Demon King's Invasion Plan
《魔王の侵略計画》
――香狐さんは語る。
「もともと私は、魔王に目をつけられていたの。当然よね。魔王からしたら、対抗手段を生み出す私は邪魔で仕方ないはずだもの。
だから私は、本来表舞台には出ない。私が死ねば、魔法少女は、そして人類は遠くない未来に滅びるもの。そんな未来を回避するために、私は全力で隠れ潜む生活を送っていた。それなのに、数か月前。どういうわけか、私は居場所を特定された。……本当にどうやって特定されたのか、今でもわからないわ。隠蔽は完璧だったはずなのだけれど。
ともかく、私は居場所を捕捉されて、大量の魔物を差し向けられた。私はスウィーツにお願いして、強い魔法少女を呼んでもらったりして、なんとか身を守ろうとしたけれど……。私のために集まってくれた子たちはみんな、倒れていったわ。そして私は、魔王に捕らえられてしまった。
その魔王が、【十二魔王】のうちの誰かは……言わなくてもわかるでしょう。私がここにいる時点で。
私は囚われた。けれど、殺されはしなかった。
……酷いことを沢山されて、心はすっかり壊れてしまったけれど。
本当に、酷いことをされたわ。そのおかげで、私もう、感情をあまり感じないの。
――いえ、ごめんなさい。これは関係ない話だったわね。
私が魔王に殺されなかった理由は、魔王は私の力を、自分の役に立つように改造したがっていたから。私の、というより、スウィーツの力ね。
考えてもみて? スウィーツは、人を魔法少女にする力を持っている。なら例えば――人を、魔物にすることができたら? 魔物への対抗策にするのではなく、そのまま、魔物の仲間として変容させられるとしたら?
魔物相手なら、魔王は好きなように命令を聞かせることができる。これが何を意味するか、もうわかるでしょう?
魔王は、スウィーツを改造して、人を魔物に変える術を欲していた。目的はもちろん、人類の支配。――それが、この殺し合いが開かれた真の動機よ。
魔法少女が殺し合う様を見せつけて、今度こそ私の心を折り、私にスウィーツを改造させようとした。それが、この殺し合いが推理デスゲームである理由。ただ殺し合うのではなく、じっくり、じっくり、人が死んでいく。……私が、魔王に屈服すれば、それで殺し合いは終わるという条件をチラつかせてね。
でも私は、魔王に屈するわけにはいかなかった。
当然でしょう? だって、私が魔王の言うことを聞いたって、あなたたちが無事に解放される保証はない。むしろ約束を反故にして、あなたたちを殺してしまった方が、私はより絶望するでしょうね。……もう、魔王に抗う気力すら失くしてしまうほどに。
だから私はずっと、見ているしかなかったの。……本当に、ごめんなさい」
香狐さんが、僅かな悲しさを滲ませて言う。
その謝罪に伴う悲嘆は、起きた出来事とは釣り合わないほどに軽いもので――本当に香狐さんは心が壊れてしまっていると、実感するには十分だった。
でも、突然の話過ぎて、私は茫然としてしまう。
だって――こんな殺し合いには、何の意味もないと思っていた。
それが急に――人類の支配? この殺し合いには、人類の存亡がかかっている?
スケールが急に拡大されすぎて、ついていけない。
だけど、確かなこともある。
香狐さんの心は既に、たいぶ摩耗している。
これ以上殺し合いが続いたら、あるいは、本当に……?
