【解決編】Probability of existence of the soul

《魂の存在確率》

(※ 精神汚染度大。閲覧注意です。by作者)




「ゃ、やだ……。ボ、ボクは……っ!」

『うーん? キミもプリーストちゃんと同じく、ボクにおねだりしてくれるのかな? 今度はどうする? 今度こそ包丁で自殺する? 魔物の餌になってみる? 自分に火をつけてみる? 一週間くらい縛られて餓死してみる? 体に穴あけて少しずつ血を抜いていく? オーソドックスに首吊り行ってみる? ――選んでいいよ!』


 恐怖に震える忍くんに、ワンダーは残酷な選択肢を突きつける。

 けれど――それを呑まなかった末路は、この場の誰もが知る通りだった。

 ワンダーによって、どこまでも無残に死に至らしめられる。


「――――ッ!!!!!」


 スライムによって、口だけでなく体まで押さえられた接理ちゃんが、憤怒の形相でワンダーに叫ぶ。


『ああ、そうだ、忘れてたよ! そうだよ! 恋人が目の前で死ぬって言うのに、喋らせてあげないなんてどうかしてた!』

「――――ッ!!!!!」

『おーい、スライムちゃん? もう喋らせちゃっていいよ? あ、体は押さえたままでいいからね。暴れられても面倒だし』


 ワンダーの命令を受けて、接理ちゃんの口からスライムが離れる。

 その瞬間に、接理ちゃんは必死に喚いた。


「忍に手を出すな! 魔王! この――クソッ! 離れろっ、スライム如きがッ!」

『あははははははははは! 無駄だよ、無駄! 魔王様直属のスライムちゃんだよ? ただのスライムと一緒にしてもらっちゃ困るよ!』

「お前ぇッ! 忍に手を出すな! 何が【犯人】だッ! 何が処刑だッ! 何がゲームだッ! この、イカレた魔王がッ!」

『あはははははは! 誉め言葉! 誉め言葉だよそれは! 狂気の魔王なんて称号、最高にイカすじゃないか! あはははははははは!』

「――ッ!!! この――殺してやる! 忍が殺される前に、僕が殺してやるッ!」


 接理ちゃんは怒気どころか、殺意を露わにしてワンダーに叫ぶ。

 しかし、どんなに暴れようとしても、スライムが全身を呑み込んで離さない。


「クソ――ッ! 離せッ! 離せよおおおおッ!」

「せ、接理ちゃん……」

「忍ッ! 逃げろッ! 僕が――僕が何とかするッ!」

「で、でも、どうやって――」

「いいから早くしろッッ!!! 殺されたいのかッ!!!」

「――っ。や、やだ……」

「なら逃げろッ!!!」


 接理ちゃんの叫びを受けて、忍くんがシアタールームの扉に駆ける。

 殺されまいと、必死に走る。


『うーん、そういう展開もいいけどさぁ。もっとこう、ないの? 感動の死に別れみたいな遺言とかさぁ』

「うるさいッ!!! この――死ねッ! クソ魔王ッ!」

『あはははははは! ボクは死なないよ! それに――』


 忍くんが、シアタールームの扉に辿り着く。

 そうして、それを開いて――。


『キミらに思い通りにされるのは癪だよ。だから――既に手は打っておきました!』


