Chapter1:彼方の背中に何を見る 【問題編】

This is my magic. ①

《これが私の魔法①》




 自己紹介の後は、皆の調査結果の報告に移り、私はマップも用いながらこの遊園地の大まかな構造を把握した。


https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16817139554809670004


 このスイートランドは四つのパークに分けられ、そこにエントランスとアーケードエリアを加えた六つのエリアによって構成されている。

 外周に接している四つのパークは、シュガリーパーク、サワーパーク、ソルティーパーク、ビターパークに分けられ、それぞれのコンセプトに合ったアトラクションが設置されている。各パークの作り込みも物凄く、細部に至るまでコンセプトに忠実に設計されているらしい。

 これらのパークの外周は、景観に模した壁によって閉ざされている。この壁も立体感があって一見して壁と疑わせない代物らしく、また、その壁の高さはかなりのものであるらしい。

 立体の壁ならよじ登ればどうかとも思うけれど、そもそもここは異世界の遊園地。外壁の向こう側に至ったとて、世界の境界があるだけだろう。ただしい出入り口に辿り着かない限り、私たちはここから出ることはできない。


 このスイートランド唯一の出入り口らしき場所は、私も先ほど通ったエントランスエリアのみ。

 ここには大きなゲートがあり、魔法少女たちは全員、そこにいたスウィーツにチケットを見せて入場してきたらしい。しかし今や、スウィーツの姿はなく、ゲートもシャッターが閉まっているらしい。無理矢理ゲートをよじ登って越えようにも、電気柵のようなものが張られているらしく、触れればたちまち電撃で気絶させられるだろうとのことだ。ゲートの高さもそれなりにあるし、落ちれば大事故に繋がる恐れもあるから、安易に試すわけにもいかない。


 結論として、簡単にここから脱出できるような方法はない。

 となると、誰かの魔法を頼ることはできないかという話になるのは当然の流れだった。ルナティックランドがそんな安易に私たちを逃がすわけがないと私は理解しているけれど、だからといって説得は無駄だろう。こんな殺し合いから逃げ出したいのは当たり前のことだし、それに私がそんなことを言い出せば疑われるのは明らかだ。


 しかし、脱出に役に立つ魔法がないか実際に見せてほしい、と玉手さんが皆に要求したことには僅かな違和感を覚えた。

 この頃にはムーンライトのことは全員に伝えているため、固有魔法について知りたいだけならそれで確認すれば済むはずだった。

 それなのにわざわざ、実演を要求する。それは……。

 他人の魔法について深く知らないままでいることを、恐れていたのではないか。誰かが裏切って事を起こした時、ともすれば真実に辿り着けなくなってしまうかもしれないから。

 ――などと、邪推をしてしまう。


 ただ、この状況だ。誰も余裕などない。私以外に違和感を覚えた子はいなかったらしく、結局は自己紹介と同じ順番で、それぞれの魔法を披露する運びとなった。




「じゃあまずはあたしからかな。二つ名持ち魔法少女なんて名乗っておきながら恥ずかしい話だけど、あたしの固有魔法は脱出には役立ちそうにないんだよね。[聖獣召喚]っていうんだけど。私の友達を呼び出すための魔法で――おいで、ポチ」


 玉手さんが席を立ち、スペースの確保された場所に移動してからパンパンと手を叩く。すると突然、床から動物的な影がニュッと飛び出した。それは確かな実体を持って、玉手さんに飛びつく。

 現れたのは普通の犬だった。魔物でも何でもない、普通の柴犬。

 ただ、魔力で強化された気配を感じる。


玉手 子犬――固有魔法:[聖獣召喚]

契約獣である動物を魔力の許す限り召喚することができる。契約獣とはこの魔法の持ち主と心を通わせた動物のことを指す。契約獣は一定時間魔物へ攻撃可能となり、身体能力が向上する。効果が切れると共に元の場所へ送還される。


