Chapter4:棺の中のユズリハ 【問題編①】
I am deeply dependent on you.
《深くあなたに依存する。》
「おはよう、彼方さん」
「……っ。お、おはよう、ございます……」
ぎこちなく朝の挨拶をする。
「そろそろ朝食を作らないといけない時間だけれど、彼方さんはどうするかしら? まだ辛いなら、ここで寝ててくれてもいいわよ」
「……いえ」
私が抱える心情は、昨日の夜に香狐さんに打ち明けた。
【犯人】たちを処刑に追い込んだのは、自分の責任なんじゃないか、って。
私たちは推理を間違えたところで、死ぬなんて言われていない。絶望に落とす、と言われているだけだ。ワンダーのやり口を考えると、たぶん、絶望と死はイコールじゃない。生きながらの絶望に落として、それを嘲笑うのがあの魔王だ。
私たちは絶望するだけ。ちょうど、今の私のように。
対して【犯人】は、死ぬ。箱庭の中で、仕組まれたルールにより【犯人】として弄ばれ、自らの運命を他者に決定づけられ、絶望し、徹底的に尊厳を蹂躙されて、殺される。
【犯人】だって人を殺した、というのは十分にわかっている。でも、極悪人なんかでは決してなかったはずだ。だって、魔法少女だ。最初の【犯人】は妹のために、次の【犯人】は魔王討伐という正義のために、その次の【犯人】もおそらくは、自分と、身近にいた子を守るために事件を起こした。どれも、人のためだった。
それを踏み躙る私は、何なのだろうか。
――こんな黒い感情にまみれた私が、魔法少女のままでいいのだろうか。
「私も、香狐さんと一緒に行きます。……一人に、しないでください」
「……ごめんなさい。わかったわ。なら厨房まで、一緒に行きましょうか」
「はいっ」
今の私は、一人になるのが怖い。
ふとした拍子に、特大の自罰衝動が自分を貫いてしまうんじゃないか、って。
たった数分でも一人になってしまったら、殺人の咎で私の心が壊れて、それで――自分で自分を殺してしまうんじゃないか、って。
それが、怖い。
――殺人鬼も、死を恐れる。今ならそれがよくわかる。
「ああでも、その前に……彼方さんがよければ、お風呂、入りましょうか。昨日は色々あったし……臭いもちょっと気になるわ」
「お風呂……」
そういえば、昨日はずっと部屋にいたから入っていない。
……だけど。
お風呂は、昨日の惨劇が否応なく思い出される場所だ。
ピンクに染まったお湯と、鎮座する石像と、一つの惨殺死体。
身震いする。あんな場所に行ったら……どうなってしまうのか。
死者の怨念が私を呪い殺してしまうんじゃないか。また石像が降ってきて、ぺしゃんこにされてしまうんじゃないか。私の罪悪感が、私を溺れさせてしまうんじゃないか。死が、死が、死が、どこまでも追いかけて来るんじゃないか。
――ああ、ダメだ。私、狂ってる。
そう。それで、気づく。
厨房も食堂も、死の現場だったはずなのに。どうして私は、お風呂に限って死を身近に感じた? どうして、香狐さんと一緒に朝食を作りに行くなんて言えた?
忘れていたから。その死を、なかったことにしていたから。
だから、忘れていた。自分の罪の一つを数え上げるのを、拒んだ。
――最低だ。おぞましい。
「香狐さんは……一緒にいてくれますか?」
「ええ、もちろん。一人にはしないわ」
「……それなら、行きます」
香狐さんは、私の罪の告白をただ、受け入れてくれた。
受け入れて、慰めて、かき混ぜて――一時的にではあるけれど、忘れさせてくれた。
香狐さんなら……一緒にいられる。
――夢来ちゃんはどうするの? 夢来ちゃんを、助けてあげるんじゃなかったの?
