What should we do?
《私たちはどうしたらいいの?》
朝食の席には、全員集まった。
……全員というのはもちろん、夢来ちゃんを除いた全員だ。
私、香狐さん、藍ちゃん、接理ちゃん、佳凛ちゃんだけが席に着いている。
――最初は、ここに十三人座っていた。一人ずつ自己紹介をして、脱出のための話し合いをして……。
それが今や、その数を五人にまで減らしている。
全員、無言で朝食を胃に流し込む。たまに佳凛ちゃんが独り言を呟いたけれど、誰も反応しなかった。
私はあまり食べれる気がせず、大部分を残したため、すぐに食べ終えた。けれど、席を立つ気にはなれない。
香狐さんがまだ食べ終えていないから、ではない。
私たちは無言だけれど、それでも、たった一つの意向だけは言葉がなくとも共有していたから。だから、藍ちゃんも、食べ終えても席に着いたままでいた。
やがて、全員の食事が終わる。
私は、席に座ったまま俯いていた。左手は、香狐さんと繋がっている。
香狐さんは、感情の窺えない表情で――いや、感情もなく、ただ周囲の様子を客観視していた。
接理ちゃんは虚無的な表情を浮かべながら、周囲を観察している。
佳凛ちゃんは……。佳凛ちゃんだけは何もわかっていないようで、どうしてみんな席を立たないんだろうとばかりに、不思議そうにしながらきょろきょろしていた。
そして、藍ちゃんは――。
「……これから、どうするつもりだ」
全員が食事を終えたのを見て、藍ちゃんが口火を切った。
それは、昨日は有耶無耶にした話題。一夜明けて――どうしても、考えざるを得なくなった話題。
「魔王は死んだ。間違いなく。そして、あの悪魔を殺せば、この狂った生活に我らは終止符を打つことができる。それがわからないのか?」
藍ちゃんは、強く私を睨みつける。
魔物を討伐することでの殺し合いの終焉を訴える。
「……どうして、ワンダーが死んだなんて思えるの?」
「【無限回帰の黒き盾】としての見解だ。そう言う貴様こそ、なぜあの悪魔を庇う?」
話が始まってすぐさま、視線をぶつけ合う。
完璧に、私たちは対立していた。
……夢来ちゃんが、魔物だった。それは私も認めている。でも夢来ちゃんが、悪い魔物なんて、そんなの信じられない。だって……私は、夢来ちゃんと普通に――、いや、普通以上に仲のいい友達として接してきた。
夢来ちゃんは最初、むしろ私のことを警戒していた風だった。それでも少しずつ心を開いてくれて、最後には向こうから歩み寄ってくれるほどになって、更に仲を深めた。――どう考えても、私のことを狙う魔物の行動じゃない。
……むしろ私は、助けてもらっていたはずだ。
第三の事件、あれは夢来ちゃんが解いた。もし、私にのしかかる罪の重さが、二人分ではなく三人分だったら――。きっと私は耐えられなかった。……今でも、完全に耐えられているとは思えないけれど。でも間違いなく私は、夢来ちゃんの献身のおかげで、少しだけ重荷を減らすことができた。
だから私は、仮に夢来ちゃんが魔物だとしても……。殺すなんて、そんなことできない。
彼女を友達だと思うのなら……献身には、報いなければならない。
「……とりえあず、ぶつかり合うのが目に見えてるのだから、桃井さんのことは後回しにしましょう」
香狐さんが手を打ち鳴らして、私たちの注意を引く。
「私たちが今するべきは二つ。ワンダーが本当に死んだのか確認すること。そして、改めて脱出の方法を探ること。本当にワンダーが死んだのなら、もう出られるのかもしれないわ」
「…………」
今朝、厨房に行く前にも確認した。玄関の扉は、やっぱり開かなかった。
玄関の扉が開かない時点で、脱出の可能性はないと言ってもいい。
そもそもここはスライム館。解放する気があれば即座にできるはずだし、逆に開放する気がないなら、どうやっても出ることはできない。
論理的に考えれば、私たちはまだ、どうやってもここから逃れることはできない。
けれど――誰も反論はしない。最初の日と同じだ。どうやっても出ることはできないとわかっていて、それでも、もしかしたらと思えてしまうから。だから、脱出のための道を探す。
