The day my fate changed
《私の運命が変わった日》
お風呂から上がって。
精神的ショックを抱えていようが何だろうが、役目はこなさないといけない。
すなわち、ワンダーの監視だ。
今日の午前十一時から始まって、各グループ三時間交代で引き受けた監視はこれで二巡目。
私のグループは、午後八時から十一時の受け持ちだった。
グループの交代順は、私・接理ちゃん・忍ちゃんのグループ、香狐さん・夢来ちゃん・狼花さんのグループ、空澄ちゃん・藍さん・摩由美ちゃんのグループという順番になっている。
監視を行う場所は、シアタールーム。
シアタールームは視界の開けた場所だから、監視も行いやすい。
私たちはワンダーを閉じ込めた檻を部屋の角に設置し、更にその近くには忍ちゃんの[忍式之罠]、石化罠と連動罠を設置した。明かりのある室内でもなお、光を放つ魔法陣が少し眩しい。そこで檻の中のワンダーの動向を見張っていた。
……といっても。素人が行う監視だし、そもそも、この監視の意味はあまりない。
二巡目だから、それを既に実感として知っている。
監視役の私たちがやるのは、檻の中で暇を持て余したワンダーの話し相手。それだけだ。
ワンダーは檻の中だというのに、怪しいことをする素振り一つ見せない。
一昨日の、処刑――。あれを行った力で鉄格子を噛み、脱出してくるんじゃないか――なんて心配していたのは、最初だけだった。
ワンダーはただいつものように不愉快な話し声をまき散らして、私たちを振り回すだけだ。
やれ映画が観たいだの、やれ面白い話をしろだの。
そんな下らない要求に付き合わされる、下らない監視作業だった。
『ねぇ、暇なんだけどー? なんか話してくんないー?』
ワンダーの監視を始めてしばらくすると、ワンダーがそんなことを言い出した。これでもう何度目だろう。
「……今度は何が聞きたいのかな?」
接理ちゃんがワンダーに訊いた。
『いやぁ。そうだなぁ。それじゃあ、キミが恋人とどんな爛れた生活を送っているかとか――』
「話さない」
『即答!? この恥ずかしがりやさんめ!』
檻の中でワンダーが暴れる。
脱出しようとしているわけではなく、単に駄々をこねているだけだった。
でも――それより、私は驚いて、接理ちゃんの顔を見た。
まじまじと見すぎたせいか、接理ちゃん本人にも気づかれる。
「何だい?」
「いや、えっと……」
「僕に恋人がいるのがそんなに意外かい?」
「…………」
完璧に図星だったので、私は愛想笑いを浮かべる他なかった。
「はぁ。君にも話すつもりはないよ。想像でも何でも、勝手にしてくれればいい」
接理ちゃんは冷たくそう言い放つ。
接理ちゃんの恋人……。
考えてみたけれど、これだという想像は出てこなかった。でも何となく、年上なイメージだった。接理ちゃんの落ち着いた雰囲気のせいだろうか。なんとなく、そう思わされる。
私たちの傍で会話を聞いていた忍ちゃんは何を想像したのか、若干恥ずかしそうに縮こまっている。頬も目に見えて赤くなっているし……本当に何を想像したんだろう。
案外、想像力が逞しい子なのかもしれない。
