Who am I?
《私は誰?》
(※ 最後辺りに、気分の悪くなる描写があるためご注意ください。by作者)
◇◆◇【雪村 佳凛】◇◆◇
「もふー」
一緒に二人用ソファーに座っている相手の、もふもふの尻尾に顔をうずめる。枕みたいだけど、普通の枕よりずっと気持ちいい……。
だけどすぐに、佳凛のことを邪魔くさそうに、尻尾は逆の方へやられてしまう。あう、残念……。
「……何のつもりかしら?」
「……? もふもふ、タイム?」
言いながら、佳凛は逆側に移動して……そっち側はソファーのスペースがなかったから、尻尾を抱えるだけにする。
そんな佳凛の様子に、魔王は呆れたようにため息を吐いた。
「はぁ……」
魔王――香狐は、凛奈がさっき座っていた辺りまで移動して、スペースを開けてくれる。尻尾、触っていいみたい。やった。
佳凛は香狐にくっついて座って、長い尻尾を抱き枕のように抱えた。
スウィーツ……じゃなくて、正体は『妖狐』っていう魔物だったらしいけど、それと融合した香狐は、今はかわいい狐耳と尻尾が生えている。妖狐は綺麗な『アルビノ』個体とかいうやつで、真っ白い毛並みをしていたけど、香狐の耳と尻尾はツヤツヤの黒。存在の格が違うから、色が染まってしまった……とかなんとか、香狐が言ってた。
でも、ふわふわもふもふなのは変わらない。
佳凛、こういうの好き。
「一応言っておくけれど、私、魔王なのよ? そんな気軽にベタベタくっついてくるような存在ではないはずなのだけれど……」
「なら、佳凛のこと、殺す?」
「……もうしないわよ、そんなの」
香狐のその返答に舌を出す。そう言うのはわかってたから。
佳凛がもふもふのおかげでふにゃっとした顔をしていると、香狐はちょっと困ったように顔を逸らした。
ここは、香狐が治める
お城があるなんてビックリしたけど、ワンダーランドなんだから王城はないとおかしい、らしい。どういうことかはよくわからない。
「というかそもそも、あなたは……というより少なくとも凛奈さんの方は、殺し合いを怖がっていなかったかしら? 冗談とはいえ、今みたいなことを言う子には見えなかったけれど」
「んー? あ、それはね……。たぶん、おねぇちゃんと融合したからー」
「……佳奈さんも割と、最初の事件で怖がっていたように見えたけれど。融合したところで、怖がっているのは変わらないわよね?」
「そうじゃなくて、んー……。[存在融合]は、色んなことを効率化? してくれるから。だから、殺し合いにはこういう方が便利だと思って」
「……効率化? それで、恐怖心を無くした? それとも、減らしたのかしら?」
「たぶん減ったの方。佳凛だって、死ぬのは怖いから」
そう答えると、香狐の顔がまた曇る。最近、香狐はこんな顔ばっかりしている。何かに悩んでいるような顔。理由はだいたいわかっているし、佳凛にはどうしようもない――というか佳凛的にはどうでもいいことだから、深くは関わらないことにしているけど。
あの殺し合いの影響の話をすると、香狐は嫌そうな顔をする。
「まあ、それはそれとして……あなた、本当によかったの?」
「ん、なにがー?」
佳凛が首を傾げると、香狐は呆れたように脱力した。
「あなたはこっそり
「うん。そうだけど?」
佳凛はそれが目当てで、彼方の作戦に協力したんだから。
まあ、彼方への恩返しをしたいっていうおねぇちゃんの気持ちも本当にあったから、あのとき彼方に教えた理由も嘘じゃないんだけど。その程度の理由で命を懸けるわけもないし、本命の理由はこれ。
「私も状況のせいで忘れていたけれど、約束したルールな以上――ええ。ルールに照らし合わせれば、あなたは脱出と願い事の権利を得たということになるわね。なのに……」
香狐はそこで言い淀んで、佳凛からしたら衝撃的なことを告げた。
「『ここに住ませてほしい』なんて。……私も魔王よ。あなたの能力のことも考えれば、不死身の魔物にでも乗り移らせて、それこそ永遠の命を与えることだってできると思うのだけれど」
「えっ、ほんと!?」
「え、ええ。おそらくは可能よ。あなたの魔法は、自分の存在ごと分離・融合することができるのでしょう? 恒久的な憑依にその能力を使用することもできるんじゃないかしら。……正直あなたの魔法は、利用できる可能性が広すぎて、私にもよくわからないのだけれど」
「へー……」
それは聞いてなかった。おねぇちゃんと凛奈と、永遠にずっとずっと愛し合っていられる。だったら、お願い事はそっちにした方が……。
あ、でも、それだと凛奈の体をおいてっちゃう……。んー……。
「それに……あなたがここに住みたいなんて言い出したのは、その状態だと帰るに帰れないからでしょう?」
「……バレてた?」
もふもふの感触に沈みながら、佳凛はうげって顔をする。
「……やっぱり、そうなのね。あくまでも推測だったのだけれど。仲よくしていた双子がいきなり融合して帰ってきたなんて、とても受け入れられる状態じゃないでしょう? ……いえ、まず信じてもらうのも難しいと思うけれど」
