I'll alone solve the mysteries.

《一人で謎を解いて見せる。》




 儀式の間に戻ると、部屋が明るくなっていた。天井を見ると、場違いな蛍光灯が設置されている。あんなもの、もとは儀式の間にはなかった。たぶん、暗くて不便だからとかで、ワンダーが増設したのだろう。館スライムに命令すれば、それくらい容易いはずだ。


 既に、そこには全員が集まっている。

 必死に考え込む夢来ちゃん。冷徹な瞳で周囲を観察する接理ちゃん。どうしてか壁の方を向いている佳凛ちゃん。

 そして、罠に閉じ込められた藍ちゃん。


 私はみんなに、ワンダーから聞き出した情報を伝えた。

 ……当然ながら、裏切り者の報は、みんなを激しく動揺させた。


「……は? 協力者?」

「棺無月さん、やっぱり……」

「怖い人、やっぱり怖い人だったー」


 三者三様の反応を見せる中、藍ちゃんだけは黙ってそれを受け止める。

 何度事件が起こっても、藍ちゃんはずっとそうしてきた。議論の最中は極力、後方に徹する。それは香狐さんと同じスタイルのようで、けれど違っている。

 香狐さんは……どういう理由で黙っているのかわからないけれど。藍ちゃんはまるで、舞台に上がることを恐れているように見える。

 こんな殺人劇に関わるのは御免だと、そう主張するかのように。

 だけど、今回はそうはいかない。今回の事件の藍ちゃんには、怪しいところがありすぎる。


 不自然な見回り。接理ちゃんへの行動操作。お風呂の状態に関する重要な証言。夕食後の二十分間の自由時間。死体を発見する流れを作った張本人。一人だけ罠の内側に閉じ込められた状態。


「ああ、そうだ。僕も言い損ねていたことがあった。今回は……僕の固有魔法での推理は行えないよ。午後の、何時頃だったかな。ともかく、唯宵 藍に頼まれて使ってしまったんだ。だから、僕の魔法は使用できない。今回は完全に……頭脳頼りだ」


 加点、一。藍ちゃんは、接理ちゃんの魔法で【真相】が露見することを恐れて、それを潰した。

 これはもう、確定と言ってもいい。

 私だけでなく、夢来ちゃんまでもが藍ちゃんを見ている。明確な疑いを宿して。


「……藍ちゃん」

「どうした、桃の乙女よ。何か掴めたのか?」

「藍ちゃんと接理ちゃんは、午後、何をしてたの?」

「特にどうということもない。時間を持て余したが故、万理の究明者を引き連れ、時の経過に耐えていただけだ。白狐と共に在る者と貴様も、同じようなものだろう」

「…………」


 たぶん、藍ちゃんと接理ちゃんが、私と香狐さんみたいな関係というのは的外れだと思うけれど……。

 でも確かに、香狐さんと一緒に過ごして時間潰ししていた節は否めない。

 だから、完全に不自然とも言い難い。


「……どうして、接理ちゃんに魔法を使わせたの?」

「偶然だ。我もまさか、今日この日に殺人が起こるなどと考えてもいなかった。知っていたのなら、あのような下らぬことになど費やしはしなかったのだがな」


 藍ちゃんが自嘲の笑みをこぼしながら言う。

 ただし、その内容には触れていない。


「……接理ちゃん、何をお願いされたの?」

「いや、まあ……個人的なことだよ。少なくとも、事件には関係ないよ。絶対に」


 接理ちゃんが言い切る。

 今回の【犯人】に協力者はいないとワンダーは明言していた。……また第二の事件の時のように、接理ちゃんが庇っているとも思い難い。


「あっ……そうだ、みんな。遊戯室に追加されてたっていう、ゲーム制作用のパソコンのことなんだけど……。誰か、それを使ってる人を見てないの?」

「「「……」」」


 沈黙。誰も、目撃してはいないらしい。

 これを誰かが目撃していれば、随分と話は変わったのだけれど――。やっぱり、【犯人】は推理で確定させなければならないらしい。


「それじゃあ……質問が五回ループするのは、全員に起きたこと?」


 もう一つ、気になっていたことを尋ねる。


「私のところでは起きていたわ」

「わ、わたしも……」

「僕もだ」

「我の端末でも、繰り返しに陥っていたな」


 口々に、みんながそれを肯定する。その中で一人だけ、きょとんとしている子がいた。


「佳凛ちゃんは?」

「えー? 佳凛、そんなの知らなーい」

「えっ? 佳凛ちゃんのところでは起きなかったの……?」


 それは、どのような区別なのだろう。そう思っていたら、横から接理ちゃんが口を挟む。


「確か雪村 佳凛は、『少女を殺す』というところでパソコンを破壊したんじゃなかったかな。それなら、そもそもあの質問に辿り着いてすらいないだろう」

「んー? あー、そーだ。佳凛、あのパソコン、壊しちゃったー。なんか、魔法でパソコンごと女の子を殺しちゃえって言うからー」

「……え?」

「ん? なーに?」

「え? いや、えっと……そう、画面に書いてあったの? 魔法で、って」

「うん。[存在分離]ですぱっと殺っちゃえってゆーからー」

「…………」


 どういうこと? 佳凛ちゃんのところでだけ、表示が違う? 佳凛ちゃんはゲームの指示でパソコンを壊した?

