Yes, she is a betrayer.

《そう、彼女は裏切り者だ。》




「……ワンダー」

『はいはーい、片づけに忙しいボクに何の用でしょうか! まさか告白!? 校舎裏パターン!? それとも伝説の桜の木の下!? いやぁ、遂にかぁ……。好感度稼いだ甲斐があったよ!(テレテレ)』

「…………」

『あっ、蔑んだ目が心に刺さる! そ、そんな目でボクを見るなぁ!』


 ワンダーが騒いで目を覆う。そんな魔王の態度に付き合う意味はない。

 訊きたいことは、四つだ。それだけ確認したら、すぐにここを出て行く。


「[刹那回帰]を自分に使えば、[呪怨之縛]を解除することはできる?」

『あっ、捜査の方でしたか……。まあ、魔法のことに関してはちゃんとお答えしますとも。答えはイエスでもありノーでもある、だよ』

「……十秒以内なら解除できる、ってことだよね」

『そのとーり!』


 ワンダーが大きく頷く。

 ……[呪怨之縛]を突破して、空澄ちゃんを殺す。今の解答を踏まえて考えると、今回の殺人でそれを実行できるのは二人しかいない。[刹那回帰]を持つ藍ちゃんか、[存在分離]と[存在融合]を持つ佳凛ちゃん。

[呪怨之縛]は魔法の発動までは防げないみたいだから、[存在分離]で致命傷を与えて、死後に[存在融合]で切断した部分をくっつける。その後で死因を偽装するために包丁を刺せば、今回の殺人は完成する。

 だけど、どちらも――何か変だ。

 片や、正義に固執する【無限回帰の黒き盾】。

 片や、第三の事件で処刑に追いやられた姉妹。

 魔法少女の間でも名高い正義の盾が、殺人を犯す?

 痛い目を見た佳奈ちゃん――その記憶を持っているはずの佳凛ちゃんが、こうしてまた事件を起こす?

 どちらも、何か不自然な気がした。


 だけど藍ちゃんは、確実に空澄ちゃんを無力化できた人物として挙げられている。今日この日、いくつか不審な動きのあった藍ちゃんが、だ。

 ……それがやっぱり、何か変だと思う。


「……昨日の、あの変なゲームはプレイできる?」

『変な? さぁて、そんなゲームは知らないなぁ』

「……『蜘蛛神への生贄』って名前のゲーム」

『ああ!』


 ワンダーがわざとらしく手を打つ。どうせ、わかっていたくせに。


『あれはねー、もうプレイできないよ。何せ、がもう、全部データを削除しちゃったからね。いやー、せっかく作ったのに消しちゃうなんて。もったいない』

「……製作者?」


 その言い方に、引っかかる。

 今まであのゲームは、映画の時と同じく、ワンダーが作って私たちにやらせたものだと思っていた。

 だけど、そうでないなら――。


「まさか、あのゲーム……私たちの中の誰かが、作ったの?」

『いえーす、いぐざくとりー! 実はこの前、ゲームを作りたいからそれ用の機械を用意してくれって頼まれてね。その燃え滾る創作意欲に心打たれて、遊戯室にゲーム制作用パソコンを用意してあげたわけだよ! それで、みんなに遊ばせてやってほしいって言われたから、それも実現してあげたってわけ!』

「それは……前の事件で言ってた、【犯人】への協力ってこと?」

『もちろん、誰に頼まれたかは教えてあげないけどね。――もしかしたら、【犯人】じゃないかも? なんてね! あはははははは!』


 ……十中八九、【犯人】だろう。そうとしか考えられない。何せ、見立て殺人――香狐さん曰く、何かのお話になぞらえて行われた殺人のことらしい――の元になった作品だ。

 殺人事件に利用するために、このゲームを作ったんだろう。

 事件前にゲームのデータを削除しているというのも、それを裏付けている。

 ……でも、どうして? わざわざ削除する必要があった?

 香狐さんに聞いたところによると、見立て殺人と言うのは大抵、そのストーリーに見立てることで何かを誤認させる役割を持っているらしい。

 もしこの殺人にもそれが行われているなら……私たちは何を誤認している?

 絨毯。糸。儀式の間。――これらのどれかに、偽物が混じっている?

 そういえば、糸は繭のように張り巡らされていない。ただ張られているだけだ。ガソリンが聖なる水として見立てられているのだとしても、九つの杯が見当たらない。

 ゲームを削除したのは、その違和感に気づかせないため?


 あの、バグだらけのゲーム。同じ質問を五回も繰り返し、更には犯人当ても機能していない――。

 いや……そう、そうだ。それらの不具合が、どちらも意図的なものだとしたら?

 その違和感を隠すために、【犯人】はゲームを消した?

