【解決編】The Reason why I've Behaved as a Trickster

《私がトリックスターとして振る舞った理由》




◇◆◇【棺無月 空澄】◇◆◇


 ワンダーが【十二魔王】の一人と名乗って、私はすぐに、どうすればこいつを殺せるか考えた。

 一見、ただの動くぬいぐるみ。魔王を名乗るにはあまりに不相応。だから、何かあるとは思った。もちろん最初から、こいつが魔王でない線も考えていた。何かの目的で魔王を騙っているだけの雑魚魔物なのではないかと。しかし、魔王というのが本当である可能性もある。その場合、称号に比した能力がないのはあまりに不自然だ。何かあると考えた方がいい。能力がわからない魔物に迂闊に手を出すことほど、愚かしいことはない。だから私は、すぐに手を出すようなことはしなかった。


 代わりに、一つだけ策を打った。

 どれだけこの魔王が狡猾かは知らないけれど、私は『能天気な馬鹿』のペルソナを被った。そうして、お気楽な馬鹿だという印象を植え付けようとした。少しでも魔王が油断してくれるように。

 しかしそれは、すぐに意味を無くした。


 魔王は、殺し合いの開催を宣言した。それも、個々の頭脳を試す究極の推理デスゲームの開催を。『能天気な馬鹿』なんて、ミステリーじゃ絶対に犠牲者役だ。それじゃあまりにも縁起が悪いし、なにより、圧倒的に行動しづらくなる。魔王の裏をかきたいなら、馬鹿だとアピールするのは悪手だ。

 だから少し、ペルソナを変容させた。『能天気な馬鹿』から、『能天気に見える頭の冴えた狂人』に。それが、私が『あーし』として生み出した仮面だ。


 ワンダーのルール説明が終わって、すぐにルールの不備には気が付いた。

 このルールでは、【犯人】を処刑したゲームマスターも【犯人】となる。それを認めさせることができれば、最初の事件の後すぐにワンダーを【犯人】として告発して、私たちの勝ちになる。

 けれどそれには、最低二人の犠牲が必要だった。そんなの、彼女が理想とした『平和な世界』からは程遠い。だけど、もしもの時の最終手段にと思って、私は敢えてそのルールの不備を指摘しないでおいた。

 代わりに、【共犯者】を認めるとゲームがつまらなくなるぞと遠回しに脅して、【共犯者】を不成立にさせた。……こういうクローズドサークルのミステリーだと、【共犯者】がいるだけで【犯人】はやりたい放題になってしまうから。そうしたら確実に、殺人の箍が緩む。それを防ぐための措置だった。


 猪鹿倉 狼花の魔法を掠め取ったのは、自衛能力を手に入れると同時に、他者を守る力を手に入れるためでもあった。[爆炎花火]は、かなり加減が利く魔法だ。もし目の前で殺人が起こりそうになったら、【犯人】を殺さないようにしつつ無力化できる。ちょうどいい機会が巡ってきたこともあって、私はこれ幸いと[爆炎花火]を掠め取った。

 あのときぶちまけた悪感情は、もちろんこれっぽっちも本心じゃない。猪鹿倉 狼花には本当に悪いことをしたと思っている。だけどアレも、殺人を防ぐための涙ぐましい努力の一つだった。共通の敵というのは、なんだかんだで結束を強くする。私の陰口で盛り上がってくれれば、仲間意識も生まれて、殺人の予防にもつながるんじゃないかとほんの少しだけ期待していた。自分がみんなから歓迎される救世主になることは、この時点で諦めた。


 あとは……魔法少女の善性にも大いに期待していた。魔法少女であれば、そうそう事件が起きることはないって。少なくとも一週間、ともすれば一か月は猶予があると思っていた。

