Chapter4:棺の中のユズリハ 【解決編②】

【解決編】The World Reflected in the Mirror

《その鏡に映る世界》




◇◆◇【棺無月 空澄】◇◆◇


 走馬灯が巡る。今までの人生の回顧録が呼び起こされる。


 と出逢ったのは、もう六年も前のことだ。

 彼女がいない時間を数え続けて、いつしか彼女がいないことが日常になって、それでもなお、記憶は色褪せていない。

 ……って言えれば、ロマンチックだったんだけど。私が彼女のことを完璧に覚えているのは、単に記憶力がいいからだ。一度見たものはそうそう忘れられないから、幸福な出来事も、目を背けたくなる光景も、全て私の中に保存されている。


 最初の出逢いは、これ以上なく平凡だった。

 小学校に入って初めてのクラス替えで同じクラスになり、そして隣の席になった。ただ、それだけ。

 趣味が合ったわけでもない。私は読書趣味、彼女はスポーツ趣味。インドアとアウトドアで、正反対だ。

 それでも仲良くなれたのは……。なんでだろ。今でもよくわからない。


「ちょっと、ご飯の時まで本読まないの。暇なら、私と話しよ?」

「何読んでるの? 小説? ……わっ、文字ばっか」

「そういえば棺無月さん、宿題やった? 私忘れちゃってさ……見せてもらえない? だめ?」


 話しかけてくるのは、だいたい向こうからだった。鬱陶しくはなかった。

 彼女の柔らかい雰囲気は、当時根暗だった私にも不快感を抱かせないものだった。だけど、人と話すことに慣れていなかった私は、いつもこう言った。


「うるさい。読書中。静かにして。――ユズリハ」


 彼女の名前は、ユズリハ。

 私の人生を、摩訶不思議に変えてしまった女の子。

 彼女との交流が深まったきっかけは、これまたベタな展開だった。

 彼女と出逢ってすぐのこと。私が魔物に襲われた。そこで助けに来てくれた魔法少女が、ユズリハだった。

 その辺のアニメを探せばすぐに見つかるような、ありふれた展開。でもそれが、私たちの関係性を決定的に変えた。


「えっと、見ちゃった……よね? あー、バレちゃった……」


 苦笑いして誤魔化そうとするユズリハ。そんな姿が面白くて、私は笑ってしまった。魔法なんてトンデモ概念に驚く前に。


「えっ、なんで笑うのー? ねー、ちょっとー?」


 困惑する彼女が更に可愛くて、私は笑った。

 それで私たちは、友達になった。


 私も魔法少女になれると知ったのは、彼女の秘密を知ってすぐだった。

 でも私はその時、魔法少女になるのを断った。私は、この可愛いユズリハを眺めていればそれでいいって。

 私たちは普通に、友達として過ごした。秘密を握っていたから接近したなんて、そんな理由じゃない。友達になりたかったから、普通に遊んで、結構な時間を一緒に過ごして、仲良くなっていった。

