The Shadow of Controller

《支配者の影》




 接理ちゃんと、そしてもちろん香狐さんと一緒に遊戯室へ移動する。目的はもちろん、接理ちゃんが残したというゲームプレイのログを確認するためだ。

 その道中で、接理ちゃんに尋ねる。


「あの……接理ちゃん」

「何かな? まあ、訊きたいことはだいたいわかっているけれどね」

「あ、うん……。それじゃあ――どうして夕食後に、玄関ホールにいたの?」


 接理ちゃんが玄関ホールにいたというのは、大きな意味を持つ。

 接理ちゃんと藍ちゃんは、五時以降にお風呂に入った。どのくらい入っていたかは定かではないけれど、夕食の二十分程度前にはお風呂から出ていたと二人は主張している。

 しかし――それによって、この二人が共犯関係でもない限りは、浴場にガソリンを撒いたのは二人がお風呂を出た後となる。

 浴場にガソリンを撒くことができると目される最低ラインは二十五分。ガソリンの運搬を目撃されるリスクを考慮しなくても、夕食前にガソリンを撒くには時間が足りていない。

 しかし――それならもっとおかしなことになる。


 夕食前にガソリンが撒かれなかったなら、正しい時間帯は夕食後となる。

 しかし――誰も、二十五分間の自由時間なんて持ってはいない。ワンダーの乱入がそれを潰してしまった。

 接理ちゃんと藍ちゃんが二十分の自由時間を持っていたから、もしかしたら、すごく急げば五分くらい短縮できるかも、なんて考えたりもしたけれど――。

 接理ちゃんが玄関ホールにいる以上、藍ちゃんはガソリンを運搬できない。それに、午後七時五十分に藍ちゃんがやって来たのは、階段の上からと接理ちゃんは言っている。浴場で作業をしていたのなら、一階の廊下を歩いて接理ちゃんと鉢合わせするはずだ。

 接理ちゃんが玄関ホールにいたと嘘をついている可能性もある。それなら頑張って五分短縮すれば、浴場にガソリンが撒ける。けれど監視をしていなかったなら、誰が通ったかもわからない玄関ホールにいたなんて証言するのはリスクが高い。それにそもそも、ガソリンが撒けるだけだ。空澄ちゃんを殺害するための時間を、接理ちゃんは持っていないはずだ。その証拠を、今から確認しに行くわけだけれど――。


 だけど、訊いておきたかった。どうして玄関ホールにいたのか。


「それは単純に、唯宵 藍にそこにいてほしいと頼まれたからだよ。後で呼びに行くから、場所がわからなくなる手間を省きたい、とね。具体的にいつ呼びに来るのかは言われなかった。……唯宵 藍が個室に戻ったのなら、僕も自分の個室にいた方が呼び出す手間はかからないだろうに。抗議したけれど、唯宵藍は聞き入れずに去っていった。だから仕方なく、そこにいたわけだ」

「藍ちゃんが……?」


 また、藍ちゃん。あまりにも特異な立場過ぎる。

 ……そういえば、死体を発見する原因になったのも、藍ちゃんだった。接理ちゃんと合流した藍ちゃんが、空澄ちゃんを探していると言ったから、あの時間に死体は発見された。

 まるで、藍ちゃんが全てを操っているかのように感じられる。

 だけど……不可能のはずだ。藍ちゃんも、犯行に十分な時間は持っていなかった。


 考えているうちに、遊戯室に辿り着く。

 その遊戯室では、ワンダーが色々と後片付けをしている最中のようだった。


『おやおやおやおや? 捜査をほっぽってゲームですかぁ? かぁ、最近の若いもんはこれだから! 人が死んだっていうのに、呑気にゲームだなんて! それでもキミらは人間か!』

