Chapter5:夢見た未来は遥か彼方 【問題編】
I tell you the secrets of the world.
《世界の秘密を教えてあげる。》
「「…………」」
互いに無言の時間が続く。
香狐さんは、たった今、夢来ちゃんが魔物だと最初から知っていたと暴露した。
その上で、話がしたいと言ってきた。魔法少女の秘密、そしてこの狂った殺し合いの理由を。
そう切り出してから、香狐さんはなかなか、最初の一言を発そうとしなかった。
「ああ、えっと……ごめんなさいね。私自身、まだあまり整理がついていないことなのよ」
「……いえ」
そもそも何を話すか知らない以上、私には何も言えない。
急かして、彼女を傷つけることにはならないか。あるいは、聞いて後悔するような話じゃないのか。
どの可能性も否定できない以上、私は口を挟めなかった。
でも、だけど……。私は単純に、知りたいと思っていた。
香狐さんが今まで明かそうとしなかった、昔の話。香狐さんが今まで歩んできた人生。きっと今から、それを教えてもらえる。
……こんな。こんな悲惨な状況に置かれてまで。私の心は、無邪気にそのことを喜んでいる。最低だ。
「まあ……だいたい纏まったわ。それじゃあ、聞いてもらえるかしら?」
「……はい」
なるべく喜色が表に出ないように、殊更真剣さを強調して頷く。
そうして私は、香狐さんの物語を知る。
悲劇と狂気に彩られた、奇跡を貶める最低の絶望の物語を。
◇◆◇◆◇
「まず最初に謝るべきは、やっぱりこれでしょうね。そもそも、桃井さんのことを言っておいてなんだけれど、私自身も魔法少女じゃないのよ」
「魔法少女じゃ、ない……」
「ええ。私は、もう一つ上の次元の存在……と言うと偉そうかしら。でも実際、そういう存在なの」
香狐さんは、自嘲するような微笑みを見せてから言う。
「私は――スウィーツの創造主。つまりは、あなたたち魔法少女の創造主、ということにもなるわ。だから私には、魔法少女と魔物の見分けがつく。だから私には、桃井さんが魔物だと最初からわかっていた」
「……ぇ」
その暴露に、思考が固まる。
スウィーツの、創造主? そんな存在――聞いたことがない。
「私という存在に、種族的な名前はないわ。そもそも、同類もいないわけだし。――普段は表舞台に出ずに、人々に魔物に対抗する力を与える。それが私の役割よ。人が魔物に蹂躙される世界を実現させないために、スウィーツという種子をばら撒いた」
香狐さんはそれを、遠い昔の出来事であるかのように語る。
というよりも、なんだか香狐さん自身実感がない話のようだった。
「といっても、スウィーツ――魔法少女という仕組みを本当の意味で作ったのは、私ではないのだけれど。今のは全部、先代から聞いた話よ」
「え? 同類はいないって、さっき……」
「ああ、代替わりしてるのよ。さっきのは、同じ時代に同類は存在できないって意味。役目の引継ぎを終えたら、消えてしまう。私たちは、そういう存在なの」
香狐さんが寂しげに呟く。
「ああ、一応言っておくと、私が代替わりしたのは十八年前よ。あなたたちと歳はそんなに変わらないわ。代替わりの周期――要するに寿命も、だいたい百年くらい。姿も人間と変わらないし……だから、そんなに壁を感じないでもらえると嬉しいわ」
「……はい」
頷いたけれど、正直まだどう受け止めていいのかわからない。
やっぱり今までと比べると、差異を感じてしまう。
「……ぁ」
不意に、香狐さんが前に言っていたことを思い出した。
誰かと一緒に寝たことがない。修学旅行のようなイベントも経験したことがない。
今まで、学校で何かトラブルでもあったのかもしれないと思っていたのだけれど、そうではなく――。
そもそも、人間じゃないから学校なんて通っていなかったという、それだけの話なのだろう。……夢来ちゃんは、学校に通っていたけれど。悪魔であるはずの夢来ちゃんにも、何か、理由があったのだろうか。
私たちを騙して、魔物が人間社会に溶け込んでいた理由が。
「……そういえば。彼方さん、おかしいとは思わなかった?」
「え? な、何をですか?」
「私の固有魔法よ。あれ、どう考えてもおかしいでしょう」
「…………」
香狐さんの固有魔法、[精霊使役]。
精霊・スウィーツを味方として、共に苦難に立ち向かう友とする。スウィーツの力を強化するような効果はなく、戦闘にどれくらい役立てられるかはスウィーツの資質次第。
何か、おかしいところがある?
