New Character(?)

《新キャラ(?)》




 恐怖の波が引いて、香狐さんと一緒に温泉に入った。

 昨日の惨劇を思い出すようで辛かったけれど、同時に昨日の恥ずかしい記憶を思い出すことにもなったので、気分が大きく沈むことはなかった。

 ……やっぱり、香狐さんが傍にいてくれることに大きく起因していることは間違いないのだろうけど。


 だけど……相変わらずのワンダーの嫌がらせには、やっぱり仄暗い感情を抱いてしまう。

 いつも通り、被害者の死体は完全に片づけられていた。血痕や肉片の一つすら残さず、惨劇なんてなかったかのように。しかし今回は、事件の遺留物が一つだけあった。

 ひと目でわかる。狗の像が、温泉のど真ん中に立っていた。

 思わず天井を見上げると、その穴は既に塞がれていた。

 よくよく石像の方を見ると、台座の部分と、元々床だった部分はこの場に残されていなかった。きっとそれらは儀式の間に戻されたのだと思う。ただ、石像の本体だけが、この場に残された。

 普通だったら考えられないような事態だけれど、この館はスライムで出来ている。思い通りに改装するくらい、容易いことだろう。


 現代に生きる日本人としては、お風呂は毎日入るものだ。

 そのお風呂にこんな石像を残しておくのは、嫌がらせ以外の何物でもないだろう。

 それに――明かされた館の正体。

 魔物のお腹の中で素肌を晒しているというのも、嫌な気分だった。

 身体能力強化を封じられている以上、服を着ていようが着ていまいが、危険性は全く変わらないのだけれど。とにかく、嫌なものは嫌だった。加えて、この場もワンダーに監視されているかと思うと、もう……。


 朝食の準備もあるし、これ以上嫌な思いもしたくなかったので、私たちはなるべく素早くお風呂から上がった。

 米子ちゃんが命を落とした場所だという認識から必死に目を背け、一心不乱に料理を作った。……とはいえ、まだ料理を教わり始めてから五日ほどしか経っていないので、私は専ら盛り付け担当なのだけれど。それでもいつもより集中して、香狐さんと触れ合っていられない心細さから目を背けた。


 そうして、ようやく迎えた朝食の時間。

 席の埋まり具合はもう、絶望的だった。私、香狐さん、夢来ちゃん、空澄ちゃん、藍さん。接理ちゃんも凛奈ちゃんも、ここには来ていない。


「あ……彼方ちゃん、おはよう」

「…………」


 夢来ちゃんが声を掛けてきてくれるけれど、私はどんな顔をしていいのかわからず、目を合わせられなかった。

 夢来ちゃんの中で、何かが変わったのだろうか。今はもう、私のことを避けようとはしていない。――この間とは真逆の、距離感の取り方ができていた。

 今度は私が、夢来ちゃんを避ける。

 ……最初の日、私の手を取って、温めてくれた夢来ちゃん。その夢来ちゃんも、血で染まってしまった。

 きっともう、元の関係には戻れない。そう実感する。


 食事の席に、会話はなかった。

 空澄ちゃんは藍さんと話したがっていたようだけれど、藍さんは長話をするつもりはないようで、空澄ちゃんの振ってきた話をすぐに終わらせると、無言で食事に戻った。

 私は、香狐さんに席を近づけて食事を取っている。……食事中は手を繋げずとも、こうすれば少しは、香狐さんの体温を近くに感じていられるから。

 夢来ちゃんが、そんな私の様子を見ていたけれど……。私は、何も声をかけられなかった。

 そうやって、重苦しい空気の中で朝食が進む中――。

 不意に、食堂のドアが開いた。空澄ちゃんが、それに一番に反応する。しかし、すぐに落胆のような表情を浮かべて――それを、慌てて取り繕ったようなところまで、私は目撃した。