 二年間はそうやって、普通の友達として過ごした。




     ◇◆◇◆◇




「そういえば、ユズリハ。……ユズリハ? ちょっと? 私の顔に何かついてる?」

「えっ? いや、そういうわけじゃないんだけど……」


 普通の放課後。一般的な友達の時間。

 ユズリハを私の家に招いてゲームをしていると、何故だかユズリハは、私の顔を見て固まっていた。


「なんというか、空澄、変わったよね」

「操作キャラが? だって、こっちの方が使いやすいし」

「ほら。そういうボケ挟むようになってきたり」

「いや、ボケのつもりは欠片もないんだけど」


 えらい真面目な表情でユズリハが言うので、私は一度ゲームを中断して彼女に向き直った。


「で? 何、急に」

「いや、二年前と比べて、変わったなーって思って。あの頃の空澄、『将来はこの本と結婚します』って顔してたし」

「うん、そんな顔してた覚えは断じてないけど。というかその結婚相手、翌日には図書室の本棚に返却される運命だけど。悲しすぎない?」

「うわぁ……。空澄、飽きたらすぐに捨てちゃうタイプだったんだ……。私もいつか捨てられちゃうんだ……。よよよ……」

「そいつと二年間付き合っておいて、今更何言ってんだか」


 ボケタイプなのは、私じゃなくてユズリハの方だと思う。

 ……私は、どちらかというと脱線タイプだ。


「で、本題は?」

「んー? いや、なんというか、その……ほら。なんでこんなに性格変わったのかなー、と思って」

「え? あー」


 どうしてそういうこと、私が変わった『元凶』が言ってくるかなぁ。

 ユズリハ以外に誰がいるっていうのか。私の喋り方はだいたい、ユズリハに借りたものだ。私が憧れた、この綺麗な少女に。

 ただまあ、それを全部素直に伝えるのも恥ずかしいし……。


「ユズリハウイルスうつされたからかなぁ……」

「えっ? ひどくない?」

「冗談冗談」


 軽く手を振って誤魔化す。

 ただ、ユズリハは、思い悩んだ表情でなおも続ける。


「なんか納得いかないけど……。それってつまり、その、私の影響ってこと? それは、えっと……私のこと……」


 ユズリハが途切れ途切れに言って、そして最後に、聞き取れないほどの声量で呟く。

 ……いや、聞こえてないんだけど。


「プリン。ユズリハ、なんて言った?」


 私は、傍らに控えていたプリンのお化けに聞いた。

 もちろんこいつは、ユズリハが連れているスウィーツだ。


「プ? 『私のこと大事に思ってるってこと?』って」

「あああああ、ちょっとプリン!?」


 ユズリハが絶叫する。下の階にいるはずの親が怒らないか、実に心配だ。

 というか。


「えっ、何? なんで急に、そんなメンヘラ女子みたいなこと言い出したわけ? 告白? 私、束縛系はちょっと……」

「ち、違うから! その、えっと……」


 ユズリハは完全に狼狽えて、言語野が崩壊したらしい。

 代わりに、プリンに尋ねる。


「ねえ、なんかユズリハが変なんだけど。何かあった?」

「プ? プリンは心当たりなんて……。あっ。もしかして、今夜の?」

「今夜?」

「プ。今夜、隣町での都市伝説級の魔物の討伐に、ユズリハに行ってもらうことになってて……」

「あー。つまり、そのミッションに行くのが怖くて、それで『私のことが大事なら慰めてほしい』って辺り?」

「うぅぅ……」


 ユズリハが恥ずかしそうに頬を染める。ビンゴらしい。

 でもそれ、おかしくない?


「いや、魔法少女のミッションって、危険な任務は拒否権あるんでしょ? 怖いなら行かなきゃいいじゃん」

「だ、だって! ま、前に言ったじゃん! 私の目標!」

「魔物がいない平和な世界を創りたい、だっけ? 諦めて、最前線の魔法少女に任せたら? 都市伝説級の魔物相手に怖がってちゃ、魔王討伐なんて夢のまた夢だと思うけど。しかも魔王って、十二体いるんでしょ? 【十二魔王】って言うくらいだし」

「うぅぅ、空澄の意地悪!」


 ユズリハがそっぽを向いてしまう。しまった、やりすぎた。

 ……でも、どうするか。実際私も、ユズリハに危険なことはしてほしくない。

 都市伝説級の魔物以上は、魔法少女が死ぬこともあり得ると聞く。そんな危険なミッションに、ユズリハを放り込むのはなぁ。

 平和な世界なんてどうでもいいから、ユズリハを危険から遠ざけたい。

 そのためには……。んー……。


「ねぇ、プリン。魔法少女って、後から辞めることもできるんだよね?」

「プ? できる、けど。前に言った通り、魂に負担がかかるから、一度辞めたら二度と元に戻せない……かも」

「だよね。――んじゃ、ユズリハ」

「なに?」


 私今怒ってるんですけど、というオーラを全開にしているユズリハ。こうなると、なかなか話を聞いてくれないのは既に知っている。だから――。

 そのオーラを貫通するほど、衝撃的な話をぶつけてやる。


「私も魔法少女になって、ユズリハを守るから。それなら、怖くない?」

「――え? いやいやいや。冗談だよね?」

「本気だけど?」

「でも、だって、空澄、奉仕活動なんて面倒だからパスって……。今まで散々、嫌そうな顔してたし……」

「そんな嫌そうな顔した覚えはないけど」


 それは偏見だ。私が魔法少女にならなかったのは、私がユズリハの足を引っ張るとしか思えなかったから。

 確かにユズリハは、最前線を張るには実力が足りない魔法少女だけれど……。

 でも、この子の心根は誰よりも尊い。その輝きを、邪魔したくなかった。だから今まで、魔法少女にならなかった。

 だけど――ユズリハに危険が及ぶなら別だ。


「ま、私如きが魔法少女になって、何が変わるともわからないけど。それでユズリハが安心するって言うなら、いいよ」

「空澄……」


 ユズリハは戸惑ったように私の名前を呼んで、そして、微笑んだ。

 その笑顔だけでも、魔法少女になる価値があるってものだ。




     ◇◆◇◆◇




「これは……驚いたな」


 世界を濡らす雨の中、見知らぬスウィーツが言う。

 都市伝説級の魔物の討伐作戦は、終わった。私の前に、その魔物の死骸が転がっている。

 周囲には、疲弊した魔法少女だらけ。ユズリハの姿はない。どう考えてもこの魔物の相手はできないと思って、後方に下げた。

 最前線級を自称する魔法少女たちは等しく地に伏せ――。

 まともに立っていたのは、だった。


「魔法少女になったその日に、都市伝説級の魔物をほぼソロ討伐なんて……前代未聞じゃないかな?」


 死骸の傷は、私がつけたものだった。

 私の魔法が、都市伝説を打ち砕いた。


 それが、後に二つ名で呼ばれることになる魔法少女、棺無月 空澄――。

蒼穹そうきゅう水鏡みかがみ】が踏み出した、最初の一歩だった。

 その一歩を機に、私は狂気の王に目を付けられた。

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