By a gentle way
《優しいやり方で》
「色川か、おはよう」
「ん、香狐ちゃん。はよー」
「ええ、おはよう。万木さん、玉手さん」
翌朝。
例の城の円卓――審判の間に足を踏み入れる。
毎朝起床し次第ここに顔を出し、全員が揃ったら朝食へ。そういう流れは昨日のうちに一通り定められていた。
二つ名持ちの魔法少女たちは、やはりリーダー意識があるのか、まだ集合時間より二十分も早いというのに既に席に着いていた。
私は単に、偶然早めに目が覚めたから早く来ただけなのだけれど。
「色川、よく眠れたか?」
「まあ……それなり、かしら」
本当に、それなりだ。いつも通りというには少し足りなかった気もするし、かといって寝られていないわけでもない。そのくらいのラインだ。
「そっちの二人こそ、私よりも早く起きたみたいだけれど、ちゃんと眠れたの?」
「あはは……まあね。眠れはしたよ」
玉手さんは苦笑い気味に言った。万木さんもだいたい似たような状態らしく、玉手さんの言葉に頷いている。
……突然誘拐されて、殺し合いをしろだの言われたら、まあこんなものだろう。私ももっと寝ていない演技をした方がよかったかしら。
「やあやあキミたち、早起きだね」
「あ、栗栖ちゃん。はよー」
そのうち、霧島さんが陽気な風にやって来る。
しかし私は見逃していなかった。恐る恐るといった様子で顔を覗かせ、私たちが雑談に興じていると約三十秒かけて確かめ、ようやく部屋の中に入って来たという事実を。内心でどのような葛藤があったのかは想像に難くない。
割と足取りもふらふらしているし、どことなく頭の働きも悪そうなところを見ると、おそらくほとんど、あるいは全く寝ていないのだろう。
どうやら、この場で一番メンタルが弱いのは霧島さんらしい。
「皆さま、おはようなのです!」
「奉子ちゃん。はよー……って、なにそれ?」
次いで、小古井さんが部屋に入ってくる。その手には九本のドリンクが乗ったトレイがあった。
今来たところだと思ったのだけれど、話を聞くと、どうも玉手さんや万木さんよりも早く起きて、集合時間までにドリンクを届けられるように園内を歩き回っていたらしい。
城からドリンクを売っている場所まではやや遠い。九人分のドリンクともなれば、それなりの重さもあるだろう。よくもまあ、そこまでして尽くしてくれるものだ。
ただ、彼女の姿を見ていて、一つだけ気になった。
私は彼女からドリンクを受け取りながら、そっと耳打ちする。
「ベル、鳴った?」
「…………」
小古井さんは申し訳なさそうに、そっと首を振った。
やはり、世界の壁を隔てていたら彼女の魔法は使えないようだ。
いや、彼女のベルを持っている子がまだ異変に気が付いていないだけかもしれない。魔王が治める世界は外の世界とは時間の進みが違う場合がある。一日経ったとこちらが思っていても、実際はまだ向こうでは一時間程度しか経っていないのかもしれない。
ともかく、過度な期待はしない方が賢明というものだろう。
続いて、また審判の間の扉が開く。
「あ、透意ちゃん。はよー」
「お、おはようございます……」
透意はなんだか控え目な様子で部屋の中へと入ってきた。
一応寝れはしたようで、足取りにもおかしな感じはないし、目に隈があったりもしない。
透意は私に話しかけるようなことはせず、黙って自分に割り当てられた席に着いた。
その様子を見つめていると、また扉が開いた音と共に、若干のざわめきが届いた。何事だろうと思って扉の方を見ると、確かに少し疑問符を浮かべさせられる人物が立っていた。
……別にルナティックランドが立っていたというわけではない。
ただ、見覚えのないトラ型人間が入り口に立っていたら、誰でも驚くか不思議に思うというもの。……このトラ型人間、よく見たら着ぐるみだ。
「えっと……もしかして、結似ちゃん?」
「そのはずトラ」
「あっ、語尾も変わるんだ」
玉手さんは割と目を丸くしていた。
「まあ衣装変わる魔法少女もたまにいる……というか光花がそうだけど、結似ちゃんもそうなの?」
「結似のは、一日経つと別の着ぐるみに変わるっぽいトラ」
「語尾が変わるのも着ぐるみの効果だったりするの……?」
「これはキャラ付けの類だと思うトラ」
「あ、そうなんだー。あはは……」
流石にこういう手合いは珍しいらしく、玉手さんの笑みは若干引き攣っていた。