 その間に、何度も検討した。どうやって魔王を倒せばいいのか。

 ――もし、実際に殺人が起きてしまった場合。私は何をすればいいのか。

【犯人】の命を犠牲にして、ワンダーを殺せる可能性に賭けるか。それとも【犯人】を見逃して、みんなで一緒に『最も深い絶望』とやらを受け入れるか。

 ――葛藤の末に、私は前者を取った。理由は、より多くの命を生かせる可能性がこちらだったから。ゲームマスターが処刑で【犯人】になってしまうという不備に気づいていないのなら、『最も深い絶望』とやらで誰かを殺してしまっても【犯人】になるという不備に気づいていない可能性が高い。

 だけど現状、魔王をハメる道は、ルールの穴をついて魔王を【犯人】に仕立て上げることのみだ。不用意なタイミングでそのルールの穴を指摘して、『ゲームマスターは除外だ』なんて形でルールの穴を埋められてしまえば、その時点で希望は消滅する。……魔王を倒せなくなって、十一人もの犠牲を出した末に、ただ虚しさを抱えてゲームを終えるなんて最悪だ。それだけは認められなかった。だから私は、犠牲を選んだ。


 同時に、計画を練った。能動的に魔王を殺すための計画。

 私が立てた計画に必要なのは、

[呪怨之縛]、[刹那回帰]、魔王から情報を引き出せる立場、致死の範囲攻撃が可能な物理的トラップ、ルールの穴。そしてもちろん、私の命。

 できるなら、心強い探偵役も一人欲しかった。それと[確率操作]も。

[呪怨之縛]は最悪[忍式之罠]でもよかったけれど、これじゃあ心許ない。失敗はできない計画だし、確実に[呪怨之縛]を手に入れておきたかった。

 だけど問題になるのは、魔法少女の中に裏切り者がいないかどうか。協力者を作りたいなら、その裏付けが必須になる。そのために私は、魔王から情報を引き出せる立場を望んだ。そういった意味でも、狂人の仮面は都合がよかった。こういう狂人は、どうせ魔王の好みだろうから。

 範囲攻撃が可能な物理的致死トラップも、最初に館にあったものでは作れそうになかった。そういう意味でも、魔王に取り入るのはますます急務だった。魔王に気に入られれば、欲しい物品を館に用意させることもできるだろうから。


 そうやって計画を練って――そしてすぐに、事件が起こった。

 古枝 初の動機を魔王が把握していた辺り、デスゲームを円滑に進めるために、最初から動機を持っている人間を仕込んでおいたということだろう。一週間は大丈夫なんて試算は、完全に間違っていた。

 強烈な動機の前には、どうでもいい人間の些細な行動なんてまるっきり無駄だ。

 私の予防策は悉く踏みつぶされ、魔王の作ったデスゲームが本格的に機能し始めた。私は必死で、【犯人】の処刑を以て魔王が詰みになるように場を誘導した。狂人の皮を被り、あたかも魔王が用意したゲームが魔王の思い通りに進んでるかのように見せかけた。……自分で探偵役を引き受けなかったのは、自分で【犯人】を追い詰めることがどうしてもできなかったのと、それとこれから【犯人】になるかもしれない人に狙われるのを恐れてだった。この状況で、何人が魔王の排除を目論んでいるかわからない。最悪私一人だけかもしれない。もしそうだったとき、私が死ねば、もうこのデスゲームは最後の二人になるまで止まらなくなる。だから私は、自分が探偵役になるのを避けた。

 ――処刑の時は、目を背けたくなるほどに心が痛んだ。ユズリハに、誓ったのに。平和な世界を創るって。それなのに私は、古枝初を見殺しにした。最低だ。ユズリハに軽蔑されるかもしれない。……それが、怖かった。

 それでも私は、事件を潜り抜けて、魔王の元へ向かった。不完全なルールの代償を支払わせるために。……感情では、そういうことになっていた。だけど理性は、『どうせこの魔王は卑怯な手を使って自分が【犯人】になることを免れるに違いない』と推測していた。ルールの穴が大きすぎるし、これじゃあマトモに殺し合いが進行しなくなる以上、魔王は対策してくる。その推測は見事に的中していた。

