【解決編】Yuzuriha in the Casket

《棺の中のユズリハ》




◇◆◇【棺無月 空澄】◇◆◇


 私の活躍をユズリハが妬んだりすることは、一切なかった。

 心根の綺麗な彼女は、純粋に私のことを祝福してくれた。


「すごーい! 空澄、天才だよ! 超カッコよかった!」


 そうやって無邪気に、私よりも喜ぶ姿は、とても可愛らしかった。

 でも――その評価は、あまり笑えなかった。


 私の固有魔法。[被害模倣]。

 コピーためには魔法に被弾する必要があるけれど、この魔法の可能性は無限大だ。

 固有魔法は、組み合わせればより高度な働きができる。他の魔法少女から魔法を借りれば、自分一人でコンボを構築できる。それが意味するところはつまり、一人で複数人分の働きができるということ。例えば自己強化系の魔法を自分にかけまくれば、とんでもない超戦士の誕生だ。

 しかもこの魔法の真価は、それに留まらない。

 この固有魔法の真におかしいところは、魔物の魔法すらコピーできるということ。これは明らかにおかしい。

 だって魔物の魔法は、魔法少女が持つ固有魔法よりずっと強い。そうでなきゃ、都市伝説級の魔物一匹のために、大規模な討伐隊なんて組みはしない。

 その強大無比な魔物の魔法を、コピーできる。それはもう、魔法少女の域を外れた異次元の魔法を行使できるということだ。

 私の魔法は、他の魔法少女が持つ固有魔法とはステージが違った。


 私は、あの都市伝説級の魔物の討伐が終われば引退するつもりだった。一夜限りの魔法少女体験。それでいいと思っていた。

 だけどユズリハの強い希望もあって、私は魔法少女を続けることになった。

 ――ユズリハとの実力の相違は、あっという間に現れた。


 気づけば、戦闘のメインは私に。ユズリハはサポートになっていた。

 ユズリハは文句も言わない。それどころか、世界から強大な魔物が一体でも多く消えることを、本気で喜んでいた。

 でも……違う。私が望んだ形はこうじゃない。私はただ、ユズリハの輝いている姿を見たかっただけだ。あの子が一生懸命に戦う姿に焦がれていたんだ。

 こんなの、望んではいなかった。


 都市伝説級の魔物を一体、また一体と倒すたびに、望みと反する状況へのストレスはたまっていった。

 そして、私が魔法少女になってから一年もした頃。

 初めて、ユズリハと喧嘩をした。

 ――いや、あれは喧嘩じゃなかった。ただ一方的に、私が理想を押し付けただけだ。最低だ。ユズリハは明らかに、どうすればいいのかわからずに困惑していた。

 そうとわかっていながら、私は謝れなかった。


 ――ユズリハにはもっと強くあってほしい。


 そのときの私が持つ、唯一の願いだった。これがそんなに傲慢な願いだろうかと、何度も自問した。

 ユズリハだって、強くあることを望んでいる。

 この願いは、誰かに害を与えるようなものじゃない。

 なのに、この願いは叶わない。異次元の力は、そう簡単に与えられるものじゃない。

 それが与えられるとしたら、それは――。

 同じく、異次元の力に頼ってしまったときだけ。


 彼女との雰囲気が気まずくなってから、僅か三日後。

 彼女は、日常から突如として姿を消した。




     ◇◆◇◆◇




「くそ……っ!」


 ユズリハが消えた。世間では誘拐事件だと騒ぎ立てている。

 そんなはずがない。魔法少女が、下劣な人間如きに捕まるものか。一般人に魔法の力を振るうのはマズいとはいえ、自衛が禁止されているわけではない。いざとなれば、誘拐犯如き魔法で退けられる。

