Demonic Harassment

《魔王流セクハラ術》




 それで、忘れちゃいけないのが、衣装室に行くこと。

 いつまでも夢来ちゃんを下着同然の格好で歩き回らせるわけにもいかない。

 今朝だって、味噌汁を溢しかけてあわや大惨事だったし。


 ――とりあえずグループを組み、自由行動が許された。

 昨日は全体での探索に一日費やされたけれど、今日はそういったことは行われなかった。

 というのも……全員、昨日の探索で疲れていたからだ。

 私たちは一部屋一部屋、脱出口がないか――隠し扉などがないかも含めて、隅から隅まで調べ尽くした。

 それが実らなかったときにのしかかる疲労は、肉体、精神共に大きな負担となる。だって、多大な労力を払って得られるのが、無駄骨だったという結果だけなのだから。

 正直に言うと、みんな探索が嫌になっていた。


 それに……あまり喜んではいけないと思うけれど、この館は妙に娯楽が充実していた。二階には遊戯室、シアタールーム、書庫も備えられているし、一階の屋内庭園や衣装室、浴場も人によっては娯楽の場となり得るだろう。

 もちろん探索時に遊ぶわけにはいかなかったけれど、気になっていた人も多かった。

 だから今日は、ワンダーがそこに何か脱出のための手がかりを用意しているかもしれないから調査する、という名目で歩き回ってもよいこととなった。


 そうして、私たちが真っ先にやって来たのがこの衣装室。

 ここで何か、夢来ちゃんの服が見繕えれば――と思っていたんだけど。


「あー、うん。えっと……」


 一応、ここに何があるのか、話は聞いていた。

 下着類が沢山置いてあったから、ここにいる間困ることはない、という話だった。それ以外にも、服が色々置いてあったとか。何故か話しづらそうにしていたのが、引っかかっていたけれど。