 ……他の人は、佳凛ちゃんの発言に怪訝そうな顔をしている。そんな画面が出ていたのは、どうやら佳凛ちゃんだけだったらしい。

 ――そういえば、あのパソコンの座席は予め決められていた。

 だったら、個別に中身を変えられたゲームが入っていてもおかしくはない。

 他の人と違う挙動をしていたゲームは、もう一つある。夢来ちゃんのところ。

 夢来ちゃんのところだけ、画面がそれ以上先に進まなくなってクリア不能になっていた。それがもしも、【犯人】の意図した挙動だったとしたら――。

 それは、何のため?


「……そろそろ、本格的に議論を始めないとマズいだろうね」


 接理ちゃんがデジタル時計を手に呟く。この儀式の間には時計がないから、おそらく個室から持ってきたのだろう。


「時間はあと、どのくらい?」

「……一時間半、といったところだね。これ以上証拠は上がりそうにないし、万が一見逃した証拠があるのなら、それを探す時間も欲しい。早めに議論を始めれば、そういうものの存在にも気づけるんじゃないかな」

「……うん」


 ――怪しい行動があったのは、二人。

 ――方法論的に実行可能だったのは、同じく二人。

 ――時間の猶予的に実行可能だった人は、いない。


 接理ちゃんは、一見問題がないかのように見える。

 しかし、【犯人】がアリバイトリックを用いた時に限って、都合よく自分の存在証明を用意しているものだろうか。ああやってスクリーンショットを撮っていたことには、何かの作為を感じる。

 もしかしたら、佳凛ちゃんを利用してアリバイを作るつもりで、接理ちゃんは約束をしていたんじゃないか。それが頓挫したから、仕方なくスクリーンショットでアリバイを作ったんじゃないか――なんて。どうしても、邪推してしまう。

 この前まで沈んだ様子を見せていたのに、今ではその面影すらないというのも少し引っかかる。精神を回復させるきっかけになった何かが、そうでなければ、精神を回復させたをしなくちゃいけないに何かがあるんじゃないかと、勘繰ってしまう。

 だけど空澄ちゃんを殺害することができたかは、疑問が残る。[確率操作]を使って不意を打てば可能かもしれないけれど――。少し間違えたら、容易く崩れ去る計画だ。そもそも、空澄ちゃんは包丁で刺殺されていた以上、[確率操作]を使うとしたら至近距離での発動になるだろう。[確率操作]には宣言が要る。自分を殺そうとする効果を宣言したのなら、空澄ちゃんはおそらく聞き逃さない。即座に[呪怨之縛]で身動きを封じる。実現不可能な事象は[確率操作]では起こせないから、それで詰みだ。やっぱり、可能とは思えない。

 ――もしかしたら、[確率操作]で空澄ちゃんが病死したなんてことも、ないとは言えない。その場合なら、至近距離の制限はなくなる。でもどちらにせよ、【犯人】としての行動時間が足りない以上は、【犯人】ではないと結論せざるを得ない。


 佳凛ちゃんはかなり明確なアリバイがあるけれど、[呪怨之縛]を上回って空澄ちゃんを殺害することのできる人物としてピックアップされている。

 もし、佳凛ちゃんこそアリバイに偽装があったのなら。

 だけどその場合、藍ちゃんの行動は全て偶然の産物ということになる。

【犯人】をアシストするかのような行動が、全て偶然? そんなことが、本当に起こり得るもの?


 だけど……藍ちゃんも、明確とは言えなくともアリバイがある。

 少なくとも、犯行に可能な時間を藍ちゃんが確保できたとは思えない。

 ……仮に、時間を短縮するための仕掛けがこの部屋にあったとしたら?

 そう思って、糸に遮られた視界の奥に目を凝らす。だけど、おかしな仕掛けは存在しない。……そんな仕掛けがあったら、【犯人】が処分しているだろうけど。

 でも、ガソリンを自動で撒く仕掛けなんて、到底作れないだろうし――。実はこれが機械殺人によるもので、【犯人】は殺害後にこの儀式の間には訪れていない、なんて考えるのは無理だ。糸のトラップを先に張ったら、空澄ちゃんが中に入れなくなる。トラップが用意されたのは絶対に、空澄ちゃんが殺された後だ。


 ……あまり、一人で考え込んでばかりもいられない。

 みんなはもう、議論を始めるつもりだ。このまま置いていかれたら――私以外の誰かが、謎を解いてしまう。私以外の誰かが、【犯人】を死へ追いやってしまう。

 ならそろそろ――始めないと。


 この儀式を、【犯人】が全てを得て、私たちが奪われるものにしてはいけない。

 私たちは何も得ず、【犯人】が全てを失うための儀式。それに、変えてやる。

 生贄の儀式なんて――成功させてやらない。


 事件の謎は、全て私が解く。

 それが、私がこの館での生活を受け入れるのに必要なことだから。


 覚悟を決めた様子の夢来ちゃん。あの子にこれ以上、死の責任を押し付けない。

 それは、私のためでもあり。

 友達だった彼女のためでもあるのだから。

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