After the Third Tragedy ④

《第三の悲劇の後で④》




◇◆◇【ワンダー】◇◆◇


 暗い部屋の中で、モニターが光っている。

 ぶっちゃけ眩しいけど、まあ雰囲気づくりのために電気はつけないでおくとして。

 ボクは、モニターの奥のと会話する。低い男の声が室内に響く。

 息を吐き出し、更には絞り出すかのように話すせいで、いつも言葉の語尾が下がる男だ。聞いていると陰気臭い相手にも思えるけれど、これでなかなかどうして、愉快な思考回路をしている。


「それでぇ? そちらの状況はぁ、どうなっていますかぁ?」

『いやぁ、今日で三つ目の事件だよ! 全く、けしからんことですなぁ! あはははははははは!』

「ほぉうほぉう、それは重畳ぅ。それでぇ? ワタシが望む狂った魔法少女がぁ、完成したりはしていませんかぁ?」

『え? あー、あー、そうだなぁ……。頭ピンクちゃんが順調にぶっ壊れてるかなぁ。見てて愉快だよね! あははははははははは!』


 ボクにあれだけ盛大に啖呵を切って、あの始末。ホント、笑っちゃうよね!

 まあ、モニターの向こうにいるが求めてるような狂い方じゃないんだろうけど。

 ボクはむしろ、ああやってマトモなフリしてる狂人が好きなんだけどなぁ……。

 ま、好みは人それぞれだしね! ボクは人じゃないけど! あははははははは!

 ――あ、目の前の奴も人じゃなかった。


「あと、双子ちゃんが融合姉妹ちゃんになっちゃってさぁ! あれはキミが望むタイプの狂い方じゃないかな?」

「くははっ、それはいいですねぇ。【蒼穹そうきゅう水鏡みかがみ】はぁ、相変わらずですかぁ?」

『いや、それがさぁ! アバンギャルドちゃん、遂に誰か殺っちゃうって! いやぁ、楽しみだねぇ!』

「なんとぉ。くはっ、くははははははははははぁ! 遂に、そこまでの狂気に至りましたかぁ! 面白い、面白いですよぉ! くははははははははは!」

『あははははははははは!』


 モニターの向こうの相手は盛大に笑っている。それに合わせて、ボクも笑った。

 なんでも、目の前の奴は、アバンギャルドちゃんと因縁があるとか何とか。ボクの知ったこっちゃないから、詳しくは聞いてないけど。

 互いに魔王らしい笑い声を上げて、談笑する。


「参加者は残り七人ですねぇ。あなたはこの先、どうなると思いますかぁ?」

『んー、まあ、アバンギャルドちゃんは誰かぶっ殺して順当に出てっちゃうんじゃないかなぁ、とは思うよ。なぁんか、かなり本気みたいだし。ああいや、本気なのは当然だけどね! ミスったら死んじゃうんだから! あははははははははは!』

「そうですかぁ。なら、また会いたいものですねぇ。棺無月 空澄、キミがどのように完成したのか、ワタシは非ぃ常に、興味がある! くはっ、くははっ、くはははははははははは!」


 再びの高笑い。どうやらアバンギャルドちゃんには相当な思い入れがあるらしい。

 気持ちはわからないでもないけど。アバンギャルドちゃん、面白いキャラクターしてるし。ボクがこの殺し合いに望んでたキャラクターぴったりだよ! おかげでこの殺し合いも面白くなったし、そう思うとまあ、多少の便宜は図ってあげてもいいよねって気分になってくる。

 あー、そうだ。頼まれてたもの、早めに用意しないとなぁ……。


「あぁ、それはそうと。生き残り予想、あなたは変えないのですかぁ?」

『え? まあ、だいたい合ってるんじゃない? このままいけばたぶん、中二病ちゃんと白衣ちゃんが残るでしょ。二つ名持ちと、万能魔法持ちで。この二人が誰かぶっ殺しちゃったらわからないけどね』

「くははっ、いやぁ、それならいいのですがねぇ」


 ニタァ、と相手は魔王らしい笑みを浮かべる。

 その嘲笑は、ボクに向いている気がした。なんで?


『そう言うそっちこそ、いっつも予想言わないじゃんかよー。後出しで、元から予想してましたー、とでも言うつもり?』

「いやいやぁ、そんなつもりではありませんともぉ。時期を見計らっているだけですよぉ。何せワタシはぁ、あなたも知らないことをいくつか、知っているわけですからねぇ。明かすには、時期が大切だぁ」

