Black Theater

《暗黒劇場》




『はーい、それじゃあそろそろ、ボクからのお知らせの時間です!』


 朝食が終わって、ワンダーが騒ぎ出した。

 放って帰ろうとしていたメンバーもいくらかいたけれど、ワンダーが呼びつけたスライムに行く手を阻まれる。

 結局、全員が食堂に揃うまで、私たちはここに残らされた。

 現在の時刻は、そろそろ十時に差し掛かろうかという時間だった。ここまで遅くなったのは偏に、普段から遅い朝食を取る佳奈ちゃんと凛奈ちゃんが原因だった。


「それで、結局何なんだよ、お知らせって」


 狼花さんが苛立ちを隠さずに言う。


『えー、それはですね。これじゃなくて、これでもなくて……』


 ワンダーが、自分のお腹の裂け目をまさぐる。

 未来の猫型ロボットのように、どうしてそんなものが入っているのかわからないようなものが数点飛び出してくる。

 三つ目で、ワンダーはお目当てのものを見つけたようだった。


『あった! じゃじゃーん!』


 ワンダーがその裂け目から取り出したのは、DVDのパッケージのようなプラスチックケース。

 ……それに、嫌な予感を強烈に覚える。


『今日はみなみなさまのために映画を作ってまいりました!』

「……は?」


 ワンダーの宣言に、誰もが固まる。


『だから、映画だって! えーいーが! ボクが揃えた珠玉の作品たちに文句をつけてくれた誰かさんたちがいたから、リベンジとして作って来たんだよ!』

「……昨日の今日で、ご苦労なことね」


 香狐さんがぽつりと呟いた。


「で? それは見なければいけないものなの?(-ω-)」

『強制はしない、って言いたいところなんだけどね。創作者にとって、酷評されるならまだしも、観てもらえないことは一番ショックなことなのです……。よよよ……。というわけで、折角だからみんなに見てもらおうかなー、ってね』

「もし断ったら?(。´・ω・)?」

『ふふふ……。そうしたら、次の映画の出演者にさせてあげるよ! タイトルは、魔王の蹂躙劇ってね! あはははははははは!』


 ワンダーが意地悪く笑う。

 ……どうやら、拒否権はないようだった。


 幾人かが反発しつつも従う他なく、私たちはシアタールームへと向かった。


「あ、ちょっとあーし、忘れ物取ってくる(;´・ω・)」

『ん? 忘れ物?』


 シアタールームの扉の前まで来たところで、空澄ちゃんが唐突に言った。


『それ、今じゃなきゃダメなの? それとも、ボクの映画が観たくないから逃げる口実を作ったってことなのかな? そんなの許さないぞー!』

「違う違う。すぐ戻るって(*'ω'*)」


 空澄ちゃんはそう言うと、返事も聞かずに階段へと取って返し、三階へと上っていった。

 行き先は自分の部屋……かな?


