【解決編】We are on the front line of the world.
《ここが世界の最前線だ。》
◇◆◇【棺無月 空澄】◇◆◇
『いや、えっと、ちょっと待って……え、蘇った? 不正じゃないの?』
ワンダーが困惑しているけれど、答える時間はない。猶予は一分。
――私に与えられた、最後の一分。それは全て、勝利宣言に充てると決めている。
体が熱い。地獄の苦痛が全身を苛む。
高温に熱された空気に喉と肺をやられながら、私は絶叫する。
「私の勝ちだよ、ワンダー!! お前は、人を殺そうとした! でもここにいるのはどっちも、【犯人】じゃない! 私は死んでない!! ――お前の負けだ!!」
命を懸けて、この計画を準備した。
状況を打破するには――ユズリハの願いを叶えるには、これしかなかった。
ここままじゃ、みんな死ぬ。魔王が最後に笑って、誰もが苦痛に満ちた地獄に落とされて、それで終わり。
――ユズリハをあんな目に遭わせた、狂気の魔王のように。邪悪は笑い、悠然と立ち去る。そんなのは、もう二度と御免だ。
だから私は、
私が死ぬことになっても、この魔王討伐だけは成し遂げると決めた。
そのために、この命を捧げる。
「無実の人間を殺せば、お前は【犯人】だ!! お前が作ったルールで、お前は処刑される!! ――ここで、私を殺した魔王は、処刑される!!」
長いこと魔法少女をやっていてよかった。おかげで、魔物の性質には随分詳しくなった。魔物は、ルールから逸脱することはできない存在だ。ルールは、自己を定義する法則からでもあるから。それを無視すれば、魔物は生きてはいられない。
だから、ワンダーが殺し合いの主だというのなら。――自己の定めたルールに従い、破滅するだろう。
「お前は、私に六人も見殺しにさせた! あの子への誓いを、何度も裏切らせた!! だから――報いを受けろ!!」
灼熱に喉も肺も焦がされながらも、命を燃やして宣告する。
「――ここが世界の最前線だ!! 私はここで、史上初の魔王討伐を成し遂げる!! 絶対に、お前を滅ぼす!!」
ワンダーを正面から睨みつける。
盛大に胸を張って、盛大に煽って、盛大に勝ち誇って、判断力を奪う。
『あははっ、あははっ、あははははははははははは!』
あの狂気の魔王と重なる、不快な笑い声をワンダーが上げる。
『うん、うん。やりたいことは理解したよ! でもさぁ、あはははははは! 馬鹿だよキミたち! ここがどこだか忘れたのかな? 第三の事件、もう忘れちゃった!? ――館スライムちゃん! この二人、お風呂に落としちゃってよ!』
ワンダーが、館スライムに消火を命じる。
そりゃそうだ。第三の事件で、ここは浴場と繋がっていた。私がこの部屋で準備をしている間にも、ワンダーに第三の事件の話を振って、浴場と繋がっていたことを意識させた。思い出すのは不自然ではない流れ。――だから。
床に大穴があく。カナタンたちを残して、燃え盛る私とアイたんがお風呂に落とされる。
『頭冷やしてきなよ! 魔王を倒すなんて、できるわけないんだからさ! あはははははははは!』
ワンダーが笑う。私たちの思惑を踏み越えてやったと、歓喜する。
――混乱して、誤った命令を下したと気づかないままに。
私は、心の中だけで叫ぶ。
――引っかかったな、バーカ!!
だけどそれは口には出さない。
お風呂に撒いた大量のガソリンに引火して、私は更なる猛火に呑まれ、ショック死することになっている。
だから――これが最後の言葉だ。私の生涯の、最後の言葉。
その言葉だけは、ずっと前から決めていた。魔王なんかに、私の最後の言葉を穢させやしない。
地面が近づく。――思い残すことは、もちろんある。
私は、【十二魔王】全てを滅ぼしたかった。それが、彼女が目指した世界のはずだから。
けれど私にはどうやら、一体倒すだけで精一杯らしかった。不甲斐ない。
でも――これを嚆矢に、誰かが後を継いで、成し遂げてくれるだろう。
ここの誰かがやってくれるとしたら、アイたんか、セツリンか、カナタン辺りかな。もしかしたら、ここにいない誰かが魔王討伐の報に心を打たれて、後に続くかもしれない。
それを、祈ろう。――いつか、彼女が望んだ平和な世界が完成することを夢見て。
私は、死を前にして、微笑んだ。目を閉じる。高温のせいで乾燥した瞳から、涙は流れない。
それでも、大粒の涙を流した気になって、万感の思いを込めて。
「……大好きだよ、ユズリハ。ずっと変わらず。……今、会いに行くから」
最期に、強い光を見た。
愛と願いを抱いて、私は、魔を滅ぼす聖火に包まれた。
◇◆◇◆◇
◇◆◇【空鞠 彼方】◇◆◇
「――[確率操作]。59秒後、棺無月 空澄はこの炎が原因で死亡する」
空澄ちゃんから目を向けられた接理ちゃんは、そう呟いた。
……やっぱり。推理が、確信へと繋がる。
空澄ちゃんは、ワンダー相手に叫ぶ。その声は、スライムに遮られた私たちには聞こえない。
そうして、一分ほど経って。
空澄ちゃんたちは落ちていく。地獄の窯の中へ。
――あの浴場のガソリンの存在意義だけが、ずっとわからなかった。この部屋にガソリンを撒くだけで十分じゃないかと。
本当は、このための布石だったらしい。……謎が、全て解けた。