 シアタールームの扉の先には、魔物がいた。

 今回の事件の争点になった、触手の魔物が。

 ワンダーが、紫の宝石を手に、言う。


『謎触手ちゃん、よく見て! そいつ、確かに男だけどさぁ。よく見たら可愛い顔してない? 男の娘、ってやつだよ! ね? ――襲っちゃってもいいんじゃない?』

「ぇ、や――」


 無数の触手が、忍くんを捕らえた。

 手を、足を、肩を、首を、胸を、脛を、膝を、腿を、腰を――。

 頭以外のありとあらゆる場所が、触手によって押さえつけられる。


「忍ッッッ!!!」

「や、やだっ! は、離して! 離してよぉ!」


 もちろん魔物は、忍くんの悲鳴なんて聞き入れない。


『あー、謎触手ちゃん、タンマ。ここにはお子様もいるし、十八禁はマズいからね。とりあえず――スクリーンに磔にしちゃってくれる?』

「は、離して――っ!」

「忍を離せッ!! この――いい加減どけよ、お前ぇぇぇ!!!」


 忍くんは、ワンダーの命令通りに、シアタールームのスクリーンに磔にされる。

 それは――まるで映画のようだった。

 3Dで展開される、悪夢のような映画。


『はーい、それじゃ、お待ちかねの処刑ターイム! どうかみなみなさま、フレッシュでハートフルな実写映画を、お楽しみくださいませ!』

「……それ、freshで生々しくてhurtful苦痛に満ちたってことだよね?(;´・ω・)」

『そうとも言うよ! それじゃあ――レッツ処刑☆』

「やめろおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」


 接理ちゃんの叫びも、私たちの恐怖も、何もかもを置き去りにして――。

 演劇が始まる。この世界で、最も唾棄すべき悪魔の演劇が。


『……えー、おほん。あるところに、一人の少年がいました。この少年は昔から少女のようだと有名で、可愛がられてきました』

『その少年には、幼馴染みがいたのです。名前は、神園 接理。後に恋人になる少女ですね』


 ワンダーが、唐突に語り始める。

 それは、映画のナレーションのつもりなのか。


『二人はなんやかんやあって恋人になり、初々しく付き合いを続ける日々を過ごしていました』

『しかしそこに、転機が訪れます! なんと、少年の彼女は魔法少女だったことが発覚! しかも、少年の方にも魔法少女になる資格があるって話!』

『二人は大混乱! 一度は破局の危機を迎えつつも、まあなんやかんやあって、二人とも魔法少女として活動しつつも、恋人として一緒に居続けたのでした! めでたしめでたし!』

『――はい、ここでキスシーン! 触手ちゃん、スライムちゃん!』


 ワンダーが魔物に命令して、忍くんを接理ちゃんを強引にキスさせる。


『ひゅー、ひゅーっ! お熱いねぇ!』

『でも――少年の方は、罪を犯してしまったのです。アバンギャルドちゃんを魔王と勘違いして殺そうとし、しかもその計画すら失敗して、ぶっきらぼうながらも優しい不良ちゃんをぶっ殺しちゃったのです!』