 その行動に疑問を覚えつつも、私たちはワンダーによってシアタールームに押し込められた。

 ワンダーがセットアップをしている間に、空澄ちゃんは返ってきた。箱みたいな形状をしたものを、布に包んで抱えている。


『ああ、アバンギャルドちゃん、帰ってきたね! ……で、その箱は何?』

「んー、秘密(*'▽')」

『なっ、なんと……。ボクらは命を預け合った仲なんだから、秘密なんてナシでしょ!?』

「ワンワンが勝手にあーしらの命握ってるだけだよね?( ̄д ̄)」

『そうとも言うかな! あはははははははは!』


 空澄ちゃんがそう切り返すと、ワンダーはそれ以上追求しなかったけれど……。

 どうも、空澄ちゃんの行動は怪しく思えてしまう。

 どう見ても映画鑑賞には必要なさそうなものを、わざわざ持ってくるなんて。何か裏の意図があるに違いないと勘繰ってしまう。


『それじゃ、始めるよ!』


 空澄ちゃんの思惑はどうあれ、ワンダーが映画の上映を始める。

 各々、適当な席に座る。

 私の隣は香狐さんと夢来ちゃんだった。食堂となんら変わらない。それに僅かな安心感を覚える。


「……だから、そこでさー(・ 。・)」

「……本気かい?」


 ふと、二人分の囁き声が聞こえる。

 そちらを見ると、空澄ちゃんと接理ちゃんが顔を寄せて何やら話し込んでいる。

 珍しい取り合わせだった。少なくとも今まで、二人がこうして話しているような様子は見たことがない。


 そんな様子を不思議に思っているうちに、映像が始まる。


《彼女は、平凡な魔法少女でした》

《それはもう平凡中の平凡。特筆事項のない平凡でした。ええ》


 ワンダーの声で、ナレーションが入る。

 画面には、黒いシルエット。――そのシルエットには、見覚えがある。

 たった二日前までここにいた、彼女は――。


《彼女の名前は食いしん坊ちゃん。お腹が空くと紙だろうがなんだろうが食べてしまう、どこにでもいる食いしん坊なのでした》


 すっと、シルエットの影が取り払われ、割烹着を着込んだ彼女の姿が露わになる。

 しかし顔だけは黒塗りのままで、それが却って不気味さを誘う。


《そんな食いしん坊ちゃんに、転機が訪れます!》

《魔王プロデュースのイメチェン作戦により、見事、一流の噛ませ犬へとその評価を上昇させるのです!》

《まあ、その代わりに死んじゃったんだけどね! あははははははは!》


 映像の中でさえ、ワンダーは耳障りな笑い声を上げる。

 ……それに、たまらなく不愉快な気分になった。

 今更、米子ちゃんのことを掘り返すなんて。ロクなことじゃないに決まってる。


《一方でもう一人、輝かしい魔法少女がいました》

《まさにリーダーの器、まさに聖女》

《みんなを纏める綺麗なお姉さん!》


 スクリーン上に、もう一つのシルエットが現れる。

 取り払われたシルエットの下には、もちろん、顔が黒塗りの初さんの姿があった。


《はい、もう説明はいらないと思います、プリーストちゃんです》

《プリーストちゃんはすごい魔法少女なのです》

《仲間の力を増幅する彼女の魔法は、うっかり仲間を爆発させちゃうオマケ付き》

《ドジっ子属性のお姉さんなんて、最高じゃないか! あはははは!》


 再び、不愉快な笑い。


《しかし、そんな輝かしい魔法少女も、いっそう輝かせちゃうのが魔王流!》

《彼女は魔王のイメチェン作戦により、見事、残虐な殺人鬼というカッチョイイ称号を手に入れるのです!》

《プリーストちゃんの人気は際限なしか!? あはははは!》


 ……彼女らに起きた悲劇を、自らの功績として誇る魔王。

 その歪んだ在り方に吐き気すら覚える。


《これは、そんな二人の、死後のお話……》


 静かなナレーションで前置きを終え、この意地の悪い映画の本編が始まった。


《食いしん坊ちゃんは、プリーストちゃんを恨んでいました》

《当然です。命を張ってまで噛ませ犬という素晴らしい称号を手に入れたのに、プリーストちゃんは更にその上を行ったのですから》

《食いしん坊ちゃんは嫉妬のあまり、プリーストちゃんの幽霊をぶっ殺そうと考えました》


 ボワっと、米子ちゃんの顔を持った幽霊が画面上に現れる。

 そして、その幽霊と向かい合うように、初さんの顔を持った幽霊もまた現れる。


 米子ちゃんの幽霊は、すぐさま初さんの幽霊に襲い掛かる。

 しかしあっけなく、米子ちゃんの幽霊は初さんの幽霊に取り押さえられた。

 そして――丸呑みにされる。

 この間、僅か十秒足らず。


《哀れ! 計画に失敗した食いしん坊ちゃんは、その幽体をもプリーストちゃんに一呑みにされてしまいました!》

《この辺り、流石噛ませ犬の貫禄としか言いようがない!》


 ワンダーがまたも米子ちゃんを侮辱するようなことをいい、それが私の気分を逆撫でする。

 ――その一方で、意外な人物が喜びの声を上げた。


「わぁっ、ねぇ、ゆーれい、ゆーれい!」

「ちょっと、凛奈……」


 楽しそうにはしゃぐ声は、凛奈ちゃんのものだった。

 その凛奈ちゃんを止めようとするように、佳奈ちゃんが名前を呼んでいる。

 どうしたのかな、と思う。

 けれど、そんな疑問はよそに、ワンダーの作った映像は続く。


《一方のプリーストちゃんは、噛ませ犬ちゃん――じゃなかった。食いしん坊ちゃんの幽霊の力を取り込んで、現実に干渉できるようになりました》

《すごい進歩だ! 流石プリーストちゃん! あっさりと噛ませ犬を踏み台にしていくぅ!》