 それなら、しっくりくる気がする。


『少女は、どこで殺された?』

『祭壇』

『正解! 少女は九時間前に、祭壇で殺されました!』


 この質問を意図的に繰り返して、殺された現場を『祭壇』――今回の事件に当てはめるなら、儀式の間だと誤認させる。

 これは、そのための仕込みじゃなかったのか。

 犯人当てが機能しなかったのは、それが不具合によるものだという印象を植え付けるため。ゲームの不出来さにより起こった繰り返しだと、私たちに思い込ませた。

 ――なんだか、そんな気がしてくる。

 みんなに確認してみればわかるだろう。五回のループは、全員に起きていた現象なのかどうか。


 となると、空澄ちゃんが実際に殺された場所が鍵を握っているのかもしれない。

 浴場に撒かれていた、不自然なガソリン。

 第三の事件では、穴で繋がれていた二つの部屋。

 この二つを合わせて考えると――。

 もしかして、本当の殺害現場は浴場? それなら、死体が服を着ていないことにも説明がつく。

 だとすると、これを成し遂げられるのは佳凛ちゃんだ。佳凛ちゃんだけが、儀式の間と浴場を繋ぐことができる。佳凛ちゃんは、[呪怨之縛]に対抗して空澄ちゃんを殺害できる候補者の一人。十分に、【犯人】たり得る能力を持っている。

 だけど佳凛ちゃんは、藍ちゃんよりも更に強固なアリバイを持っている。午前中は私たちや接理ちゃんといて、午後はワンダーと共にここでゲームをしていた。それは、間違いないはず。


「……佳凛ちゃんは、ここでゲームをしている間、何か変なことをしてなかった?」

『ん? なかったよ。ヘタクソなプレイ見せてくれた以外はね!』

「どこか、行ったりとか……」

『ないない、ボクが逃がさないもんね! 昼食後すぐに捕まえてから――えっと、キミらの夕食がそろそろ出来そうだったから中断して、17時50分には終わりにしてあげたんだったかな? それまでずーっと、この部屋にいたよ?』

「…………」


 午後五時五十五分には、全員食堂に揃っていた。空き時間は五分。その間に殺人を行うことはできても、他の準備は到底行えない。

 ……やっぱり。みんな、犯行に十分な時間なんて持っていない。

 だけど、実際に殺人が起こっている以上、どこかにあるはずだ。アリバイを確保するために【犯人】が行った工作が。


 ……でも少なくとも、そのアリバイ工作はワンダーを問い詰めても教えてくれないだろう。だからそれは、今は置いておく。

 それより他に、ワンダーにしか確認できないことが二点ある。

 ずっと、疑問に思っていたこと。


「……ねえ。アナウンスで、色々言ってたよね? 空澄ちゃんが、ワンダーの期待を裏切ったとかなんとか……」

『あー、その話ぃ……』


 それを話題に出した途端、ワンダーのテンションが露骨に下がる。

 大いなる失望が、その裏にあるような気がした。


『聞きたい? 大した話じゃないよ?』

「……事件とは関係ないってこと?」

『んー、まー、これは伝えなきゃって思ってたんだけどねぇ……。ガソリンとライターを用意してほしいって言ったの、アバンギャルドちゃんなんだよね。だから一昨日くらいに、倉庫に追加しておいてあげたんだけど……。ああもう、思い出しても腹が立つ!』


 突然に、ワンダーが怒りを露わにした。


『あの子さぁ――最高の事件をワンワンに見せてあげるよ(`・ω・´)キリッ――とか言ってたんだよ!? だから頑張ってガソリンとか調達してあげたって言うのに! 楽しみしてたんだよ!? アバンギャルドちゃんの事件! なのに、あっさり殺されてくれちゃってさぁ!』

「……空澄ちゃんが、事件を?」

『そうだよ! それがボクの協力者としての条件だったからね!』

「――ぇ」


 協……力者?

 その単語に、呆然とする。

 確かに一度、疑ったことはあった。だけど、まさか――本当に?


『ちなみにあのア馬鹿ンギャルドちゃんがボクの協力者になったのは、第二の事件の後ね。なんか、最高の事件を作る代わりに便宜を図ってほしいとか、このゲームの裏を教えてほしいとか言ってきてさ。面白そうだったから、オッケーしてあげたのに――そしたらこれだよ!』

「……第二の事件の、後」


 タイミングを考えると、狼花さんに無駄に疑いを集めたり、ワンダーを無意味に檻に閉じ込めたり、触手の魔物が占拠する女子トイレに踏み入ったり――。そういう行動は全て、本人の意思に基づいた行動だったということになる。

 ……空澄ちゃんは、何を企んでいたのか。

 それらは既に、殺人事件の下に沈められた。もう、聞き出すこともできない。


 だけど……ショックだった。魔法少女の中に、魔王に協力するような人がいるなんて。

 最初の事件で私とぶつかり合い、第二の事件では協力し合い、第三の事件では夢来ちゃんとぶつかり合った空澄ちゃん。常に、この館での事件の中心にいた彼女が――殺された。


 第二の事件で空澄ちゃんが狙われたのは、彼女の行動故だった。

 それなら今回も、空澄ちゃんの行動が誰かを殺人に駆り立てた?

