Everyone had no time to make this murder.

《誰もこの殺人を作る時間を持っていなかった。》




 死体発見から一時間。細かい聞き込みと、その検討、無駄な口論に時間を費やした。


 最初に検討されたのは、アリバイから犯人を割り出すという都合上、犯行に必要な時間がどれくらいなのか。

 私たちがわかる範囲での【犯人】の行動は、大きく分けて四つ。


 一つ。空澄ちゃんの殺害。

 二つ。儀式の間へのガソリンの散布。

 三つ。糸を用いた罠の設置。

 四つ。浴場へのガソリンの散布。


 空澄ちゃんの殺害に関しては、ほとんど時間がかからないだろうという結論に至った。藍ちゃんが調べたところ、空澄ちゃんの死体にある傷は、背中――鳩尾の近くにある刺し傷一つと、顎への打撃痕。接理ちゃんが罠越しに言うには、背中の刺し傷は、心臓とは言わずとも重要な臓器か血管を傷つけている可能性が高いとのこと。おそらく死因は、あの包丁による失血死。刺されて五分くらいで死んだのだろう、と接理ちゃんは言っていた。

 顎を打たれたことによる脳震盪で気絶し、その後で背中を刺された――あるいは刺された後で気絶させられたのだろう、と全員で推測した。

 それに要する時間は、短ければ一分で済む。石の台の上で殺害したわけがないから多少の運搬をしたとしても、儀式の間で殺害したのなら五分もあれば足りる。

 ただ、本当に儀式の間で殺害したのかがわからない。刺し傷が一つしかなく、包丁は絨毯を貫通しているのだから、殺害した時にはもう絨毯が被せられた状態だったということになる。つまり、血が吸われてしまう。別の場所で殺害したとしても血痕が残されないため、見破りようがない。

 ――ただし、あまり遠くで殺害するのは現実的でない。死体の運搬を万が一にも見咎められれば、その時点で言い訳はできない。それならば、殺害現場は儀式の間であると決めつけてしまってもいいかもしれない。


 儀式の間へのガソリンの散布は、雑にやるならかなり短い時間で済む。おそらく、十五分もあれば。けれど、入り口付近を除いて満遍なく、丹念にガソリンが撒かれている様子を見ると――三十分はかけていてもおかしくはないと思わされる。

 ただしこれは、ガソリンの運搬にかける時間を考慮していない。藍ちゃん曰く、ガソリンは倉庫にあったらしいから――量にもよるけれど、運搬にも最低五分、長ければ十分ほどかかるかもしれない。空のガソリン容器が倉庫に戻されていたことから、容器を再び運ぶための時間も必要になる。重量が消えていたとしても、数分はかかるだろう。

 更にこれは、死体の運搬と同様に、誰かに目撃されるリスクが付きまとう。

 夜のうちに運搬だけは済ませておいたのかもしれないと誰かが言ってたけれど、午前中に館の見回りを行っていた藍ちゃんによると、儀式の間にガソリンの容器なんて置かれていなかったらしい。もちろん、予め撒かれていたわけでもない。

 ガソリンの運搬を殺害後に行ったのだとしたら、最短で二十分。最長で四十五分。


 糸を使った罠の設置。これは、条件によってだいぶ変わってくる。

 この糸は、吸盤によって壁に貼り付けられている。糸の端が、吸盤に付属した輪に結び付けられた形だ。これを殺害後に用意したのだとしたら、一時間では到底足りない。設置も考えたら、一時間半、あるいは二時間かかっても全くおかしくない。

 みんなが好き勝手行動している昼間で、偽装工作にそれだけ時間をかけるのは難しい。万が一発見されてしまうリスクを考えるなら、これは事件前に作成されていたはず。ガソリンのタンクと違って、糸のついた吸盤くらいなら隠すのは容易だし、持ち運びも楽だ。予め用意されていた可能性が高い。

