Then, make a pair!!

《じゃあ、二人組作ってー》




 ――翌朝。


「おう彼方、夢来、おはよーさん」

「あっ、狼花さん。おはようございます」

「お、おはようございます……」


 夢来ちゃんと一緒に食堂に顔を出すと、既に幾人かが席に腰かけていた。

 ここにいないメンバーはまだ起きてきていないか、厨房で食事を作っているか――あるいは、みんなで決めた朝食の時間、朝七時を守ろうとしないメンバーか、だ。

 ここにいるのは、朝しっかり起きられて、なおかつ料理ができない人たち。情けないことに、私もこっち側だった。


 私と夢来ちゃんの他には、狼花さん、藍さん、米子ちゃんが席についている。初さんと香狐さんは厨房だ。他はまだ自分の部屋……かな?

 食堂の座席は、昨日の並びの通りになった。狼花さんがお誕生日席で、私や夢来ちゃんは入り口に近い席。


 みんなと朝の挨拶を交わして、ささやかな雑談に応じていると、不意に機械の稼働音が聞こえてきた。ウィィ、コトコト、という情けない単調な音が響く。


「おっ、来たか」


 狼花さんが立ち上がる。私や夢来ちゃんもそれに続いた。

 音の発生源は、食堂の一角。そこには長いテーブルと、そこに向かうようにして動くベルトコンベアが壁に埋め込まれている。近くには電子式のタッチパネルがあり、『厨房→食堂』『動作中』と表示されている。


「みなさん、これからお食事をお送りします。配膳の手伝いをお願いできますか?」


 ベルトコンベアの穴から初さんの声が聞こえてくる。

 このベルトコンベアは厨房から食堂に通じていて、ここから料理を搬入することができるようになっている。逆方向に動かすことも可能で、食べ終わったお皿を食堂から厨房に返すこともできる。

 料理を持って部屋を出入りするという、面倒なことを一々しなくてもいいのはありがたい。


「おーう、こっちスタンバイできてるぞー」


 狼花さんが穴越しに返事をすると、


「わかりました。では、お送りしますね」


 という初さんの声と共に、食事が流れてきた。

 白米を乗せた茶碗や、焼き魚を乗せた皿、味噌汁の入ったお椀、サラダの入ったボウル、沢山の箸が順々に送られてくる。


 食堂に集まっていたメンバーは手分けして、それらを十三人の席に運んだ。

 配膳をしているうちに、摩由美ちゃん、接理ちゃん、忍ちゃんがやって来る。

 全員の席に食事が行き渡ると、厨房から初さんと香狐さんもやって来た。

 空澄ちゃん、佳奈ちゃん、凛奈ちゃんの姿はない。


「三名、まだ来ていないようですが……」


 初さんが時計を確認する。

 既に時計は七時を回っている。


「……仕方ありません。先にいただいていましょうか」

「みゃー、腹減ったにゃー」

「ええ。では、いただきましょう。みなさん、手を合わせて。――いただきます」


 初さんの音頭でそれぞれにいただきますを言って、料理に手を出す。


 昨日の探索で一番念入りに捜索されたのは、毒になりそうなものがあるか否かだった。それのあるなしでは、食事の安全性は大きく異なる。

 ――幸いなことに、と言っていいのか。

 この館の内部に毒になりそうなものは存在しなかった。確かに、治療室の薬品とか、口に入れたらまずいことになりそうなものはいくつかあったけど――人が死に至るような毒は一つもなかった。

 屋内庭園にも毒草なんかが生えていないか確認したらしいけれど、そもそも、屋内庭園の植物は一つ残らず作り物だったらしい。私はそっちの探索には参加しなかったので、詳しいことは知らないけれど。


 ――ともかく。こうして厨房に立つ人を決めて、みんなが安心して食事ができるのは、それが理由だった。

 いや、安心して、っていうのは……少し嘘かもしれない。

 この食材は結局ワンダーが用意したもの。それだけで私たちの信頼は揺らぐ。

 それでも、他に食べられるものはないし――一応、料理する際に、何か変なところがないかは確認してもらっている。そのチェックを通過してこうしてテーブルに並んでいる以上、大丈夫だとは思うけれど……。それでもみんな、疑心が完全に払拭できない。