『えー、じゃあいいよ! 代わりに、キミらの冒険譚でも聞かせてよ。ボクとしては、そっちにも興味があるからね!』
ワンダーの代案に、私たちは顔を見合わせる。
「はぁ……。まあ、仕方ない。どうせ何かを話さなきゃいけないのなら、そっちの方がまだマシだよ」
接理ちゃんが、ワンダーの要求を呑む。
こうして……突然ながら、全員が一つずつ、自分の魔法少女としての冒険譚を語ることとなった。
『まずはやっぱり、頭ピンクちゃんの話から聞きたいかな! なにせ、巧みな推理でプリーストちゃんを破滅させちゃった、暫定主人公ちゃんだからね!』
「…………」
嫌味な言い方に、私はワンダーを睨む。
ワンダーはそれを露ほども気にした様子はなく、催促する。
『ほら、早く早くー! じゃないと、こんな面倒な檻、さっさとぶっ壊しちゃうぞー!』
「…………」
私は唇を噛みしめて怒りに耐え、それから、語った。
私の運命が変わった、始まりの日のことを。
◇◆◇◆◇
その日は、雨が降っていた。
暗い空の下でカラスが合唱し、私の目の前を黒猫が横切る。
誰がどう見てもそれとわかる、凶兆の嵐だった。
事実――私はその日、それと遭遇した。
私が初めて遭遇した条理を覆す存在は、ある意味では見慣れた存在だった。
『クァ?』
「……えっ?」
当時小学生だった私は、学校からの帰り道、川の傍を通っていた。
川沿いでは色々な生き物を見ることができて、それらを観察するのが私の密かな楽しみだった。
でも、その日に聞いた鳴き声は、今までに聞いたどれとも違っていた。
その鳴き声の方を見ると、何やら奇妙な生物が立っていた。
湿った体は、爬虫類の皮膚に覆われている。口は尖る嘴となっており、手には大きな水かきが備わっている。そして頭頂には、真っ白なお皿。
――河童。そんな名前が頭に浮かんだ。
その河童と、しばし見つめ合う。そして――。
『クァァ! クァァ!』
「えっ、きゃっ」
河童は私目掛けて飛び掛かってきた。私は怯えて目をつぶる。
しかし、予期していたような痛みはなかった。ただ、衝撃を覚えただけだった。
突き飛ばされたというわけでもなく、むしろ、引っ張られたという感じ。
何が起きたのかわからず、恐る恐る目を開くと、河童は私が歩いてきた方に走り去っていくところだった。
「……あれ?」
何もされなかったのだろうか。
そうやって安堵を覚え、今見たものを不思議に思いつつも、実害がなかったことを確かめてから私は家への道を急いだ。
家に着く頃には、さっき見たものは夢だったのではないかと思い始めていた。
野生動物を、河童なんて勘違いしてしまっただけ。怪談なんかではお馴染みの現象が自分にも起きただけだと、そう思っていた。
それに気が付いたのは、家に帰って、ランドセルを置いたタイミングだった。
「あれ、ない……」
私は当時、ランドセルにキーホルダーをつけていた。
ただのキーホルダーじゃなく、誕生日に友達にもらった大切なものだった。
そして――思い至る。
河童に遭遇して、飛び掛かられたときの、引っ張られるような感覚。
もしかしてあのときに、キーホルダーを無理矢理引っ張って持ち去った?