……それについて、反論は出なかった。
「……どうやって、あのクズ魔王の死を確かめるつもりなのかな」
代わりに、接理ちゃんによって指摘されたのは、ワンダーの生死確認の方法だった。
きっと接理ちゃんだって、あの魔王の死を確かめたいのだろう。――いや、誰よりもあの魔王の死を熱望しているはずだ。
なのに、接理ちゃんは諦めたような顔をしている。
「……そうね。それが問題よ。絶対に知っているはずの魔物はいるけれど……」
香狐さんが壁に――つまりは館スライムに目を向ける。
確かに、この館スライムは全てを知っているはずだ。……もし、館内を全て把握するような感覚器官を持っているのであれば。
いや、そうでなくとも、知っているのは確実だ。この場所から逃げるためには、館スライムへの命令は必須だ。どこかに隠れるにしても、それは同様。館スライムは間違いなく、魔王の最終位置を示す命令を受け取っている。
でも私たちに、それを知る方法はない。馬鹿正直に、教えてくださいなどとここで叫んだところで、この館スライムは何も教えてはくれないだろう。
じゃあ、どうすればいい? どうすれば、魔王の生死を確認することができる?
「隠れているとしたら、たぶん、玄関ホールの謎の部屋にいると思いますけど……」
「そうね。あの部屋は、この殺し合いが始まってから、私たちのうちの誰も踏み入っていないもの。隠れるとしたら、あそこ以上にうってつけな場所は他にないでしょうね」
私の言葉に、香狐さんが同意してくれる。
あの一階の、『???』の部屋。ワンダーが初めて私たちの前に現れたときに、出てきた場所。
あそこに入るためには、この館スライムに命令を聞かせなければならないはずだ。
私たちの誰も、そんなことはできない。まさにあの場所は、魔王専用の部屋だ。
「…………」
結局、手詰まりだ。魔王の生死を確認する方法なんて、私たちにはない。
魔王はこの館において、絶対の支配者として振る舞っている。もし魔王がなりふり構わず何かをしようと決意したなら、私たちはそれに翻弄される以外の道がない。
隠れる決意をしたなら、ワンダーは絶対に隠れきる。私たちがどれだけ懸命に探そうと無駄だ。
「――やはり、魔王は死んだという前提に立つべきだろう。ならば我らのすべきことは一つだ。早急に、あの悪魔を排除する。それが――」
「ダメッ!!」
私は叫んで、藍ちゃんの言葉を遮る。
そんな私を、藍ちゃんはますます強く睨みつける。
「……ふん。貴様は、理解しているのか? あれは、邪悪な魔物だ。善良な魔物など、この世に存在するはずがない。いい加減に、現実を認識しろ」
「夢来ちゃんは、ちが――」
「いいや、違わないとも。貴様は騙されたのだ。狡猾な魔物が魔法少女に扮し、貴様にすり寄って自らのイメージの固定に利用した。ただそれだけのことだ」
「違う! 夢来ちゃんは、私の友達で……」
強く言い切れない自分が憎い。
私は私自身の手で、夢来ちゃんとの友情に罅を入れてしまった。その後悔が、断言することを躊躇わせた。
「――やはり、貴様は理解していない」
私の弱い反論に、藍ちゃんは目を更に鋭くする。
色彩の異なる双眸が、同時に私を射抜いている。
「仮に。仮にだが、あの悪魔と貴様に本物の絆などというものがあったとしよう。だが、そんなものは全て――無意味だ」
「……ぇ」
「魔物にとって、魔王は絶対存在。魔王の命令は全てに優先される。貴様との絆など、魔王の力で容易く踏みつぶされるものだ。友情を振りかざしたところで、奴は殺し合いの続行を取り消したりなどしない。――いいや、できないのだ。それでもなお、奴を庇うか? 既に破壊された友情に拘泥し、我らで殺し合うか? ――貴様は、それを容認するのか?」
「……っ」
この殺し合いが進めば……。
行き着くところまで行ってしまえば、最悪、人類は滅ぶ。それを、藍ちゃんは知らない。この場の誰にも、香狐さんが打ち明けてくれた秘密を話していない。
人類の滅亡。それだけは何としても回避しなければならないことくらい、私にもわかっている。
でも、そのために――夢来ちゃんを犠牲にする?
