This is my magic. ③
《これが私の魔法③》
「それじゃあ次、結似ちゃん、お願いできる?」
「……結似の固有魔法は、変身魔法のはずクマ。特定の誰かに変身する魔法かもしれなくて、変身できる条件は名前を知っていることだと思うクマ」
包 結似――固有魔法:[混沌変化]
固有の名前と姿を知っている人物、動物、魔物に変身することができる。一度変身した場合、一時間が経過するまで魔法の解除及び再使用が不可能となる。
「声とか、服とかも模倣できるの? 魔法少女とか魔物に変身したなら、固有魔法も使えたりする?」
「声とか服は真似っこできるっぽいクマ。固有魔法は無理かもしれないクマ」
「なるほど。そっくりそのまま、イメージ通りに変身できるってことね。変身先の着てる服とか髪型がコロコロ変わる場合は?」
「結似の中のイメージに近い形になるはずクマ」
「架空のキャラクターとかには変身できる?」
「できないと思うクマ」
「そっか。うん、まあ大体わかったよ」
説明はこれだけで終わった。他と比べるとだいぶ短いけれど、それだけシンプルな魔法ということだろう。
ただしシンプルだからといって、脅威にならないわけではない。
変身魔法。またアリバイを偽装するにはうってつけの魔法だ。
前回の殺し合いでは、アリバイが争点となった事件は一つしかなかったけれど……だからといって、今回もそうとは限らない。アリバイの偽装を可能とする魔法に都度気をつけなければ、【真相】に辿り着けない恐れがある。
十分に、注意してかかろう。
……さて。次は私の番だ。
サッと、手元のムーンライトが投影するホログラム画面に目を落とす。
魔物は固有魔法を複数持っている。中でも魔王は固有魔法の所有数が多い。私の固有魔法も軽く思いつくだけで、[魔物支配]、[物語再現]、[幻想書架]、[伝承創造]など多数に及ぶ。
その中から私に設定された魔法は――
「私の魔法は、[幻想書架]。見聞きした物事を好きな時に思い出せる魔法よ」
私が持つ中でも最弱の――いや、現実には何の影響も及ぼさない非力な魔法。
先ほど確認したけれど、これ以外の固有魔法は一切使えなくなっていた。
これはきっと、ルナティックランドの悪意によるものに違いない。
色川 香狐――固有魔法:[幻想書架]
見聞きした物事の全てを記録し、自由にその記録を閲覧することができる。この記録は如何なる干渉をも受け付けない。
「えっと……その魔法、完璧に忘れてることは思い出せるの? 自由に閲覧ってことは、強制的に今まで体験した全部を思い出すってわけじゃないんでしょ?」
「ええ、そうね。基本的にこの魔法は、いつ頃の出来事とか、あるいは何かの出来事の前後だとか、そういう記憶の繋がりから辿っていく魔法よ。だから完全に忘れていることに関しては、ちょっと難しいかもしれないわね」
「……そう。ありがとね」
玉手さんは何やら苦笑いのような、無理のある笑みを見せている。
……やっぱりそろそろ、我慢の限界なのだろう。前回の殺し合いでは、あえて脱出の希望がありそうな魔法をいくつか残していた。一度希望を抱かせ、それをへし折る。そうすることでより深く、もう外には出られないことを実感させる手筈となっていた。
しかし今回、そういった魔法は小古井さんのものを除いて一つたりとも存在していない。しかも小古井さんの魔法も、小古井さん個人が脱出できる可能性があるというだけで、全体の脱出には何も貢献しない。
そうやって落胆し続けたところに、いよいよ誰の役に立つのかもわからない私の魔法のお出ましだ。嫌な気分にもなるだろう。
そんな玉手さんにはきっと、残念なお知らせだけれど……
チラリと透意に目線を遣ると、その意を汲んでくれたようで、透意はすぐに口を開く。
「最後は私ですよね。ただ、ごめんなさい。私の魔法もこの状況では役に立てそうにありません」
私は既に、透意に設定された魔法を確認している。
それは、スウィーツの創造主という高い立場からは一切想像できない、これまた何に使えるかさっぱり不明の能力。
「私の固有魔法は[味覚伝播]といって、私が感じた味覚を他の人にも体験してもらう魔法です。ある程度調整が効く魔法ではありますけど……」