「……チッ」


 接理ちゃんが露骨に舌打ちする。

 そのままワンダーを無視して、部屋の隅にあるゲーム機に寄った。

 それは、最新型のゲーム機だった。持ち運びができて、スクリーンショットも簡単に取れる機種。友達に見せてもらったことがある。


「雪村 佳凛が来るまで暇だったからね。タイムアタックやスコアアタックをして遊んでいたんだ」

「えっと、確か……佳凛ちゃんと、一緒に遊ぶ約束をしてたんだよね?」

「そうだよ。どうやら、キミたちのところで寝ていたらしいけれどね。普通に待つのも暇だったからゲームなんて始めたら、熱中してしまった。それで、遅れた雪村 佳凛を呼びに行くのも忘れていたんだ。……とりあえず、クリアタイムの表示された画面で毎回撮影していたから、確認してくれ」


 接理ちゃんにゲーム機を渡される。早速、そのスクリーンショットを確認する。

 大量に並んだ、同じような画面。しかし、スコアやクリアタイムといった数字が毎回変動している。いくつか、スコアやクリアタイムなどの数字が一部同じになっている画像があるけれど……全て同じになっている画像は一つもない。

 写真に刻まれたタイムスタンプも、ほぼクリアタイムと同じ程度の開きがあった。

 もしかしたら、同じ画面を時間をあけて撮影して、アリバイを確保したんじゃないか――なんて考えていたけれど。見た限り、そういうこともない。

 それにそもそも、佳凛ちゃんが寝てしまったのは突発的なことだ。約束をしていたのなら、もともと殺人の計画なんて立てていないことになる。それなのにアリバイ工作だけする意味もない。

 念のためにクリアタイムを簡単に合計してみたけれど、欠けている時間は二十分弱だけだった。ロード時間と、それからこのスクリーンショット群を眺めて分析していた時間だろうと、接理ちゃんは言った。


「これでわかってもらえたかな? 僕がずっとこの部屋にいたと」

「……このゲーム機、持ち運びもできるはずだけど」

「雪村 佳凛と約束をしていた僕が、この部屋を離れるわけないだろう。……ゲーム中は、約束のこともすっかり忘れていたけれどね。それにそもそも、ゲーム機を持ち運びながら棺無月空澄を殺害するなんて不可能だ。[呪怨之縛]を持っている棺無月 空澄は、不意打ち以外では殺せないだろう。ゲーム機を持ちながら不意打ちというのは、どう考えてもおかしい。あと、【犯人】は刃物の他に、絨毯も持って棺無月 空澄を殺害したらしいからね。ゲーム機を持ちながらじゃ不可能だ。どこかに置いてから殺害に及んだ可能性は否定できないけれど――反論してみるかい?」

「……いえ」


 やっぱり、接理ちゃんが空澄ちゃんを殺したという線は薄いように感じる。

 ……都合よくスクリーンショットを取っていたという点は、どうにも腑に落ちないものを感じるけれど。


 それと、今まで失念していた。

[呪怨之縛]を持つ空澄ちゃんを殺害するのは、相当難しい。それも、刺殺。至近距離まで接近しなければ不可能な殺害方法だ。

 どうやって【犯人】は、その不可能じみた行いを可能にしたというのだろうか。


「とりあえず、うん、ありがとう。接理ちゃんにアリバイがあるって裏付けは取れたと思う」

「そうか。ならよかった」

「それで……あの。私はワンダーに訊きたいことがあるから、その……」

「……言われなくても、出て行くよ」


 接理ちゃんはその魔王の名前を聞くと、顔を不愉快げに歪めて立ち上がった。そしてそのまま、躊躇いもなく遊戯室を退出する。

 やっぱり、あの第二の事件での処刑が尾を引いて――。


「……ぅ」


 思い出して、気分が悪くなる。

 探偵モードという皮を被ってもなお、私を苛む罪悪感。更にもう一つ、罪を重ねようとしている事実まで思い出すと、もう止まらない。

 咄嗟に、香狐さんに縋る。

 香狐さんは私の気持ちが落ち着くように、最大限のことをしてくれる。


 そうして、多少はマシになってから、ようやく呼び掛ける。

 その、悪魔に。

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