 ……一部、その疑心が存在しないんじゃないか、と思えるメンバーもいるけれど。


「あ、あのっ! おかわりってありますか? ウチ、あの、食べ終わっちゃって」

「あら。米子さん、もうですか? おかわりなら、いくらか残った料理が厨房にありますので……お手数ですが、そちらからご自分でお持ちください」

「は、はい! ありがとうございますっ」


 米子ちゃんは、初さんたちが作った料理をすごい早さで食べ終えてしまった。

 魔王が用意した食材だというのを忘れているのではないか、というくらいの食べっぷりだ。

 おかわりの分も全て消費されつくしてしまったのは、米子ちゃんが厨房と食堂を五往復ほどした辺りだった。


「昨日より、少し量を増やしたのですけど……」


 初さんが苦笑いしているのが、妙に印象的だった。

 そうして食事が進むうちに、空澄ちゃんがやって来る。佳奈ちゃん、凛奈ちゃんは、みんなが食べ終わってしばらくした頃になってようやく食堂にやって来た。


「……全員、無事だったようですね」


 初さんがほっと息をつく。

 しかし、初さんの心配はある意味、的外れだ。

 確かに夜は、互いの姿が見えなくなるけれど――逆に、鍵のかかる場所に籠れる時間でもある。昼間に部屋に籠っているとワンダーに鍵を破壊されてしまうらしいけれど、夜中は別だ。就寝のためなら部屋に籠ることも許される。

 ……これは昨夜、ワンダーがわざわざ私たちの前に出てきて説明していったことだ。みんなそれがわかっているから、来るのが遅いメンバーがいても、呼びに行こうとしなかった。

 下手に呼びに行ったところで、警戒心を煽る結果しか生まない。それだったら、夜間の安全を信じて、こうして食事を取っている方がいい。

 まあ――私と夢来ちゃんみたいな例もあるし、夜間は完全に安心とも言い切れないけど……。


「では、みなさん。改めて、お話があるのですが……」


 全員が揃ったタイミングで、初さんが切り出した。

 そう。初さんが話があるというから、私たちはこうして、遅い人たちが全員来るまで待っていた。


「空澄さんや雪村さんたちは、お食事中に申し訳ありませんが、少し耳を傾けていただければ。あまり食事中に聞いて気分のいい内容ではないかもしれませんが……どうか、そこはお許しください」


 そんな前置きの後、初さんが切り出した。


「皆さん。今後、一人で行動することは禁止にしませんか?」

「あー"(-""-)"」

「む?」

「えっ」


 初さんの提案に対する反応は、まちまちだった。

 佳奈ちゃん凛奈ちゃんは、特に何の反応も見せていない。

 狼花さんは眉を寄せ、忍ちゃんはびくっと体を震わせる。

 接理ちゃんや香狐さんは、じっと話の成り行きを見守っている。

 私は……隣にいる夢来ちゃんの手を、そっと握った。


「昨夜のうちに考えました。殺し合いを予防するにはどうすればいいか。毒などは見つかりませんでしたが、厨房には包丁などの刃物がありますし、倉庫にはハンマーなどもあったと聞いています。それに、鈍器になりそうなものはいくらでもありますし……言いたくはないですが、人を殺すのに使えそうな固有魔法を持っている方もいらっしゃいます」

「そだねー。ロウカスとかヤバいもんねー(*^▽^*)」

「おい、誰がカスだコラ」


 狼花さんが空澄ちゃんに噛みつく。

 止めた方がいいと思って、私は狼花さんに、落ち着いてくださいとジェスチャーを送った。狼花さんはまだ何か言い募るかと思っていたけれど、思いのほかあっさりと矛を収めてくれた。


 でも実際、初さんや空澄ちゃんの指摘は尤もだ。

 狼花さんや佳奈ちゃんの魔法は目に見えて危ない。忍ちゃんの魔法はよくわからないけれど、攻撃力を持っているのは確かだ。夢来ちゃんの魔法は……やっぱり、殺人にまで発展するだけの威力はないと思うけど。でも、危険視されるに足るものではある。他にも、摩由美ちゃんの魔法なんかは、殺人に利用される可能性がなくもない。凛奈ちゃんの魔法も、もしかしたら……と思う。

