Demonic Harassment(part2)
《魔王流セクハラ術(その2)》
『……えっ?』
ワンダーの間抜けな声だけが響く。
この状況を仕組んだ空澄ちゃんは、ただ、笑っていた。
ニヤリと、口を三日月の形に歪めて。
「いやぁ、大変だったよ。檻の用意と、捕獲をミスらないタイミングと、実践段階で失敗しない幸運。ま、最後はセツリンに頼ったんだけどね。ありがとね、助かったよセツリン(*´▽`*)」
「……君が勝手にやってしくじった場合、僕らにも危険が及ぶと考えたまでだよ」
空澄ちゃんの感謝を、接理ちゃんは躱した。
……私たちはまだ、目の前の光景を理解できていない。
ワンダーを、捕まえた?
どうして? 何のために?
「その檻……」
「ん? どしたの、カナタン(o゜ー゜o)?」
「その檻、どうしたの?」
ワンダーの捕獲に用いられた檻には見覚えがない。
格子の部分は直線じゃないものも多く、僅かにガタガタと歪んでいる。金属板を用いた部分も、熱によるものか、平面でなく微妙に波打っている。
こんなおかしな檻なんて、明らかにこの館にはなかった。
どうやったら、そんなものを用意できるのか。
「ああ、これ? 作った(-ω-)/」
「作った、って……」
檻は金属製だ。金板や金属棒、蝶番などの材料なら倉庫にあったかもしれないけれど、こんな檻を作れるような工具はなかったはず。
工具がなければ、こんなもの、作れるとは思えない。
「そんな道具、なかったはずだけど……」
「別に、道具なんかいらなかったよ? 材料があるんなら、あとは溶接しちゃえばいいだけだったし( ̄д ̄)」
「……溶接?」
ますます意味がわからない。
そんな道具、ここにはなかったはずじゃ――。
「……[爆炎花火]?」
ふと、夢来ちゃんが呟いた。
その呟きを拾った空澄ちゃんは、少し驚いた顔をする。
「へぇ。カナタンじゃなくて、ムックが気づくんだ。これは意外かな(´・ω・)」
「気づく、って……」
どういうこと?
私は意味がわからず、夢来ちゃんの顔を見る。
夢来ちゃんは、躊躇いがちに、自分の推測を披露した。
「棺無月さんの魔法、今は……[爆炎花火]になってるんですよね?」
「ま、そうだねー。[爆炎花火]をうまいこと操れば、金属をいい感じに過熱して溶かしたりもできるから、それでこの檻を作ったってわけ。しくって結構、やけど寸前までいったりもしちゃったけどね。――バレてないと思ってたんだけど。いつ気づいたの?(〟-_・)?」
「……一昨日の事件の時に。もしかしたら、そうなんじゃないかって」
「ふぅん。でも議論中は、その可能性を追われないようにあーしが話をコントロールしてたからね。折角の推理を披露する機会がなかった、と。なるほどね(*'▽')」
空澄ちゃんが納得したように頷く。
一方で、その考えに抗議を上げたのは、狼花さん。
「はぁ!? おい、待てよ。オレは一度も、そいつに魔法を当てたことなんて――」
反論の途中で、狼花さんが言葉を切った。
何かに勘づいたように、ハッとした顔になる。
「おい、お前、まさか――」
「うん、そのまさかだよ? ロウカスの魔法をわざと暴発させて、こっそり掠め取ったわけ。いやー、大変だったよ? ロウカスの暴発、なんでかあーしのこと避けようとするんだもん。手ぇ伸ばして、ギリギリ当たったんだけどね(´Д`)」
……三日前、狼花さんが言っていた。
自分には、暴発をコントロールする手段があると。その上で、空澄ちゃんに与える傷を防ぎきることはできなかったと。
違和感はあった。間近にいた狼花さんと空澄ちゃんのうち、どうして片方だけが傷を負ったのか。
その理由が――これだったらしい。
「お前、なんのために、そんなこと――」
「んー? 自衛のためだよ? あーしが最初に持ってた[拷問中毒]は完璧にゴミだったけど、[魔法増幅]も自分には何の恩恵もないゴミみたいな魔法だし。それより、自衛手段を持っておきたいなー、って思って。そしたら、絶好のタイミングでロウカスが魔法使うって言うからさー。思わずパクっちゃった。 (・ω<) てへぺろ」
あまりにも軽い調子で空澄ちゃんは言う。
けれど――。それならどうして、あそこまで険悪な雰囲気を作り出したのだろう。
空澄ちゃんは言っていたはずだ。あのとき、狼花さんに殺されそうになったと。だから多少の恨みがあると。
それらは全部、自作自演の演技だった?
なんのために?
