This is my magic. ②

《これが私の魔法②》




「……次は私か。私の魔法は[因果逆転]。ベクトル反転の魔法だ」


 初めてまともに喋る法条さんは、文章を細かく区切りながら説明を始めた。


法条 律――固有魔法:[因果逆転]

対象のベクトルを反転させる。この魔法は物理的現象に限らず、非物質的対象であっても有効である。ただし反転対象は必ず視認できる形で表現され、ベクトルを有するものでなければならず、それが視認できている場合にのみこの魔法を発動できる。


「ただ制限がある。視認できなければ。またベクトルがなければ。二つの条件を満たさねば反転できない。視認できれば非物質でも対象だが」

「視認できるって、どんな風に?」


 いまいちニュアンスを掴めなかったのは私だけではなかったらしく、玉手さんも首を傾げながら尋ねた。


「例えば時計の針。あれは進行方向を有する。故に逆回しにもできる。しかし時計はあくまで時計。時を直接可視化する道具ではない。故に時計に魔法を使えど無駄だ。時間は戻らない」

「ふぅん……。さっき、非物質でも反転できるって言ってたけど、どういう感じにできるの? 非物質なら、普通は目に見えないよね?」

「熱を可視化する固有魔法だ。身近にその魔法を持つ者がいた。それで爆発のエネルギー放出を反転させた」

「なるほどね。うん、よくわかったよ。ありがとね」


 玉手さんはようやく納得したらしく、質問を終えた。

 法条さんの固有魔法は、自衛には最適だろう。自分に迫ってくる犯人や凶器を、ダメージを与えることなく遠ざけることができる。

 彼女が殺されることがあるとしたら、認識外からの一撃か。この点は万木さんの固有魔法でカバーできそうではある。一撃で即死しない限りは、万木さんと組めば安全と言えるだろう。


 ……脱出には全く役に立たない魔法だ、と誰も指摘はせず、固有魔法披露は次へと移った。




「役は次へと巡りゆく。次の役者はこちらの番か。ならばこちらは答えよう。審判担う魔法の力」


 亜麻音さんは、物語を詠い上げるようにしながら語る。

 というか実際に、楽器での伴奏付きの説明だった。ハーモニカではない。あれは小型のハープだろうか。


「与えしは試練。善なる者は試練を破り、悪なる者は帰するがよい。五芒星ペンタグラムが裁きを下す」


亜麻音 琴絵――固有魔法:[試練結界]

真紅の光を空中に描く筆を出現させる。五芒星の魔法陣を描いた光は消えずに空中に固定され、その魔法陣の半径五メートル以内に迷いなき殺意を抱く存在が侵入した場合、その存在の魂は破壊される。効果対象とされるべき存在が魔法陣上に複数存在する場合、その全員に効果が適用される。効果適用後、魔法陣は即座に消滅する。


 小古井さんの時と似たような形で、亜麻音さんの手の中に筆が出現した。見たところ、ただの筆だ。何の変哲もない。

 しかし、亜麻音さんが筆を構えると、たちまち筆の先端に真紅の輝きが宿る。そこまで強い輝きではないけれど、見て気づかないほどではない。そのまま素早い動きで亜麻音さんが空中に星を、つまり五芒星を描く。

 これで終わりかと思いきや、亜麻音さんは更に筆を走らせる。


「ただし見分けはつけねばならぬ。孤独な星は陣にはあらず。真なる円に囲われて、ようやく試練は――」


 亜麻音さんは、宙に浮かぶ五芒星を円で囲う。五芒星――いや、魔法陣は消えずに空中に残った。


「完成に至る」


 亜麻音さんが魔法陣から一歩引く。

 既に筆に光は宿っていないため、魔法陣から筆を離しても余計な線は生まれない。亜麻音さんがふぅと息をつくと、筆はたちまち消滅した。


「これで、殺意がある人がこれに近付くと死んじゃうんだよね? ねぇ、琴絵ちゃん、これ――」

『ピピーッ! はいストーップ! ちょっと待ってちょっと待って!』


 玉手さんが亜麻音さんに何かを言おうとすると、唐突に、声が響いた。

 いつの間にか、部屋の中にビタースイートが浮遊していた。

 呆れた顔で私たちを見ながら、ビタースイートはまくし立てる。


『もしかしてまだみんなルールの確認してないの!? 結構細かいルールは説明せずに、そこのムーンライトって機械で確認できるようにしておいたんだけどさ。その中に、何の隠蔽計画にも基づかない殺人は禁止っていうのがあるんだよ! ルールを破ったら可哀そうなことに処刑されちゃうんだけど、亜麻音さんは隠蔽の用意はしてる? してないなら今すぐ消して!』

「…………」


 亜麻音さんがパンと手を打つと、唐突に魔法陣は消滅した。


『よし! まったく亜麻音さん、木っ端魔法少女の分際で僕に手間かけさせないでよね!』

「……木っ端?」

『あ、傷つけちゃった? ごめん、わざとじゃないんだ! つい口を突いて出ちゃうというか。お願い、許して!』

「…………」

『と、とにかく! 亜麻音さんの魔法は即死魔法だからね。確実にバレずに殺れるって思った場合以外は使っちゃダメだよ! 今回はルールを知らなかったってことで見逃してあげるけど、次からは即処刑だから! それじゃ!』