「その前に、追い出されちゃうと思う。佳凛のお父さんとお母さん、佳凛たちが愛し合ってるの、あんまりよく思ってなかったみたいだから……」
ちょっと嫌なことを思い出す。……こういうのは、もふもふで忘れるに限る。
香狐の尻尾を本格的にもふもふする。香狐は今度は、それに抵抗しなかった。ちょっとくすぐったそうにしてるけど。
「……そう」
香狐はそれだけ呟いて、佳凛にされるがままになる。
それを好機とばかりに、佳凛はめいっぱいもふもふを楽しんだ。
やがてしばらくした頃に、香狐が再び口を開く。
「……私は、償わなければならないわ。命を落とした七人だけでなく、生き残ったあなたたちにも。だから、
「……ん」
香狐の言葉に、佳凛は頷いた。
それっきりまた無言になって、チクタクチクタクという時計の音だけが響くようになる。佳凛はもふもふに夢中になって、香狐は時計をじっと見つめて、そうやって時間が過ぎていく。
なんだか少し、居心地が悪かった。あの殺し合いが終わった後の香狐は、すごく優しい。だから、隣にいることに関して不快感はない。なのに、どうしてだろう。
今の香狐の話を聞いてから、モヤモヤした気分が収まらない。いくらもふもふの感触を楽しもうとしても、胸の中の嫌な感じが消えない。
……佳凛は、香狐の尻尾を放して立ち上がった。
「あら? どうかしたかしら?」
「んー、えっと……眠いから、寝てくる」
「まだ朝と呼んでいい時間帯なのだけれど……まあいいわ。お昼までには起きてくるのよ。ご飯は用意しておくから」
「んー」
香狐の言葉に頷いて、佳凛は自分の部屋に戻った。
香狐に与えられた、佳凛の部屋。香狐は欲しいものはなんでも用意してくれるし、居心地はすごくいい。本当の親よりも、よっぽどよくしてくれる。
佳凛はベッドに寝っ転がって、ぼんやりと天井を眺めた。
佳凛の中には依然として、快楽の大海が広がっている。ふとした瞬間に意識を向ければ、佳凛はたちまち快楽に溺れる。誰よりも近い存在になった姉妹。これ以上、幸せな状態はないはずなのに。もう、何も気にしなくていいはずなのに。
……でも何故か、佳凛の中の何かが、姉妹で愛し合うのを邪魔している。
佳凛は人を殺して幸せになった。他人なんてどうでもいいし、事実あの赤いフードの人のことは今でも本当にどうでもいいのに、それでも何故かあの光景がフラッシュバックする。
血走った目でノコギリを持って部屋に押し入ってきたあの人。身動きを封じられ、悪足掻きとして発動した[存在分離]で四肢と首を切断した。それから、死なないために、色んな工作をした。浴場からタオルを持ってきて、死体の右腕を拾って、死体の左腕を拾って、死体の右足を拾って、死体の左足を拾って、死体の首を拾って、死体の胴体を拾って。それら全部を運搬して、肉に釘を打って、骨に釘を打って、釘を打って、釘を打って、釘を打って、グシャって、刺して、叩いて、縫い付けて。赤黒い血と、生々しくぬめる赤々とした肉や内臓。
「……うっ」
石像の上に乗って、そしたら急に石像が落ちて、ゴキッとか、グチャッとか、そんな音がして……。二人の記憶が繋がった今なら、あの石像の下の様子を容易に想像できる。骨が叩き潰されて、内臓が破裂して、肉が圧縮されて、血はお湯に溶けていって――。
「うう……」
頭を滅茶苦茶に振って、慌ててその幻想を吹き飛ばす。
償い。彼方が言うそれをすれば、楽になれるのかな。
そんなの、意味あるのかな。なんだっけ、そういうのって結局……ああ、そうだ。ただの
「うう……」
嫌な気持ちを吹き飛ばすために、ベッドの上で、一人で愛し合う。……気持ちいい。これなら、嫌なことも忘れられる。
これは、なんて言ったっけ。そう……これはただの逃避だ。
代償行為と、逃避。どちらも、罪の意識と向き合っていないのは一緒だ。
代償行為は、向き合っているようで、その方向がズレている。
逃避はただ、矢印を逆に向けてるだけ。
償いってなんなんだろう。佳凛にはそれがわからない。
佳凛が子供だから? ……そうじゃないと思う。
きっと、本当の理想の形なんて、誰も知らないから。理想は遠い世界にしかなくて、ただの人間がそれを理解することなんてできないから。
償いは、他人から求められるあるべき形。あるいは、自分が自分に課すあるべき姿。どちらも、あるはずのない理想を目指すという意味では同じ。
「……あれ?」
でも、おかしいな。
佳凛の理想は、一人でずっと愛し合っていることのはずなのに。他人が押し付けてくる理想なんて、気にしないはずなのに。
なのになんで、佳凛は、償いのことなんて気にしてるの?
「あ、あれ……あれ?」
まるで――佳凛がまた、分離しちゃったみたいな。
ゾッとする寒気に、佳凛はただ身を震わせた。
佳凛は、佳凛……だよね?
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