Chapter5:夢見た未来は遥か彼方 【解放編】
【解放編】Because I think of the dead.
《死者を想うからこそ》
「よく、生き足掻こうとするラスボスがいるけれど。あれこそ、私はナンセンスだと思うのよね。死ぬ覚悟も無しに、気軽に王座になんて座らないでほしいわ」
「物語には、それに相応しい幕引きがある。誰もがそれを自覚して、その死が最高の物語の礎になるなら、迷わずに命を捧げるべきだと思うのよ。もちろん、命に執着する姿勢がドラマを生むこともあるけれど」
「――私の場合だと、こうかしらね? 悪辣の限りを尽くした魔王は、遂に魔法少女に追い詰められた。自ら定めたルールによって魔王は破滅し、魔王の死骸の前で魔法少女たちは虚しい勝利に酔い痴れる。魔王の死で崩れ去る
「いえ、雪村さんは案外、失ったとは言えないかもしれないわね。それに神園さんは、私が死んだことを虚しい勝利とは思わないでしょうけど。それも登場人物の個性が出ていて、いい展開だと思うわ。ふふっ」
魔王は、死に急ぐ。死を恐れる私とは対極に。
……そうだ。これで終わりだ。これでもう、誰も死なない。
香狐さんが死んで、それで終わりだ。
私が追い詰めた香狐さんが、最後に死んで、それで――。それで――。
……その後できっと、私も罪に耐えきれなくなって、いつか死を選ぶ。それがこの、物語とやらの終わりだ。
誰かが望み、誰かが望まなかった終着点。物語の終わりはそれで確定した。
覆る要素なんて、何も……ない。
香狐さんは、自業自得の罪に呑まれて死ぬ。
私は、死を招き寄せた責任を取って、いつか死に呑まれる。
それで――。
『彼方ちゃんは、自分が正しいと思うことをして』
ふと、昨夜の言葉が脳裏を過る。
優しい悪魔の声。女神に見える悪辣な魔王とは対照的に、芯からの温かみを覚える声が、記憶の中から蘇る。
『きっとまだ、辛いことが続くと思う。それでも、彼方ちゃんは、自分が正しいと思うことをして。……人が死んじゃったら、後からじゃあもうどうしようもないけど。それでも、それを受けてどうするかくらいは、私たちにだって選べるはずだから』
夢来ちゃんは、そう言ってくれた。あるいは、その言葉は……今の状況を予見していたが故のものだったのかもしれない。
夢来ちゃんは、自分がこれから死ぬこともわかっていて。私が魔王を突き止められると信じて、それで……。それで……。
夢来ちゃんは私に、何を望んだのだろう。
問えど、握る死者の剣は何も答えてはくれない。当たり前だ。死者は死者でしかなく、私が握る手にはその実何もない。嘆けど叫べど、死者は帰っては来ず、声を聞かせてもくれない。
……だから。死を想うならば、私たちは自分で考えなければならない。
夢来ちゃんの言う通り――死に対してどう向き合うかくらいは、私たちにだって選べるのだから。
接理ちゃんは憎悪を選んだ。佳凛ちゃんは愛情を選んだ。藍ちゃんは静観を選んだ。香狐さんは我欲を選んだ。
なら、私は……? 夢来ちゃんが、魔王に制限されていたであろう言葉の中で、それでも私に託そうとしてくれたことは――。私がすべきことは、何?
「…………」
私には一つ、嫌悪していたことがあった。
ここでの【犯人】は、罪を償うことも許されない。贖罪の機会すら、残酷な処刑によって踏み躙られる。どれだけ己の罪深さを自覚していようと、どれだけ殺人という罪を重く見ていようと、それらはただ死で締め括られる。魔王が、そう望んだが故に。
私たちはたくさんの傷を負った。生きている私たちですら、夥しい傷に晒された。殺された彼女らが受けた苦しみは、こんな地獄に落ちてなお、想像を絶する。
その死は報われない。ただ起きてしまった
本当に、それでいいの? 誰も幸せにならない、こんな結末で――それを誰が望むの?
