The fate was written by a ghostwriter.

《その運命はゴーストライターによって書かれた》




 私が魔法少女となったその後のことに、特に大事な出来事はなかった。

 目の前のマカロンみたいな存在が、見た目通りにマカロンと名乗って驚いたり。

 河童は憎らしくも私たちを挑発しながら逃げ回り、一週間にも渡って逃走劇を繰り広げることになったり。

 ようやく取り返したキーホルダーはとても泥んこになっていてショックを受けたり。


 今となっては、それら全てが些事に思えた。

 私は――この機会に考えないといけないのかもしれない。

 魔法少女としての今の自分は、正しくあれているのかどうか。

 こんな――醜い感情を持ったまま魔法少女として生きるのは、あの日の純粋な自分への裏切りではないのか。

 私は――もうとっくに、この場所の狂気に呑み込まれているんじゃないのか。

 それを、考えなければいけないと悟った。


『こうして、河童による騒動は幕を閉じたのでした。しかし、少女は知らなかった……。魔法少女となったことで、あんな悲劇に巻き込まれるなんて……』

「…………」


 私の内心を、ワンダーがわざわざ言葉にしてくれる。

 いやらしいことこの上ない。


『いやぁ、まあ、なかなかに面白いお話だったかな? あの純粋だった少女が、数年後には立派な殺人鬼に――なんて筋書き、面白いと思わない? ほら頭ピンクちゃん、レッツトライ! 思い切って、誰か一人殺ってみよー! あはははははは!』

「私は……っ。そんなこと、絶対に、しない」

『あは、どうだか。口ではそう言いつつ、虎視眈々と脱出の機会を窺ってるなんて、ありそうなことだと思わない?』

「…………」


 自分がこれほどまでに、何かに嫌悪感を抱ける人間だとは思っていなかった。

 心が黒く変質していく感覚。

 醜い感情が身の内で蠢いているのがわかる。

 気持ち悪い。気分が悪い。


『ま、頭ピンクちゃんのお話はこれくらいで満足するとして。次は……白衣ちゃんの話でも聞かせてもらおうかな?』

「……はぁ」


 ワンダーの矛先が、私から接理ちゃんへと移る。


『そうだなぁ。頭ピンクちゃんのお話は素人の苦労話みたいだったし。どうせだったら、玄人の活躍話みたいなのが聞きたいかな!』

「わざわざリクエストまでしてくるんだね。まあ……いいけれど」


 接理ちゃんはあからさまな呆れを覗かせながら、話を始めた。




     ◇◆◇◆◇




◇◆◇【神園 接理】◇◆◇


 僕がその役目を任されたのは、おそらく運命の導きだった。

 それほどまでに僕は、その任務で大きな役割を果たした。

 とはいえ、僕がそんな役割を果たすことは、僕を呼び出したスウィーツは望んでいなかっただろう。何せ僕に与えられた役割は、他の魔法少女のバックアップだったのだから。


 僕が大役を預かるに至ったのは、運命的な流れによるものだった。

 その任務のターゲットは、未だ能力が判然としていない都市伝説級の魔物だった。

 都市伝説級。場合によっては、一般人や魔法少女が命を落とすことすらあり得る危険な存在。

 正直なところ、僕らの実力では太刀打ちできない存在だった。


 命を懸けるような戦場に赴くのは、最前線級の魔法少女――強力な固有魔法と一流の戦闘勘を持つ、戦闘のエキスパートたちだ。

 パッとしない魔法を持たされた戦闘の素人である僕みたいな魔法少女は、命の懸からない戦いをメインとする。――通常は。

 この任務で相手をした都市伝説級の魔物は、暴れすぎた。急遽討伐隊が組まれたことで、最前線級の魔法少女が不足。そのため、僕のような非最前線級の魔法少女に声がかかった。

 そしてまた、僕の恋人にも誘いはかけられた。

 とはいえ、僕らの役割はあくまでもバックアップ。ただの支援役に徹するだけで、問題なく勝てるはずだった。


 しかしその都市伝説級の魔物は、強かった。

 正体不明の能力で相対する魔法少女の意識を奪い、戦闘不能に陥らせる。

 僕らは戦闘を始めることすらできなかった。死者こそ出なかったものの、討伐隊は撤退の判断を迫られた。

 僕だってそれに賛成していた。恋人を危険に晒すよりも、一刻も早く任務を中止させた方がいいという判断だった。

 なのに――。


 気づいたときには、僕の恋人は戦闘に巻き込まれていた。

 しかも、魔物が持つ何らかの条件に触れたのか、僕の恋人は意識を奪われずに戦闘をさせられていた。

 僕の恋人の固有魔法は、直接戦闘には向かない魔法だった。罠系の魔法。直接戦闘の最中には、本当に役に立たない。防戦一方となり、無数の傷を負う。

 僕は、誰か助けろと叫んでいた。このままでは、僕の恋人が死ぬと思って。

 しかし最前線級の実力を持つ魔法少女は、案外臆病だったらしい。誰もが理由をつけて救出の難しさを説き、僕の恋人の救出を渋った。


 認められなかった。この場で屍を晒すことが、僕の恋人に待ち受ける運命だったのだとしても。それが、神が定めた絶対の運命だとしても。

 だから、僕は――神の代役を行う決意をした。

 運命を綴る筆を、神から奪い取ることを宣言した。


「――[確率操作]。僕はあの魔物の認識外から最良の攻撃を叩き込む」


 どうしてそう宣言したのか、自分自身でもよくわからなかった。

 ただ――ずっと戦闘を観察していた僕の、探究者としての勘が疼いた。

 これなら勝てると。

 実際、それは正解だった。この都市伝説級の魔物が行使する能力のトリガーは、相手の姿を認識することだと後に結論付けられた。

 だから――僕の恋人を攻撃することに夢中の間抜けは、あっさりと僕の接近を許した。僕はそいつに、僕の武器である小型ナイフを突き刺した。

 固有魔法により、その一撃は致命打へと変じる。


 件の魔物が僕に気づいたときには、全てが終わっていた。

 魔物は耳障りな絶叫を上げ、崩れ落ち、細胞を千々に裂き、消滅する。

 それらの過程を、最前線を担う実力を持つと謳う魔法少女たちは、呆然とした様子で見ていた。

 それは、とても印象的な光景で。


 傷だらけになった恋人を抱き起こした時、僕は、自分の持つ真の力に気が付いた。

 僕の固有魔法の正体は、運命を綴る筆を神より奪い取る禁忌の異能だと。

 僕は、たった一分だけ神へと変じる能力を手に入れたのだと、理解した。

 神の定める運命によって動くこの世界において、これ以上に強力な魔法など他にあるだろうか。

 僕は――。この力があれば。




     ◇◆◇◆◇




『ま、その魔法も結局、魔王様から逃げるなんてことはできなかったんだけどね。神様も案外チョロいや!』

「…………」


 話の結びに、ワンダーがそう茶々を入れた。

 その見下した態度に、接理ちゃんがムッとする。


 しかし私は、別のところが気になっていた。

 接理ちゃんの話を聞くと、恋人というのは魔法少女らしい。

 それって、もしかしなくても、同性相手ということで――。


 私は香狐さんの態度を思い出す。

 私のことを好きだと、彼女はそう言っていた。

 その詳しい意味に関してははぐらかされてしまったけれど、もしかして……?

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