甘味 透意――固有魔法:[味覚伝播]
自分が体感した味覚を、対象とした人物へ伝えることができる。伝達は時間に囚われず、ある程度の時間の壁であれば飛び越すことができる。
「時間の壁っていうのは?」
「えっと、例えば一時間前の味覚を目の前にいる人に伝えたり、今の味覚を一時間後の誰かに伝えたりできる感じです。ただ、過去へはどうやっても味覚を送ることはできません」
「ああ、うん。なるほど……」
玉手さんも、流石に返す言葉がないようで困り果てている。
平時でさえ、こんな能力はどう使えばいいのかわかったものではない。それに加えてこの状況。多少時間の壁を越えられるからといって何になるというのか。それでせめて視覚や聴覚を伝達できるならともかく、伝達可能なのは味覚だけだ。
透意が何かを食べている。そんな情報を渡されたところで、どうしろというのか。強いて言うなら、刺されたときの血の味を送ることで死亡時刻を知らせることができるくらいか。それにしたって、時間を越えられるのだから確定はさせられない。
こんな魔法をどう使えばいいのか。
きっと本来は、おいしいものを共有して味わうような魔法なのだろう。
微笑ましい能力だけれど、この場所では無力に過ぎる。流石に魔王の本気の魔法とも思えないし、この選定もルナティックランドの悪意によるものだろう。
これではまるで、魔王は狩られる側だ。魔法少女は狂気によって捻じ曲げられ、非力な魔法しか持たされなかった魔王は無様に蹂躙される。ルナティックランドは、そういうストーリーを望んでいるのだろうか。
「えっと……うん、とりあえずみんな、ありがとう」
固有魔法に関する情報が全員分出尽くして、得られた収穫はほぼゼロ。
玉手さんの落胆は、決して小さいものではなかったらしい。その落胆が伝播して、空気が重い沈黙に支配される。
『さて、そろそろおバカちゃんたちも理解してくれたかな?』
沈黙の中に突如として、溌剌として無邪気な声が割り込んでくる。
先ほど去ったときと同様に壁を貫通して入ってきたのは、ビタースイート。
不気味というほどではなくとも、若干の抵抗を抱かせるツートンカラーの魔物。
張り付いた三日月型の笑みは、崩れることなく言葉を紡ぐ。
『可哀そうだけど、ここから外へは出られないよ。殺人が起きない限り、永遠にね。ま、しばらくはこの遊園地を満喫してよ! ご主人様がせっかく頑張って作った場所だからね、冥途の土産に楽しんでいって!』
用はそれだけだったらしく、ビタースイートは何かが起きる前にまた壁に突っ込んでいった。
ふと、今の言葉が気になった。
ご主人様が作った場所――。この遊園地を作ったのはスイートランドのはずだ。
となれば、外見から予想はしていたけれど……ビタースイートの正体はスウィーツか。けれどただのスウィーツではない。
スウィーツは、こんな地獄のゲームマスターになど絶対にならない。
きっと、ルナティックランドによって何らかの改造を加えられているのだろう。
今となっては、だからどうしたという話でしかないけれど。
そんなことを考えていると、玉手さんがスッと立ち上がった。
机にバンと手を叩きつけ、強い語調で宣言する。
「みんな。あたしたちは絶対に、殺し合いなんかしないよ。魔法少女のみんなは、あたしが――いや、あたしたちが死なせない」
あたしたち、という宣言に合わせて万木さんも立ち上がった。
「希望を探そう。あんな魔王たちの好き勝手にさせないように」
――皆、状況を理解した。
私たちは閉じ込められてどうしようもなく、脱出する方法は殺人のみ。
ルナティックランドに立ち向かう方法は不明。おそらく矢面に立つのはビタースイートだ。半ば遊興で魔法少女たちに勝ち筋のある事件を起こした私に対して、ルナティックランドにそのような隙はない。
彼は自己保身を優先し、その上で殺し合いを進行させるだろう。
私たちは、それに打ち勝たなくてはならない。
憂慮と、闘志と。全体の抱く感情は、ここで二分された。
そうして……この狂気の殺し合いは、幕を開けた。
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