『あーもう、辛気臭くしちゃって、まったく! はいはーい、可愛いマスコットのボクが登場ですよー! ほらほら、元気出たでしょ? マスコットのボクのおかげで、元気出たでしょ? ね?』


 食堂に入ってきた――もう名前を言う必要性すら感じないは、相変わらずの憎たらしさを朝食中の私たちに振りまいた。

 否応なく、私の中の恐怖心が喚起される。私は唾を呑んだ。

 震える左手を、香狐さんが握ってくれる。それでようやく、恐怖心が少しだけ収まった。


「ワンワン? 朝っぱらから何の用?(o゜ー゜o)?」

『いやぁ。まあ、ね。気づいた人もいるかもしれませんが、知らないみなみなさまのために、ボクが紹介してあげようと思ってね!』

「紹介? って、何の?(。´・ω・)?」

『んー? 新入生の、かな? 拍手でお出迎えください!』


 ワンダーがわざとらしく自分で拍手をする。

 他の人はもちろん、それに同調したりはしない。

 すると、食堂のドアが再び開く。ワンダーが開けたのではない。部屋の外から、誰かがドアを開けようとしている。

 新入生、というワンダーの言葉。まさか……この地獄に巻き込まれた、新しい犠牲者が? やっぱりワンダーは、残り二人になったら、なんてルールを守るつもりはなかった? 人数が減り次第、新しい人を入れるつもりだった?

 そんな想像をする。しかし、食堂に入ってきたその姿を見て、その想像は瓦解した。


「んー? みんな、なにしてるのー?」


 ふわふわとした声が響く。見覚えのある、どころではない。八日間、ずっと見てきた外見だった。

 白い髪。小さい背丈。純白のセーラー服。――姉妹の生き残り。


「……凛奈、ちゃん?」


 佳奈ちゃんが死んでしまった以上はそうとしか思えないのに、疑問符が浮かぶ。

 凛奈ちゃんの様子は、これまで見てきたものと決定的に違っていた。

 まず、髪型。姉妹で違う方を纏めたワンサイドアップだったはずが、今では一人で両側を結ぶツーサイドアップに変わっている。

 それに、表情も随分違う。おどおどした子だったはずなのに……姉の死に悲しむどころか、ふわふわとした表情を浮かべている。


「えー? 佳凛、凛奈じゃないよ? 凛奈はもう、佳凛の一部だからー。だからー、佳凛は凛奈じゃないのー」

「えっと……何か変なことになってる系?(;´・ω・)」

『変なこと? 変なことって言った? そりゃ失礼だよ、アバンギャルドちゃん!』

「いやまあ、だいたい察しはついてるけどさぁ。ワンワン、説明はしてくれるんだよね?(=_=)」

『もちろんですとも! みなみなさまのために、わざわざボクがこの細腕で、こーんな重い物持ってきてあげたんだから!』


 そう言ってワンダーは、抱えていた紙をテーブルにばら撒く。

 紙はただのメモ程度の大きさで、全部で六枚。絶対に重くはない。

 そのメモは、どこかで見覚えがある。当然だ。自分の部屋で、暗記するまで読み込んでしまった。

 ――固有魔法のメモ。

 魔王が新たに配布したそれは、初日に渡されたのと全く同じデザインのものだった。ただし、中身は――。


雪村ゆきむら 佳凛かりん 固有魔法:[存在分離][存在融合]

ある存在を分離させて、それぞれ別の存在として改変することができる。分離物は見てそれとわかるくらい分離元の面影を残すが、機能面では独立、あるいは低効率化される。

ある存在とある存在を融合させて、別の存在を作り出すことができる。合成物は見てそれとわかるくらい融合元の面影を残すが、機能面では両立、あるいは効率化される。


『じゃーん! 紹介いたします! 新しいお友達、雪村 佳凛ちゃんでーす! まあ、佳奈ちゃん×凛奈ちゃんの子供みたいなものだと思っていただければ!』

「えー。佳凛、赤ちゃんじゃないよー」

『……成長の早いお子さんってことで! 雪村姉妹は死亡扱いってことにして、雪村 佳凛ちゃんとして再出発いたします! 新キャラだから、鍵も修理してあげたよ。部屋は据え置きだけどね。生後一日の子供だから、みんな、優しくしてあげてねー?』