「あたしの固有魔法は、召喚と契約獣への魔力付与に魔力を使うの。召喚に使う魔力は一定だけど、付与する魔力はコントロールできる。だからこんな風に……」


 玉手さんが抱いていた犬は、召喚されてから十秒も経つ頃には虚空へと消えていった。


「与える魔力を最小限にしたら、こんな感じ。呼び出せる最大数は……三十くらいかな。数だけを揃えるならね。まともに行動できるようにするなら、五が限度ってところ。魔力消費が激しいから。――とまあ、あたしの魔法はこんなものだよ。みんなの魔法も、これくらい詳しく教えて。何か大きな発見に繋がるかもしれないから」


 玉手さんがそう促すと、何人かは了解したとばかりに頷いた。

 それを確認してから、玉手さんは着席した。




「次は私だな。私の固有魔法は[聖光加護]。周囲の傷と魔力を絶え間なく回復させる魔法だ」


万木 光花――固有魔法:[聖光加護]

自身より半径10メートル以内の存在の傷・魔力を敵味方の区別なく常時回復させる。また、この常時回復を一日停止させ、魔力を全て消費することと引き換えに、対象の傷を完全に回復させる。


「この説明文には書かれていないようだが、この魔法は私自身も回復させる。だから実際には、常時回復による魔力消費はゼロだ」


 万木さんのその発言には、小さなざわめきが起こった。

 当然だ。魔法を使えば魔力を消費する。それは疑う必要もない常識だ。しかし彼女の魔法は、その常識を打ち破っている。


「この回復量だが、魔力の回復は、一時間も私の傍にいれば全回復させられる。傷は擦り傷程度ならすぐに治る。刺し傷なら、まあ数十秒といったところだ」


 万木さんは謙遜するように言うけれど、これは十分すぎるほどに強力だ。

 特に、魔力の回復量。魔法少女の魔力は、一度使い切れば全回復には一日かかるとされている。それを一時間で回復させる? 無限のエネルギーというものは魔法であっても許容されないはずだけれど、どこからそんな力を引っ張ってきているのか。

 ともかく、常時回復は相当に強力な効果らしかった。

 などと私が納得していると、万木さんはやや躊躇う様子でこう付け足した。


「ただし即死の傷と、広範囲の深手は自動回復では無理だ。治す前に死んでしまう」


 死んでしまう、と発した時、万木さんの顔に僅かな影がよぎる。

 きっと、過去に何かあったのだろう。彼女の魔法では癒しきれなかった事例が。


「傷が広範囲、あるいは深くまで及ぶと回復にかかる時間が増加する。一定以上の傷は、死に向かう流れの方が早い。そういう時は奥の手を使う。常時回復を丸一日停止させ、更に私自身も魔力が完全に尽きるので気絶してしまうが、どんな傷だろうと死ぬ前なら完全に治癒できる。……私の[聖光加護]は、そういう魔法だ」


 これで説明は終わりらしく、締め括りの言葉と共に万木さんは隣の小古井さんに視線を遣る。

 ……正直なところ、二つ名持ちの魔法少女の内、玉手さんの実力は測りかねている。召喚魔法ということはわかったが、最大まで魔力を付与した時に契約獣がどこまで動けるかがわからない。

 だが二つ名を授かるくらいだ、かなり強力であることは確かだろう。

 一方で、万木さんの魔法の強さはわかりやすい。異常な強力さの常時回復と、奥の手としての完全回復。近くにいるだけでこうも心強い存在もそういないだろう。

 これが二つ名持ちの魔法少女。納得の性能を有した固有魔法だ。




「次はトモちゃんの番ですね。トモちゃんの固有魔法は[共鳴急行]というのです。こういうベルを作って……」


 ポン、と小古井さんの手の中にハンドベルが出現する。

 棒付きの、召使いを呼ぶようなシーンに使われるやつだ。

 突然現れたそのベルを、小古井さんはテーブルを滑らせて私に寄越してくる。


「鳴らしてみてほしいのです」

「私? まあ、いいわよ」


 チリリン、とベルを二回ほど鳴らしてみる。

 瞬間、小古井さんの姿が掻き消えたと思ったら、彼女は私のすぐ隣に立っていた。

 メイド服姿で待機する様子は、まるでさっきからそこにいたと言わんばかりだ。

 固有魔法の説明は予め読んでいたので、声を上げるほど驚きはしなかったけれど、それでも少しだけ驚いた。つられて、私の尻尾がビクリと跳ねる。


「あ、驚かせてごめんなさいなのです。えっと、今のがトモちゃんの固有魔法で、このベルが鳴った場所にすぐに転移できる魔法なのです」


小古井 奉子――固有魔法:[共鳴急行]