夢来ちゃんは……。私は今、夢来ちゃんの顔を、まともに見られる気がしない。
私と同じ罪を背負うことになってしまった夢来ちゃん。
でも夢来ちゃんの場合は、どうなんだろう。三つ目の事件の【犯人】は、幸せそうに死を迎えた。……というより、死を迎えたのかどうかさえ定かじゃない。
ルールにうるさいワンダーが追求しなかったということは、少なくとも死亡扱いにはなっているはずだけれど……。妹に融け込んだ状態は、果たして死んだと呼べるものなのだろうか。
――殺人鬼が死の重さを量るなんて。何様のつもりだろう。
そうして、最低に嫌な気持ちの中で、私たちは九日目を迎えた。
◇◆◇◆◇
「……あら?」
個室から浴場に向かう途中。個室を出て、すぐ。
階段を下りようとしたところで、香狐さんが足を止めた。
「ぇ……な、なにか、あったんですか……?」
私はすっかり怯えて、辺りを見回しながら香狐さんに縋りつく。
香狐さんは、そんな私の様子を見て微笑んだ。安心させるように、軽く抱きしめてくれる。
「ごめんなさい、驚かせてしまって。大したものではないの」
「ほ、本当ですか……?」
「ええ。ただ――。これ、見てもらえるかしら?」
香狐さんが、三階の見取り図を指示した。
それは、最初に見たときと全く変わりないように思えたけれど――。
知っている名前が二つ、消えている。
代わりに、知らない名前が一つあった。
・三階見取り図 変更後
https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816700426574474136
「……佳凛? 佳奈ちゃんと、凛奈ちゃんは……」
『ああ、早速見つかっちゃった?』
「……っ!」
声がした。憎らしい、ぬいぐるみの魔王の声。
振り返ると、来た道にいつの間にかワンダーが立っていた。
『まあ、詳しい説明は朝ご飯の時にね。ボクもちゃんと出席するから! ちなみに、今日のメニューはなんじゃらほい。焼肉? 朝から焼肉いっちゃう?』
「……焼きぬいぐるみにメニュー変えようかしら」
『サーセンした、ボクは帰ります! アデュー!』
魔王は床に出現した穴に落ちて、どこかへ消えていった。
大方、館スライムに命令をして移動しただけだろうと思う。
「彼方さん、平気かしら?」
「…………」
正直に言えば、全く平気なんかじゃなかった。
昨日までは対立する覚悟すら決めていたというのに、死者の剣という自己欺瞞を失っただけで、私は魔王に恐怖していた。
こんな地獄を作り出した魔王。
――あと何度事件が起これば、魔王は満足するのだろうか。
一度? 二度? 三度? ――全滅するまで?
魔王は今までルールを守り続けてきたけれど、それがずっと続く保証はない。本当に残り二人になったら解放してくれる保証がどこにある? 外の世界に出すなんて言って、館から出すだけで――別の場所でまた、こんな殺し合いをさせられるかもしれない。外の世界で一生、魔王のオモチャとして弄ばれるかもしれない。
もう嫌だ。こんなの。嫌。全てを投げ出したい。
「……香狐さん」
香狐さんにしがみつく。絶対に離れないように。
怖い。狂気は、触れた人間全てを狂わせる。私がこんな気持ちになっているのは、あの魔王がいたからだ。人の死を嗤う魔王の狂気が、殺人鬼を作って、殺し合いをさせ、みんなをおかしくさせた。
そうして一度狂気に感染してしまえば、もう元には戻らない。
――戻らないのに。
自分が狂気に染まったなんて、受け入れられないという気持ちがどこかにある。
その気持ちは、魔王に対する拒絶反応として色濃く表れる。
――誰か。この狂気の楽園を滅ぼしてほしい。
私を、救ってほしい。
――誰か。魔法少女でもいい。スウィーツでもいい。私の家族でもいい。友達でも。全く知らない人でもいい。誰か、心の温かい人に、助けてほしい。
これ以上、狂気なんて――。見たくない。私を狂気から、罪から、救い上げてほしい。私の穢れを祓って、綺麗な私に戻してほしい。
この場で、その役に最も近いのは、香狐さんだった。どの事件でも重要な役を果たさず、狂気の欠片も見せず、私を慰めてくれる唯一の人。
……今や、香狐さんの近くだけが、唯一の特別な場所となっていた。
私はその場にしゃがみ込んで、痛む頭を抱えた。
そんな私を、香狐さんが傍で慰めてくれた。
また、立てるようになるまで――。
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