「むぅ……。だから、佳凛、赤ちゃんじゃないのー」


 ワンダーが凛奈ちゃん――。ならぬ、佳凛ちゃんを子ども扱いする。

 佳凛ちゃんはそれに反発して、頬を膨らませる。その態度は、まさしく子供そのものだった。外見は生後一日には見合わないものだったとしても。

 でも、それより……。私たちの注意は、メモに向いていた。


「ねぇ……こんなことあるの? 一人で固有魔法二つ持ち?(。´・ω・)?」

『え、ゲームマスターからの情報を疑うって言うの? ボクが融合姉妹ちゃんの回路を直接調べたから間違いないよ! 今の融合姉妹ちゃんは、どっちの魔法も使えるスペシャル魔法少女なのだ!』

「……回路?(´Д`)」

『あー、今どきの若い子は専門用語がダメだったか! 失礼失礼。まあ、魔法発動のためのプログラムみたいに考えてもらえれば。ボクはそういうのにも詳しいんだ! えっへん!』


 ワンダーが胸を張って威張る。

 ……よくわからないけれど、このメモに嘘はないらしい。

 魔法少女の常識からしたら考えられないけれど、佳凛ちゃんは二種類の固有魔法を使うことができる。

 原因はやっぱり、[存在融合]で……二人で融け合ってしまったことだろう。それをきっかけに、二人分の魔法を使えるようになった。

 禁忌の魔法が、あり得ざるものを生み出した。

 それに、身震いする。この館は……次々と異端の存在を生み出す。

 私は、香狐さんに握られた左手を、小さく動かした。それが催促の合図と正しく受け取ってもらえたようで、香狐さんは握る力を少し強くしてくれる。しっかりと、私の手を握っていてくれる。


『ま、そういうことで! 可愛がってあげてよ! 歓迎パーティーを開いてあげるもよし、歓迎のナイフをお腹にプレゼントしてもよし! 冷たくあしらって蔑むのもよし! 自分なりの可愛がり方を教えてあげてね! あははははははははははは!』


 ワンダーが、いやらしく笑う。


『それじゃ、ボクはこれで! あとは魔法少女同士、仲良くやってください! ――ああ、白衣ちゃんがまだ来てないんだっけ? ……あっ、ちょうど起きたところだね』


 ワンダーが、虚空を見つめる。

 たぶん、別の場所――接理ちゃんの部屋にいるワンダーの視界を確認しているんだと思う。


『これならボクが呼ぶ必要もないか。白衣ちゃんもそのうち来ると思うから! というわけで、アデュー!』


 ワンダーは騒がしく、食堂から出て行った。

 とはいえ、そのことには誰も構わない。接理ちゃんのことも、今はどうでもよかった。

 ……雪村 佳凛ちゃん。自衛のためとはいえ人を殺した姉と、その姉を殺した妹が融合した姿。

 私たちは彼女を、どのように扱えばいいのか。


「あー、ようやくあだ名で呼べるよー。お姉ちゃんの方が思いっきりカナタンと名前被ってるから、あだ名で呼べなくて困ってたんだよねー。というわけでよろしくね、カリリン(*'▽')」

「んー? あっ、怖い人」

「えっ、あーしそんな認識!? 地味にへこむ……(/ω\)」


 真っ先に、空澄ちゃんが話しかける。

 ……その後には、誰も続かない。揃って、困惑するばかりだった。

 新しい人物のように登場した、よく顔を知った相手。しかも、あまり深い関りもなかった相手。

 その子相手に、一体どんな顔をすればいいのか。

 答えは、空澄ちゃん以外の誰も持っていなかった。

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