魔法を掠め取るにしても、尾を引かない方法だってあったはずだ。
自分が肩を揺すったのが悪かったから、この件は自分のせいだ――なんて。そうやって責任を被って、穏便に済ます手だってあったはずなのに。
あんなに叫んで、悪感情をまき散らして。
そんな、まるで――。殺し合いを促進するようなことを。
狼花さんも、ショックで固まっている。
自作自演の事故での責任に苦しめられ、挙句の果てに、仲間の一人に――【犯人】に殺人の罪を着せられそうになり。
救えないほどに、狼花さんは利用されてばかりだった。
それを、狼花さんは自覚させられた。
『ねー、それよりさー、これはなんのつもりなの?』
私たちの空気が再び険悪になる中。
檻に閉じ込められたワンダーが抗議の声を発する。
「なんのつもりって、何が?(。´・ω・)?」
『この程度でボクを無力化できると思ったの? こんな檻、すぐに壊して脱出できるけど?』
「あーしだって、この程度で魔王を閉じ込めておけるなんて過信はしてないけど?(・ 。・)」
『じゃあ、なおさらどういうつもりなのさこれは!』
ワンダーが檻をガタガタと揺らす。
「うーん、まあ、戯れみたいなものかな? 魔王を捕まえたって、なんかカッコイイじゃん('ω')ノ」
『……それだけ?』
「まあね。そもそも、ワンワンはわざわざ脱出する意味もないでしょ? 予備はいくらでもいるんだからさ( '∀')」
『まあそうなんだけどさー』
言ってる傍から、新しいワンダーが一匹、シアタールームに顔を見せる。
『『ボクがわざわざ、そんな戯れに付き合ってあげる意味はないでしょ?』』
捕まっているワンダーと、二体目のワンダーが同時に小首を傾げる。
「いやぁ、案外そうとも言えないかもしれないよ?( ̄д ̄)」
『どういう意味?』
「さぁね。ただ、そのまま大人しくしておいてくれるなら、面倒なことにはならないんじゃないかなーって、あーしは思うんだけど?(^3^)」
『……面倒なことって?』
「さぁね。心当たり、あるでしょ?ヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
『ぐぬぬぬぬ……』
空澄ちゃんはワンダーに含み笑いを向ける。
その含み笑いは、いかにも何か隠しているような、怪しい雰囲気を醸し出している。
檻の中のワンダーは悔しげに唸り、やがて――。
『……ま、いいけど。ボクには特に問題はないし、キミの戯れに付き合ってあげるよ。キミは面白いからね、アバンギャルドちゃん』
「ははは、そりゃどーも(*'▽')」
『でもさぁ。魔王をそう簡単に御せるなんて思ってほしくないんだよね。ボクにも威厳ってものがあるんだよ。だからさ――』
ワンダーが、お腹の裂け目から紫の宝石を取り出し、掲げる。
『謎触手ちゃんたち、カモン! ……あ、襲うのは一旦待ってね』
ワンダーが宝石に向かって叫ぶと、程なくして、シアタールームの扉が勢いよく開かれた。
その扉の前で蠢く、しなやかな曲線の数々。
謎触手ちゃん――ワンダーはそう言っていた。
その呼び名の通り、シアタールームの扉を塞いでいるのは無数の触手たちだった。
絶えず蠢くそれは、私たちの生理的嫌悪感を煽る。
『紹介しましょう! ボクの可愛い配下、謎触手ちゃんです!』
ワンダーの声に呼応するように、触手の動きが激しさを増す。
『謎触手ちゃんたちはすごいんだぞ! 女と見るやあっという間に襲い掛かって、十八禁映像を作り出してくれる天才なんだ! 男は嫌いだから、見ると委縮しちゃうのが弱点だけど――ま、そんなのはここじゃほとんど関係ないからね! キミたちを襲うには十分だよ! あははははははは!』
ワンダーの言葉に、私たちは扉から一歩引いた。
……いや、一歩と言わず、大きく引いた。
「えっと……閉じ込められた仕返しに、こいつらにあーしたちを襲わせようって?(。´・ω・)?」
『いやいやまさか。そんな大人げないこと、ボクがするわけないじゃないか!』
ワンダーは首を振って、私たちの予想を否定した。
『まー、戯れには付き合ってあげるけどさぁ。こっちからもちょっとした嫌がらせをさせてもらおうってことで。今日から、この謎触手ちゃんたちは、各階のトイレに鎮座してもらいます!』
「……ねぇ、ちょっと? それって、これからずっとトイレ行くなってこと?(;'∀')」
『いやいや、そこまでは言わないよ。三階の個室にもトイレはあるでしょ? そこはセーフゾーンにしておくからさ。使うならそっち使ってよ』
「完全にただの嫌がらせだよね、それ……( ̄д ̄)」
『そうだけど?』
ワンダーはなんてことないように肯定した。
要するに――トイレに行きたかったら、わざわざ三階まで上がれと言っている。
嫌がらせ以外の何物でもない。
『言っておくけど、謎触手ちゃんたちを出し抜いてトイレを使えるなんて思うなよ! 幻覚で騙そうが、透明化しようが、謎触手ちゃんたちは絶対に見抜いて襲ってくるんだからな!』
「うっわぁ、最悪の敵じゃん……(#-∀-)」
『もし誰か謎触手ちゃんに捕まったら、もれなく全世界に生中継して痴態を晒してやるんだからな! これでみんな、ネットの人気者だ! あははははははははは!』
悪趣味なことを口走って、楽しそうに笑う魔王。
しかし、檻に捕まったまま最低なことを言うワンダーは、悪質な性犯罪者以外の何者にも見えなかった。
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