もし望むことが赦されるならば、私は――。
「……香狐さん」
「あら。最後に彼方さんも恨み言かしら? いいわよ。死出の旅に出る相手に贈る生者の言葉は、特別なものよ。それはいっそう、物語を引き立たせるわ。だから……」
私は、夢来ちゃんが託してくれたものを握る。夢来ちゃんが願っていたかもしれないと、私が信じたいだけだけのことを、貫く。
「香狐さんは間違っています。物語なんかじゃない。香狐さんの話は、やっぱり矛盾しています」
「…………」
笑っていた魔王がようやく、不愉快げに表情を崩した。
「……彼方さん。探偵パートはもう終わったのよ? 言葉で相手を否定する時間はおしまい。これからはドラマチックシーン。あなたたちはただ、それに花を添えて、見届ければいいの。そうやって、物語にはパートの区別をつけないと――」
「あなたが処刑されて、その後はどうなるんですか?」
魔王の戯言を無視して、私は言葉を放った。
きっと、この魔王が無視できないであろう言葉を。
「……どういうことかしら?」
「あなたの……
そこで私は、精一杯に――不格好に口の端を歪めて、私に死者の剣という概念を教えてくれた誰かのように、考え得る限りの挑発をした。
「なら物語は、魔王が死んだところで終わりです。元の世界に帰った後まで、あなたの物語なんて続けるつもりはありません。――物語は
駄作、という言葉を強調して魔王に贈る。
ラスボスが倒れた瞬間に、匙を投げたようにピリオドが打たれる物語? そんなの、駄作以外の何物でもない。物語にさして詳しくない私ですらそう思う。
――なら、醜悪な美学を持つこの魔王は?
「今は物語の登場人物だろうと、帰った後も私たちの人生は続きます。だから……」
放り出さない生き方を。
罪には罰を。正当な償いを。二つが合わさって初めて、罪の物語は完結する。
「罪を、償ってください。死なず、生きて、死んでいった人たちのために」
「おい、待てよ……っ。空鞠 彼方!」
魔王への要求を、接理ちゃんが遮る。
……そうだろうとは、思っていた。接理ちゃんとって私の要求は、承服しかねるものだろうとは。復讐として死者の剣を握った接理ちゃんは、それを邪魔する一切を許容しない。
「君は、あのクズを生かそうって言うのかい!? あれが何をしたのかわかっていないわけじゃないだろう!? アレは、忍を殺した! それだけじゃない! 君と親密にしていた猪鹿倉 狼花も、君が大切にしていた桃井 夢来も殺したんだ!」
「……うん、わかってる」
「それなら、アレは死ぬべきだってわかるだろう!? 何をどうしたら、償いなんて発想になるのかな!?」
接理ちゃんは苛立ちを叫ぶ。
「……空鞠 彼方。魔王を討つ絶好の機だ。あれは、討滅すべき存在。それは確認するまでもないだろう。我は【無限回帰の黒き盾】として、あれを見逃すわけにはいかん」
藍ちゃんもまた、魔王の死に賛成の意見を示す。
魔王が自ら死を選ぶなら、それを止める道理はないと。
……理解、できないわけじゃない。夢来ちゃんを殺した相手だ。その上、全ての犠牲を仕組んだ元凶だ。憎くないわけがない。
それに魔王は、悪意の塊のような存在。生半可に放置しようものなら、再びこのデスゲームとやらが繰り返されるだけだろう。
だけど、それをわかった上でなお、納得はできない。
だって――。
「……なら、接理ちゃんは認めるんだね」
「何を!?」
「あそこで忍くんが殺されたこと。……あれは、事故だったけど。狼花さんを殺した忍くんは、処刑されて当然だったって、そう言うんだね? この館で行われる処刑は正当なルールだって。夢来ちゃんを殺した香狐さんが死ななくちゃいけないなら、そういうことになるよ」
「――っ!? な、お前――」
接理ちゃんが、予想だにしなかった言葉を浴びて狼狽する。