『ひっどい話だよね! そう思うよね、マシュマロちゃん!』


 いつの間にか、シアタールームの入り口には、もう一体のワンダーが立っていた。

 そのワンダーは、スウィーツ――マシュマロの入った瓶を抱えている。


『殺人を犯したヤツに、魔法少女でいる資格なし! そうだよね!』

『キミらスウィーツは、魔法少女の悪行を絶対に見逃しちゃいけないんだよね!』

『それが、魔王の思い通りだとしてもね! あはははははははは!』


「……ぁ」

「忍ッッッ!!!」


 忍ちゃんの魔法少女としての姿が、剥奪される。

 代わりに現れたのは、男子の制服に身を包んだ一人の男の子。


『そう――二人が魔法少女として隣立つ未来はたった今、失われたのでした』

『そしてこれより――二人で生きる未来そのものも、剥奪されるのです!』


「や、やだぁ! 死にたくない――ボ、ボクはっ! し、死にたくない……っ! や、いや――助けて、誰かぁ……っ!」

「忍ッ!!! クソッ――今すぐにこれをやめろ! 魔王ッッ!!!」

『い、いやっ……。や、止めたくない……っ! ボクを止めないで、接理ちゃぁん――ってね! あはははははははははは!』

「――――ッ!!! 殺すッ! 殺してやるッ!!!」


 ワンダーが、笑う。


『さぁ、まもなく劇のフィナーレです! みなみなさま、準備はよろしいか?』

『もちろん!』

『いやぁ、楽しみだなぁ』

『派手に死ぬんだろうなぁ』

『いよっ、待ってました!』

『やれー、殺せー』


 観客のつもりか、いつの間にか数を増したワンダーが、好き好きに言葉を発する。


『さぁさぁ、それでは――よぉくご覧ください! 世にも珍しい、触手ちゃんによる捕食シーンです!』

『『『『『イエ――イ!!!』』』』』


「や、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ――」

「忍――――ッッ!!!!!」


 忍くんの顔は絶望に彩られ、接理ちゃんの顔は憤怒を飾る。

 しかし、接理ちゃんだけはその表情を崩し――叫んだ。


「――[確率操作]ッ!!! 忍、生きろッ! 生きてくれッッ!!!」


 その魔法は――運命を綴る筆。条理を覆す、神の力。

 だから――その結果を引き寄せたのは必然だったのか。


「――ぁ」

『あ、ちょっと!?』


 ズルリと、ぬめる触手が忍くんを取り落とす。

 スクリーンというそれなりの高所に磔にされていた忍くんは身を床に打ち付けるも、死亡には程遠い。

 忍くんは、何が起きたのか理解しきれずに呆然とする中――恐怖だけに身を預けて、触手の魔物に背を向けた。

 走る。走る。生きるために。死なないために。

 神の力によって運命を捻じ曲げて、生き足掻く。


『――なるほどね。確かに、触手ちゃんが忍者ちゃんを取り落とす可能性はあるかもしれない。忍者ちゃんを取り逃がす可能性はあるかもしれない』

「――走れ、忍ッ!!!」

『でもね?』


 赤が弾けた。

 冗談のような、血の赤が、空中に舞う。


『――知らなかった? 魔王様からは逃げられない。それが掟だよ! 忍者ちゃんが生き残る確率ぅ? そんなの――ゼロパーセントに決まってるじゃん!』

「あ、ぁ――」


 忍くんの体が地面から跳ね上げられて、勢いよく、スクリーンに叩きつけられる。

 真っ白なスクリーンに、人型の赤が塗りたくられる。

 それを成したのは、シアタールームの外から入ってきた、無数のワンダー。

 数百匹のぬいぐるみが、一斉に飛び掛かって、忍くんを蹴飛ばした。


『それじゃあ――触手ちゃんじゃ力不足みたいだからね。トドメはやっぱり、ボクがやるよ!』

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 ワンダーが一匹、触手によって、忍くんの目の前に送られる。

 そして――。


『任務に失敗した忍者は、服毒自殺、ってね』

「ぁ、ゃ……んぐっ」


 ワンダーが、忍くんの口の中に、何かを押し込む。

 忍くんの体が、ビクンと跳ねた。痙攣を起こし、目を見開いて――。

 ――そのまま、動かなくなった。


『こうして――二人は死に別れ、残された彼女は憤怒と悲嘆に暮れたのでした』

『めでたしめでたし!』


 ワンダーが叫ぶ。


「ああ――忍ッ! 忍ッッッ!!!!!! あああああああああ!? 殺してやる! 魔王! 殺して――」


 喉を嗄らした接理ちゃんが、なおも叫ぶ。

 しかし接理ちゃんは、その言葉を最後まで吐き出さなかった。

 ただ、驚きに目を見開いて、忍くんの遺体を見る。


『ん? なにかあった? もっと罵声を聞かせて――って、え?』


 ワンダーも、それを見て驚く。

 忍くんの体から、半透明のものが抜け出そうとしていた。

 淡く白く光る、半透明の人型。――幽霊。あるいは、魂。

 それが、忍くんの体を抜け出して、接理ちゃんのもとへ下りる。


 忍くんの幽霊は、接理ちゃんに何事かを呟いた。

 それに、接理ちゃんが涙する。


「ま、待って――忍……」


 接理ちゃんが、忍くんの霊に懇願する。

 しかし――その願いは遂げられない。

 数瞬の奇跡だけを起こして、今度こそ、忍くんは終わりを迎えた。

 何の痕跡も残さずに、幽霊は姿を消した。奇跡など、なかったかのように。

 

 そうして、完全に忍くんの幽霊が消滅する段になって、ようやく私は気づく。

 ……たった今、接理ちゃんが魔法を発動して、一分を迎えた。

 だったら、今のは――。

 魂の存在確率は、ゼロパーセントじゃなかった。だから、『生きろ』という願いのもとに、死を超えて忍くんはこの世に留まることができた。

 そういうこと、だったのだろうか。


 わからない。ただ一つ、確かなのは……。

 接理ちゃんの願いは、不完全ながら通じた。奇跡を、起こすことができた。

 ……そう、信じなければ。とても見ていられない、悲劇的な幕引きだった。


 それが――私がワンダーの悪趣味な映画に抱いた、たった一つの感想だった。

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