 自分から失踪したわけでもない。彼女はここ数日、なんとか私との仲を元に戻そうと頑張ってくれていた。あの子は、ショックを受けて逃げ出すような、そんな弱い子じゃない。

 だったら、可能性は一つしかなかった。魔物の仕業だ。


 スウィーツから断片的な情報は聞いている。

 ユズリハが消えたとき、ユズリハはスウィーツの監視下になかった。

 いや、正しくは違う。ユズリハはその時、『偽のスウィーツ』を連れていたらしい。ユズリハが消えた後でようやく、その時ユズリハの隣にいたそいつが偽物であると発覚した。

 きっと、そいつがユズリハを――。


 だから私は、そいつの痕跡を求めて探し回った。けれど手がかりは全く見つからない。

 ストレスが募り、それを発散するためだけに魔物を狩った。

 噂を、怪談を、都市伝説を、空想を。

 いつしか【蒼穹の水鏡】なんて二つ名がついた。戦いの中で死にかけるほどの大けがを負った。【聖女】がいなければ死んでいた。その戦いを潜り抜けて中学生になった。

 ――ユズリハを探すのはまだ、諦めていなかった。それでも、痕跡は何も見つからない。

 そうして、一年が過ぎて、そして――。

 は、私の前に現れた。




     ◇◆◇◆◇




 魔法少女の身体能力も用いた全力疾走で、夜の世界を駆ける。

 意味がわからない。どういうことだ?

 スウィーツに教えられたことの理由が、さっぱりわからない。


『空澄とユズリハが通っていた小学校に、が現れた』

『魔王は、【蒼穹の水鏡】との戦いを望んでいるという』


 確かに魔王からしたら、私は面倒な存在だろう。私は空想級の魔物とも渡り合えるだけの力を持っていて、実際に二体も倒してしまった。

 だけど、私を襲いに来るならいくらでも方法があるはずだ。それなのに、あの子と過ごしたあの小学校に現れて、私を呼びつける。

 今の私は、中学生だ。学校を襲うなら、そっちに来るはず。

 ではどうして小学校を選んだかなんて言われたら、そんなの――。


「……くははははぁ。いよいよ、いよいよだぁ。喜んでもらえるといいですねぇ。何せ、一年もかけて用意したプレゼントですものねぇ。くはっ。くははははぁ!」


 校庭の真ん中に立つと、ドロリとした男の声が届いた。

 どこだ? 姿が見えない。


「ああああぁ! 遂にぃ、遂に対面できたぁ。くはははっ」

「対面って言う割には、姿が見えないけど? え?」

「あぁぁ、申し訳ないぃ。今出てきますよぉ。くははっ」


 すっ、と、一瞬後にはそいつはそこにいた。油断なく構えていた私は、迷いなく剣で斬りつける。


「うわぁ、な、なにをしますかぁ! 初対面の相手にぃ、斬りかかるのが礼儀なのですかぁ!?」

「ああもう――うるっさいな! お前だろ! お前が、お前が――ユズリハを!」

「あぁ、話が早いぃ。でもぉ。いっかい、止まってくださいねぇ? じゃないと、死んじゃいますよぉ? ユ・ズ・リ・ハ・ちゃん」

「――ッ!」


 ねっとりとした煽りに、剣を強く握りしめる。

 ……生きてる? ユズリハが? あれからもう一年も経つ。その間、なんのアプローチもなかった。

 ――少なくとも、無事な姿では到底ないだろう。


 けどもしも、なんともない姿でこいつが捕らえていたのだとしたら?

