【解決編】I swear to my swords.
《私の剣に誓う。》
心が、慣れようとも慣れきれない死に蝕まれる。
目の前で起こった惨劇。グロテスクな血と肉と触手と悪意。
それらが、私たちの心までをも蹂躙する。
一方で――充足を得る感覚があった。
人を死に陥れておきながら、私は、死者の剣がもたらした達成感に酔いしれている。
死者の剣は本懐を遂げ、見事、【犯人】の喉元に切っ先を突き立てた。
そんな血塗られた剣を、私の心は握っている。握り続けている。
醜い二律背反だった。
私の心が、不純物で染まっていく。
罪を許すまいとする心は、だんだん黒いシミに染まっていく。
――慣れる、ではなく。染められていく。
そして――私の防衛本能が、血に染まった死者の剣を手放す。
その瞬間に、役目を終えた死者の剣は、ガラス細工のように粉々に砕けた。
死をもたらした充足感から解放されて、私に残るのは、純然たる恐怖だけだった。
ああ――。ようやく、真の意味で理解する。
死者の剣は、魔剣だ。使用者を酔わせ、そして、破滅に陥れる。
握り続ければ、やがてはその人格を崩壊させ。
手放せば、それまでの行為の責めを被ることになる。
私はまた、人を破滅に追いやった。
今度は、狼花さんの想いを継ぐという大層な大義名分まで持ち出して。
一体何度、これを繰り返すことになるのだろう。
一体何度、私は人の死を生み出せば気が済むのだろう。
もう、自分が信じられなかった。
人の死に、だんだんと近づいていく私が、怖かった。
恐怖を埋めるために、無理やりにでも優しさを奮い立たせる。
そうやって持ち上げた優しさで、最初に思うことは、忍くんのことだった。
忍くんは、最期の瞬間に何を想っただろう。
――それを想像して、また、心の中に死者の剣が生み出される。
愕然とする。これは、本当の呪いだ。
呪いの魔剣。一振りの剣が仇を仕留めるたびに、新しい剣が心の中に生まれる。
そうして、新しい一振りをきっかけに、最初の事件を思い出す。
誰もが予想しなかったタイミングで、彼岸花の花束を押し付けられた米子ちゃん。
正義の名のもとに、惨たらしい悪意に貪られた初さん。
彼女らの想いすらも、自らの中に剣として生み出す。
そして、手放したはずの狼花さんの死者の剣もまた、私の手の内に舞い戻る。
四本の死者の剣が、私の心の内を占める。
普通であれば、剣なんて、一本しか扱えない。どんな剣の達人だろうと、その手に握ることができる剣は二本限り。
けれど――心は、制限を持たないから。
四本の剣を一本ずつ、手に握ることができる。
私の心が、四本の剣に適合するために異形化する。人ならざる形に生まれ変わる。
人の死を掴んで離さない。どこまでも手を伸ばす、仇討ちの化け物。
『んー、こんなスピリチュアルな演出、仕込んだ覚えはないんだけどなー。スプラッタホラーを上映するつもりだったけど――まあいいや! 湿っぽいのも、死が持つ美しさの一つだからね!』
忍ちゃんの幽霊を目にしたワンダーが、その復活劇を愚弄する。
「あ、あ……」
接理ちゃんはただ、喪失の余韻に震えていた。
「……終わり、だね(´Д`)」
空澄ちゃんが、小さく呟く。
「彼方ちゃん……」
夢来ちゃんが、また責任を背負い込むことになった私を見て、傷を負う。
「あ、あんな奴――死んで当然でしょ!」
佳奈ちゃんが、叫んだ。凛奈ちゃんの目を、悲劇から覆い隠したままで。
「にゃ、にゃぁ……」
摩由美ちゃんが、目の前の惨劇の恐怖に震え、その場にへたり込む。
「……ふん」
藍さんだけが唯一、感情の読み取れない声を発する。
「…………」
そして香狐さんは、何も言わず、優しい目で私を見ていた。
大丈夫? と、そう気遣うような、優しい目。
その胸に、思わず飛び込みたくなる。泣き縋って、甘えたくなる。
けれど――私には、やることがあった。やらなければならないことがあった。
四振りの死者の剣を抱え込んだ私が、しなければならないこと。
魂の存在が実証された今、するべきこと。
「……ワンダー」
『ん? なに、頭ピンクちゃん。ボク、今は余韻に浸るのに忙しいんだけど? もっと余韻を大事にしようよ! 人が死んだんだよ? こうさぁ、ジーンと来るものがあったりしない? するでしょ?』
ワンダーの軽口を無視する。
その程度の薄っぺらい言葉で、死者の剣の切っ先が揺れることはない。
心で握った、四振りの剣の感触を確かめる。
それらの剣が、真の仇は誰かを教えてくれていた。
「ワンダーは、まだこんなことを続けるつもり?」
『ん? 当然ですとも! こんな面白いゲーム、そうそうないよ! 精一杯楽しまなきゃ損だよ、損! あははははははははは!』
「……ゲーム」
唇を噛む。
ワンダーは、命を重さをわかっている。わかったうえで、それが失われる様を楽しんでいる。
到底、説得の余地はなかった。――もとより、そのつもりもないけれど。