 ワンダーは、【犯人】を殺した時は【犯人】にならないというルールを新しく提示してきた。確定だ。ワンダーは、ルールを都合よく捻じ曲げるタイプのゲームマスターだ。だけど同時に、それがワンダーの魔物としての行動原理なのか、公平性は保とうとしている。『ゲームマスターは除外だ』なんて言ってきたら、むしろ魔王を倒す余地を残しておいた方がゲームが面白くなるとか言って焚きつけてやるつもりだったけれど。魔王自身がルールに拘るのだったら、私の計画はいよいよ現実味を帯びてくる。

 ……ワンダーを殺したいなら、秘密裏に協力者を作らなければいけない。処刑の時に見せたあのワンダーの大群は間違いなく、監視にも活かされている。その監視を一時的に外す交渉もしなければならない。

 そのためには、ワンダーに取り入ることはますます重要事項となった。


 第一の事件が終わって、私はワンダーに取り入るためにありとあらゆることを行った。ワンダーが気に入る狂人の仮面を、更に前面に出していく。

 事件の翌日にあった、猪鹿倉 狼花の警告をふいにしたのもその一環だ。それとあれは、狂人枠としてある程度確立された自分が言うことで、反骨心から殺人を防ごうとする意図もあった。……きっと無駄だろうことは、わかりきっていたけれど。我ながら涙ぐましい努力だった。

 ワンダーを檻で捕獲したのは、ワンダーにどのくらい交渉やハッタリが通じるかの確認だ。本当に監視に意味があったとは思っていない。事実これで、ワンダーには探られたくない腹があると私は確信した。その探られたくない『何か』を掴めば、私は協力者の立場を得ることもできると考えた。

 触手の魔物が占拠する女子トイレに度々侵入していたのは、その『何か』を掴むためでもあった。十中八九、そこには何もないと察していたけれど。『何か』があるとしたら、一階の『???』の部屋だろうと踏んでいた。ちなみに本当の目的を明かすわけにもいかないので、女子トイレへの侵入を強行する理由を、ワンダーには殺人の下見と言っておいた。その方が、ワンダーに取り入るのにまた一歩近づくだろうから。

 萌 摩由美に殴りかかったのは……。あれも、申し訳なく思っているけれど。あれは保険でもあった。[刹那回帰]の持ち主である唯宵 藍――噂に聞く【無限回帰の黒き盾】だろうとすぐに見抜いていた――は、そう簡単には死なない。彼女の能力について、私は十全に伝え聞いている。だけど萌 摩由美は歴戦の魔法少女でも何でもない。殺される危険性は十分にあった。そういった意味で、[呪怨之縛]をコピーしておくために私はアレを引き起こした。それとやっぱり、ワンダーに対するアピールでもあった。私は誰かを殺す意思があると見せかけるための。もちろんあんなの、本当に殺そうとしたわけじゃない。


 そうやって行動を積み重ねて、ようやく、そろそろ協力者になる交渉ができるかなと思っていた時期だった。第二の事件が、起きてしまった。

 第一の事件はすぐに【真相】を見抜くことができた分、余裕を持った振る舞いができていた。だけど第二の事件は、どれだけ捜査をしても証拠が足りていないとしか思えなかった。私は焦った。

 ……ここで、【犯人】を見逃すわけにはいかなかった。『あーし』が、たかが二つ目の事件の【真相】にすら辿り着けない程度のキャラクターだとワンダーに思われたら、協力者になるための交渉は間違いなく難航する。だから……私はまた、犠牲を選んだ。

 とんでもなくギリギリの戦いになったけれど、私はまたゲームを盛り上げながら、【犯人】に辿り着いた。……また、ユズリハの願いに背く行いをして。


 ――そして、事件後の交渉で。

 私は遂に魔王の協力者の座を手に入れ、計画の準備が整った。

 それだけは本当に僥倖だった。魔王が隠している『何か』を掴んで脅さなければ協力者になれないと思っていた分、その段階をスルー出来たのは幸運としか思えなかった。あそこでの頼みは、後にその『何か』を掴んだ際、協力者になりたいという申し出に真実味を持たせるためのただの仕込みだったのに。予想外にも、ワンダーはあっさり許可した。肩透かしではあったけれど、そんな脱力感は問題じゃない。

