Apathetic Eyes
《無感動の瞳》
「いやああああああああ!?」
「きゃあああああああああ!?」
思い思いの悲鳴が重なり、遠くまで響き渡る。
それを掻き消すようにして、アトラクションが立てる轟音が聴覚を染め上げる。
閉じ込められてから、まだ一日。
まだ一夜明けただけだというのに、どうして……。
……どうしてみんな、呑気にジェットコースターを堪能していられるのだろうか。
いや、流れとしては理解できるのだけれど。
前回の殺し合い。あの狭い館で団体行動は非常にストレスが溜まる。というより、あの奇妙な設計の館は徹底的に参加者にストレスをかけるように計算して作られていた。見通しの悪い廊下、一般的な感覚を破壊する斜め構造の部屋、狭い廊下に狭いドア、心休まらない部屋の数々。
それとは対照的に、この遊園地は広いし、楽しめる場所も多い。九人で遊園地を回るというのもそれほどおかしな行動ではない。
だから玉手さんが、アトラクションノルマは団体行動で達成してしまおうと提案しても、特に反対意見は出なかった。
……口にはしていないけれど、この提案の真意は殺し合いの抑止だろう。事件を起こすには、絶対に準備時間がいる。夜に離れ離れになるのはルール上仕方ないとしても、それ以外の時間にはなるべく目の届く場所にいてほしい、と。
「はーっ、楽しかったーっ!」
「もうやだ……ボクは二度とジェットコースターなんて乗らないからな!」
「律さん、大丈夫なのです?」
「ああ。最前線に比べれば。このくらい」
でも八割方、ただの方便だったはずだ。
みんな、夜の内に誘拐・監禁されたという事実を噛み締めたはず。
なのにどうして……普通にアトラクションを楽しんでいるのだろうか。
いや、わかっている。一部の子はただ虚勢を張って沈んだ空気を吹き飛ばそうとしていると。特にニコニコと笑っている玉手さんが、その実一番周りに気を遣っているであろうことは、私にはなんとなく透けて見える。
……そういう空気が私にはわかってしまうから、正直かなり疲れる。前回の殺し合いでは単純に傍観者気分でいたけれど、今回は完全に参加者の立場だ。
視点が違うだけで、見えていなかったものも少しは見えるようになった。それは償いにおける進歩と言えるのかもしれない。
けれど……。
「ごめんなさい。私、ちょっとそっちで休んでてもいいかしら?」
正直に言って、私はあまり激しい動きに慣れていない。あんなジェットコースター程度で恐怖を感じるほどヤワではないし、酔って動けなくなるなんてほどでもないけれど、少し気分が悪い。これも魔王の力を封じられた影響だろうか。
「あー、もしかしてジェットコースター苦手だった? ごめんね、無理に乗せちゃって。それじゃあ誰か、香狐ちゃんに付き合ってあげてくれない?」
「あ、それじゃあボクが。いやなにお安い御用さ。遠慮はしなくていいからね」
霧島さんが即座に立候補する。
ジェットコースターがヤバかったから休みたい、という顔をしていたが、この場にそれをわざわざ指摘するような性格の悪い子はいなかった。というより、そういう子は霧島さん自身か。
前回だったら、おそらく萌さんか棺無月さん辺りが茶化していただろうに。
「そ、それじゃあ私も……いいですか?」
「今日は快晴だ。空の声が澄み渡っている。彼女らを追えと告げている。ならばこちらは従おう」
「ん、おっけ。香狐ちゃんと栗栖ちゃん、透意ちゃんと琴絵ちゃんね。……魔王がちょっかいかけてくるかもしれないから、光花も付き添ってもらっていい?」
「ああ、構わないぞ」
「よし。じゃあ今から別グループで行動しようか。そっちも好きに回ってくれていいから、ノルマが終わったらお昼ご飯のトコに集合ね。いい?」
「ああ。わかった。それじゃあまた後で。――さぁ、行こうかみんな」
グループの分割はスムーズに決定し、これで私たちは別行動する運びとなった。
◇◆◇
「はぁ……」
ベンチに腰を下ろして一息つく。
透意がどういうつもりだという目でチラチラこちらを窺っていたけれど、直接尋ねには来ない。私の正体にも関わることだし、また今夜話そうと考えているのだろう。
その代わりに、別の人物が私に話しかけてきた。
「世にも珍しき、濡れ羽色の狐人。こちらが隣に割り込んで、その艶めきに影が差さないだろうか」
「え? えっと……」
かなり長めに困惑してから、ようやく気が付いた。
艶めきに影が差す、つまり日陰だ。そして、私に当たる太陽の光を遮る位置は、私の隣――ベンチの空白部分だ。
つまり隣に座ってもいいか、と訊いているわけだ。なんてわかりづらい……。
「ええ。いいわよ」
「感謝しよう」
そう言って、彼女――亜麻音さんも私の隣に腰を下ろした。