 その場合、罠の設置にかかる時間は、どれだけ急いでも十分。慎重に設置するなら、三十分はかかるだろうと予想される。


 最後。浴場へのガソリンの散布。

 危険性を考えて中には踏み込まず、ガラス戸を開けて調べただけだから詳しくはわからないけれど……。

 こちらも、散布には最低三十分は必要だったのではないかと思わされる。

 儀式の間よりも時間が伸びた理由は、水抜き。浴場のお湯は私たちが勝手に栓を抜けるようになっているけれど、当然排水には時間がかかる。普段、浴場にお湯は張りっぱなしだったので正確な時間はわからないのだけれど――あれだけ広いお風呂だ。最低でも十分、十五分はかかると踏んだ。ただし排水の時間は、予め栓を抜いておきさえすればそこにいる必要はないので、省略されている可能性もある。そうなった場合、ガソリンを撒き散らすだけなら十五分で足りる、という結論を出した。

 浴場へのガソリンの運搬は、だいぶ距離があるうえに階段を挟んでいるから、かなりかかるだろう。どれだけ急いだとしても、十分は超す。普通なら二十分以上かかってもおかしくない。空のガソリン容器は、儀式の間のものは倉庫に戻されていたけれど、浴場のものはその場に置き去りにされていた。よって、こちらを戻す時間は考慮しなくてもいい。

 それでも合わせて、最短でも二十五分。最長を見積もるなら一時間かかっていてもおかしくない。


 これら四つの準備に最低限必要な時間がどのくらいか。

 一分、二十分、十分、二十五分。合計で五十六分。約一時間だ。


「……長すぎる」


 頭の中で必要な時間を計算して、何度も悩む。

 全員の行動は、その証言通りに香狐さんが纏めてくれた。




――――――――――――――――――――


7時30分(ここから犯行推定時刻)

朝食後、棺無月さんが出て行くところを全員が確認。

パンを個室に持ち去って、食事は要らないと自ら公言していた。そのため、食事に現れずとも他の人はあまり疑問に思わなかった。




「朝食後の行動」

桃井さんは書庫でミステリーの勉強。これは最初の事件以降毎日やっていることらしい。この日は唯宵さんも書庫にいた。

ただし唯宵さんは、9時20分から15分ほど、10時10分からは20分ほど席を外していた。唯宵さんが書庫を離れた時間は、桃井さんが確認している。また私の記憶では、唯宵さんは9時半頃と10時頃に私たちを訪ねてきているため、時間に嘘はないと思われる。

神園さんも唯宵さんの訪問を受けた。

唯宵さんによると、見回り時、棺無月さんの部屋には鍵がかかっていたという。直接姿を見たわけではないらしいけれど、棺無月さん以外の全員は別の場所にいたことから、その時点では棺無月さんは生きていたと思われる。

もちろん、儀式の間に怪しいものは存在しなかった。


雪村さんは食堂で寝てしまっていた。私と彼方さんは彼女とずっと一緒に食堂にいたため、それは間違いない。11時頃より雪村さんは食堂を離れた。


神園さんは遊戯室にいた。未確認ながら、ゲームプレイの記録がゲーム機に残っているらしい。唯宵さんも神園さんが遊戯室にいたことは確認している。11時頃からは雪村さんも合流した。もともと神園さんは、雪村さんと遊戯室で遊ぶ約束をしてそこで待っていたらしい。




12時(昼食)

棺無月さん以外の全員が食堂に集まる。




「昼食後の行動」

桃井さんと雪村さんは遊戯室。ワンダーのシューティングゲームをプレイするために呼ばれたらしい。その姿は互いに確認しているし、夕食時にワンダーが二人を呼びつけた際、「さっきの続き」と発言していることからも間違いないと思われる。


唯宵さんは神園さんと共に行動する。そのために唯宵さんは見回りを行えなかった。治療室で互いに話をしていたらしい。午後を費やしてずっと話をしていたらしいけれど、それにしては長話な気もする。ただし私と彼方さんも会話だけで午前中を潰したのだから、あり得ないとも言い難い。




17時(ここまで死亡推定時刻)

