【解放編】As a Scenario Writer, Not a Ghostwriter

《ゴーストライターではなく、シナリオライターとして》




◇◆◇【神園 接理】◇◆◇


「藍ちゃん、接理ちゃんのサポートをお願い!」

「了解した!」


 空鞠 彼方の指示が飛ぶ。この場において、一番物事を冷静に考えられるのは彼女だろう。彼女が指揮官を務めることに、さほどの違和感は感じない。

 けれどやはり、嫌悪感が拭えない。……恨むのは、お門違いとは重々承知しているけれど。それでも空鞠 彼方は、忍を死へ追いやる片棒を担いだ人間だ。そう簡単に割り切れるものではない。そんな人間に指示を受けたくない。

 だから……。


「接理ちゃん、ごめん、後をお願い!」


 戦闘が始まって、速攻で指揮官の座を放り出した空鞠 彼方に、僕は文句を言わなかった。

 ただ冷静に、魔法を使うだけ。

 僕の魔法は便利なものと捉えられがちだけれど、暴発の危険性が極めて高い魔法だ。万能魔法なんて、操作が難しいに決まっている。複雑な結果を求めるほどに、暴発の危険性は上昇する。だから言葉は、なるべく簡潔に。


「――[確率操作]。僕は空鞠 彼方が描いた作戦の全てと、寸分の違いもないものを思いつく」


 この館では消されていたはずだった、魔法陣が煌めく。黄金の魔法陣は、世界の支配権を簒奪する神域の魔法の威を放つ。

 途端、シンプルかつ悪辣な一つのアイデアが頭の中に沸き起こる。

 ――あくまでもこれは、自分で思いついたものだ。そういうことになっている。その上で、敢えて言わせてもらうのならば。

 ……あいつ、本当に性格が悪い。よくこんなことを思いつく。

 可愛らしいだけの少女のフリをして、その実誰より、あいつが一番頭おかしい。

 だってあいつは――多くの事件を解き明かしてきたあいつは、【犯人】と同じ思考回路を有しているに等しいのだから。

 その点に関して、魔法でそれを模倣してきた僕が、他人を批判できるものでもないけれど。


 魔法を使った瞬間に、魔力が再生する。これは前にも――あの忌まわしい第二の事件のときにも体験した感覚だった。しかし、これだけでは終わらないのだろう。さっき唯宵 藍が語っていた、[刹那回帰]の禁忌の用法。それを用いれば、僕は――。

 唯宵 藍に視線を向けると、三歩分ほど前にいる彼女と目が合った。


「……唯宵 藍、これから君にかなりの負担をかける。それでもいいかい?」

「ああ。存分にやるがよい。――誰も死なすな」

「ああ、わかったよ」


 唯宵 藍と僕は、棺無月 空澄の死を容認し、むしろその死を推し進めた。

 その点に関して、唯宵 藍はかなりの引け目を感じているようだった。僕は、それで魔王が倒せるならと、唯宵 藍――【犯人】役を務めた彼女以上に、あの計画に賛同していた。

 今更ながらに理解する。そんな僕を、忍は決して褒めてはくれなかっただろう。当時、それを理解していたとしても、僕が止まっていたとは思えないけれど……。

 ――償う。それを言うならば、魔王の死こそを望んでいた棺無月 空澄の遺志を、空鞠 彼方の計画はまるっきり無視している。

 ……ああいや、違うな。棺無月 空澄の遺志を歪めていたのは僕の方か。彼女はただ、平和な世界を目指しただけだ。魔王の死は、それ以外にどうしようもないと決心したが故の行動。

 魔法少女をやっていれば、誰でも気づく。どんな魔物にも、説得の余地なんてまるでないことくらい。だから討伐する。

 だけど、これなら――棺無月 空澄も許してくれるのではないだろうか。


 なら――始めよう。

 忍一人すら救えなかった、不完全な魔法。

 運命を綴る筆を神から奪う、ゴーストライターとしての力。

 その筆は今、この殺し合いを物語と表現する、あの腐った魔王に握られている。圧倒的な力があれば、こんな不完全な魔法に頼らずとも運命の筆は容易く奪取することができる。悪辣な殺し合いを前にして、僕はそれを知った。

 僕の魔法は結局、一分しかその筆を奪取できない。どうあろうと、僕は本当の神になることはできない。

 ――だけど、今だけは。僕はゴーストライターの地位を脱却し、シナリオライターとして、この殺し合いを終わらせよう。

 忍が死んで当然だったなんて、そんなふざけた理屈を成立させないために。


「――[確率操作]。僕は戦闘の経過を思い通りに紡ぐ」


 一分でこの戦闘が終了するか? 否だ。どうあがいても、一分では終わらないだろう。だから――ゴーストライターの地位は返上しなければならない。

 僕はシナリオライターとして、運命を綴る筆を保持し続ける。

 運命は全て、僕が支配する。


「私の能力は、物語の再現。――素敵な魔法でしょう? ふふっ」


 魔王が美しい笑みを――美しいからこそ歪んだ笑みを見せる。吐き気がする。

 魔王の攻撃への対処は、実質僕と唯宵 藍に全て任されている。空鞠 彼方と雪村 佳凛は、ただ目的のために動く。


「まずは、最初の殺人事件。面白い展開だったわよね。誰もが予想しなかった、意外な魔法での殺人。[魔法増幅]。確か――こんな感じだったかしら」

「……っ!?」


 一瞬で、体内の魔力が膨れ上がる。

 何だこれは? 僕らがもともと保有していた魔力の、何倍もの魔力が外付けで与えられたのを感じる。古枝 初の[魔法増幅]は、魔力を与えられた感覚なんてなかったというのに。どれだけ膨大な魔力を押し付けられた? これが[魔法増幅]を模倣した能力によって与えられたものだとしたら――この魔力は、全て次の魔法に乗せられる。把握できない魔力は、容易く暴発を引き起こす。

 ――その末路は、釜瀬 米子が示した通りだ。


 ……いきなり、詰みかけた。

 だけどまだ詰んでない。空鞠 彼方が、こんな保険のかけ方を用意していたから、なんとかなった。


「――[確率操作]。僕らは全員、暴発の危険を回避する」


 そう宣言するだけで、膨大な魔力を破裂させてしまいそうになる。

 だけど――『戦闘の経過を思い通りに紡ぐ』。空鞠 彼方が思いついていた保険。これによって、僕の[確率操作]は一切阻害されなくなった。故に、暴発も――危なかったけれど、すんでのところで回避する。

 そして僕の魔法が有効となり、一分間、誰も暴発することはなくなった。

 それぞれが、固有魔法に魔力を使う。……これで、暴発の危険は過ぎ去った。


 描くんだ、最後まで。

 魔王を追い詰めるためのシナリオを、この手で。


 物語の魔王? それがどうした。――お前の腐ったシナリオなんて、僕のシナリオで塗り潰してやる。

 大切な人を失う、そんなゴミみたいなストーリー……僕が徹底的に否定してやる。

 お前の脚本は没だ。メインライターは、この僕だ。

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