魔法のハンドベルを生み出す。このベルが生命を持つ存在に鳴らされた場合、この魔法の持ち主は瞬時にハンドベル周辺の状況を認識し、望むならばその場に転移することができる。ベルは最大で五つまでしか存在できず、新たに生成した場合古いものから消滅する。


「残念ながら、脱出に使えるような魔法ではないのですが……このベルは五つまで作れますから、あとで皆さまに差し上げるのです。何か困ったことがあったら、遠慮せずにトモちゃんを呼んでほしいのです」


 小古井さんはそう言ってニコリと笑い、自分の席へと戻っていった。


 玉手さんの召喚魔法とは違い、小古井さんのは転移魔法。しかも面白いのは、トリガーが完全に他者依存である点だ。

 生命を持つ存在に鳴らさせなければならない以上、物理装置による自作自演は不可能だ。動物に括りつければ可能かもしれないけれど、それでは制御ができない。まさか、動物を閉じ込めた檻に転移したところで意味はいないだろう。第一、このスイートランドには普通の動物なんて存在しないだろう。

 ただ厄介なのは、こういう転移魔法があると彼女のアリバイは信用しづらくなってしまう点だ。転移すれば一瞬で現場から離れられるのだから、不在証明も何もない。誰かとずっと見合っていたとか、明らかに別の誰かの固有魔法が使われた事件でもない限り、彼女は容疑者に入り続ける。

 これは絶対に推理のノイズになり得る――


「あっ、奉子ちゃん、ちょっと待って!」


 不意に、玉手さんが叫んだ。


「新しいベルは、しばらく作らない方がいいかも。そのベルって、今までも他の誰かに渡してるよね?」

「え? 渡してるのです。それが?」

「だったら、誰かが鳴らしてくれれば奉子ちゃんは脱出できるんじゃない? それで助けを呼んでくれれるとありがたいんだけど」

「ふむ。けれど、魔王がそんな簡単な脱出を許すのかな? もしかしたら、この遊園地の外には転移できないようになっているかもしれないよ」


 俄かに沸き立った希望を語る玉手さんに、霧島さんが水を差した。

 ただ、玉手さんに気分を害された様子はないし、霧島さんも悪意があったようではないらしい。考えが思わず口に出てしまっただけだろう。


「ともかく、ベルは作らないでもらっていい?」

「わ、わかったのです。……あ。たぶん、私が急にいなくなったなら友達が鳴らすと思うので、どれだけ遅くても明日には鳴ると思うのです」

「なるほど。それじゃあ、明日……いや、明後日までは様子を見ようか。それでいい?」

「はい、了解なのです」


 結論として、小古井さんの固有魔法は脱出の希望として採用された。

 けれど私は、内心では霧島さんの推測に賛成だった。あのルナティックランドが、その程度の方法で脱出を許すはずもない。そもそも魔法少女たちは知らないことだけれど、この場所は人間の世界とは別の世界だ。

 世界間の分断がある以上は、原理上、魔法の影響も届かない。例外もあるけれど、小古井さんの魔法はおそらくその例外たり得ないだろう。


 ……自分もやったことだ。序盤で脱出の希望を完全に折る重要性はよく理解している。だからこそ、ルナティックランドは手を抜いていないだろう。

 なら私は、どうすればいいのか。どうすればルナティックランドの思惑を超えて、魔法少女たちを元の世界に帰すことができる?


 考えても結論は浮かばないまま、固有魔法の披露は次へと移った。

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