Shinobu, what's the matter?

《忍、どうしたの?》




 明くる六日目の朝は、少し奇妙な雰囲気だった。

 私はまず、午前五時から八時までの監視作業に当てられた。しかし私は朝食当番でもあるため、六時を少し過ぎたら抜ける予定だった。

 それが……。


「えっと……忍ちゃんは?」

「いや、わからない……」

「昨日も、あれから戻ってこなかったけど……」

「…………」


 接理ちゃんの顔に憂いが浮かぶ。

 あの後、トイレに行くと言ってシアタールームを出た忍ちゃんは戻ってこなかった。待っているうちに十一時を迎え、監視交代の時間に。

 私たちと交代した香狐さん・夢来ちゃん・狼花さんにも事情を話して、館内を捜索したけれど……忍ちゃんの姿は見つからなかった。

 一応、忍ちゃんの部屋にも接理ちゃんが確認に行った。すると、その状態は少し妙だったらしい。

 部屋のドアに鍵はかかっていた。それなのに、呼び掛けても反応がない。

 個室の鍵は、内鍵しかついていない。外からは施錠できないので、ドアに鍵がかかっているなら、中に誰かはいるはずだ。それなのに反応がないというのは、おかしな状況だった。

 ……心配だったけれど、手出しすることもできず。私たちは忍ちゃんの無事を祈って、一日を終えた。


 そして、今朝。その忍ちゃんの姿は、依然として見つかっていない。


「えっと……呼んできた方がいい、よね?」

「ああ、そうだね……」


 不安が募る中、私と接理ちゃんは忍ちゃんの部屋を目指した。


「あの……忍ちゃん? 大丈夫?」


 ノックして、呼び掛ける。昨夜と同じく反応はなかった。


「昨日、戻ってこなかったみたいだけど、何かあった?」


 ドアの前で、そんな風なことを呼びかけ続ける。

 そうして、一分ほど経った頃。


「あの、しの――」


 不意に、体が動かなくなった。

 身動き一つとれず、声も出せない。一体何が?

 驚いていると、忍ちゃんの部屋のドアが開いた。

 中から出てきたのは――忍ちゃんその人。傷を負ったとか、そういう様子も見受けられない。

 けれどなんだか、焦っているようにも見えた。


「あっ……か、空鞠さん?」


 出てきた忍ちゃんは、どうしてか私の姿を見て驚く。私の声はドア越しに聞こえていたはずなのに、どうして?