 ビタースイートはそう言うと、壁を通り抜けてどこかへと消えていった。

 ……なるほど。とりあえず、ビタースイートが私たちを監視していることは確認できた。それと亜麻音さんの魔法陣は、亜麻音さんの意思で消すことができるということも。


「あー、えっと……とりあえずみんな、落ち着いてね」


 唐突なビタースイートの登場により、場はやや騒然としていた。

 殺し合いを強いる魔物の登場ともなれば、それも当然だろう。

 ただし玉手さんが極めて落ち着いた様子で宥めたことで、とりあえず全員が落ち着いた。


「今は向こうも私たちに手出しする気はないようだから、警戒は捨てちゃダメだけど、無駄に慌てることはナシにしようか。――それで、話を元に戻すけど。琴絵ちゃん、ちょっと質問させて? 迷いなき殺意っていうのはどんなもの?」

「対象定まりし絶対の意思、それこそ迷いなきと称さるるに足る条件なり」

「明確に相手が決まってて、躊躇もしないって感じ? ふむふむ」


 つまり例を挙げるなら、現状でいくらルナティックランドに殺意を向けようが、状況が悪いと見て躊躇している時点で玉手さんや万木さんはこの魔法陣には引っかからないと。


「その赤い光が消える条件は何?」

「求めらるるは試練の方陣。その形を外れれば、光はたちまち消えてゆく」

「あまりにも魔法陣の形と外れ過ぎた場合、ってことね。他には?」

「観測されし因果に、これ以外の帰結なし」

「なるほど。それ一つだけ、と。最初筆に光が付いてなかったけど、あれは?」

「筆は持ち手の意に従う。求める意思が光を燈す」

「あー、じゃあ琴絵ちゃんが自由にオンオフできるんだ。うん、ありがとね」


 ……魔法によって魔法陣を描き、その付近に殺意を持つ存在が寄ると死ぬ。シンプルな結界魔法だ。

 こういう即死魔法の類は、基本的に魔法に対する抵抗力の影響を強く受ける。抵抗されると、呪いが十分に蓄積されるまで効果を発揮しない。

 しかしこの殺し合いにおいては、誰も魔法に対する抵抗力を有さない。従って、これは本当の即死魔法へと変貌するだろう。

 幸いにして、発見は容易い。この点は前回の[忍式之罠]にも類似している。同系列の魔法ということだろう。警戒さえしていればどうにでもなる魔法だ。


 ……そして、これも脱出には何の関係もない。




「さて、次はボクだね。ボクの固有魔法は[探偵隠形]。探偵活動には尾行術が必須だからね。それを補助してくれる能力だよ」


 霧島さんが自慢げに言う。


霧島 栗栖――固有魔法:[探偵隠形]

対象とした相手から如何なる方法を用いたとしても知覚されなくなる。この対象は最大で三人まで設定でき、効果時間は百八十秒÷対象人数となる。効果時間が切れるまで魔法を解除することはできない。この魔法は再使用までに三時間の時間経過を要する。


「効果はシンプルだ。ここに書いてあることが全てさ」

「そっか。一応訊いておくけど、例えばこの魔法を機械に使うことはできるの?」

「いや。封じるのは『知覚』であって『認識』ではないからね。知性を持たない機械、例えば監視カメラやセンサーなんかには効果を得られない。動物、人間、魔法少女、魔物、スウィーツ。効くとしたらこのどれかということになるだろうね」


 霧島さんはパイプ――鉄パイプでもバグパイプでもなく、タバコに類するパイプを取り出しながら語った。

 その行為に、これまで萎縮していた様子の法条さんが強い語調で口を出した。


「貴様。未成年ではないのか」

「ん? ああ、これかい?」


 法条さんに睨まれるのも構わず、霧島さんはパイプの端を咥えた。

 すると、その瞬間。

 ピイイイイイィィ……。という笛の音が唐突に鳴り響いた。

 音源は、どう考えても霧島さんが持つパイプだった。


「驚かせたかな。これはただの笛だよ。まあ、ちょっとした仕込みがあるだけのね。ほら、この部分にボタンがあるだろう?」


 霧島さんがパイプを皆に見せつける。

 ボウルと呼ばれる、煙草を入れるカップ状の部分の横に、何やら小さなボタンが付いていた。

 霧島さんがそれを躊躇もなく押すと、ボウルから煙が出た。


「これもただの湯気だよ。このボタンを押すと、ボウルの中にお湯が出現する仕掛けになっていて――」

「えっと、栗栖ちゃん? 脱線してるからそろそろ戻ってきてほしいんだけど……」

「おっと、失礼。探偵は多弁でなければならないからね。どうしても話過ぎてしまうんだ。これ以上ボクから言うべきことは特にないよ」


 霧島さんはそう言って、自分の魔法の説明を締めた。

 ……また、アリバイが機能しなくなる魔法だ。しかもただの透明化ではなく、知覚不可能と来た。これでは、どれだけ音を出そうが目立つ格好をしようが、私たちは気が付くことができない。

 だから例えば、誰かの真横で殺人を犯せば、その罪を擦り付けることすらできてしまう。凶悪な魔法だ。

 たった一人を対象にするなら、その効果時間は三分。二人なら一分半、三人なら一分だ。複雑なことを達成するには時間が足りないけれど、単純に人間一人を殺すだけなら十分な時間だ。


 仮に霧島さんが殺人を企てていたなら。常にそう考えて行動する必要があるだろう。

 それがどんなに杜撰な計画でも、一度誰かが殺されてしまえば、悲劇は避けようがなくなってしまうのだから。

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