そんなの……嫌だ。
方法は、一つだけある。夢来ちゃんも失わず、世界の危機も回避する方法。
それは……ここで殺し合いを終えること。ただそれは、脱出や、魔王の討伐を意味しない。
……そう。既に私は、香狐さんとその約束を交わしていた。
その意味を今、ようやく理解する。香狐さんが願ったのは――。
この館で、一生を過ごすこと。
ただの現状維持を、永遠に続けること。
それが唯一の解だと、香狐さんは既に察していたのだろう。
だから……香狐さんはその約束を、私に迫った。
――しかし今、藍ちゃんにそれを提案したところで、呑んでくれるとは到底思えない。
私自身、今になって少し思ってしまう。
ここで一生を過ごすなんて、そんなの――やっぱり、何か変だ。
香狐さんへの依存心がほんの少しだけ剥がれて、ようやくそんな風に思える。
ここで一生を過ごすなんて、そんなの――。どこかの時点で、おかしくなってしまうとしか思えない。
いや、そもそも、ここで一生を過ごすことを決意できる時点で狂ってる。
こんな――既に七人分の命を呑み込んだ悍ましい館で。
でも、ここで一生を過ごすことは最適解であると、香狐さんに真実を教えられた私は思ってしまう。
人類の破滅も、友達の死も、そして私自身の死も、何も受け入れられない私が取れる、逃げの一手。
だったら、私にできるのは、ここで過ごすことの有意性を藍ちゃんに説くことくらいしか――。
――そう考えた矢先に、脳裏に電流が奔る。
最適解は、既に――破綻を来していた。
だって、だって――。
今朝、何気なく作り上げた朝食の食べ残しに目を遣る。
私たちの分の食料は、魔王が用意していたはずだ。じゃあ――。
魔王が雲隠れした今は、誰が私たちの食事を保証してくれる?
「……っ」
余計なことをしてくれたと、考えてしまう。
私たちに――明確なタイムリミットが設けられた。魔王を、中途半端に追い詰めてしまったせいで。
今はまだ、このタイムリミットに私しか気づいていないかもしれない。
けれど、このタイムリミットに全員が気づいて、なおかつ終わりの時が迫ったのならば――。
間違いなく、私以外の全員が、こう言うだろう。
夢来ちゃんを殺すべきだ、と。
「答えられぬか?」
不意に、思考が現実に引き戻される。
……そうだ。藍ちゃんと、口論になっていた最中だった。
藍ちゃんの主張は、確か……。私と夢来ちゃんの関係性がどうあれ、魔物である以上は、魔王の命令に逆らえないということ。
……そのくらい、昨日も反論したはずだ。
「魔王が本当に死んだなら、それで命令は解除されるんじゃないの? だったらやっぱり、ワンダーを倒せば終わりだよ」
「それは違うと言っているだろう。魔王は死んだ。その死後に、あの悪魔は呪わしき宣告を行った。故に、魔王が死したところで、その呪われた命は引き継がれる」
平行線の議論が続く。私は、魔王が死んだことを信じていないから。藍ちゃんは、魔王が死んでいない可能性を頑迷に否定するから。
もう香狐さんの制止も聞かず、私たちは意見をぶつけ合う。それでも何も、結論には達しない。
最終的に、議論を放り出したのは藍ちゃんの方だった。
藍ちゃんは、「そこまで言うならば、好きにするがいい」と、私を強く睨みつけてどこかへ行ってしまった。
……どうして、こうなるんだろう。
ひとたび事件が起き、議論が始まれば、いつも結論は一つに纏まるのに。
誰かの願いで魔王を打倒した今の方が、遥かに悪い状況に思える。
議論は錯綜し、意思は纏まらず、関係性だけが壊れていく。
どうして、こうなるんだろう。
嘆けど、やはり、答えなど出なかった。
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