 安全な魔法は、私、初さん、香狐さん、藍さん、接理ちゃん、米子ちゃん、現在の空澄ちゃんのもの。


 凶器に対しては一定の対策を打つことができても、魔法ばかりは取り上げられない。どうしたって危険は排除しきれない。

 誰かが短慮に走る。その可能性が残っているだけで、精神的な負担は大きくなる。

 だから、その対策というのが――。


「……ワンダーが提示したルールでは、殺人は秘密裏に行われなければならないとされています。つまり、目撃者がいれば、誰も殺人を起こすことはできません。だからこその、多人数行動です」


 なるほど、と納得させられる。確かにそのやり方は理に適っている。


「二人行動でも、【犯人】の特定は容易ですが……。犠牲者が出てからでは遅いです。ですから、三人行動を提案したいのですが……」


 初さんはメンバーを見渡す。

 ここに集められたのは十三人。どう見ても、三では割り切れない。


「十三が素数っていうのも、ワンダーの嫌がらせかなー?(。´・ω・)?」

『そのトール!』


 バァン、と食堂の扉が開かれる。

 登場時の謎の言葉に、藍さんがツッコミを入れた。


「……トールは雷の神だ。何も関係がないであろう、魔を統べる狂犬」

『えっ!? トールさん、殺し合いのテストプレイで死んじゃったんだけど! あれ神様だったの!? 言ってよね、もー。そしたらもう少し丁重に扱ってあげたのに、まったく! そっか……。雷の神か……。雷に打たれたトールさん、自殺だったんだね……。屋内だったからおかしいと思ってたんだよ!』

「……どこまで本気かわからんが、口を閉じろ、狂犬」

『はーい、お口チャック!』


 ワンダーは針と糸を持って、自分の口を縫い始めた。

 未だ食事中だった佳奈ちゃんが白い目を向ける。


『って、違うよ! 危うく自分の口を縫っちゃうところだったよ!』


 ワンダーが口に通された糸を引き千切り、針と糸を投げ捨てる。


『まったく、油断も隙もない! 気が付けば人にボケをさせるんだから、キミたちは!』

「テメェが勝手にやってんだろうが。何の用だよ」

『あっ! そうだ、用があったんだった! ……おほん。では改めて。メンバーが十三人っていうのは、まあうん、ボクが賢い頭を捻って設定した数だよ!』


 ワンダーは意地悪く嗤う。


『三で割れない、二でも割れない。そこに双子ちゃんがいるけど、それでも残り十一人! さぁさぁ、どうする! 十一を三で割って、残った二人を強制的に組ませる? 信頼できない相手を前に、二人で行動できる? もしかしたら、何かの拍子に……。なんちゃって! あはははは!』


 ワンダーが不安を煽るようなことを言う。

 でも……あれ?

 私や初さんは首を傾げる。


「彼方さんと夢来さんは、友人同士らしいですが……」

『……えっ? いやいや、まさかそんな。ボク、事前に調査したもんね。通ってる学校だってちゃんと調べたんだから。確か痴女ちゃんが○×高校で、頭ピンクちゃんが○×高校――って、同じ学校じゃん!?』


 どうやら、頭ピンクちゃんというのは私のことらしい。

 確かに、私の髪はピンクだけど……。

 痴女という単語の横に並べると、いやらしい意味のように聞こえるからやめてほしい。……きっとわざとだろうけど。

 というか、学校まで調べられていたなんて……。魔王の周到さに、改めて戦慄する。恐怖するには、イマイチ緊張感が足りない空気だったけれど。


『もー、言ってよ先に! 計画が台無しじゃんかよ!』

「いや、ワンコロの確認不足でしょ(;´・ω・)」

『そうだけど! って誰がワンコロだよ! 人に変なあだ名付けちゃいけないんだぞ! PTAが黙ってないんだからな!』

「んー? あーしのことアバンギャルドって呼んだの、ワンコロじゃなかったっけな?|д゚)」

『はははまさかそんな。こんなに清く正しいボクが人のことを貶めるようなあだ名を積極的に使うわけがないじゃないかこれはあくまで信愛表現の一環でボクとキミたちとの距離を少しでも縮めようとするボクの高等戦術であり』