《そうして、プリーストちゃんが思い出すのは、あの憎き仇の顔……》

「……っ!?」


 スクリーンに、私が現れる。

 それは、一昨日の――私の推理で、初さんを追い詰めている最中の映像。

 気分が悪くなる。思わず、夢来ちゃんの手に縋った。


「……彼方ちゃん」


 夢来ちゃんは、私の手を握ってくれる。

 でも、気分はよくならなかった。


《あの頭ピンクの隠れ淫乱女が憎い……》

《そう思ったプリーストちゃんは、こっそり、頭ピンクちゃんの枕元に立ちました》


 映像が切り替わる。

 今度は……私が一人で、ベッドで眠っている映像。


《プリーストちゃんが、頭ピンクちゃんに飛び掛かる!》


 初さんの幽霊が、画面の中の私に纏わりつく。

 ……知らない。私は、こんな出来事は知らない。

 作り物の映像? そんな可能性を思い浮かべるも、映像はどこまでもリアリティーに満ちていた。


 映像の中の私は、ぼんやりとした白い光に完全に纏わりつかれ、覆われる。

 二度、三度と明滅して――。


《プリーストちゃんは、頭ピンクちゃんの魂を奪ってしまいました!》


 映像の中の私から、幽霊がスルリと抜け出る。

 残された私の体に出血等の異常はないけれど、表情に生気はなかった。


《プリーストちゃん、またも魂を捕食! 食いしん坊属性も獲得するなんて、プリーストちゃんは一体どこまで行ってしまうつもりだーっ!?》


 私の幽霊が、初さんの幽霊に取り込まれる。

 初さんの顔は、怒りや憎しみに歪んでいて――。


「……っ」


 現実の私が、恐怖を覚える。

 もしかしたら、私は、本当に初さんに恨まれているんじゃないか、って。

 そう意識したら、恐怖に身体が震えて……。


「にゃああああああああああああああああああ!?」


 悲鳴を上げる――より前に、悲鳴を聞いた。

 今の悲鳴は、私じゃない。この声は、摩由美ちゃんのものだ。


「い、今すぐ止めるにゃあ!? こんなもの観たら、みんな呪われるにゃ!」

《プリーストちゃんは、決意します。憎き頭ピンクは殺した。次は――》


 ナレーションのワンダーが僅かな溜めを作って、そして――。


《お前たちの番だあああああああああああああああああああああああ!》

「にゃあああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ワンダーの脅かし声と摩由美ちゃんの悲鳴を以て、映画は終わった。

 暗かったシアタールームが、明るさを取り戻す。

 悪趣味極まりない映画の後味は、酷いものだった。誰も、何も喋らないほどの沈黙が訪れる。

 ……いや。一人だけ、拍手を送る人がいた。


「いやー、すごかったよー。力作だったね!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ」


 空澄ちゃんだけは、ワンダーの悪趣味を讃える。


「幽霊の演出とかすごかったけど、あれってCGなの?(。´・ω・)?」

『いやぁ、まさか。ボクはリアリティに拘るタイプだからね。実録映像に決まってるじゃないか!』


 ワンダーが白々しく言う。

 ……私が死んじゃってない時点で、偽物の映像なのは明らかなのに。

 どうせ、魔物を使って撮影したに違いない。


『それにしても、この良さをわかってくれるのはアバンギャルドちゃんだけかぁ。いやぁ、芸術家ってのは辛いもんだねぇ』

「何が芸術家だよ、クソッ」


 狼花さんが悪態をつく。

 二人の死を貶めるような映画に憤っているのが、はっきりと伝わってくる。


「まあまあ、芸術のわからないロウカスは引っ込んでなって( ̄д ̄)」

「はぁ!? お前、いい加減にしろよ! こんな――こんなモン見せられて喜ぶなんて、どうかしてるだろ!」


 空澄ちゃんに怒りをぶつける狼花さん。


「――いいから、黙れ」


 空澄ちゃんはそれを、珍しくふざけた調子を崩して迎え撃つ。

 その迫力に、狼花さんがたじろぐ。

 その隙を逃さずに、空澄ちゃんは狼花さんの怒りを逃れ、ワンダーのもとへ向かった。


「いやぁ、感動的な映画だったよ。こんなのをタダで見せてもらうのは申し訳ないし、これ、受け取ってくれるかな?(*'▽')」


 空澄ちゃんは、不思議な箱を抱えて言う。


『ん? その箱って……』

「プレゼントだよ。いい映画だったらあげようと思って、さっき持ってきたやつ(*^^*)」

『ああ、あれはそういうことだったんだね! いやぁ、気が利くなぁ。こんなファン一号を持てて、ボクは幸せだよ!』

「ははは、それは光栄だね。じゃ、ちょっとこっち来てくれるかな?(*´з`)」

『はーい!』


 ワンダーがひょこひょこと空澄ちゃんに近づく。

 空澄ちゃんは、箱を包んでいた布を取り去り――。


「――[確率操作]。棺無月 空澄は、ワンダーの捕獲に成功する」


 声が響く。接理ちゃんの声。

 それと同時に。バッと、空澄ちゃんが箱をワンダーに叩きつける。


『……おろ?』

「ふぅ。成功成功」


 布が取り払われた箱。それは――檻だった。

 ところどころ歪んで、不格好な檻。

 その檻に、ワンダーが収められていた。


『……えっ?』


 閉じ込められたワンダーはただ、間抜けな声を漏らすばかりだった。

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