帽子についている長い飾り羽が少し鬱陶しいけれど、私も尻尾が邪魔になっているでしょうし、まあお互い様だ。
とはいえ、なぜ急に隣に来たのかがわからない。ベンチならそこらに沢山ある。なんなら私の隣ではなく、別のベンチに座る透意の隣もあいていた。万木さんは霧島さんを介抱しているから、そこは埋まっているけれど。
こんな状況だ。普通なら、警戒する必要のなさそうな幼い容姿の透意のところへ行く。なのにわざわざ私の元へ来たのなら、何か理由があるはずだ。
「それで、何か用なの?」
ただしわざわざ駆け引きを仕掛けるのも馬鹿らしいし、なによりこの状況でそういう駆け引きを仕掛けるのは余計な疑心を生む。やましいところがないのなら、堂々と訊いた方が絶対にいい。
「……あと、理解しやすいように話してもらえると助かるわ」
一応そう付け足しておいた。長話をするかもしれないのに、毎度あの解釈問題に取り組まなければならないというのは億劫だ。
格好的に、おそらく吟遊詩人を意識した言動なのだろうけれど。日常会話にまでそれを持ってこられるのは流石に辛いものがある。
「……失礼をした。端的に言うとするのならば、こちらは貴方に興味があって来た」
「興味?」
「貴方の外見より、相当の月日を魔法少女として過ごしたと見受ける。その理由と功績を教えてはもらえないだろうかと、そう思い参上した」
「理由、ね」
相当の年月、魔法に触れてきたというのは間違っていない。しかし私が魔法少女であるという前提がまず間違っている。
ただ……ここで答えを濁すのは悪手だろうか。魔法少女たちは、私たちの中に潜んだ魔物を探しているはずだ。過去を答えることができないというのは、魔物と疑われる根拠となってしまうかもしれない。
だからまあ、バレない程度に――。
「償い、かしらね。……悪いけれど、これ以上は話す気はないわ。あんまり、人には言いたくないことだから」
物語の魔王を名乗っていようと、一瞬で完璧なストーリーを組み上げられるわけではない。物語というのは一瞬で作り上げるものではなく、時間をかけて積み上げるものだ。
だから今、詳しいことは口にしない。一応事実を喋ってはいるので、態度には何もおかしな点はないはずだ。
……それはそれとして、私の過去に関する設定は詰めておいた方がいいだろう。他にも過去を詮索したがる子がいるかもしれない。今夜あたり、考えておくとしよう。
「それで? 急にそんな不躾なことを訊く理由は?」
「……傷つけたのなら、謝罪しよう。すまなかった」
「ああいや、責めてるわけじゃないのよ。私の過去の責任をあなたに問うのは、お門違いというものだし。ただ気になったから訊いているの」
「そう、だな。貴方は物語を好む者だろうか?」
「物語?」
それは、物語の魔王である以上は当然だけれど。
……カマをかけている、というわけではなさそうだ。
第一あの殺し合いのことに関しては、一般には口外されることなくスウィーツとスイートランドが秘密として抱えていたはずだ。私の『物語』の魔王という称号からカマをかけるには、その秘密を聞き出さなければならない。
けれど亜麻音さんの魔法はそういう魔法ではないし、立ち振る舞いからして正体を隠した二つ名持ちの魔法少女というわけでもなさそうだ。二つ名持ちにしては、彼女の振る舞いは隙が大きすぎる。
いやそもそも、物語が好き=物語の魔王という構図自体が安直だ。その条件だけで魔王を見つけられるのならば、世界に魔王は何億人といることになってしまう。私が考えすぎているだけなのだろう。
「ええまあ、物語は結構好きかもね。あなたも?」
「その通り。幻想の世界はなぜ、斯くもこちらを魅了するのだろうか。とりわけ英雄の偉業は、いつの世も人の心を震わせる」
「なるほど。英雄譚が好きなのね。それで魔法少女に?」
「…………」
コクリ、と亜麻音さんは頷いた。けれどその顔は、若干の愁いを帯びているような気がした。
その理由を問いただす前に――
「色川、亜麻音、甘味。霧島も回復したからな、そろそろいいか?」
「ちょっとちょっと、勘違いはやめてほしいね。ボクはただ少し座っていただけであって、別にジェットコースターでグロッキーになっていたとかそういうわけでは断じて……」
「ええ、まあいいわ。行きましょうか」
霧島さんの弁解が長くなりそうだったので遮って、私は了承した。
亜麻音さんとの会話は単なる雑談だし、拘るほどの事でもない。
数日後には突然いなくなるかもしれない、無事に脱出したとしてもおそらく二度と会わない相手。入れ込むだけ無駄というものだろう。
私は亜麻音さんに何か声をかけることもなく立ち上がると、既に行く先を決めているらしい万木さんの後を追った。
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