 それは、私たちも知っている出来事なのだろうか。それとも、全く知らない出来事が理由で彼女は殺されたのか。


『……ま、ボクがアバンギャルドちゃんを罵ってたのはそういうわけだよ。いやぁ、誰かに愚痴りたくてしょうがなかったんだよね! すっきりした! ――で? 他に質問はない?』

「……空澄ちゃんに、何を教えたの? 空澄ちゃんは、何を要求したの?」


 衝撃の事実を明かされて、未だに混乱が抜けない中で問う。


『んー? このゲームのテストプレイがどんな感じだったかとか、アバンギャルドちゃん以外の協力者はいないかとか教えろって。あとはボクに聞かれないで密談したいとか、そういうお願いもされたよ。事件を面白くするのにどうしても必要なことだってね。スライム館で全員纏めて殺すことは可能かとか、スライム館の耐火性能はどのくらいかとか、そんなことも訊いてきたっけな? ――ああ。あとそういえば、やたらに誰かさんの個人情報を聞きたがってたっけ』

「……誰かって?」

『それは秘密ってことで。強いて言うなら、ゲーム参加者のみなみなさまの誰かだよ』


 私たちのうちの、誰かの情報を聞きたがった?

 そういえばワンダーは、私や夢来ちゃんの学校まで調べていた。個人情報は一通り握っていたということだろう。

 でも、どうしてそんなことを聞きたがったんだろう。ほとんど誰もが接点を持たないだろうこの館で、相手の過去を調べたって……意味ないだろうに。


「あっ……そうだ。さっき、私たちの事、あからさまに食堂に引き留めようとしてたよね。あれも……【犯人】の頼み?」

『あー、だから、誰の頼みかは明言しないって。だけどまあ、誰かに頼まれたのは事実だよ。うん。ほんとほんと。ワンダー、ウソツカナイ』

「…………」


 やっぱり。誰かがタイムラインを、意図的に操作している。

 ……それが誰なのかは、ほぼ確定している。藍ちゃんだ。

 藍ちゃんが接理ちゃんの動きをコントロールしていたのは、既に知っている。不自然な見回りも怪しく見える。だったら、他のことも藍ちゃんがやっていると考えるのが自然だ。

 徹底的なアリバイ工作。そのために、周囲の動きを意図的に定めた。

 色々腑に落ちない部分はあるけれど、この解釈が今は一番自然な気がする。


 ――ああ、でも。ただ一点、潰しておきたい疑問があった。


「……ねえ。今回の事件、単独犯ってことでいいんだよね?」


 仮に、【犯人】の証拠隠滅に加担した人がいたのだとすれば。時間の不足なんて、どうとでも説明がついてしまう。

 ――それは、ワンダーも望まないだろうと踏んだ。

 この愉快犯的な魔王は、面白さのためならなんでもやる。だから、【犯人】がせっかくアリバイトリックを作ったというのなら――。


『そういうの認めるのは癪なんだけど――ま、そうだね。今回の【犯人】に肩入れしてる人はいないよ。というかこのゲームのルールじゃ、普通は【共犯者】なんて出てこないんだからね? わかってる? 共犯を疑うのはあくまで、それでしか説明できない場合か、そうとしか思えない明確な証拠があるときだけだから! 共犯者は、ここではイレギュラーなの! おわかり!?』


 やっぱり、ワンダーは認めた。この事件の【犯人】は単独犯だ。


「…………」


 欲しい情報は得られた。私は、無言で遊戯室のドアへと向かう。

 手を繋いでいた香狐さんも、それについてきてくれる。


『およ? 帰るの? ま、時間制限が刻々と迫ってきてる最中だからね。――アバンギャルドちゃんが起こし損ねた事件の代わりに、面白くなるのを期待してるからね! 頼んだよ! あはははははははは!』


 ワンダーはやっぱり、煽るのをやめない。

 その笑いには取り合わずに、私たちは遊戯室から退出した。


 ドアが閉まる音と共に、ようやく感情が事実に追いつく。

 空澄ちゃん、どうして魔王に協力なんて……っ!

 そうやって、真意を問い詰める相手ももういない。今まで、空澄ちゃんの相手は――そう望んだわけじゃないけれど――私がしていたのに。


 空澄ちゃんは――それが私が本格的に狂うきっかけになってしまったとはいえ――おそらくは私のことを気遣って、『死者の剣』という概念を教えてくれた。それは間違いなく、彼女の優しさだったのだと思う。あるいは、彼女の言葉を借りるなら、それは彼女なりの正義だった。

 だから今、どんな感情を抱けばいいのかわからない。

 優しくしてくれた彼女が死んで、悲しめばいいのか。裏切り者が殺されて、喜べばいいのか。


 ……もしかして空澄ちゃんは、裏切り者であることが露見したせいで殺されたんじゃないか。そう考えると、筋が通る気がする。

【無限回帰の黒き盾】は、裏切り者なんて許さないだろう。

 だからこれは、絶対正義による粛清なのかもしれない。

 魔王に手を貸すという、魔法少女として最大級の罪を犯した空澄ちゃんへの罰。それならば、動機がはっきりする。


 ……やっぱり、怪しいのは藍ちゃんだ。

【無限回帰の黒き盾】も、十分に殺人を犯し得るとこれではっきりした。

 あとは――【犯人】の作ったトリックを、暴くだけ。

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