We have to act on our own.

(※作者よりお知らせ)

Second Gameのルール説明について、一部が旧版のものとなっていました。「なお【審判】の際には【審問官】を選出し、進行役を務めるものとする。」の文言は削除されています。

それと、Chapter1の「読者への挑戦状」は6/6(月)に投稿されます。




《私たちは自分自身で行動しなければならない。》




 透意は、その手に凶器を――持ってなど、いなかった。

 何も隠すことなどできなさそうな、薄布のワンピース。そこにも、凶器らしき膨らみは確認できない。

 となると透意は、本当に丸腰で私の部屋に踏み込んできたことになる。


「あなた、不用心すぎない? 私を怪しんでいるからここに来たのでしょう?」

「……あなたを怪しんでいる余裕がないから、ここに来たんですよ」

「え? それはどういう――」

「単純な話です。ルナティックランドは明確に敵で、魔法少女たちも……暴走してしまう可能性はあります。でもあなたは、制約を受けているはずです。罪を償わなければならないという制約――命令を。合理で考えるなら、あなたが一番暴走の可能性も、裏切る可能性も低い。心情はともかく、ですけど」


 子供の体躯で、見上げる格好でありながらも、透意は私から目を逸らさず、むしろ私の目を覗き込んでくる。


「だから、あなたと話をしに来ました」

「……その命令の効力を疑っていたんじゃないの?」

「あなたを疑っていれば、それで事態が解決しますか? ……私はもう、こんなことは終わりにしたいんです。だから――」


 もう、こんなこと、か。

 ……これは私が蒔いた種だ。原案は私が出した。ルナティックランドはそれに便乗しただけだ。

 だから、これは私の責任。その点については如何なる反論もできないし、するつもりもない。


「わかった。わかったわ。元より私は、殺し合いを止めるためにここに来たのよ。下らない押し問答に時間を使わないで、話をするなら早くしましょう」

「……はい」


 私は部屋の鍵を閉め、透意を部屋の奥へと遣った。


「話の前に、この部屋、調べてもいいですか?」

「ん? ああ、まあ、いいわよ」


 こちらが凶器を隠していないかは、まあ気にするだろう。私自身、自衛策としての凶器の携帯を考えなかったわけではない。

 ただ、もしそれが見つかれば透意からの心証が最底辺にまで落ちると思ってやめておいた。こちらとしても、一切の事情を了解している味方は欲しいところだ。私が魔王であり、前回の殺し合いの主催だと知っている――いや、知っていていいのは透意だけだ。だから、透意の心証を落とすことだけは避けたかった。

 どうやら、その考えは功を奏したらしい。

 透意は一通り私の部屋の中を調べて、私にも身体検査を要求し、凶器の類は一切ないと納得すると、ようやく話をする態勢に入ってくれた。


「それで、何が聞きたいの? 残念だけれど、私が答えられることはたぶん多くないわよ」


 ルナティックランドも独自に殺し合いの準備を進めていたことは知っていたけれど、彼はその詳細を語らなかった。また、私がこの二回目の殺し合いを知ってからまだ一日も経っていない。

 従って、私が話せることは少ない。


「……とりあえず、あなたの固有魔法について知りたいです」

「私の? [幻想書架]の効果ならさっき説明したわよ。悪用の方法も特にはないわ。ただ思い出す、それだけの魔法よ」

「それでも、一度、使ってみてもらえませんか。試しに……ちょうど一日前の事を」「まあ、いいけれど」


 一日前のこの時間といえば、そうだ。そろそろ寝ようとした辺りで、雪村さんに掴まって……。

 ――[幻想書架]、発動。

 その時の詳細な記憶が即座に脳内を駆け巡る。あの時の私の言葉、雪村さんの言葉まで全て思い出せる。今なら、ふとした瞬間の雪村さんの仕草までも完璧に模倣できる気さえする。


「使ったわよ?」

「……何か、ありましたか?」

「特には。普通に昨日のことを思い出しただけよ。これで満足?」


 問うと、透意はしばらく黙り込んだ後に、小さく頷いた。


「それで? まさか、これをやらせるためだけに来たわけじゃないでしょう?」

「……まあ、そうですね。それじゃあいくつか。ルナティックランドの弱点は知りませんか?」

「知らないわ。魔物共通の弱点は、魔王に通用するかどうかは怪しいわけだし」


 魔物の倒し方は、大きく分けて三種類だ。

 一、普通に戦闘をして倒す。

 二、伝承や説話に従った方法で退治する。

 三、伝承や説話そのものの矛盾を暴き、否定する。


 伝承に従った方法というのはつまり、僧侶に除霊してもらうだとか、河童の皿を乾かしてしまうとか、そういうものだ。こういう伝承による弱点は、大抵の魔物にとってはただの事実なのだから。

 一方で、伝承や説話そのものの否定というのはつまり、魔物の存在基盤そのものの否定だ。魔物のバックボーンに矛盾が含まれている場合、魔物の存在の根底にある『回路』――魂に刻まれた、魔法の源にも何らかの異常がある。その矛盾を暴いてやることで、『回路』の異常が顕在化して自己破綻に陥り、魔物は消滅する。


 しかし魔王は、特定の伝承や説話を有さない。魔王は伝承や説話の代わりに、自己の象徴となる概念を持っている。私なら『物語』がそうだし、透意なら『甘美』、ルナティックランドなら『狂気』だ。他にも『虚無』『邪悪』『悲嘆』『恐怖』『憂鬱』の悪性魔王、『閑静』『勇敢』『神聖』『盲愛』の善性……寄りの魔王がいるけれど、まあ今それはどうでもいい。

 概念をどうやって否定しろというのか。概念には明確な定義がない。私の物語にしたって、特定の物語のみを否定するのだったら容易いけれど、一度にこの世の全ての物語を否定することなどできない。

 ……だから、魔王相手にこの線は利用できない。


 ルナティックランドに有効な手があるとするならば、戦闘で勝つことだけだ。けれど身体能力強化も剥奪され、戦闘に有用な固有魔法も封じられた状態の私たちに一体何ができるだろうか。


「……もう一つ、聞かせてください。あなたには、この状況がどう映りますか? 感情的にではなく、理性的に」

「理性的? ……まあ、理性的にこうだ、なんて言えるほど何かを掴めているわけではないけれど。異様だとは思っているわ。それとなく見逃したことがありそうというのと、目に見える違和感の大きさが理由だと思うのだけれど」


 私は気が付いたルールの不審点を透意に語った。

 けれど透意の反応は芳しくなかった。それはおそらく目的とは関係ないとばかりに、つれない答えが返って来るだけだ。


「ちょっと、聞いてるの? わざわざ追加されたのだから、そこには何か意図があるはずよ。考えずに済む問題じゃないのはこっちも同じよ」

「……はい。確かに、そうですね」


 言われてようやく、透意は何かを考え込む仕草をする。

 まあ……謎を前にした一般人の反応なんて、概ねこんなものか。謎を謎のまま捉えようとして、背景に目が行かない。謎だけを見つめていれば解ける謎なんて、現実にはそうそうありはしないというのに。

 そのあまりにも心構えの足りない姿を見て、流石に私も一言くらいは言ってやろうという気になった。


「透意、一つ忠告しておくわ」

「……なんですか?」

「謎解きを他人に任せていたら、いつか殺し合いの空気に呑まれるわよ」


 前回の殺し合いの記憶を、[幻想書架]で呼び起こす。

 神子田さん、神園さん、萌さん、雪村さん姉妹、唯宵さん。この六人は、ずっと受け身でいた結果狂気に呑まれた。自ら謎に挑んだ桃井さん、棺無月さんは最後まで自分を貫き通したし、彼方さんも最終的には自らの意思を取り戻した。

 違いは、流れに身を任せなかったことだろう。自ら真実に向かう意思を持っていたからこそ、彼女らは選択の権利を得ることができた。


「……あなたが言うなら、そうなんでしょうね」


 透意は、思いのほか真剣な声音で私の言葉を受け止めた。


「一応、心にとどめておきます」

「え、ええ……」


 素直すぎて、むしろこちらが驚かされるくらいだ。

 ……大丈夫だろうか。この信じやすさ。【犯人】にあっけなく騙されそうで怖いくらいだ。

 彼方さんの振る舞いを思い出してしまう。あの子も簡単に騙された結果、親友を失った挙句、裏切りを受けて心に深い傷を負った。……他人事のような言い方をしたけれど、わかっている。これは私の罪だ。

 だとしたら、それと同じことを繰り返させないのもまた、私の償いだろう。


 その後、私たちは互いに持っている情報を一通り交換し、少しでも真実に近づくことができるように頭を働かせた。

 ……魔王同士の交流は今までに何度もあったけれど、おそらく今日の会話量だけで今までの会話量の合計を軽く上回る。それくらい、スイートランドと初めて深く話をした。

 次第に夜も更け、眠るにはちょうどいい時間となる。

 時計を見て、透意が立ち上がった。


「それじゃあ、今日はそろそろ寝ます」

「ええ。おやすみ、透意」

「……おやすみなさい、香狐さん」


 名前を呼ばれて、思わず尻尾がピクリと動く。

 ああ……そういえば、透意にそちらの名前で呼ばれるのは今が初めてか。


 私が持つ二つの名前。

 魔王としてのワンダーランド。ただの私としての色川 香狐。

 今、こちらの名前で呼んでくれたというのは……。

 ……いや、認められたなどと思うのは深読みしすぎというものだろう。私が彼女を透意と呼ぶのと同じ、単なる正体隠匿のための手段だ。

 本当に認められたいのなら、行動で示す他ない。そのために、私はここに来たのだから。


 ドアを抜け去りゆく透意の背を、私はただ黙って見つめていた。

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