「そ、その、ごめんなさい。ボクの罠で、その……」

「わっ」


 忍ちゃんの声を聞いているうちに、体の自由を取り戻した。急な変化だったので、少し驚く。

 話を聞くと、どうやら、忍ちゃんの石化罠で動きを封じられたらしい。


「あの、なんともないですか……?」

「あ、う、うん。大丈夫だけど……忍ちゃん、何かあったの? 罠なんて設置して……」

「あ、いや、えっと……」


 忍ちゃんは露骨なまでに目を逸らした。


「そ、それより……っ。あ、あの。棺無月さんって……見てないですか?」

「え? さっき、監視を交代したときに見たきりだけど……」


 藍さん、摩由美ちゃんと一緒にいた空澄ちゃんに、特段おかしな様子はなかった。

 いつものように笑いを浮かべて、適当なことを喋る。要するに彼女は平常運転だった。

 ……なんで、忍ちゃんがそんなことを気にするんだろうか。


「そ、そうですか……」


 私の返答を聞いて、忍ちゃんはどこか安心した様子を見せた。


「……どうかしたのかい?」

「えっ? いや、えっと、その……な、なんでもないから」

「そうか。ならいいけれど」


 接理ちゃんはそう言いつつも、あまり納得していないようだった。

 兎にも角にも、私たちは三人合流したということで、改めてワンダーの監視に戻った。

 そうしているうちに六時を過ぎ、私は監視作業を離脱。厨房に向かって、朝食の準備に取り掛かる。


「あっ。香狐さん、おはようございます」

「ええ、おはよう、彼方さん」


 厨房に向かうと、既に香狐さんの姿はそこにあった。


「今は、彼方さんのグループが監視中だったかしら? ワンダーの様子はどう?」

「いえ、まあ……相変わらずです」

「そう。まあ、アレくらいで態度を入れ替えるようなワンダーじゃないでしょうね」

「そうですね……」


 檻に閉じ込められてあっさり命乞いをするワンダーなんて、想像がつかない。

 そんなことを話しながら、朝食を作り上げる。

 朝食を全て作り終えて食堂に行くと、何人かは既に食堂にやって来ていた。


 狼花さん、夢来ちゃん、藍さん、空澄ちゃん、摩由美ちゃんだ。

 接理ちゃんと忍ちゃんはまだ、監視中だろう。

 ここにいるのは、私と香狐さんを含めても七人。……座席の約半分は、空席だった。

 それに寂しさを覚えていると、不意に、狼花さんに声を掛けられた。


「なあ、彼方」

「あ、はい。なんですか?」

「いや。忍、見つかったか?」


 ……ああ。そういえば、狼花さんにも昨日、探すのを手伝ってもらったんだった。


「はい。やっぱり、自分の部屋にいたみたいです」

「なんだよ……。あんまり心配させんなよな」

「ごめんなさい。その、手伝ってもらったのに……」

「いや、謝んなよ。無事だったのはいいことじゃねぇか」


 狼花さんは、乱暴な態度ながらも、優しいことを言う。

 ここ最近は落ち込んだ様子を見せていたけれど……どうやら、少しずつ調子を取り戻してきているらしい。


 そんな話をした後、食事ができたことを監視係をやっている二人にも伝えに行く。

 食事のときは、監視を外してもいいことになっていた。

 ……どうせ、意味のない監視だから。それに、念のために忍ちゃんの罠も設置している。ワンダーも下手なことはしないはずだ。


 そうして、接理ちゃんと忍ちゃんが戻り、空席が二つ埋まる。

 食堂にやって来た忍ちゃんは、何故だか青い顔をしていたけれど……一体どうしたんだろう。


 そんなこんなで朝食を取っていると、今度は摩由美ちゃんに話しかけられた。

 本当に奇妙な朝だった。

 これほどまでに会話が多い朝の時間は、初日――まだ悲劇を知らなかったあの頃の空気に似ているかもしれない。


「にゃあ、彼方」

「摩由美ちゃん? どうかした?」

「んにゃ、後で、少し付き合ってほしいトコがあるにゃ。一緒に来るにゃ」

「え? えっと……どこに?」

「二階のあの部屋にゃ。幽霊部屋だにゃー」

「ああ……」


 二階には、旧個室と呼ばれる部屋がある。

 そこは、かつて個室として使われていた部屋らしい。

 その部屋では凄惨な事件が起こったらしく、今でもその痕跡が多々残されている。明らかにワンダーの悪趣味によって残された、気味の悪い部屋だった。極力近づきたくはない。

 しかし……。


「その、なんで私が……?」

「みゃーは霊媒師だから、死んだ連中とも話ができるにゃ。それで、米子がお礼したいからって、彼方を連れてこいって言ってたにゃ」

「そ、そうなんだ……」


 摩由美ちゃんは霊媒師を名乗ってはいるけれど、実際にどうだかはわからない。

 少なくとも、彼女の固有魔法はそういう類のものじゃない。

 ただ単に、テレビに出てくる偽物のように霊媒師を名乗っているだけなのか、それとも本当に固有魔法以外の特殊能力を持っているのか。

 ともかく……。


 私は考える。この摩由美ちゃんの誘いに乗って、危険はないのか。

 ここで摩由美ちゃんが私を誘ったのは、全員が聞いている。もし私に何かあれば、摩由美ちゃんが【犯人】として疑われることは必至だ。

【犯人】としての犯行が全て露見すれば、あんな末路を辿らされる。

 ……問題は、なさそうだった。


「うん、わかった。ご飯食べ終わったらでいいの?」

「それでいいにゃ。よろしく頼むにゃー」


 摩由美ちゃんは私の了解を取り付けると、朝ご飯を掻き込む作業へと戻っていった。

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