After the Second Tragedy ①

《第二の悲劇の後で①》

(※ 後半部分において、割と描写はぼかしましたが、強めの百合描写があるため苦手な方はご注意を。by作者)




◇◆◇【棺無月 空澄】◇◆◇


 覚悟を決めた様子のカナタンを、じっくりと観察する。

 ――カナタンは、自分なりの死者の剣の握り方を見つけたようだった。


 それにしても――死者の剣の本懐を遂げたというのは、どんな気分だったのだろうか。にはそれが理解できない。

 私の死者の剣は未だに、目標として定めた敵に刺さりはしない。

 正直、カナタンが羨ましかった。これだけ早く、メインターゲットを仕留める舞台が与えられるなんて。

 私はもう、二年も――。……いや、それはいい。


 カナタンに死者の剣の作り方を与えた理由は、ただ一つ。

 壊れていくカナタンを、見るに見かねたから。それだけだ。

 だから、正気を保っている風に魔剣を、カナタンに与えた。

 私のその判断が正解だったのかどうかは、今となってはわからない。

 だって――。


「…………」


 おっと。余裕が崩れてる。しっかりしないと。

 は最強。あーしは強い。何もかもを圧倒できる。

 ワンワンでさえ、あーしの敵じゃない、っと。


 あーしはシアタールームを出て、ワンワンを追った。

 カナタンのことは、カッコーにでも任せておけば大丈夫でしょ。

 最悪、調子を崩しても、カッコーがどうにかしてくれるはずだ。

 どうも、カッコーはカナタンにご執心のようだし。


 そんなことを考えていると、廊下を歩くワンワンの姿を見つけた。

 怒り心頭、という雰囲気は既になく、ワンワンは普通の足取りで歩んでいた。

 あーしは、その背中に声を掛ける。


「おーい、ワンワン、待ってくれる?(。´・ω・)?」

『何さ! キミもボクの邪魔をしようって言うのか!』


 ワンワンが怒鳴る。たぶんそこまで怒ってはいない。

 それに――。


「いや、邪魔ならもうしたけどね? 鳥頭なの? 犬でしょ? 檻に閉じ込めたの、もう忘れちゃった?(゚∀゚)」

『あっ、そうだったぁ!? キミねぇ、どうなるかわかってるのかなぁ! 魔王様をハッタリで檻に閉じ込めるなんてさ!』

「んー、別にどうにもならないと思ってるけど? デスゲームに見せしめも用意しないワンワンが、ゲームの本筋以外で人死にを出すとも思えないし。それに、魔王を閉じ込めるのはルール違反なんて言われてないしね。お咎めもないでしょ┐('д')┌」

『……キミみたいな勘のいいガキは、割と好きだよ』

「ははっ、どうも(^◇^)」


 本当に、手玉に取りやすい魔王だ。

 だからこそあーしも、遠慮なく好き勝手できる。


『それで、今度は何かな? ここまで頭がキレるキミが、お咎めなしかどうかわざわざ確認しに来たわけじゃないでしょ?』

「まあ、そうなんだけどね。一つ、お願いがあってさヾ(@⌒ー⌒@)ノ」

『お願い? 人魚ちゃんの涙を強請ったときみたいに、何か寄越せとでもいうつもり?』

「いや、そうじゃなくてさ(´・ω・`)」


 あーしは、念のため周囲を警戒して、誰かが聞いてないか気を付ける。

 ……まだ、誰もシアタールームから出てくる様子はない。


 よし。と、いざ願い事を言おうとした瞬間に、カナタンのことを思い出した。

 あの純粋な名探偵ちゃんは、やっぱり有望だ。あーしと同時だったけれど、今回も見事に不可能殺人を打ち破ってみせた。

 しかも――死者の剣を握った彼女は、覚悟が決まったようだった。

 魔王に、罪を償わせる。その目的を持った以上、もうカナタンは止まらない。

 死者の剣の最大の特徴は、他者を、そして自らを滅ぼそうとも進み続ける力を持たせること。

 死者を想う限り、限界を超えて擦れてボロボロになっても、最後は命を費やしてでも、この剣を握って戦うことができる。


 それが、この魔剣の最後の能力だ。まだカナタンが気づいていないであろう、この剣が真に魔剣たる所以だ。あーしはそういう魔剣を、カナタンに押し付けた。

 だから――本人が気づいていなくとも、魔王に罪を償わせるという誓いは、命を懸けた誓いになった。

 必ず、カナタンは誓いを果たすだろう。その方法は、あーしにも思いつかないけど。でも、死者の剣の力は無限だ。死者への想いが確かなら、一振りでどこまでも進んでいける。

 成功するまで、無限回の失敗を経て、カナタンは願いを成就させる。


 ただ――魔王に罪を償わせる、という願いが厄介だった。

 カナタンには、謝らないといけないかもしれない。

 ま――そんな機会は、巡ってこないかもしれないけれど。

 終端に至って、どちらも生きている保証はない。まして、謝るなんて無駄な行為をしている時間がどれだけあるか。

 だから――。


『……どうかした? 黙り込んじゃって』

「ん? ああ、いや、なんでもないよ」


 心の中だけで謝ろう。

 ごめんね、カナタン。あーしが死者の剣を握らせておいて、申し訳ないけど――。


『それで、お願いって何?』

「ああ、えっとね?('ω')ノ」


 カナタンが、魔王に償いをさせるという誓いを持ち続ける限り。


「――ゲーム内部の協力者、欲しくない?」


 あーしは、カナタンの敵になるかもね。


『……本気?』

「本気も本気だよ。あーしが立候補するって言ってる。もしかしたらもう既にいるかもしれないけど、二人いて困ることはないでしょ?(*'▽')」

『……ぷっ。あは、あははははは、あはははははははははははは! やっぱりキミは面白いよ、アバンギャルドちゃん! でも、監視の目は足りてるんだよね。ほら、ボクって子沢山――というか、ボク沢山だからさ』

