The gondolas go up.

《ゴンドラは昇る。》




 三日目。今日も今日とて、安穏とした日々が続く。

 朝の挨拶を交わして、朝食を取って、アトラクションへと繰り出す。


「今日はどのアトラクション行きたい?」

「あ、あのジェットコースターはナシで頼むよ! い、いや怖がっているというわけではなく、また色川クンがグロッキーになってしまうからね!」

「私? 私は別にジェットコースターでもいいけれど」

「え……」

「冗談よ。私もあれはしばらく御免。そうね、もう少しゆったりしたアトラクションの方がいいかしら」

「な、なら観覧車はどうだろうか。ゆったり景色を楽しむというのも乙なモノだよ」

「あ、栗栖ちゃん、いいねそれ。それじゃあ今日は観覧車行こっか」


 ほとんど雑談のような形で行き先を決める。

 そこに調査だ何だという目的は一切ない。当たり前だ。アトラクションに乗ったからといって、脱出に役立つ何かが得られるわけでもない。

 まさか観覧車の天辺から跳躍することでエントランスを飛び越せる、なんて単純でもあるまい。観覧車はエントランスエリアから遠いし、大事故にしかならない。


「さて、ここだね」


 観覧車はスイートランドの四分割されたアトラクションパーク、その中でも北東のシュガリーパークに位置していた。より細かい位置を言うなら、シュガリーパークのほぼ北端だ。左隣のサワーパークの境界線と近い。

 ちなみに現状、観覧車に来たことは一度もない。今日まで南側のエリアを中心に動いていたからだ。


「あれ? 気のせいなのです? 観覧車、止まっちゃってる気がするのです」

「初日からこうだったな、子犬」

「うん。光花の言う通り、初日からこうだったよ。でも故障とかじゃなくてね。乗り場の横に操作室っぽいのがあるから。そこで起動するんだよ」

「なるほどなのです」


 小古井さんが納得を示す。まあ普通の遊園地も、消費電力の関係上、一日中観覧車を回しているわけじゃないはずだけど……。魔法の遊園地にも、そういうのあるのかしら。

 少し気になったので、何気なく観覧車を見上げてみる。

 観覧車のゴンドラは全部で十。これはかなり小さめの観覧車と言える。まあ隔離空間である以上、馬鹿みたいな高さにしたところで遠くの景色なんて見えないわけだし、園内が見渡せる程度の高さがあれば十分という設計なのだろう。

 ゴンドラには四方にガラス窓が取りつけられて、ここから景色を見るようだ。

 観覧車を支える骨組みは一般的な中央に収束するような形ではなく、各ゴンドラから四つ隣のゴンドラへという形で支柱が渡されている。ただし一般的な観覧車と違う骨組みはあくまでもそれだけで、等間隔にだんだん狭まっていく円形の骨組みはしっかりと存在していた。力学的にこの構造で問題ないのだろうか。力学には詳しくないのでよくわからない。

 観覧車の中央には、たぶんこの遊園地特有のキャラクターなのだろう謎の妖精のイラスト付き看板がはめ込まれていた。


 この説明だとだいたい普通の観覧車のように聞こえるけれど、実際はまるで違う。

 ゴンドラからしてマシュマロか何かをくりぬいたものに見えるし、棒状の支柱は全てスティック状のお菓子、円形の骨格は……何かのフルーツのリングだろうか。

 いくらなんでも本物とは思いたくない。ただでさえ強度が足りなそうな構造をしているのに、本物のお菓子で出来ているなら崩壊は必至の結末だ。魔法で補強されているか、あるいはただの模造品だと信じよう。きっとそうだ。


「よし。早速乗ろっか――って言いたいけど、その前に。あたしから提案なんだけど、いいかな?」

「提案? どうした子犬、何か問題でも?」

「あ、いやそうじゃなくて。せっかくの観覧車でしょ? ゴンドラが、えっと……いち、にー……十個あるとはいえ、一人ずつ乗るっていうのも寂しいし。ランダムでグループ分けして、折角なら親交を深める機会にしようかと思って」