「……ごめんなさい。突然こんなことを言われても、困るでしょう? でも、あなたには知らせておかないければならないと思って。……知らなければ、後悔することになるでしょうから」
「…………」
確かに……知らないままでこの館での生活を続けていたら、どうなっていたかわからない。それこそ本当に、何かのミスで人類が滅んでしまうことも、あり得ないとは言えない。そういう可能性が浮上してしまった。
だけど……私一人がこれを知ったところで、何になるだろうか。
魔王に罪を償わせる。そんなことを考えていた時期もあった。でもそれは、死者の想いを継いだ気になって、狂気に染まっていた時の話だ。今はもう、恐怖しかない。
「……っ」
自分が狂っていたことを思い出して、また身震いする。
魔王は死んだ、はずだ。でも、殺し合いは終わっていない。
香狐さんが……そして私たちが今置かれている立場は、極めて中途半端なものだ。
香狐さんの能力の悪用を目論む魔王が、まだその目論見を捨てていないのかどうかがわからない。そもそも、この殺し合いが本当に続行されているのかすら確信が持てない。魔王は死んだ。少なくとも、表舞台から姿を消した。これならもう、殺し合いを続ける意味もないはずだ。報酬を与える立場の魔王が、いなくなってしまったのだから。
……でも現に、私たちは解放されていない。
玄関の扉が開いていないかどうかも確かめた。やっぱり、扉は閉ざされたまま。何の変わりもなく、私たちは閉じ込められ続けている。
「……この、話。他のみんなには……?」
「話してもいいし、秘密にしてもいいわ。話せば状況が好転するかもしれないし、逆に話すことで不利益が発生するかもしれない。私自身、どう転ぶかはわからないわ。だから……彼方さんはどう思うかしら?」
「え……。わ、私は……」
考えようとして、すぐに頭が真っ白になる。
……この、私の選択一つで。人類が本当に滅んでしまうことすらあり得る。
そんな選択肢を与えられたって……。
「……ごめんなさい。酷な質問だったわね」
「…………」
「とりあえず、他の人にはまだ秘密にしておきましょうか。現状維持なら、何かこれ以上の不利益は発生しない……はずよ」
「…………」
ここで私が迷った結果、人類が魔王に支配されるようなことになれば。
そうしたら、私は……。二人殺してしまったどころの話じゃ……。
「……っ」
そう考えると、急に怖くなった。
――今度は、香狐さんに縋ることすらできない。もし私の葛藤のせいで、香狐さんの身に、そしてこの世界そのものに何かあったら……。そう思うと、香狐さんにすら顔向けできないように思えてしまう。
一度溢れ出た恐怖は、もとからあった不安と迎合する。
殺し合い、サキュバス、人類の危機。考えるべき問題が、私の心をグチャグチゃに掻き乱す。
恐怖と、不安と、悲嘆と、絶望と。あらゆるネガティブな感情が、心の中で攪拌される。
もう嫌だ。こんなこと。どうして私が。嫌だ。投げ出してしまいたい。
でも――死にたくない。たとえ死ねば全てから解放されるとしても、死ぬのは怖い。自殺するなんて、無理だ。自分を殺すなんて、そんなこと……。
じゃあ……殺されるのを待つ? ゆっくりしているうちに、厄介な探偵役として被害者に選定されて、殺してもらえるのを待つ? どんな苦しい殺し方をされるかもわからないのに?
嫌だ。そんなの。自殺するのも、殺されるのも、怖い――。
「……ぁ」
不意に、自分が恐怖のあまり、拳を強く握りすぎていたことに気が付いた。
爪が手のひらに食い込んで、少し出血している。
……試しに[外傷治癒]をかけてみる。けれど、治らない。やっぱり、自傷には[外傷治癒]が発動しない。
私は、どうせすぐに消えてしまうのだからと、血を服で拭った。
……自分がだんだん血に慣れてきた悍ましさに、私は更に深い恐怖に陥る。
「もう、寝ましょうか。すっかり日付も変わってしまったわ」
「……はい」
目を閉じる。
暗く濁ったどす黒いものが、胸の中で渦巻いている。
狂気の塊が、私の中に巣食っている。
――ここは、世界の最前線。
しかし同時に、人類の最終防衛線でもあった。敗北寸前のところまで、既に最前線は押し下げられていた。
この地獄に、人類の行く末が懸かっている。
ここにいる魔法少女、ただ――四人だけの手に、何もかもが委ねられた。
そんなの、あまりにも――。
狂ってる。
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