「それはわかってるけどさ。チクリ魔になるんじゃなくて、ワンワンが望むような面白い事件を――」


 ――と、そのとき、シアタールームから出てきたカナリン姉妹の姿を視界に捉えた。時間切れみたいだ。


「おっと……聞かれたらマズいね。続きは、あとであーしの部屋で話させてもらっていい?(。´・ω・)?」

『おっけー、わかったよ。話次第じゃ、キミのお願いを聞き入れてあげてもいいかもね』

「了解。じゃ、後でね('ω')ノ」


 あーしに背を向けたワンワンを見送る。

 ――これで、後戻りはできなくなった。


 カナタンが、茨の道を進むと言うのなら。

 あーしは、地獄の道を歩む。

 たとえ身も心も、魔に売り渡そうとね。


 ほくそ笑むあーしの隣を、カナリン姉妹が通り過ぎていく。

 恐慌状態のカナリン姉妹には、どうやら、その笑みは見咎められなかったようだった。






◇◆◇【雪村 佳奈】◇◆◇


 呪わしい呪わしい呪わしい呪わしい呪わしい。

 あんな奴死んで当然だ。どうせなら、もっと惨たらしく死ねばよかった。

 内臓をぶちまけて、自らの血に溺れて、それでも死なないような地獄に突き落とせばよかった。

 この世に存在するありとあらゆる責め苦を、ありとあらゆる拷問を味わわせてもなお足りない。

 痛めつけられろ。悶え苦しめ。尊厳を踏み躙られて凌辱されろ。自らの行いを後悔しろ。生まれてきたことに絶望しろ。


 神子田 忍あいつのせいで、凛奈が死ぬところだった。

 あの――不良っぽい女。猪鹿倉 狼花あいつが罠にかからなかったら、あの罠で死んでいたのは凛奈だった。

 幽霊を探すなんていって、あの部屋中を歩き回って、それで――。


 ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。

 凛奈は、死んじゃいけない。凛奈が死んだら、佳奈は生きていけない。


 ここに至ってようやく、理解した。

 ここは、地獄だ。いつ凛奈が命を落とすか全くわからない。


 凛奈と二人でいられるなら、どこであろうと関係ない――。

 そんなのは思い込みでしかなかった。

 ふとした瞬間に、ここでは別離の危機が訪れる。しかもその危機は、訪れてみるまでわからない。


 ――どうしたらいい? どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら。


 凛奈を部屋に連れ帰って、鍵をかける。

 ここに閉じこもるのはどうだろう。ここを、佳奈と凛奈の愛の巣にする。

 誰も立ち入らせない。それで、佳奈と凛奈の平穏は保証されるだろうか。


「おねぇちゃん……?」


 凛奈が私を気遣わしげに呼ぶ。

 その声に、もう何も考えられなくなる。

 凛奈が死にそうになって、しかも本人はそれを理解していない。

 もし、万が一のことがあったら――。

 そう考えると、怖くて、痛くて――。


「どうかし……わぷっ」


 凛奈の唇を強引に塞ぐ。

 そのまま凛奈を、ベッドに押し倒した。


「ふぁ……おねぇちゃん?」


 凛奈、凛奈、凛奈、凛奈、凛奈、凛奈、凛奈、凛奈、凛奈、凛奈。

 死なないで。傍にいて。

 そうでないと、佳奈は――。






◇◆◇【雪村 凛奈】◇◆◇


「ふゎ、ぁ……ぉ、おねぇちゃん……んっ」


 いつもよりはげしく、おねぇちゃんにもとめられる。

 べっどのうえのおねぇちゃんは、いつもは、うれしそうなかおをしている。

 でもいまは、ちがった。


「凛奈、凛奈、凛奈……っ」


 おねぇちゃんは、おこってるみたいだった。

 でも、かなしんでるようにもみえる。

 やっぱり、めのまえでひとがしんじゃって、こわかったのかもしれない。


「おねぇちゃん……ふゎ」


 おねぇちゃんと愛しあう。だれにもじゃまさせない、ふたりだけのじかん。

 なのに、おねぇちゃんはうれしくなさそうだった。

 それに、むねがもやもやする。


 なにかが、おねぇちゃんとりんなの愛を、じゃましようとしている。

 だれだろう。あのひとかな。でも、あのひとかもしれない。


 そのひとをころしちゃえば、おねぇちゃんはいつもみたいに、やさしくりんなを愛してくれるかな。

 こうやって、らんぼうに、はげしくもとめられるのは……りんなはうれしいけど、でも、やっぱりちがった。

 これじゃない。おねぇちゃんとりんなの愛は、こんなものじゃなかった。


 おねぇちゃんが、だめなら。

 りんなが、とりもどさないと。


 ふたりがのぞむ、さいこうの愛のかたちを。

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