 ともかく。ここにある服を目当てに来てみれば、実際のところは……随分と、アレなラインナップが揃っていた。

 これは話しづらそうにするわけだ、と納得する。


 確かにこの部屋には、衣装室の名に恥じないくらいの衣装が並べられていた。

 だけど……まずもっておかしいのは、私服っぽい格好が全然見当たらないこと。

 ……いや、いくつか見つかりはする。するんだけど……。


「これは、着られないよね……」


 私は自分の魔法少女のコスチュームを見下ろす。

 昨日浴場を利用した時、全員分の替えの下着がここから用意されたとは聞いていた。それなのに、替えの服が用意されなかったのはおかしいな、とは思っていた。

 それも当然の話で、ここには着られる服がなかった。


 まず目につくのはメイド服。ただしあちこち破れてボロボロの状態。

 その隣にはナース服。何故か下半身の丈がものすごく短い。

 その隣には学校の制服。……の上だけ。スカートは存在していない。

 その隣にはサンタの服装。ただし布面積が下着とほぼ変わらない。

 その隣にはバニースーツ。これは生地が極端に薄い。

 その隣も、その隣も、コスプレみたいな服装で……。

 ご丁寧にも、各衣装様々なサイズが用意されている。


 さらっと見るだけで、だいたい察した。

 ここは、女の子がしちゃいけないような恰好ばっかりが揃った衣装室だ。誰も着替えになんてしたがらない。

 でも……。


「えっと、夢来ちゃん、どうする?」


 夢来ちゃんだけは別だ。

 夢来ちゃんだけは、基本的にどれを着ても布面積を上げられる。


「ぅぅ……この中から選ぶしかないんだよね……」


 夢来ちゃんが嫌そうな声を出すけれど、こればかりは仕方ない。

 というより、この辺りが一番な方だった。

 このコスプレっぽいエリアを離れると、本当に、子供が見ちゃいけないような服ばかり並んでるエリアが広がっていて……。

 ……ここを探索させられたメンバーが、うんざりしていた顔をしたのも頷ける。この用が済んだら、私も金輪際近づきたくない。


「ぁぅ、ぅぅ……」


 結局、顔を赤らめた夢来ちゃんが、懊悩の末に選んだのは――。




     ◇◆◇◆◇




「夢来ちゃん、大丈夫そう?」

「う、うん……」


 試着室のカーテンを隔てて、夢来ちゃんに呼び掛ける。

 衣装室の内部には試着室が三つ用意されていた。衣装を選んだ夢来ちゃんは、一応鏡で確認したいとのことで、試着室に入った。使用した試着室は、三つのうちの一番左。私たちから一番手近だった部屋だ。


 さっと、カーテンが開く。

 そこから出てきた夢来ちゃんの露出度は、先ほどとは雲泥の差だった。

 まあ、夢来ちゃんが選んだ衣装は、一番マシなものではあったと思う。

 ……とはいえ、下半身は相変わらず、肌をほとんど晒したままだ。


「うぅ……どう?」

「まあ、うん……さっきよりは」

「あぅ……」


 夢来ちゃんはまた顔を赤らめてしまう。


 夢来ちゃんが選んだのは、パーカーだった。しかも、夢来ちゃんのサイズには全然合わない、ダボダボのパーカー。

 袖が長すぎるようで、夢来ちゃんの手を全部収めてもなお袖が余り、先端が垂れ下がっている。

 下半身のまともな衣装は当然用意されていないので、下はスカスカの状態。

 ただし、大きいサイズのものを選んだおかげで、太股の中程までは隠せている。

 これなら、まあ……ちょっとはマシかな、という状態だった。


 ちなみにもちろん、私の衣装には変更なしだ。

 夢来ちゃんには悪いけれど、ここにある服は私も着たくない。


「うーん、でも、私もこの服汚しちゃったらどうしようかな……」


 ただでさえ、この服のままで寝ているのだから、シワになってしまいそうなのに。

 この魔法少女のコスチュームに醤油でも溢したりしたら、どうなってしまうのか。

 洗濯室があったから洗濯はできるとして、それまで急場を凌げるような服は……。


『えー、お答えしましょう!』

「わっ!?」


 バターン!! とドアが開かれる。

 現れたのはもちろん例のアレ。もう紹介の必要もない。


『魔法少女のコスチュームは、魔力的な自浄作用によって、汚れシミシワその他が勝手に消えていく優れモノなのです! ぶっちゃけ、何日着てたって清潔な代物なのさ! いやぁ、引き籠もりには是非とも欲しい夢のアイテムだよね!』


 ……どうして、魔法少女自身も知らないような機能を魔王が知っているんだろう。


『あっ、でもでも! ずっと同じ服だと精神衛生上よくないでしょ? みんな飽きちゃうかと思って、ボクが衣装を用意してあげました! ほらほら見て見て、この衣装! すっごいよもう! 薄い本が積みあがって山になっちゃうよ! これで読者人気間違いなしだよね! あはははは!』

「わ、私は着ないから!」


 多少勇気を出して、魔王に反発する。


『えっ!? 着ないの!? 希望者にはもれなくスライムちゃんも貸し出すのに!?』

「着ないから!」

『あっ、そっか! インキュバスくんがよかったんだね! いやぁ、それならそうと最初から言ってよ! 今ならセットでローパーちゃんも付けちゃう! お得だなぁ! これは着替えるしかないなぁ!』

「……もういいや。夢来ちゃん、行こっ」

「えっ、あ、うん……」


 私は夢来ちゃんの手を引いて、ワンダーの横を通り過ぎ、衣装室を出た。


『えっ、あっ、あれ? ほ、ほんとに出てっちゃうの? 嫌々と言いつつ実は……ってパターンじゃないの?』


 そんなパターンないからっ!

 という私の心中の叫びは当然、ワンダーには届かなかったことだろう。

 もう二度と来ることはないだろうな、と思いながら、私は足早に衣装室から遠ざかった。

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