魔法がスウィーツ関連だということ? 確かにそれは、香狐さんの正体と繋がる要素だけれど……。
……ああいや、違う。もっと根本的なものだ。
「香狐さんの魔法……。もしかして、何も、効果がない……?」
スウィーツの強化もできない。スウィーツに強制的に命令するような能力でもないと以前言っていた。スウィーツと友好が築きやすくなるとか、そんなことも書かれていない。
つまり……。それっぽく書いてあるだけで、実は何も中身がない。
[精霊使役]の説明文は要するに、全てはスウィーツ次第だと書かれているに等しい。そんなの……固有魔法として成立していない。
「ええ、正解よ。というより、私は魔法少女じゃないんだから、固有魔法なんて持ってないのよ。ただワンダーが、それっぽく書いただけ。私には本来、何の能力もないわ。……よく今まで、こんな簡単なことがバレなかったわね」
『きゅー』
足元でゴロゴロしていたクリームちゃんが、肯定するように一鳴きする。
香狐さんは微笑んで、クリームちゃんを抱き上げた。
「それとこれも謝っておくけれど。私、あなたを守るって言っていたじゃない?」
「は、はい……」
「私が見返りを要求しなかったのは、本当にあなたを守っていたのは私じゃなかったから。――彼方さんを守ってくれていたのは、この子よ」
『きゅー』
どうだ、とばかりにクリームちゃんが鳴く。
それに私は、少し裏切られたような気分になる。
「え……? えっと……どういう、ことですか……?」
「戦闘力的な話ではないわ。この子――というよりスウィーツが持つ、魔法少女の権利剥奪。それを逆手に取った守り方よ。ほら。仮に、誰かが私や空鞠さんを殺しに来たとするでしょう。けれど、クリームの目の前で殺人を犯せば、魔法少女の権利が剥奪されて、自分が【犯人】だと一瞬でバレてしまう。【犯人】に考える頭が少しでもあれば、クリームに守られている私たちは殺せないとわかるでしょうね」
「あっ……」
確かに、そうだ。
魔法少女の権利が剥奪されてしまえば、変身が解除される。あからさまな服装の変化があれば、すぐに誰かがそれに気づくだろう。それはそのまま、【犯人】特定の決定的な証拠となってしまう。【犯人】としては、一番避けたい展開だ。
だけど、一つだけ……腑に落ちないことがある。
「……あの、香狐さん」
「何かしら?」
「……どうして、私だけを守ってくれるんですか? 他の人も、守ってあげられてたなら、こんな……」
こんな……もう七人も死んでしまった、悪夢の殺し合いなんて起きなかったのに。
「そんな殺し合いを停滞させるようなことをしたら、ワンダーは容赦なくクリームを隔離したでしょうね。……そう簡単に、私以外も守れる手じゃないのよ」
「なら、どうして、私だけ……」
「……そうね。端的に言ってしまえば、あなたが一番魔法少女らしかったから。感情的に言うなら、私はあなたのことが一番好きだったから」
好き。前にも言ってくれた言葉だ。
「香狐さんが、私のことを好きだって言ってくれるのは……。私が、魔法少女だからですか? 香狐さんは、魔法少女の創造主だから、それで……」
「いいえ、違うわ。私があなたを好きなのは、あなたが一番魔法少女らしいからよ。純粋で、優しくて、ひたむきで、傷つきやすい。そんなあなただから、私は守ろうと思ったのよ。――他の人の代わりなんかじゃないわ」
香狐さんに抱き締められる。
香狐さんの腕の中で、確かに、想いを実感する。
自分が愛されていることを、肌と肌の触れ合いで確かめる。
「あなただから、私は私のことを打ち明けるの。だから――聞いて。この殺し合いが始まった、本当の理由を」
そうして香狐さんは――呪われた過去を、語り始めた。
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