 ――頭脳が即座に、あり得ないと返す。

 おそらく、元凶はこいつ。偽のスウィーツまでわざわざ用意して、一年後に無事な姿で返却なんて、そんな意味のないことするはずない。感情に反して、理性は冷徹に物事を判断する。少しの情報すらも落とさないように。

 目の前の男は、研究者然とした出で立ちをしている。長身。白衣。左目にはモノクル。そして、二つのねじれた角。奇抜な髪型。オールバックの鼠色の髪に加えて、緑髪の房が顔を挟むようにして左右に一本ずつ垂れている。

 人型だけれど、同時に異形の者でもある。敵であることに間違いはない。

 そいつは、歓喜と狂気をたたえ、両の手を大きく開き、月の光を浴びるような姿勢を取る。そして――名乗った。


「くはっ。くははははっ! そぉれでは、改めましてぇ! ワタシは、狂気の国の主、ルナティックランドと申ぅしますぅ! 【十二魔王】の一人、と名乗った方が通りがいいですかねぇ。くははぁ。会いたかったぁ、【蒼穹の水鏡】。いや、棺無月ぃ、空澄、ちゃん。くははははははははぁ!」


 狂った笑いを放つ仕草は、なるほど、狂気の国の主に相応しい振る舞いだ。殺意すら覚えるほどに。

 ああ――殺してやりたい! こいつが、ユズリハを!


「あぁぁ、もう我慢できないぃ、という表情ですねぇ。仕ぃ方がない! 今宵のワタシは、ただの端役ぅ! この場は、主役に譲るとしましょうかぁ! くはっ、くははははははぁ! 待ちに待った瞬間ですよぉ。ワタシも、キミも、彼女もぉ! さあぁ、来なさい! 存分にぃ、彼女と楽しいひと時をぉお過ごしください! ――どちらかが、死んでしまうほどにね。くはははははははは!」


 魔王は、突然にその姿を消失させる。代わりに、気配が出現――空!

 回避する。相当の質量体が落下してきた。土埃が舞い上がる。質量体は、未だシルエットしか確認できない。

 なんだこいつは。人型? それにしては巨大だ。身長は三メートルほどある。腕も胴も足も、かなり太い。巨人? これは魔王が自信満々に出してくるほどのものか? 立ち上がる動きの鈍重さから言って、せいぜい都市伝説級。空想級ではあり得ない。いや、あり得ないと断じるのは危険か? 実力を偽る魔物かもしれない。少なくとも、【蒼穹の水鏡】にわざわざ挑みに来て、私の実績を魔王が知らないとは思えない。私の初陣は、都市伝説級の魔物のほぼソロ討伐。勝因は、敵の魔物の魔法を奪ったこと。となれば、今回はそれを封じてきた? それなら空想級でなくとも、私を封殺できると読んだ? 確かに私の魔法は、私を対象にしない魔法には全く効果がない。自己強化系の魔法を持つ相手だと、一方的なアドバンテージを取られる。それと、滅茶苦茶弱い魔法をぶつけられるのも私にとっては嫌な戦法だ。[被害模倣]の長所が完全に消失する。だけど今の私は、空想級の魔物の魔法を保持している。都市伝説級の魔物くらい、消し飛ばすだけの威力が――。


 相手が起き上がるまでの一瞬で、そこまで分析する。

 その分析は――一瞬で、砕け散った。


『ごめん』『嫌だ』『ごめん』『空澄』『怖いよ』『死んじゃう』『空澄』『帰りたい』『ごめん』『会いたい』『私は』『助けて』『空澄』


 同じ声が、違う言葉を大量に発する。その、声は――。


「ッ!?」


 圧倒的な怒りで一瞬意識が飛び、巨人のパンチをモロに受ける。吹き飛ばされる。

 魔法少女の身体能力で、なんとかリカバリーする。


「なんで……」


 土埃が晴れる。――巨人の姿が、月の光で露わになる。

 巨人は、ほとんどただの肉塊だった。皮膚も、爪もない。巨人型に成形されたグロ肉。――たった、一部を除いて。

 頭部は肉塊ではなく、人が持つそれだった。肉塊巨人の前面は、少女が一人収まるほどの窪みがあるようで、そこには魔法少女が嵌まっていた。

 見紛うはずもない、求め続けた少女。

 ――ユズリハ?