ワンダーが慌て始める。燃え盛る館が
私たちを囲んでいた半透明のスライムも、消火が終了するとともに、元の壁としての役割に戻っていった。。
『あわわわわわわわわ』
ワンダーは床の穴を覗き込んで、これ以上ないほどあからさまに狼狽していた。
私も、その穴から地獄を覗く。
……そこには、彼女が倒れていた。私たちをずっと振り回した、彼女。
今なら、本当に『正義の魔法少女』だと信じられる空澄ちゃん。
彼女は、丹念に炙られて絶命していた。魔法少女の死によってもたらされる、只人への回帰。衣装変更。それすらも焼き尽くす炎によって、洋服も大部分燃え、黒セーラーの襟と思しき部分が辛うじて残るばかりだった。死体の肌は、見たこともないような濃い火傷跡に覆われている。凄惨極まるその様子に、私の中の嫌な気持ちが膨れ上がる。
そして、空澄ちゃんと共に浴場に落下したもう一人は――。
無傷で、階段の方から儀式の間へと駆け戻ってきた。
舞い戻った【無限回帰の黒き盾】が、魔王と再び対峙する。
「――さぁ、どうした、狂犬よ。此度は、事件のアナウンスとやらはしないのか?」
浴場にも、儀式の間にいるものとは別のワンダーが現れる。
そのワンダーは、空澄ちゃんの死体を念入りに確かめた。
『あ、あわっ、ほ、ほんとに、死んじゃってる……』
ワンダーが呟く。
――もう、手遅れだ。接理ちゃんの魔法が発動した以上、この結末は必定。
それが、空澄ちゃんが仕組んだことなんだから。
『えっ、あっ、えっと、【犯人】の条件は満たしてる……。【真相】追及は例外なく始まる……。あわわわわわわわ……』
「ふん。卑怯者。始めないのか? 斯様な死の遊戯を作り上げておきながら、貴様自身の死は受け入れられないと? 議論の時間など必要ない。――我が、棺無月 空澄殺害の【真相】を全て答えてやろう」
『えっ、あっ、ああ――』
ワンダーが、絶望に呻く。
それを待たずして、藍ちゃんは【真相】の解答を始める。
「棺無月 空澄は――」
『あっ! 待ったああああああああ! ストップ、ストーップ!』
不意に、ワンダーが叫ぶ。
『いやぁ、うっかりうっかり。ルールを伝え忘れてたよ。うん。事件を仕組んだ人は、【真相】の解答は禁止なんだよねー。いや、忘れてた忘れてた。うん』
「……屑が」
『お茶目なうっかりさんと言ってほしいなぁ! あははははは!』
勝手に都合のいいルールを作り出したワンダーは、なおも醜悪に笑う。
『いやぁ、ヒヤヒヤしたけど、ルールの伝え忘れのおかげでなんとかなったね! いやぁ、なんか無駄死にが出たけど、こんなクズが死んだところで誰も気にしないよね!』
ワンダーは、命を懸けた覚悟を示した彼女を愚弄する。
『って言うか今、中二病ちゃん、議論の時間は要らないって言ったよね!? だったら、もう【真相】解答の時間始めちゃっていいよね!? はい決定! ――たぶん結託したのはあの時だろうから、中二病ちゃんと白衣ちゃんは【真相】解答に参加不能です! それ以外の子が答えてよね! あはははははははは!』
追い詰められた魔王は、状況を切り抜けたとばかりに笑い続ける。
『もちろん、可愛い魔王様が偶然つまずいちゃったアホらしいトラップでアバンギャルドちゃんが死んじゃいましたー、なんて単純な解答は却下だから! ボクがこんなふざけた状態に置かされた理由まで答えないとダメだからね! なんでかわからないけど復活してきたアバンギャルドちゃんの謎とか! さぁさぁ、答えられる人はいる!? いないよね!? あはははははははははは!』
吐き気を催す邪悪を前に、藍ちゃんは。
『あははははははははは――』
「……保険をかけておいて、本当によかったな。棺無月 空澄の言う通りだったか」
『――ははは、は?』
ワンダーの声に、困惑が混じる。
それに取り合わず、藍ちゃんは――私に目を向けた。
「貴様は、辿り着いているだろう。空鞠 彼方。最後の仕上げだ。――魔王を、断頭台へ送れ」
「……っ」
とんでもない重責を背負わされて、体が震える。
確かに、私は辿り着いた。【真相】のその先に。
でも、それが正解である保証はどこにもない。ほとんどは推理によるもので、物証なんてない。
――いや、でも。それはワンダーも同じだ。
支配者を気取っているワンダーも、この事件ばかりは、自分が【犯人】だというのに【真相】を知らない。
だから、私の目的は一つ。ワンダーが反論できないような、一つの矛盾もない推理を作り上げること。
私は、【犯人】とされた人を二人、処刑台へ送った。その、償いがしたいというのなら。
――ここで私は、魔王を殺さなければならないのだろう。二人の人間を死に至らしめた、お得意の推理で。
たとえそれが、魔王に生きて罪を償わせるという、私が望んだ形ではないのだとしても。
――頭の中で、何度も推理を確かめる。
何か矛盾はないか、徹底的に検討する。
目の前で起こった事実をもとに、一部推理を再構成する。
そして。
「……うん。わかった」
藍ちゃんの願いに頷く。魔王と向き合う。
――始めよう。魔王討伐のための、最後の戦いを。
今度こそ間違えず、死者の遺志を引き継いで。
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