「わぁ。それ、素敵なのです!」

「でしょー?」


 玉手さんがはにかんだ笑みを見せる。


「九人だから、グループは四つでいいかな。それじゃ、みんな手を出して。合図と一緒に、一から四の数字を適当に出して、二人ならグループ成立ってことで」


 皆、玉手さんに従って手を出す。

 どうせならこの機に透意と一緒になって、友好を深めたアピールでもしておいた方が今後動きやすいのだけれど……透意が何を出すかもわからない。まあ、適当でいいだろう。


「いっせーのーせ!」


 玉手さんの合図で皆一斉に数字を示す。

 幾度か一つのグループが四人になったりしながらも、数回繰り返してグループが決定した。

 第一グループは法条さんと小古井さん。

 第二グループは万木さんと包さんと霧島さん。

 第三グループは透意と玉手さん。

 第四グループは私と亜麻音さんだ。

 全グループ、適当によろしくだのなんだとの言い合う時間に数十秒。


「じゃ、乗ろっか!」


 玉手さんの合図で、みんな乗り場に歩を進める。

 ただ亜麻音さんはしばらく、皆が観覧車に向かう様子を足を止めて見ていた。どうしたのだろう、と思って様子を窺っていたけれど、亜麻音さんはすぐに我に返った様子で言った。


「行こう、空が呼んでいる」

「ええ。さっさと行きましょう」


 私たちも皆の後を追い、乗り場へと辿り着いた。


https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16817139555140245902


 屋根のある乗り場は若干の暗さを持って私たちを出迎える。……いや、違う。出迎えはなかった。ここにスタッフなんてものはいない。無人の遊園地というあり得ないシチュエーションが、若干の不気味さを醸し出している。

 乗り場の脇に操作室があり、入り口も施錠などはされていなかったので、スタッフの代わりに玉手さんが観覧車を起動させている。

 やがて、ゆっくりと観覧車が動き出した。

 降り場に近付いたゴンドラの扉が自動で開き、乗り場を過ぎたゴンドラは自動で扉が閉まる。そんな仕組みになっているようだ。


 最初に、法条さんと小古井さんがゴンドラに乗り込んだ。

 その次には、万木さん、包さん、霧島さんのグループが入る。

 続いて玉手さんと透意のグループ、最後が私たちだ。

 玉手さんと透意はどこかぎこちない――主に透意の方が緊張しているように見える――様子で、ゴンドラに乗り込んでいく。

 さて次は私たち、と思ったところで、ゴンドラに乗ったばかりでまだ座ってもいなかった透意が唐突にこちらを振り向いた。焦るような表情で、何事かを私たち伝え――ようとするその声は、ゴンドラの扉に遮られた。


 ……何でしょうね、今の。

 警告? まさか、何か異変が?


「さあ、天に手を伸ばす時だ」

「あ、ちょっと……」


 もしかしたら何か仕掛けられているのかもしれない、などと言う暇もなく亜麻音さんはゴンドラに乗り込んでしまう。

 どうする? 私だけここで待つ? いや、それで亜麻音さんが死んだとしたら? グループを組んでいた私が疑われるに決まっている。

 ――判断する時間は一瞬しかない。私は、予感に従ってゴンドラに飛び込んだ。

 すぐにゴンドラの扉は閉まり、私たちはこの中に隔離された。以後如何なることがあっても、終着点に至るまでゴンドラは止まらない。


「…………」


 私は警戒を怠らず、観覧車の内部を観察する。オーソドックスな観覧車と同じように、左右の端が約二人分の広さの座席となっていた。

 パッと見た限りでは、危険物の類は見当たらない。もちろん魔物が襲ってくるなんて展開は論外だ。絶対にルナティックランドが止める。爆発物の類はルール上あり得ない。


「ん……?」


 ふと、違和感を覚える。どうも、窓ガラスの様子がおかしい。

 先の景色がほとんど見えない。何やらガラスが曇っているよう……いや、違う。四面を囲う窓ガラスのうち、そんな状態なのは三面だけだ。すなわち、ドアがあった方面のガラス――ケーキキャッスルの方角に向いたガラス以外、全てが曇ったような状態になっている。

 外見はお菓子を模しているとはいえ、基本的には一般的な観覧車のゴンドラと同じ構造であるがゆえに、これだけは明確に異物感を放っていた。

 もしかして、透意が伝えようとしていた何かというのはコレ?

 だけど……ガラスが曇っていたからといって、何になるというのだろう。これで人が死ぬなんてことは考えられない。


 なら、透意は一体、何を伝えようと……?

 答えが見つからないまま、ゴンドラは昇る。私たちが望もうと、望むまいと。

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