「くはははははははははははぁ! くははっ、くはっ、くはははははははははははははは! ははっ、はぁ――。さぁあ! さぁあ! 愛しの彼女との念願の再会ですよぉ! ねぇ、【蒼穹の水鏡】! ねぇ、ユズリハちゃん!」

『見ないで』『見ないで』『見ないで』『助けて』『見ないで』『見ないで』『見ないで』『見ないで』『見ないで』『見ないで』『見ないで』


 肉塊巨人は、肉の裂け目から声を発する。あの美しい声。笑ったときの声が最高に可愛らしい彼女の声。

 ――それが、精一杯に悲痛を呟いている。


「一年! 一年もの時間をかぁけて、ワタシが完成させたグレーェトな生命体ぃ! 寄生呪肉きせいじゅにくをベースに作り上げたぁ、魔法少女と魔物の夢の結晶ぅ! ご満足いただけたなら、幸いですよぉ。くはははははははぁ!」


 全身の血が、怒りに燃える。

 ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!

 激昂した私に、魔王はなおも語り掛ける。私の理性を溶かす、狂気を。


「ちなみにぃ、攫うのは至極簡単でしたぁ。くはっ。スウィーツに擬態させた魔物にぃ、こう言わせればよかったんですからぁ。『もしかしたら、キミも空澄みたいに強くなれる方法があるかもしれない』ってぇ! くははははははははははは!」


 ――私のせい? それは、私のせい?

 ユズリハが力を求めたのは、私のせい?

 私が、ユズリハに願ったから? 私より強くあってほしいって?

 だから、ユズリハは今――こんなことになった?


「それとぉ。これも教えておきますねぇ。私がユズリハちゃんを攫って、こんなグレーェトな姿に変えたのはぁ。――そうすれば、【蒼穹の水鏡】が発狂してくれそうだから。ですよぉ! くははははははぁ!」


 私を狙って? 私を狙って、ユズリハがこんな目に遭った?


『気持ち悪い』『嫌だ』『見ないで』『空澄』『ごめん』『見ないで』『気持ち悪い』『助けて』『私は』『怖い』『助けて』

「そぉれでは、後は若いお二人に任せてぇ、ワタシは観察に移させてもらいますねぇ! どうぞぉ、特大の狂気を曝け出してくださいねぇ! くははっ、くははははははははははぁ!」


 それきり、魔王の声は聞こえなくなる。

 ――私の中の何かが、弾けた。




     ◇◆◇◆◇




 肉塊巨人に取り込まれたユズリハは、もはや理性を失った状態だった。ただ譫言のように、呟くだけ。そして、力のない声とは裏腹に、巨躯での直接攻撃が私を襲う。

 私は、肉塊巨人のグロ肉の部分だけを切り刻んだ。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 彼女だけは絶対に傷つけずに、殺意は全てグロ肉にぶつける。

 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!


「あああああああああああああああ!?」


 グロ肉は、硬かった。

 しかし妄執が、それを断ち切る。狂気が、剣を先に進ませる。

 刻んで、刻んで、刻んで、刻んで、刻んで、刻んで、刻んで、刻んで。

 そのたびに、少しずつグロ肉をユズリハから分離させていく。

 切り裂いて、突き刺して、抉って、千切って。

 分離させたグロ肉はなおも蠢いていたけれど、それが元の肉塊巨人に戻ることもなければ、細切れのそれが直接襲い掛かってくるようなこともなかった。


「はぁ、はぁ……」


 壮絶と言うにも生ぬるい狂気の乱舞で、全てのグロ肉を引き剥がす。

 ユズリハの体を、取り戻す。

 ――全く傷つけないなんて言うのは、不可能だった。あからさまな致命傷は避けられただけで、私の剣は、幾度もユズリハの肌を裂いた。

 早く、治療しないと。治療? どうやって?


 ユズリハはもう、息をしていないというのに。


「くはははははははぁ! お見事ぉ! お見事ですよぉ! よくぞ、寄生呪肉を全て打ち払ったぁ! ――ちなみにその肉、元はユズリハちゃんの体から削り取ったものなんですけどねぇ。くははっ、くはははははははははっ! 心中お察ししますよぉ」

「あああああああああああああ!?」


 既に、言語野が働かない。言葉なんて、無価値なものでしかない。

 喉を震わせれば、感情は表現できる。ほら、こんなにもよく――。狂気を、表現できているじゃないか。


「いやぁ、なかなか面白いショーでしたぁ! これでまた、狂気の魔法少女が一人完成ぃ! くははははぁ! その狂気、大事にしてくださいねぇ! また会える日を、楽しみにしていますよぉ! くはははははははっ!」

「あああああああああああああ!?」


 姿の見えない魔王に怒り狂う。

 姿も、気配も掴めない。だけどどうしてか、『魔王は去った』という感覚を得る。

 私はただ、ユズリハの死体を抱いて、取り残される。


 辺りを、静寂と闇が支配する。

 どこまでも深い深淵へ引き込まれる。

 諦念と絶望と憤怒と後悔と怨嗟と悲嘆と哀憐と――あらゆる感情が、私を深みに引き込む。

 一度踏み込めば戻れない狂気の渦が、私を呑み込もうとしている。

 その狂気の渦の中心は、復讐心。最低に無意味で滑稽な、哀れなる人間の末路。

 私は、その渦に身を委ねようと――。


「……ごめんね」


 不意に、声が響いた。聞きなれた声。私が求め続けた、少女の声。

 慌てて死体に目を落とす。――間違いなく、それは死体だった。唇も、一ミリだった動いていない。


「たぶん、届くから……。この言葉を残すね、空澄」


 それなのに、声は届き続ける。

 狂気に沈み、壊れた言語野では、その言葉を理解することができない。

 聞かないと。彼女が、何かを伝えようとしているのなら。


 狂気を押しのけて、理性の光を灯す。

 それでようやく、この言葉の原理に思い至る。

 彼女の固有魔法。[涙魂之声るいこんのこえ]。

 言葉にできない想いを、届けたい相手に伝える。ただそれだけの魔法。その魔法で、死ぬ前に自分の想いを託した?


「私が、想いを届けたいのは……。私のことを悲しんで、壊れちゃいそうになってる空澄。そうじゃなかったら、この声は届かなくていいよ。……空澄は、私のことを忘れて、幸せに生きてくれるはずだから」


 ……私は、条件を満たした。

 今までは、ユズリハを見つけられるかもしれないという希望に従って生きてきた。

 それが決壊した今、私は、壊れる寸前。――もしかしたら、壊れてしまった後かもしれない。

 ユズリハが声を届けたいと願ったのは『壊れかけの私』。だから今になって、彼女の声が届いた。

 ユズリハ。相手の指定、間違えてるよ。これじゃあ……。ユズリハをいくら大事に想っても、希望を支えにしている限り、この声は聞こえないんだから。


「でももし、空澄が私のことを本気で悲しんでくれるなら……。……聞こえてたら嬉しい、なんて言っちゃダメだけど。でも、やっぱり嬉しい。そこまで、想ってもらえたなら」


 彼女の微笑む声を、聞いた気がした。


「私は今、魔物に捕まってる。……酷いことされてる最中。絶対に、空澄には言いたくない。こんな私は見ないでほしい。……そんな感じ」


 脳裏に生々しく焼き付いた、肉塊巨人の姿。

 ……忘れようにも、忘れられそうにない。記憶者が私である以上、尚更だ。


「……たぶん私、死んじゃう。だから最後に……。この魔法の、正しい使い方をするね。……私、空澄と友達になれてよかった。空澄、不器用だけど……。優しいし、頼りになるし、私のことよく見ててくれるし。……うん。大好きだった。ずっと一緒にいたかった」


 ユズリハの声が、一段下がる。


「……魔物と戦って死んじゃうかもって、覚悟はしてたけど、やっぱり怖かった。空澄が魔法少女になってくれたときも、そうだったよね。……あれ、すっごい嬉しかった。勝手な考えだけど……。空澄が、命を懸けてでも私のこと守ってくれるんだって、そう思ったから」


 ……そう決めていた。命を懸けてでも、守るって。

 なのに。……私はそれを、果たせなかった。


「……ごめん。これ以上話すと、暗い話になっちゃうから。やっぱりやめておくね。本当はずぅっと、こうして話して……。ううん。空澄に語り掛けてる気になっていたいけど……。魔力、もう切れちゃいそう。これ以上は、無理。だから最後に……っ」


 ユズリハの声が、僅かに湿る。泣かないようにしていたのに、最後に、やっぱり堪えきれなかったような……。

 そんな、嗚咽が混じる。


「……ばいばい、空澄。私のこと、忘れないでくれたら……。天国とかで、また会えるといいな」


 涙声で、ユズリハはそう締め括る。

 ――五秒。十秒。もう声は聞こえない。

 ……彼女の最後の声が、終わってしまった。


 もう、頭は完全な狂気の支配からは抜け出していた。彼女の純粋な願いが、すんでのところで私を引き戻した。

 けれど私はこれから、どうすればいいのだろう。

 復讐に身をやつす。それしか、残されていない気がする。狂気の完全な支配から逃れても、私にはそれしかない。


 私には、ユズリハ以外に大事なものなんてなかった。

 私の持つ全てと、ユズリハ。その二つを天秤にかけたなら、その天秤は絶対にユズリハに傾く。それくらい、ユズリハのことを想っていた。

 それなのに――、あの魔王は、それを奪った。

 だから私は、あの魔王を殺すために、私の全てを賭して――。


「……平和な世界、創りたかったなぁ」


 不意に、また声がした。

 まるで、意図せず漏らしてしまったかのような。

 最後と決めた言葉から、僅かにはみ出してしまったかのような、そんな声。

 その声に、はっとする。


 ……腕の中の、彼女の死体を抱き締める。

 ……私に、狂う以外に残された、唯一の道。

 私が壊れてしまうことを良しとしなかった彼女が夢見た、理想郷。


 死者への想いは、大きな力になる。

 死者を想えばこそ、どこまでも――それこそ、死に向かって突き進むことになろうと、進んでいける。

 どんな大きな決意だって、実現させるために行動できる。


 ……そのために。

 私は、どこにあるとも知れない彼女の魂を、自分の中に閉じ込める。

 私は、棺だ。彼女の想いを内に宿した棺。

 私の魔法少女としての武器、剣を強く握る。――これからは、彼女の想いをこの剣に乗せて戦おう。彼女の想いで動く剣――死者の剣を振るう、人型の棺。私は、それになる。

 目指すのは、彼女が夢に描いた未来。


「……絶対に。私が、ユズリハが望んだ世界を、創ってみせる」


 そのために、復讐ではなく遺志で、決意する。

 ――魔王を討つ。

 もう誰も、理不尽に苦しめられることがない世界を、創り上げるために。

 もう誰も、彼女のような地獄を、味わわなくて済むように。




 死者の剣を抱いて、私は戦った。

 都市伝説を屠り、空想を打ち倒し。

 それでも、魔王は現れない。個人的な想いでも殺してやりたいアイツですら、私に干渉してこなかった。

 それでもいつか、この手で魔王を討ち滅ぼす機会を得るために。私は最前線で、【蒼穹の水鏡】として戦い続けた。


 そして二年後、何の因果か。

 ――私は、魔王が主催する狂ったデスゲームに参加させられることとなった。








――――――――――――――――


『ユズリハ』

ユズリハ科 ユズリハ属の植物。

その花言葉は「世代交代」「譲渡」。


なお果実には毒性があり、呼吸困難を引き起こす。

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