『それとも、何? 心が折れちゃった? 絶望なう? いいよいいよ、そういうのもありだね! どんどん絶望していこう! それもまた、命の輝きだよ! あははははははははは!』
「……違う」
『およ? それじゃあ、何? もうこんなゲーム嫌だから、許してください魔王様、って言いたいのかな? あはははは! なんでも言うことを聞くって言うなら、考えないでもなかったりして?』
「…………」
私は、首を横に振った。
どうせワンダーは、そんな願いを聞き入れるつもりなんてないだろう。
それに――私が言いたかったのは、『ゆるしてください』ではない。
それじゃあ、彼女に宛てられた死出への言葉と全く同じだ。
「私が言いたいのは――許さないってこと」
『……許さない? 誰が、誰を? まさか、キミがボクを許さないとか、そういう話? あははははははは! 傑作だね! 一体何ができるって言うのさ! 戦う力を奪われた魔法少女の分際でさ!』
「……そうじゃない」
私が許す、許さないの話じゃない。
今や私の心を突き動かしているのは、握った四振りの剣の方だ。
だから――。
「命を落とした彼女たちは、あなたを許さない。だから――償わせる」
『償わせるぅ? なに? キミも白衣ちゃんと同じ口? 魔王ぅぅぅ、てめぇぶっ殺してやらぁ! って感じ?』
「……ううん」
ワンダーの推測はどれも、私が言いたいこととは致命的にズレている。
「相手を殺して終わらせても、連鎖は止まらない。むしろ際限なく重みが増すだけ」
ワンダーの邪悪な意思が宿った魔剣なんて、握りたくもない。
そうしたら今度こそ、私の心は狂ってしまう。
――だから。
「生きて、償ってもらう。それがあるべき、罪に対する罰だと思うから」
『…………』
私の宣言に、ワンダーが黙り込む。
『それは――何? 魔王様を屈服させるって言ってる? どうやって? ただのゲームの参加者如きが? キミもアバンギャルドちゃんみたいなこと言うの? 従わないと面倒になるとかなんとか』
「ああ、あれ? あんなのハッタリに決まってるじゃん。馬鹿なの?(;´・ω・)」
『えっ』
空澄ちゃんの突然のカミングアウトに、ワンダーが驚く。
でも、私はなんとなく気づいていた。いや……他の可能性が思いつかなかった。
ワンダー曰く『ただのゲームの参加者』が、ゲームマスターを追い詰めるような何かを手に入れられるなんて、到底思えなかった。だから、もしかしたら、あの脅しはただの虚言じゃないかと思っていた。
――それは、見事に正解だったらしい。
「カナタン。あーしの脅しの材料に期待してるなら、やめたほうがいいよ。今言った通り、ただのハッタリだから(>_<)」
「うん、わかってる。最初から、そんなつもりじゃないから」
「……うん? なら、どうするつもりなのかな?」
空澄ちゃんが、ふざけた調子を消した。
じっと私の目を覗き込んで、見極めようとしている。
「……正直なところ、方法なんて全然わからない。でも、そうしないと、死者の剣が無限に連なっていく。だから――そうやって終わらせるのが、あるべき形だと思う」
「……茨の道を進むんだね、カナタンは」
「そう、かな」
私には、魔王を殺すことも、魔王に償わせることも、そう変わらないように思える。どちらも途方もなく困難な課題であるという一点で。
果ても、方法論も見えない。
それでも――これがたったひとつの、正しいやり方だと思うから。
私はこの道を選ぶ。背負い込むことになった、死者の剣に誓って。
『な、な、な――キミたちは魔王様をなんだと思ってるんだ! 魔王だよ? 魔物の王様だよ? それを、ただの魔法少女如きがどうこうしようなんて――。温厚なボクも堪忍袋の緒がブッチブチだよ! 細切れのマジギレだよ!』
ワンダーが、全身を使って怒りを露わにする。
けれどその怒りは、忍くんの死を前にした接理ちゃんのそれには全く届いていない。
ワンダーの怒りは、薄っぺらかった。そんなものを恐れる道理はない。
「……なんでもいい。私はもう、決めたから」
『そうですか! それじゃあボクも、決めたからね! キミたちをもっと苦悩させて、もっと傷心させて、もっと絶望させて――徹底的に圧倒的に支配的に、愚弄して凌辱して蹂躙してあげるってね! あははははははははは!』
私の誓いと、ワンダーの決定が対立する。
『楽しみにしているといいよ、魔法少女諸君。あはははははははは!』
そうして、ワンダーは去っていた。
魔王としての風格と貫禄を、私たちに刻み付けて。
――それが、この事件の終わり。
正義と、運命と、悪意と、死と、魂の叫びと、誓いに彩られた、第二の事件の幕引きだった。
――Second Case
【犯人】:神子田 忍
被害者:猪鹿倉 狼花
死因:[忍式之罠]を利用した壁越しの殺人トラップによる失血死
死亡時刻:午後6時58分
解決時刻:午後9時58分
生存数:9人
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます