Invitation to a Secret Gathering

《密会へのお誘い》




 佳凛ちゃんに声を掛けるのを誰もが躊躇し、沈黙が支配する中。

 それを打ち破ったのは、やっぱりドアを開く音だった。

 しかも今度は、荒々しくドアが開け放たれる。

 またワンダーか、と思う。沈んだ様子を見せていた接理ちゃんが、こんなことをするはずないと。

 しかし、予想に反して――そこに立っていたのは、白衣姿の、翠の髪を持つ女の子。寝ぐせなのか、髪はあちこち跳ねて全く整えられていないけれど――見間違いようもない。接理ちゃんだ。

 接理ちゃんは、あの虚無を宿した表情ではなく、瞳に決意の炎を灯している。


「あっ……雪村 佳凛!」


 接理ちゃんは私たちには目もくれずに、一直線に佳凛ちゃんのところへ行く。

 佳凛ちゃんはそれを、きょとんとした顔で迎えた。


「んー? えっと……また昨日の?」

「そうだ! 僕は絶対に諦めない――。忍を取り戻すためなら、なんだって!」

「んー、だからぁ……。そんなのじゃ足りないのー。凛奈がお姉ちゃんを想って、佳奈が凛奈を想って、それで佳凛が生まれたの。自分なんかどうでもいいってくらいの愛がないとー、融合って苦しいだけだと思うよー?」

「だから、僕は! 忍を、あ、あ――。あ、愛して――」

「そんな、愛してるって言うだけで恥ずかしがるなんて。そーゆーのは、愛じゃないのー。次元の低い、ただの恋なのー」


 佳凛ちゃんはふわふわした声で、接理ちゃんの要求? を躱す。

 だけど、何を言っているのか、私たちにはさっぱりわからなかった。

 突然飛び込んできた接理ちゃん。沈んだ様子から回復したのは、いいことかもしれないけれど……。


「えっと……セツリンはなーんで、急にカリリンと喧嘩してるわけ? セツリン――は説明してくれそうにないか。カリリン、説明してくれない?(。´・ω・)?」

「えー? なんかこの人が、死んじゃった人と融合したいとか佳凛にお願いしてー。でも、愛がないと、そんな融合は綺麗じゃないから。だから、佳凛はダメって言ってるんだけど……」

「あー、違う方向に狂っちゃった系かー。カリリンが教育に悪い物見せるからー(´Д`)」

「えー、なんでそんな酷いこと言うの……? 佳凛はただ、愛し合って生まれただけだもん。悪い物なんかじゃないもんっ」


 佳凛ちゃんはふわふわとした態度を崩さない。

 けれど、私は――その話に呆然とした。

 接理ちゃんも、狂気に染まってしまった。また、狂気の被害者が現れた。

 やっぱりここは、狂気の楽園だ。怖い。怖い。怖い。

 自分も、また狂気に呑まれてしまう。これ以上ここにいたら――。


「……彼方さん」


 香狐さんが、握ってくれていた手を離す。

 代わりに、少し私の傍に寄って、背中をさすってくれる。それでようやく、少しだけ落ち着いた。

 そのやり取りを、夢来ちゃんが驚いたように見ている。


「ま、なんでもいいや。セツリンが回復してくれたのなら何より。それよりさ、セツリンとアイたん、この後ちょっと付き合ってほしいんだけど。いい?(。´・ω・)?」


 不意に、空澄ちゃんが言った。

 唐突な誘いだし――メンバーの選定理由も、よくわからなかった。


「大事な話だからさ。お願い」


 空澄ちゃんが、ふざけた態度を抜いて頼み込む。

 ずっと事態を静観していた藍さんは、空澄ちゃんに訝しげな目を向けた。何か狙いがあるのではないかと疑っているらしい。

 一方の接理ちゃんは、あからさまな拒絶を示した。


「君は目が見えていないのか!? 僕こそ、たった今大事な話をしているのが見えないのか!?」

「いや、だってカリリン断ってるじゃん。だからもう、話ぶった切っちゃっていいかなって┐('д')┌」

「それなら、聞かせてもらおうか!? 君の話は、僕の話より大切なことなのか!?」

「いや、メンバー選んだ理由考えてよ。みんなの前じゃ言えないから、二人だけ呼び出してるんじゃん( ̄д ̄)」


 空澄ちゃんと接理ちゃんの口論が続く。


「言えないのかい!? それなら、そんなの罠に決まっているだろう! 見え透いた罠に乗る必要がどこにある!?」

「はぁ……。話を聞けば、キミの願いが叶うかも――なんて言っても来てくれないわけ?(=_=)」

「は? そんなの、できるわけ――」

「あーしの固有魔法、忘れた? 最強のコピー魔法だよ? カリリンに魔法借りれば、カリリンの拒否に関係なく実行はしてあげられる。それでも、来てくれない?(〟-_・)?」

「…………」

「それにさ。キミら二人を罠にハメるとか、無理でしょ。こうして呼び出してるのは筒抜けだし。さらに言えば、アイたんとかこのメンバーで一番殺しづらい相手だし。キミら二人がもし死んだら、真っ先に疑われるのはあーしでしょ? んな馬鹿な真似、するわけないじゃん( ̄д ̄)」


 接理ちゃんは、完全に空澄ちゃんのペースに呑まれて閉口する。


「それをわかった上で、あーしの話を聞いてほしいって言ってんの。ねぇ、頼むからさぁ( ;´Д`)」

「…………」


 接理ちゃんの態度が、揺れる。

 代わりに口を開いたのは、藍さんの方だった。


「貴様……今度は何を考えている? 貴様は、怨霊の猫を死に至らしめんとした前科があるだろう。その話に我らの益があるというなら、今この場で、貴様の許容できる範囲で話すがいい。でなければ――」

「何も話せることはないよ。この話は、ここでは絶対にできない。……一歩間違えたら、厄介なことになるからね」

「何?」


 藍さんの審判の瞳が、空澄ちゃんを見つめる。

 空澄ちゃんは至って真剣で、嘘をついているようには見えない。

 ……空澄ちゃんが嘘をついているかどうかなんて、誰にもわからないことだけれど。


「……ならば、一つだけ確認させろ。貴様の魔法は今、何だ?」

「えー、言わなきゃダメ?(;'∀')」

「当然の危機管理だ。その情報無くして、貴様の話を聞くことはないと思え」

「んー、まあいいけど。今のあーしの魔法は、[呪怨之縛]だよ。ほら、ライトスタンドの点検をしたとき、勘違いでマユミンにかけられたじゃん。あんときのまま、変わってないよ(´Д`)」

「……怨霊の猫の魔法は、制限があったであろう。それは今、いくつだ?」

「回数制限の話? だったら、二回だよ。この魔法、コピーする前に見た死の回数は数えてくれないみたいだから。シノっちと、双子のお姉ちゃんの分で、二回。(-ω-)ま、あーしが嘘ついてる可能性もあるけど……その場合でも、お米ちゃんとウイたんと、その他外で見た魔法少女の分で……合計十回くらいだね。あとワンワンにも確認したけど、この魔法、相手の魔法発動は封じられないみたいだから。あーしがこの魔法使って暴れるなんてことは考えなくていいよ。だから、ね、アイたん('ω')ノ」

「…………」


 藍さんが、考え込むようなそぶりを見せる。そうして、ここに揃った顔ぶれを見回した。


「……狂笑の道化師が怨霊の猫を殺害せんとした後、この者に魔法を使用した者は、この場にいるか?」


 藍さんが問う。

 しかし、誰も名乗りを上げなかった。私も、空澄ちゃんに魔法を使った覚えはない。


「……ならば、あの後に死した者はどうだ。日陰の忍か、あるいは盲愛の姉妹の片割れであれば」

「少なくとも、シノっちはないね。ライトスタンド勘違い事件があった後、あーしは監視されてたから。生きてる間に、秘密裏に接触する機会はない。捜査中は監視もなかったけど、その間の行動は、ムックがさりげなーく見張っててくれたみたいだからね。コピーしてないっていうのは知ってるでしょ?(。´・ω・)?」

「……はい」


 夢来ちゃんが頷く。

 追い打ちをかけるように、佳凛ちゃんも口を開いた。


「佳凛もねー、知ってるよー。お姉ちゃんは、そこの怖い人に魔法使ってない、って」

「……貴様は、姉の記憶も持っているのか?」

「うんっ。佳凛は、二人で一人の姉妹だから」

「……そうか」


 ……あの後に死を迎えた人としては、摩由美ちゃんもいたけれど。

 石像で潰されて惨たらしくグチャグチゃの肉塊にされて――。


「……っ」


 脳内に湧いて出た想像を慌てて掻き消す。

 摩由美ちゃんは、[呪怨之縛]の持ち主だ。それと入れ替えたかどうかなんて、論じる意味もない。

 つまり、空澄ちゃんの魔法が[呪怨之縛]から変わっていないことは、これで証明された。最強の拘束魔法である反面、直接的な攻撃力はない。だから――。


「……貴様が武具を持ち込まないと宣言し、なおかつ我自身が武具の不所持を確認できたのならば、貴様との密談を呑もう」

「よっし、やっと頷いてくれたね。そうこなくっちゃヾ(@⌒ー⌒@)ノ」


 空澄ちゃんが、藍さんの返事を聞いて満足そうにする。

 一方の藍さんは、あまり気が進まない様子だった。明らかに、その態度は一歩引いている。


「それで、セツリンはどうする? セツリンも来てくれると、ありがたかったりするんだけど(^O^)」

「……ちっ」


 接理ちゃんが、舌打ちをした。

 接理ちゃんは、佳凛ちゃんの顔を見やる。佳凛ちゃんは、相変わらずきょとんとした顔でそれを受け止めた。

 その態度に、何を見出したのかはわからないけれど。


「……僕にも、君が武器を持っていないことを確認させろ。それが条件だ」

「ん。存分に確かめてくれていいよ。それじゃ早速、今から行こうか('ω')ノ」

「……ちっ」


 空澄ちゃんは食べ終わった食器を重ねてから、食堂のドアに駆けた。

 接理ちゃんも再度舌打ちし、食事に手を付けないままに食堂を出て行く。

 藍さんは無言で立ち上がり、食器を重ねてからベルトコンベアの手前の台に置き、「すまないが、後のことは頼む」と言い残してから食堂を出た。


 ……まるで議論の最中のような強引さを発揮する空澄ちゃん。

 ……そうして、議論のことを思い出して、また吐き気がこみ上げてくる。

 議論。言葉で【犯人】を殺す、残酷な儀式。私が、二人殺した手段。

 食べかけのパンを投げ出す。

 また、香狐さんに慰められる。


 ――いつまで、こんな地獄のフラッシュバックが続くんだろう。

 いつまで、このわけのわからない地獄にいなくちゃいけないんだろう。

 空澄ちゃんは何を考えているんだろう。

 わからない。わからない、わからない、わからない。

 わからないのは怖い。怖いのは嫌だ。怖いのは怖い。怖い。怖い怖い怖い。


 怖いよ……。

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