「でもムック、痴女ちゃん呼ばわりされるの嫌がってたけど(=_=)」

『ぐはぁ!』

「ムック……」


 空澄ちゃんから飛び出した新しいあだ名に、夢来ちゃんはショックを受けた様子。

 それとは別に、自分のあだ名が不評だったと突きつけられてショックを受けるワンダー。


『ち、ちきしょー! おぼえてやがれ! 後で手下たちに八つ当たりしてやるんだからな! この恨み、等倍にして返してやる!』


 騒ぐだけ騒いで、ワンダーは食堂から出て行った。


「……と、とにかくですね」


 初さんは今の乱入をなかったことにすると決めたらしい。

 食い気味に割り込んで、強引に軌道修正を図る。


「ここにいるのは全部で十三人です。三人でも二人でも割り切れません。かといって、四人以上で行動するとなるとかなりの制限がかかってしまい、ストレスを招くだけだと私は考えています。……そこで、なのですが。三人グループ、あるいは信頼できる人同士での二人組で行動するというのはどうでしょう。その場合二人組の方は、佳奈さん凛奈さんペア、彼方さん夢来さんペアという組み合わせになってしまいますが……」


 初さんが、申し訳なさそうに私たちの方を見る。


「それって、佳奈たちは自由にしていいってこと?」


 一方の佳奈ちゃんは、初さんの視線を堂々と撥ね退ける。

 自分勝手さを隠そうともせず、一方的に自分の要求を突きつける。


「佳奈と凛奈は、他のやつらなんて欠片も信用してない。だから、元から二人でいるつもりだったけど。それでいいってこと?」

「え、ええ……」

「あっそ。なら、好きにさせてもらうから。……凛奈、行こっ」

「ぁ。おねぇちゃん、まって……」


 凛奈ちゃんの声を、ここに来て初めて聞いた。

 凛奈ちゃんの声は、もうずっと口を開いていないかのように、ひどくたどたどしかった。声だけ聞くと、外見よりもずっと幼く感じられる。

 その凛奈ちゃんは、佳奈ちゃんに手を引かれて、さっさと食堂を出てしまった。

 二人の座席には、子供らしい残し方をした食事が佇んでいた。


「あーしが言うこっちゃないけど、あれ、いいの?(。´・ω・)?」

「まあ……仕方ないでしょう。この場所でストレスを押し付けることが何を生むかは、わかりますよね?」

「ま、そだね。ならいっか(*´з`)」


 どうやら、佳奈ちゃん凛奈ちゃんはこういう扱いになるらしい。

 仕方ない。あの二人は現状、共同生活に最も協力的でない二人だ。

 無理に押さえつけようとしたらどうなるかは、昨日取り乱した空澄ちゃんが既に証明している。あの時の空澄ちゃんは、割って入った私の言葉にも耳を貸そうとしなかった。

 あんなことを繰り返しては、いつか本当に破綻する。


「それで……彼方さんと夢来さんは、二人組でも大丈夫ですか?」

「は、はい。大丈夫です」

「わ、わたしも……だ、大丈夫です」

「そうですか。ありがとうございます。――それでは、残り九人は、三人ずつで組むことにいたしましょうか」


 話は進む。

 そうして――別行動のメンバーが決まった。


 私・夢来ちゃんのグループ。

 佳奈ちゃん・凛奈ちゃんのグループ。

 初さん・香狐さん・狼花さんのグループ。

 空澄ちゃん・藍さん・摩由美ちゃんのグループ。

 接理ちゃん・忍ちゃん・米子ちゃんのグループ。


 このグループを崩さなければ、館内を自由に歩き回ってもよいこととなった。

 昨日までは誰がどう動くかわからなかったから、集団行動以外が全く取れなかったけれど……。

 それなら今日は、昨日行けなかった場所に行ってみてもいいかもしれない。


 私は一階の施設を思い出しながら、どこに行くべきなのか考えた。

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