世界は変わる

 月明かりが世界を照らしている。夜闇を祓う月光は、なんだか寂しくなるほど弱々しい灯りで、漠然とした不安に襲われる。


 私が一晩家にいなかったことは、結局家族にはバレていなかったらしい。出る時も自分の部屋の窓から出たし、帰りもそうしたから、当然かもしれない。

 壮絶な経験を経て変わった私を見て、両親はただ、『今日はどんよりしてるみたい』とだけ言った。……外から見たら、そんなものだろうと思う。ずっと自分の部屋にいたはずの娘が、実は十数日間の監禁、そして凄絶な殺し合いを経て帰ってきただなんて、想像だにしないだろう。

 ……両親の顔を見るたびに、初さんと忍くんの死に様を思い出した。凄惨な処刑と、それに導いた私。夢来ちゃんが死んで、それでも生き残った私。強烈な自己嫌悪に貫かれて、私は今までどう生きてきたのか、よくわからなくなってしまった。

 両親の前でも、学校でも、なるべくいつも通りを心がけて過ごしたけれど――むしろいつも通りを心がけるほどに、見える景色はどんどん空虚になって、日常から乖離していく。


 私は、以前の私から変わってしまった。

 こんな黒い思いを知らなかった、あの頃にはもう戻れない。

 空に輝く満月は、煌々と光を発している。しかしじきに、ゆっくりと欠けていってしまうのだろう。半月になり、三日月になり、やがては夜空の暗闇から姿を消してしまう。

 ……だけど私は、それをただ眺めているわけにはいかない。虚無感に沈むのではなく、自分にできることをしないと。

 私が自分を許せなくなって、あの月のように消えてしまいたいと思う前に。


「ふぅ……」


 夜の街を、魔法少女の身体能力で駆ける。空気を切り裂いて、夜気に全身を撫でられながらも、目的地を目指す。

 やがて辿り着いたのは、とある神社だった。

 ここに、魔物が出るらしい。それをのが、今日の私の役目だ。

 ――出た。小動物のような見た目をした魔物が、こちらを見ている。


『なにしにきたの?』

「……ちょっと、お散歩にね」


 剣は出さない。魔法少女として、魔物の話に応じる。


『ふぅん。でも、すぐにかえったほうが、いいとおもうよ? あなたのかぞく、いま、まものにおそわれてるから』

「…………」

『……あれ、どうしたの? かえらないの?』

「だって、嘘だよね、それ」


 私は、魔物の言葉を切り捨てる。

 この魔物の性質は知っている。嘘で人を騙し、その姿を嘲笑う。そういう魔物だ。


『……ありゃ、ばれちゃった』


 小動物は残念そうに肩を落とす。

 今までならきっと、剣を取り出して、この魔物を退治していただろう。でも今は……私は剣を取り出さずに、その魔物に呼び掛けた。


「ねぇ、こんなことはもうやめよ? 人を騙すのは、よくないよ」


 魔物は自己の性質、本能には抗えない。どれだけ言葉を飾り、正しい言葉を届けたとしても、規定された以外の行動を取ることはできない。

 それでも、と私は話しかける。


『でも、たのしいよ? ひとをだますの』

「あなたの仲間たちはみんな、そんなのもうやめてるよ?」

『っ!? そ、そうなの……? もう、ぼくだけ……? ぴえん……』

「……ごめんね。今の、嘘」

『えっ? ひ、ひどい……』

「ごめん。だけど……今騙されて、どんな気持ちだった?」

『ふぇぇ。かなちい……』

「だよね。それは、他のみんなも同じ気持ちなの。誰だって、騙されるのは嫌。だったら……わかってくれたなら、こんなことはやめて? ね?」

『…………ん』


 魔物は、私の言葉に頷き――これ以上私を騙そうとすることなく、去っていった。

 あの魔物が本当に騙すのをやめるか、私にはわからない。もしかしたら今のも、私を騙そうと嘘をついていたのかもしれない。

 だけど……嘘をついていないというはできた。これまでの魔物の常識では、考えられないことに。


 そう――あの殺し合いから、世界は変わった。

 魔物は、人を襲う。ただの悪戯ならまだいい。時に人を傷つけ、命を奪うような魔物だっている。でも、それは本能から来る行動だ。止めたければ、争って、相手を殺すしかなかった。それが今までの魔法少女の戦い。

 説得は無駄だから。どんな言葉も通じないから。そうやって『仕方なく』と言い訳して、私たちは相手の命を奪ってきた。私にとっても、それは当たり前の事だった。魔物は倒すべき存在で、どうしようもない相手だって。


 その常識は、つい先日覆された。

 私たちは、魔物を『説得』する術を身に着けた。

 あの殺し合いで魔王が語った、魔法少女の進化の可能性。あれはただの嘘っぱちだったけれど。あの館を去る前――香狐さんに望みを訊かれたときに、私はそれを真実にすることを願った。

 あの殺し合いに用いられた道具、『キュリオシティ』。あれを研究・解析して、模倣する。そうやって、争いを無くすために役立てられないか、私は提案した。

 香狐さんの手によってキュリオシティはスウィーツの手に渡り、徹底的な魔法的解析と研究の末に、スウィーツは新しい魔法少女の形を見出した。

 キュリオシティに用いられていた魔法を、魔法少女に負荷がかからないようにデチューンして、魔法少女の基礎能力として組み込む。

 魔物に強制的な命令をするほどの力は出せないけれど、『説得』する程度なら可能となった。どうしようもない悪事を、これ以上起こさない可能性の種を植え付けることができるようになった。

 ……むしろ、それでいいと思う。強制的に命令して従えるなんて、そんなの平和とは程遠いから。


 私たちは平和的に、魔物との争いを抑える手段を得た。

 今の魔法少女の役目は、説得の種を植え付けて回ること。本能に支配される魔物に、理性の光を灯して回ること。

 それでもどうしようもない場合は、戦わなければならないけれど。


「これで、贖罪になるのかな……」


 この変化のおかげで、魔物の被害は減ってきていると聞いた。

 発案者というだけでふんぞり返るつもりはない。だけど、あの殺し合いを無意味なこととして終わらせずに済んだ。……意味があれば、いいなんてものじゃないけれど。どうあっても、殺し合いなんて認めちゃいけないものだけれど。

 でも……。贖罪というのは、そういうものだと思うから。


「…………」


 魔法は、できないことはできない。

 死者を生き返らせることも、安易に時間を巻き戻すこともできない。

 だから……できることを選択して、最大限活用する方法を考えて、利用していくしかない。それが私が、あの館で学んだこと。


 ――探偵役に、起きてしまったことを覆す力はない。

 探偵役はただ最善の未来を求めて、その頭脳を活用する役だ。それ以上でも、それ以下でもない。

 だからこれからも、私は考え続ける。

 夢想を描いて、取り得る手段を模索して、それが現実となることを願って。

 続いていく現実の中で、想いを乗せた剣を握りながら。



【マギア・ミステリー First Game END】
















……。

…………。

……………………。


「あれ……」


 殺し合いの記憶から、その後の出来事のせいですっかり忘れていたことを思い出す。

 そういえば……。ルナティックランドが言っていた『新たな殺し合い』は、どうなったの?

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