『ん? いや、この殺し合いのゲームマスター、ボクなんだけど? なんでキミが、ボクも知らないようなことを知ってるわけ?』

「まぁ、これに関しましてはねぇ。あなたよりワタシの方が、に詳しいというだけですよぉ。くはっ、くははっ、くはははははははははは!』

『ふぅん……』


 釈然としないけど、まあいいや。

 個人情報なんて、ボクの知ったことじゃない。ボクが気になるのは、この殺し合いがどれだけ面白くなるか。それ以外は、まあぶっちゃけどうでもいい。


『じゃ、そろそろ定期報告終了ってことで。もういいよね?』

「ああ、ええ、構いませんともぉ。この殺し合いが、いっそうの狂気に包まれることを願っていますよぉ」

『はーい』


 スイッチを押すと、通話が切れた。

 ふぅ……。いやぁ、やっぱり、この魔王の相手はちょっと疲れるなぁ。なんでだろう。妙なプレッシャーがあるというか。

 まあなんでもいいや。


 ボクは部屋の中を見回す。魔法少女たちが絶対に入ってこないボクだけの領域、『管理室』。その壁は、ほとんど棚になっている。

 その棚は全て、ボクのスペアで埋まっている。

 壁にズラッと並んだボクって、ほんと壮観だよねぇ。うっとりしちゃうくらいに美しい光景だよ! あははははははははは!


 部屋の隅っこに閉じ込めてるマシュマロちゃんにも異常はなし。

 今回は出番がなかったけど、きっとこれ以後の処刑で活躍してくれることでしょう。ああいや、アバンギャルドちゃんの事件でも、出番はないかな?

 瓶詰のマシュマロちゃんを見てると、ふと嗜虐心が湧いてきた。モニターに向き合わせていた椅子から飛び降りる。


 ――ぐしゃ。


『ん? ……あ、なんか踏んだ』


 紙っぽい何かが二枚。ずっとここにある、邪魔なやつだ。

 拾い上げる。いつも通り、その紙には

 どっかその辺にポイってやりたいんだけど、ところがどっこい、それもできない。なんでか、いざ捨てようとすると躊躇しちゃうんだよねぇ。ただのゴミでしかないのに、どうやっても

 もしかしたら呪い付きの紙なのかも、って思ってるけど……。そんなもの、この館に持ち込んだ覚えはないしなぁ。というか、魔王にまで有効な呪いって何さ。どんな強力な呪いだっていうわけ?


『……ま、どうでもいいや』


 ぽーい。

 いつも通り、その紙は床にうっちゃる。

 また踏むかもしれないけど、まあそのときはそのときってことで! 未来のボクがなんとかしてくれる! ファイト! そしてドンマイ、未来のボク!


『ということで、ヤッホー、マシュマロちゃん!』


 虫かご代わりの瓶越しに、マシュマロちゃんに滅茶苦茶顔を近づける。きっと今、マシュマロちゃんの視界では、ボクのプリティーなフェイスがどアップで映ってるはずだ。

 いやぁ、愉快痛快!

 マシュマロちゃんは、恐怖と嫌悪が混ざった目でボクを睨みつけてくる。

 いいよ、いいよ。そそるねぇ。ボクが空想級の魔物として世間を騒がせていた頃を思い出すよ。あの頃もスウィーツと魔法少女たちは、ボクを倒そうと必死だったね。まったく、馬鹿な連中だよね! 無限の魔犬を倒せるはずないのに!

 ボクは、全てのボクの体が滅びない限り、消滅なんてしない。意識は一つだから、多くの体を別々に操るなんてのは苦手だけど……まあ、それを補って余りある能力を持っている自負はある。

 ワンダーは滅びぬ! 何度でも蘇るさ! ――ってね!


『……さて』


 一通りマシュマロちゃんもからかったし、ボクはそろそろ、次の事件の準備をしますかね。少しでも殺し合いが円滑に進むようにね。

 それが、ボクが魔王様から言い渡されたお仕事なんだから!


『あはっ、あははっ、あははははははははははは!』


 アバンギャルドちゃんが望んだものは用意してあげるとして。アレを使うんなら、多少のケアは必要かなぁ。じゃないと全滅しちゃう。まあそのケアは館スライムちゃんに任せるとして。

 そうだ! アバンギャルドちゃんが失敗するって可能性もあるよね! もしそうなったときのために、最高の殺し方を考えておいてあげなきゃ!

 アバンギャルドちゃん……【蒼穹の水鏡】……。うーん……。

 鏡の破片で滅多刺しにするとか? なんか違うなぁ。

 今日の事件じゃ双子の妹ちゃんに処刑を譲っちゃったし、その処刑も中途半端だったからなぁ。ボクはもっと、プリーストちゃんとか忍者ちゃんみたいな、絶望的な処刑をしたいんだよなぁ。

 この不完全燃焼を解決して、なおかつアバンギャルドちゃんですら絶望するような処刑方法、ねぇ……。


『あはっ』


 ああ、やっぱり楽しい。人の殺し方を考えるのは、本当に。

 ボクは喜悦に表情を歪めながら、盛大に笑った。

 これがボクの、魔王としてのお仕事だ。魔王様から託された、魔王としての。


『あはっ、あははははっ、あはははははははははははははははは!』


 歪んだ笑い声は、狭い部屋で反響した。ボクはみんなでひとりで、哄笑をめいっぱい上げ続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る