「ど、どうしよう……」
魔法少女の今なら迷わず、取り返しに飛び出しただろうけれど、当時の私はただの小学生だった。
河童を目にしたときのあの不気味さを思い出し、躊躇する。
それでも、最終的には、キーホルダーを取り戻したいという気持ちが勝って――。
私は傘を手に、雨の中再び駆け出した。
今思えば、こうして走りだせたからこそ、私は魔法少女となる資格を与えられたのかもしれない。
誰かを想って走りだせる。それは間違いなく、魔法少女に求められる資質の一つだ。
だから、私は――。
あの川辺で、スウィーツに出逢った。
河童がいた場所に戻った私が遭遇したのは、マカロンだった。
でも、お菓子のマカロンにしてはサイズが大きいし、目やら何やらがついている気がするし、そして何より宙にも浮いている。
「え……あれ?」
当時の私はもちろん、目を疑った。
不気味な河童と対峙するつもりで来てみたら、ファンシーなマカロンが宙に浮いていたのだから、当然と言えば当然だった。
呆然としていると、やがてマカロンの方も私に気が付く。
『えっと――あなた。もしかして、ワタクシが見える?』
「えっ、あ……」
私は周りを見回して、自分以外の人がいないことを確認してから頷いた。
『こんな湿気だらけの日に、魔法少女の卵と出逢うなんて。案外いいこともあるのものね』
マカロンはそう言って、嬉しそうに上下に揺れた。
「魔法少女……?」
気になる単語だったけど、それより、私には訊かなくちゃいけないことがあった。
……いや、本来は、目の前の相手が何なのか問い詰めることが先だったのだろうけど。そのときの私は気が動転していたため、ある意味では間違った問いを発した。
「ね、ねえ……ここらへんで、変な生き物見なかった? その、河童みたいな、変なのだったんだけど――」
『えっ!? あなた、あれに会ったの!?』
尋ねると、マカロンは過剰反応気味に勢いよく、私のもとへ飛んできた。
『大丈夫!? 何かされてない!? 魂抜かれでもしてたら、都市伝説級――場合によっては空想級だし、最前線級の魔法少女を呼ばないと……。ああでも、魂を抜かれてたらこうして喋るなんてことできないはずだし、それなら――』
「えっ? あ、あの、キーホルダー、取られちゃって……」
『……キーホルダー?』
「う、うん……。友達からもらった、大事なもので……」
『そう、それは災難だったわね……。でも、運がよかった方よ。河童の伝承は多くあるけれど、河童はただの悪戯妖怪だとされることもあれば、人から魂を抜き取ったり川に沈めたりする危険な妖怪とされることもあるもの。後者なら大ごとだけれど……今回は、ただの悪戯河童だったようね。これならせいぜい怪談級だわ』
「……?」
一気にまくしたてるマカロンの言葉は、当時の私にはほとんど理解できなかった。
今だったら理解できるけれど。
魔物の分類。噂級、怪談級、都市伝説級、空想級、魔王級。
人の命を奪うような魔物は、都市伝説級以降に設定される。
河童は色んな種類がいるらしく、私が行き会ったのはただの悪戯河童だった。
それなら、等級はせいぜい怪談級。一般人の被害もほとんどないし、へっぽこ魔法少女でも対処できるような魔物だ。
――だからだろう。マカロンに、こう誘われたのは。
『それなら――そうね。あなた、そのキーホルダー、自分の力で取り返してみたくない?』
「えっ……?」
『あなたには、それができる素質があるわ。魔法少女になる資格は、他者を想う心を持っていることと、女の子らしい繊細な心を持っていること。友達からのプレゼントを必死になって取り返そうとするあなたには、立派な資格があると思うわ。だから――魔法少女になってみない?』
マカロンが、私の目の前まで飛び上がる。
ただの空飛ぶお菓子でしかないのに、どうしてか、合わせた瞳には真摯さが込められていた気がした。
今思えば、迂闊な話だけれど。スウィーツと自らを偽って少女たちを騙し、凶悪な魔物の前に連れて行くような邪悪な魔物もこの世界にはいる。
だけど、目の前の子は邪な思いを持った子には見えず――。私はマカロンを信じて、頷いた。それで大事な友達からの贈り物を取り返せるなら、と。
そうして――私は、魔法少女となった。
人々の平和を守る、正義の味方に。
その生き方はいつしか、私の軸になっていく。
誰かのために生きようって。誰かの幸せを願おうって。
そんなことを、素直に思える自分になっていた。――こんなことに巻き込まれる前は。
このとき私が魔法少女にならなかったら、こんなことに巻き込まれなんてしなかったのだろうか。
こんな――。魔王が主催する、狂った殺し合いになんて。
巻き込まれずに、済んだのだろうか。
魔法少女になった顛末を話すにつれ、腐った感情が湧いてくる。
それはもしかしたら、後悔だったのか――。
今の私は、それを敢えて確かめようとは思えなかった。
それを確かめてしまったら……。
自分が汚い人間だって、確定してしまうようで怖かったから。
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