……見たことないキャラクター性だというのは、私も否定しない。語尾だけで既に十分キャラが立っているのに、謎の疑問調の喋りも併用され、しかも常時着ぐるみ。不思議ちゃんにしたって限度がある。
――とまあ、そんな風に皆を出迎えているうちに、いつの間にか集合時間となっていた。
集まっているのは八人。法条さんが足りていない。
「んー、律ちゃんは寝坊かな?」
玉手さんは軽い様子でそう言うと、
「ちょっと見て来るよ。光花、一緒に来てもらえる?」
「あ、ああ。わかった」
「みんなはここにいて。じゃ、ちょっと行ってくる」
すぐさま二人は部屋を出ていき、後には若干張り詰めた空気を醸し出す面々が取り残された。
霧島さんなど、既に露骨に周囲を警戒している。考えていることは手に取るようにわかる。既に殺人事件が発生していて、【犯人】はこの中にいる――などと考えているのだろう。
でも、まだ早すぎる。小古井さんの魔法という唯一の脱出法が望みを失っていない今、いきなり行動を起こす魔法少女がいるとは考えられない。
ただし、万が一があることは否定しない。このメンバーは、おそらくはルナティックランドによって意図的に集められた。だとしたら、初日にいきなり殺人を犯すような人物が紛れ込んでいたとしても不思議ではない。
ないけれど……。
「あー、ごめんねみんな、待たせちゃって。律ちゃん連れてきたよ」
「す、すまない。私としたことが。寝坊などと」
玉手さんと万木さんに連れられて、最後の一人がやって来る。
法条さんの謝罪は上辺だけのものではないらしく、悔しさ故か手は固く握りしめられてブルブルと震えているし、その表情には忸怩たる思いが明瞭に表れている。
ともあれ、無事な状態ではある。やはり殺人なんてまだ起きていなかったらしい。
……と、安心しただけで済ませられたらよかったのだけれど。
「ほ、法条クン! 驚かせないでくれたまえよ。いったいボクらがどれだけ肝を冷やしたことか。この状況だ。誰かの不在がどのような猜疑を招くかくらいは、誰でもわかるだろう?」
霧島さんだった。……やっぱり、雰囲気を悪化させるような性格の子もルナティックランドによって投入されていたらしい。前回は雪村さんと萌さんがその役回りを期待されていたけれど、今回は霧島さんの役か。
「まったく、そのような格好をしておきながら……。聞くところによると、軍隊では遅刻者は厳罰に――」
「あーはいはい、栗栖ちゃんストップ。落ち着いて?」
「いやしかし、二度とこういうことがないようにだね――」
「んー、しょうがない。あんず、お願い!」
玉手さんが指をはじくと、途端に虚空から一匹の猫が出現する。
玉手さんが何かの合図を送ると、その猫はテーブルの上を走り、霧島さんに甘えるようにすり寄っていく。
「にゃー♡」
「うっ……いや、そんなねだるようにされても、ボクは何も持っていないのだが」
「にゃー、にゃ♡」
「いや、だから……」
霧島さんの困惑に構わず、猫は霧島さんに執着し続ける。
いつしか、法条さんに向けられていた怒りは霧散していた。
「――さて、栗栖ちゃん、落ち着いてくれた? あんず、もういいよ。ありがとね」
玉手さんが猫を手元に呼び戻す。
手元で一通り猫を撫で回すと、じきに猫は虚空へと消えていった。
それを見届けてから、玉手さんは霧島さんに向き直る。
「ふぅ。ダメだよ、栗栖ちゃん」
「え? な、なんのことかな」
「さっきの。律ちゃんを責めちゃダメ。こんな状況だもん。不安でなかなか寝付けないこともあるだろうし、それで寝坊しちゃっても仕方ない。むしろ、そうやって悪い空気を煽るのが魔王の狙いだよ。そんなのにホイホイ乗せられちゃったら、魔王の掌中から抜け出せない。気をつけてね?」
「いや、しかしだね」
「いい?」
「わ、わかったとも!」
「ん、ありがとね」
玉手さんは別に怒ってはいないとアピールするように、微笑みを見せる。
大変に、鮮やかな手並みだった。
前回の殺し合いにおいて、こうも円満に空気が緩和された例があっただろうか。だいたいは相手の間違いを論破するだとか、あるいは時間に解決させるだとか、強引な手段で処理していたように思う。
……今回は、それとは違う道を辿れるのだろうか。
そんなことを思いながら、この生活の二日目が始まった。
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