 いよいよ、全てが揃った。これからはより慎重に行動する必要があるけれど、なるべく急いで計画の準備を進めて、魔王の首を――。

 なんて夢想した矢先に、第三の事件が起こった。


 ふざけるな。あれは完全に必要のない事件だった。計画が完成すれば、魔王は殺せた。残った人は、みんな死ななくて済んだ。平和は目前だった。それなのに。

 しかも、作戦の要である萌 摩由美も殺された。コピーしておいたおかげで[呪怨之縛]はなんとか確保しておくことができたけれど、何かの拍子に魔法を入れ替えられてしまえば、魔王を殺す機会は二度と巡ってこなくなる。

 ますます、準備を急がなければならなくなった。


 範囲攻撃が可能な物理的致死トラップを用意するために、『最高の事件を作るのに必要だ』とか言ってガソリンとライターを用意させた。

 そして同時に、情報を引き出す。唯宵 藍と神園 接理は、魔王と裏で通じていたりはしないか。

 実際、一つだけ危惧していたことがあった。それに思い至ったのは、第二の事件が起きてしまった後、ワンダーが[忍式之罠]でスライムを死に至らしめたとき。ワンダーは、『殺しも対象外』と言った。【犯人】認定の条件は、『手段を問わず、殺人を企て、の行動によって命を奪われた者が発生した場合に、その計画者を【犯人】と認定する』。――頑なに、ワンダーはルールから『』を除外しないようにしている。だから、もしかしたらと思っていた。私たちの中に、魔物が紛れているんじゃないかって。

 そう思うと、外見的にどう見ても怪しい子が一人いたけど……。羽と尻尾生えてるし。けどあれはあからさますぎるし、フェイクだろうと考えていた。魔法少女に変身すると体から変なものが生えてくる子も、珍しくはあるけれどたまにいる。私が知っている魔法少女にも、犬の耳と尻尾が生えてくる子がいた。

 ともかく、そうした危惧もあって、ワンダーに裏を取った。まあなんとなく、あの二人なら大丈夫だろうと思っていたけれど。唯宵 藍はあの【無限回帰の黒き盾】。神園 接理は、もう死んでしまったけれど、幼馴染みと一緒にこの館に来ていた。身元はどちらも保証されている。案の定、あの二人は完全に白だとワンダーに保証された。


 ――いける。

 魔王殺しの計画は遂に、実行の段階に入った。

 第三の事件が終わってすぐに、私は話し合いの場を持った。

 ワンダーに監視を外してもらう交渉は相当に難しかったけれど――これもまた最高の事件の構築に必要とか言って、一時的に監視を外させた。

 呼びつけた神園 接理の[確率操作]でワンダーの監視が本当に外れていることを確認し、そして、計画の全てを打ち明ける。

 たった二日で全ての準備を終え、そして――。




     ◇◆◇◆◇




 回想を終え、景色は眼前の炎の海に回帰する。

 アイたんと目を見合わせる。

 そして、あのゲームに用意しなかった最後の台詞を入力する。


「『この少女を死に追いやった元凶は、誰だ?』蜘蛛の神様は、酷薄に笑った」


 アイたんが唱えてくれた前フリを引き継ぐ。


「村長は言った。『それは貴方様でございます。貴方様の存在こそが、我々を生贄の儀式へと駆り立てました』――それを聞いた蜘蛛の神様は衝撃を受け、少女の願いを叶えるために、自らを穿ち滅ぼしました。おしまいおしまい……ってね」


 少し咳き込みながら、あの物語に用意した結末を明かす。

 私は、セツリンに目で合図を送る。――これで、ワンダーは詰んだ。


「蜘蛛の神様は潔く死んだ。で? 犬の魔王様は、これからどうするのかな?」


 心で抱いた死者の剣を、まっすぐにワンダーに突きつける。

 ワンダーは未だ状況を理解せずに、間抜けに硬直していた。

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