神園さんと唯宵さんがお風呂に行ったらしい。夕食の席で風呂上がりらしき姿を見ているのでこれに間違いはないと思われる。この時、浴場にガソリンは撒かれていなかった。

神園さんと唯宵さんがお風呂から上がったのは、夕食よりは二十分程度前。ただし細かい時間は定かでない。お風呂から上がった後も二人は共に行動していた。


桃井さんと雪村さんは引き続き遊戯室でシューティングゲーム。




18時(夕食)

全員、17時55分には食堂に揃っていた。

食事中にワンダーが乱入。19時30分まで全員が食堂に留め置かれる。




19時30分

唯宵さんは自分の個室へ。

桃井さんと雪村さんは引き続き遊戯室でシューティングゲーム。

神園さんは19時50分まで玄関ホールのソファーに座っていた。19時30分を少し過ぎたタイミングで、つまりはワンダーから解放された直後に桃井さんと雪村さんが二階へ上がる姿を見た以外は、誰も見かけなかったらしい。桃井さんと雪村さんも、神園さんが玄関ホールにいたことは覚えていた。




19時50分

神園さんが、玄関ホールで唯宵さんと合流する。

唯宵さんは棺無月さんを探していたようで、共に棺無月さんを探すこととなる。




20時

ゲームをクリアしてワンダーから解放された桃井さんが、浴場へ。私と彼方さんも、同じタイミングで浴場を訪れる。そこでガソリンまみれのお風呂を発見する。


同時、棺無月さんが個室にいないことに気づいた神園さんと唯宵さんが、他の部屋を探す。儀式の間に辿り着いたところで、死体を発見。アナウンスが入る。

先に儀式の間を調べていた二人のうち、唯宵さんが罠の抜け穴を発見。それをくぐったところ、抜け穴が塞がれて罠の向こう側に取り残される。


発見当時、雪村さんはゲームがクリアできていなかったため、変わらず遊戯室にいた。アナウンスと共にワンダーに解放されて、儀式の間へ向かった。


――――――――――――――――――――




 これが、今日一日の全員の動き。

 まず私と香狐さんは一日ずっと一緒に過ごしていた。もちろん、たまにトイレなんかで離れたけれど、すぐに合流した。こんな色々な準備が必要な殺人は行えなかったはず。吸盤付きの糸だって、用意できたとは思えない。

 夢来ちゃんは、藍ちゃんが見回りをしている間だけ一人になっている。ただし、藍ちゃんがいつ戻って来るかわからないため、犯行は難しい。

 佳凛ちゃんは、午前十一時に食堂を離れてから遊戯室に行くまでの足取りが不透明だけれど、それ以外にフリーになった時間はなし。私たちの元から離れた時間、そして接理ちゃんの元を訪れた時間をすり合わせると、どう考えてもフリーになった時間は五分もない。食堂から直接遊戯室を目指したということで間違いないはずだ。

 接理ちゃんは、午前中に遊戯室にいたという証言が間違いなければ、犯行が可能でありそうな時間帯はない。ただし、午後七時半から、不自然に玄関ホールにいたというのは少し気になる。

 藍ちゃんは、見回りの時間だけ自由になっている。見回りの時間を合わせれば合計で三十五分。ただし、全員のところを訪れているのは確かなため、仮にこの時間で自由にできた時間があったとしても二十分程度と思われる。――午後七時半からの二十分間も自由に動けたというのが少し気になる。これも足していいなら、藍ちゃんが自由にできた時間は四十分程度。……やっぱり、一時間には届いていない。


 でも、違和感がある。これは変だ。誰もが好き勝手に動き回るはずのこの館で、こうも完璧にアリバイが揃っているなんて。

 みんな個別に動いていたせいで、ほとんどの人に犯行が可能だったというならわかる。それが一番自然な流れだ。けれどこれは、まるっきりその逆だ。


 誰かが、みんなの行動を操作した? どうやって? 何の意図で?

 他人の行動を操作できるとしたら、普通は誰かに疑いを押し付けようとするはずだ。徹底的に怪しい人を作って、それを攻撃させる。今みたいに、全員に完璧なアリバイを作ってしまっては意味がない。


 ……それとも何か、あるのだろうか。

 全員にアリバイを作り上げなければならない、合理的理由が。

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