【解決編】Beyond the Truth

《真相のその先》




『あ、頭ピンクちゃんが解答役?』


 ワンダーが少しだけ、怯えた素振りを見せる。

 それはそうだろう。私は事件を作った側とは完全に切り離されていて、ワンダーが勝手に追加したルールにも抵触しない。

 それでいて私は……。今までに推理で、二人もの人間を処刑に導いたんだから。

 魔王からすれば、厄介さは今までの事件で思い知っているだろう。

 私からしたら、呪わしい能力。自分を支配者か何かになったように勘違いさせて、【犯人】を弄ぶ悪魔の力。

 ――それを、全力で、ワンダーにぶつける。


『い、いいじゃないの! 受けて立つよ! 少しでもハウダニットが間違ってたら、その時点で失格だけどね! あはははははははは!』


 魔王が笑う。

 この事件は、本当に何一つ間違えられない。最初の事件での暗号のことや、第二の事件の動機のように、少しでもミスがあったら、理屈を捏ねて魔王は不正解にしてくるだろう。

 今までのように、空澄ちゃんが支えてくれたりもしない。


『さぁ、どうぞ好きなだけ喋るといいよ! 今回はボクも、反論しながら聞くからね!』


 ――私一人で終わらせるんだ、全てを。


「……最初に違和感を持ったのは、今日の午後七時半以降の接理ちゃんの行動」

『はい? それが何だって言うのさ!』

「だって、おかしいよ。事件前に、藍ちゃんが浴場の様子を知っていたはずがない。もうお風呂に入ってたんだから、わざわざ浴場の様子を確認しに行く必要はない。それに藍ちゃんが一度でも浴場に行ったなら、接理ちゃんがどこかで見てるはず。ワンダーが【犯人】に肩入れしてる人はいないって言った以上、接理ちゃんが嘘をついていることもあり得ない」

『……んま、確かに、中二病ちゃんはあの時浴場には行ってないけど。それが何?』

「浴場に行ってないなら、藍ちゃんはガソリンが撒かれてることなんて知らなかったことになる。それなのに、接理ちゃんを玄関ホールで待たせてるなんて――まるで、浴場に誰も行かないように監視させてたみたいに」

『……なるほど。監視、監視ねぇ。それって何の意味があるわけ?』

「犯行前に誰かが浴場に行って異変を察知されたら、すぐに館内捜索が始まっちゃうよね? そうなれば、犯行計画は失敗する。だから藍ちゃんが監視役を置いたのは筋の通ること。――あくまでも、浴場のガソリンのことを知っていたなら。知らなかったならそんなことできるはずがない。でもそれ以外に、接理ちゃんをそこに置いておく理由はない。この場合、監視役をあっさり引き受けたなら、接理ちゃんも浴場のガソリンのことを知ってた可能性が高いってことになるけど……これが、一つ目の違和感」

『一つ目?』


 ワンダーが首を傾げる。


「二つ目は、一つ目の違和感に気づくとすぐにわかった。藍ちゃんと接理ちゃんは、五時ごろ、わざわざいつもと時間をずらしてお風呂に入ってる。この行動のおかげで私たちは、浴場にガソリンを撒いたのは空澄ちゃんだって推理することができた。これが、二つ目」


 一つ気づいてしまえば、違和感は無限に連なっていく。


「三つ目。藍ちゃんはわざわざみんなの行動を操作してまで、全員にアリバイを確保させた。四つ目。藍ちゃんが自由に設定できたはずの生贄の儀式の手順は、かなり無駄に思えるものが入ってる。見立て元が自由に作れるなら、もっとトリックに役立ちそうなものを使えばいいのに。……この四つの違和感が、出発点」

『は? それってどういうこと?』


 持って回った言い方に、ワンダーは不快感を示す。

 でも、一歩一歩説明しなくちゃダメだ。ワンダーに反論を許さないほどに、こちらのペースを作らないと。


「まず、一つ目と二つ目の違和感からわかるのは、藍ちゃんはおそらく空澄ちゃんの計画を予め知っていたこと。だってそうじゃなきゃ、浴場に関する行動を藍ちゃんが取るのは不自然だから」


 これは、すぐにわかる。意味不明だったのは、次のことだ。


「二つ目と三つ目の違和感からわかるのは、藍ちゃんが作った事件は、解かれる前提で作られていたこと」

『…………』


 今、ワンダーはそれで追い詰められている。この状況は、作為的に作られたものだ。


「……もっと詳しく言うと、藍ちゃんは空澄ちゃんの計画を予め知っていた。その上で、浴場にガソリンを撒いたのは空澄ちゃんだと特定できるように仕組んだことになる。これは、【犯人】という役を背負って、犯行に必要な時間をトリックとして使った藍ちゃんにとっては、明らかに致命的になる情報なのに。そう考えると、みんなの行動を操作してたのも同じ目的に思える。アリバイのない人を生まないことで、『この人なら簡単にできたんじゃないか』っていう状況を生まないようにした。後でちゃんと、藍ちゃんが【犯人】だと特定できるようにした」


 これは特大の違和感だ。この館で殺人をする理由が、おおよそ全否定される。

 初さんみたいに隠し通そうとするのとも違う。忍くんみたいに偶然の殺人が成立してしまったわけでもない。佳奈ちゃんみたいに突発的な殺人を隠蔽しようとしているわけでもない。

