの異常は見受けられない。当然だ。

 特に片方のゴンドラは、法条さんと小古井さんが乗っていたものなのだから。そこに何かあったならば、その二人から話が出なければおかしい。

 ゴンドラの扉が開く。観覧車が停止する。ちょうど、私たちの前で止まった。

 法条さんたちは誰も乗っていなかったゴンドラを、私たちは法条さんと小古井さんが元々乗っていたゴンドラを調べることになった。


「透意は中を調べて。私は外を調べるわ」

「わ、わかりました」


 最後の一つだから念入りに、とは言えなかった。何も見つからなかった時の失意が大きくなるような気がして。

 ゴンドラの外、ガラスフィルムを調べる。他と大して変わりはない。ゴンドラの下部はどうか。異常なし。裏は。異常なし。上は。異常なし――


「……ん?」


 ふと、観覧車のゴンドラよりも更に上、観覧車の一番外側の円形フレームに違和感を覚える。

 あれは……。


「誰か、双眼鏡みたいなものはないかしら?」

「双眼鏡? ああ、ボクが持っているとも」


 法条さん辺りに言ったつもりだったのだけれど、そう返してきたのはいつの間にか近くに来ていた霧島さんだった。


「貸してもらえる?」

「何か見つけたのかい?」

「ちょっとね……」


 霧島さんから双眼鏡を受け取り、それを構えてみる。


「あれは……ガムテープ?」


 自分でも疑問に思いながら、それを注意深く観察する。

 巨大なリング系お菓子を模した部分、観覧車の最も外側のサークルに、無粋なガムテープが巻き付けられている。明らかに人の手によるものだ。

 かといって、ゴンドラに乗り込む際につけられる場所ではない。まず間違いなく、【犯人】が事前準備として取り付けたものだ。


「ちょっと、上に登って調べるわ。透意、危ないから一度ゴンドラから出てもらえるかしら」

「え? な、何か見つけたんですか?」


 内部を調べるのに没頭していたようで、今更ながらに驚きを浮かべる透意。

 滑らないように草履と足袋を脱いで裸足になりながら、見つけたものを説明する。


「あれ、たぶん最初からあったものじゃないわよね?」

「そのはずです」


 スイートランドの主たる透意に確認を取ってみて、それが異物であることが確定する。

 ゴンドラの上部を調べるため、操作室から脚立がここに運ばれている。それを使ってゴンドラに乗り移った。不安定だけれど、滑りはしない。これでいい。

 私はゴンドラを支える部分を掴みながら、外見はただのお菓子のようでも案外強度があると感心する。塗装でもないようだけれど、これも魔法由来か。

 なんとかガムテープに接近し、よく観察してみる。……よく見ると、ガムテープが線上に膨らんでいる。膨らみは高さ一センチかそこらだろう。巻きつけられたガムテープを押し上げる何かがあるように、膨らみはガムテープを横断している。

 その様子を念入りに写真で取ってから、この膨らみの原因は何だろうかと思案する。

 何かが挟まっている? だとしたら何が?


 手が届かないため、直接は確認できない。

 霧島さんに手近な棒を持って来てもらって、それで一突きしてみる。抵抗もなく、膨らみは棒に当たると凹んで戻らなくなった。

 そのまま線上の膨らみをなぞってみると、どこかで引っかかることもなく、膨らみは全てぺったんこになってしまった。

 要するに、何も挟まってなどいなかった。ただ膨らんでいただけだ。


「…………」


 全ての点が、一本の線で繋がれたような感覚。

 薄々、そうではないかと思っていた。

 どうやら、これは……。私の推理の片方が当たっていた、ということなのだろう。

 八割確信していたとはいえ、いざそれが肯定されるとやはり複雑な感情を抱く。


 ……つまり、この事件は。

 他者を蹴落とすための、誰かの醜い裏切りではなかった。

 そういうことなのだろう。きっと。




   ◇◆◇




『ご来園のみんなにお知らせします!』

『捜査時間は残り十分となりました!』

『【審判】に遅刻したらぶっ殺しちゃうから、早め早めの行動を心がけましょう!』

『繰り返します、捜査時間は残り十分となりました!』

『【審判】に遅刻したらぶっ殺しちゃうから、早め早めの行動を心がけましょう!』


 そのアナウンスを、審判の間に向かいながら聞く。


「……【犯人】、わかりましたか?」


 道中、ポツリと透意が呟いた。

 それにどう答えるべきか迷い、しばらく無言を通した後に頷いた。


「ええ。たぶん、これで間違ってないと思うわ」

「そう、ですか」

「ただ――」


 私が言葉を濁すと、透意は何かあったのかとこちらの顔を覗き込んだ。

 その透明な視線を受けながら、私は後ろめたさの正体を告白した。


「あなたの潔白を証明する手段が、私にはわからないわ」


 証拠が【犯人】を指し示していることと、示された者が【犯人】であるというのは等式では結ばれない。

 このデスゲームにおいて、【犯人】はミスリードを仕掛けることを許されている。私がどれだけ完璧な道筋で推理を提示したとしても、偽装の可能性があると言われてしまえばそれまでだ。


 前回のデスゲーム、その最初の事件で、彼方さんは猪鹿倉さんの疑念を晴らすことだけを目的に奮闘していたと聞いている。【犯人】を突き止めることは、ひとまずは後回しにしていたのだと。

 私は逆だ。私は【犯人】を追いかけることにかまけて、透意の潔白証明のことなんて今に至るまで忘れていた。

 彼女の代わりを務めるなどと意気込んでおきながら、この体たらくだ。


「そうですか。でも、私は言ったはずですよ」


 沈んだ顔を見せると思っていた透意は、むしろ少しだけ軽い調子で返した。


「あなたの本心を教えてほしいって。それがあなたのやり方なんでしょう? なら私は、そこに文句を言うつもりはありません。……もちろん、あなたが誰かを傷つけることを考えているなら別ですけど」

「……そう」


 そう言われると、何故だろう。

 少しだけ気分が楽になったような気がする。


「なら、行きましょうか。【犯人】も【真相】も、私が暴いてあげるから」

「はい。……生きましょう、何があっても」


 透意は少しだけ言葉を変えて、私好みのやり方で返す。

 こういう言葉遊びは、物語の魔王としては惹かれざるを得ないものがある。

 けれど今は、普段のようには受け取れなかった。

 ……私は今、物語の魔王ではなく、魔法少女としてこの場所に存在しているから。


 ならば私は、魔法少女として答えを示そう。

 悪意の所在を暴くのではなく、裏切りの罪科は存在しないと証明しよう。

 きっとそれは、私以外の【犯人】を決して糾弾しなかった彼方さんの意思と重なるはずだから。

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