 今までの【犯人】とは、全く別種の動機が隠れていることになる。


「そうやって仕組まれた謎が解かれて、【犯人】が特定されたときに、何が起こるか。……今までと同じ。【犯人】は処刑される。藍ちゃんは、ここで殺されることになる。そうなればどうしても、藍ちゃんが作ったトラップが発動する。【犯人】が特定されて起こることを考えたとき、まずそれが思い浮かんだ。……議論の運び方も変だったけど、こんな殺人を仕組むほどの理由があるようにも見えなかった。だから、この殺人はその処刑を受けることを目的としていたとしか思えない」


 ここ以外に、【犯人】が特定された後のことに、【犯人】自身が作為を差し挟む余地はない。


「そう思ったときに、空澄ちゃんが何度か言ってたことを思い出した。ワンダーが【犯人】や魔物を死なせたときに、これでワンダーが【犯人】になるはずだ、って」

『そ、そんなの……関係ないかもしれないでしょ!? 単に中二病ちゃんに自殺願望があっただけかもしれないし! もしかしたら魔王様に殺されるのに憧れてたのかも! なんちゃって! あはははははははは!』

「……ううん、それはないよ」


 私は強く、藍ちゃんを貶める説に首を振る。

 四つ目の違和感で、その説は破壊される。――でもそれは、後回しだ。


「仮に、藍ちゃんがワンダーを【犯人】に仕立て上げようとしていた時。どうしても避けなきゃいけないことがある。それは、藍ちゃんが本当に【犯人】であること。もし藍ちゃんが【犯人】なら、ワンダーが追加した【犯人】を殺しても【犯人】にはならないっていうルールに引っかかる。――だから、藍ちゃんは空澄ちゃんを殺しちゃいけない」

『本当は中二病ちゃんは、アバンギャルドちゃんを刺してなかったんですー、って!? そんなのボクが見落とすはずないでしょ!? ボクはずっと、たくさんのボクを使って館中を監視してるんだよ!? そりゃ、儀式の準備の邪魔だーって言われちゃったから、死体――ああ、実は生きてたんだっけ? まあいいけど、アバンギャルドちゃんには触れなかったけどさぁ! 刺したか刺してないかくらい、わかるに決まってるでしょ!』

「……私も、そこは本当だと思ってる。藍ちゃんは本当に、空澄ちゃんを刺した。それはたぶん間違いない」


 ワンダーが殺人事件のアナウンスをした以上、本当に殺人に見えることがあったのは間違いない。


『じゃあ何!? 中二病ちゃんの魔法で治してあげたって!? いくら絨毯に覆い隠されて見えなかったからって、傷がなくなったら包丁が抜けるに決まってるじゃん! その時点で気づくよ!』

「……うん」


 だからこれは、狂人の方程式だ。

 普通なら実行できない、狂気的な手段で偽の殺人事件を作り上げた。


「包丁はずっと――藍ちゃんが事件を起こしてから、二時間半くらい。ずっと、生きたままの空澄ちゃんに刺さってた」

『いや、いやいやいや、何を言ってくれちゃってんのさ! アバンギャルドちゃん、だいぶヤバいとこ刺されたんだよ!? 白衣ちゃんも言ってたじゃん! 五分で死んだだろうって! それとも、白衣ちゃんが言ってたのが嘘だって!?』

「……そうじゃない。本当に、空澄ちゃんはすぐに死んじゃうような傷を受けたまま、二時間半も生きてた」

『そんなわけないよ! 二時間半、刺されたままで微動だにしなかったって!? そんな馬鹿なこと、人間にできるわけないでしょ!?』

「だから、魔法に頼った」


 ぴしゃりと言い放つ。

 そう――二つの魔法を組み合わせれば、この状況は構築できる。


「空澄ちゃんが持っていたのは、[呪怨之縛]だった。もし空澄ちゃんが、藍ちゃんと協力してこの事件を作り上げたのなら……。藍ちゃんに気絶させられたふりをして、自分に[呪怨之縛]をかける。そうすれば、微動だにしない、死体みたいな状態が出来上がる」

『あっ……。いや、でも、それが何だっていうのさ! そうしたって、刺されたら本当に動けない死体になるだけじゃん! それともアバンギャルドちゃんは、自分なら刺されても死なないとでも思ってたって!?』

「そうじゃない。……この偽の事件の【犯人】が藍ちゃんだったから。この偽の事件の被害者が空澄ちゃんだったから。この二人だから、できることがある」


 私は、藍ちゃんに顔を向けた。

 藍ちゃん――今を生きる、最高峰の魔法少女に。


「藍ちゃんの二つ名――【無限回帰の黒き盾】。ずっと、ちょっとおかしい名前だと思ってた。藍ちゃんの魔法には、時間制限だったり、魔力の限界だったり、色んな問題がある。それなのにどうして、なのか。どうして、不死身とか、守護者なんて呼ばれてるのか」

「……ふっ」


 藍ちゃんは、笑った。自分の強者たる所以を誇るように。

 それを以て、私は私の推理が間違っていなかったことを確信する。


「藍ちゃんの魔法は、本当に――無限に傷を巻き戻せるんだよね?」

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