私も、自分が最低なやり方をしているのはわかっている。自分の目的のために、他人の死者の剣をへし折るなんて。だけど、私は私が正しいと信じているから。……絶対に、処刑なんて間違っていると信じているから、私は接理ちゃんの意思を挫く。
そして……意思を崩した接理ちゃんに、一気にトドメを刺す。
「……かわいそうだね、忍くん。恋人に、死んで当然なんて言われるなんて」
「――――ッ」
接理ちゃんは、あまりのことに絶句している。
私の言葉は、たぶん詭弁だ。人の感情は一貫性を持たない。だから接理ちゃんが、香狐さんを死んで当然と思うのと、忍くんを死んで当然と思うのはイコールで結ばれない。
今の言葉は、そういう解釈ができるというだけ。
だけど……一度指摘されて、自覚してしまえば、決して無視できないだろう。死者の剣というのは、死者への想いから成り立っているが故に。それを揺らがせては、何もかもが捻じ曲がってしまう。
死者を想う者として、それだけは、絶対に許容してはいけない。
……悪魔のような手段で、接理ちゃんの意思を破壊する。
今度は、藍ちゃん。だけどこっちは……簡単だ。彼女の本心を、私は教えられているんだから。
「藍ちゃんも。ルールだからって、なんでも従うの? 定められたルールは、絶対に正しいものなの? そうやってルールに従って、限られた正義を振りかざすのは本意じゃないって――藍ちゃん、言ってたよね?」
「それは……」
あの、お風呂での邂逅。その際に、確かに言っていた。
「【無限回帰の黒き盾】は、ルールを絶対視する存在。でも、ここにいるのは――私と話しているのは、藍ちゃんだよね? 最強の魔法少女なんかじゃない。終わらない殺し合いに怯えて、傷を恐れて、私と言い争った藍ちゃん。――その藍ちゃんは、どうしたいの?」
「…………」
その答えはもう教えてもらった。
藍ちゃんはただ、心根が歪んだ者を正したいだけだ。罪を犯したならば、その歪みと向き合わせ、改善されることを望んでいる。
だとしたら、贖罪の機会すら奪い去るこの処刑があってはならないものであることくらい、わかっているだろう。
藍ちゃんは、本心では、私と同じなはずだ。
ただこれまでは、仕方がなかっただけ。私たちに何かを変える力はなかった。
私たちに害を為す魔物は、説得など通じる相手ではなかった。だから討伐してきた。他にどうしようもなかったから。
理不尽な処刑は圧倒的な力によって行われ、【犯人】を助け出すことなど不可能だった。だから諦めてしまった。他にどうしようもなかったから。
……今は違う。全てを変えるためのピースは今や、私たちの手の内に全て揃っている。
「佳凛ちゃんは……」
「んー?」
佳凛ちゃんだけは、この期に及んで何を考えているのかちっともわからない。
たぶん佳凛ちゃんは、自分……いや、自分たち以外の一切に執着していない。だからきっと、香狐さんが死を選んだとしても、反対なんてしないだろう。それと同様に、佳凛ちゃんは償わせることになって興味はない。
……と、思っていたのだけれど。
「彼方、あれ、倒さないの?」
「……うん」
「じゃあ、どうするの?」
何の興味もないと思っていたはずの佳凛ちゃんが、どうしてか尋ねてくる。
ただの好奇心だろうか。それにしては、尋ねる声に熱が入っている。
「生きて、罪を償ってもらう。……そう思ってる」
「ふぅん。それで、佳凛たちはどうなるの?」
「もちろん、こんな殺し合いなんて、もう終わりにする。……帰してもらう。それで、全部おしまい」
「…………」
佳凛ちゃんは何事かを考える姿勢を見せる。
佳凛ちゃんが何を考えているのか、私にはわからない。私よりも小さいこの子は、常人には理解できない想いを抱えているから。
ただ、佳凛ちゃんはしばし黙りこくった後に、こくりと頷いた。
「彼方がそうしたいなら、いいよ? 佳凛も手伝う」
「……え? ど、どうして?」
「んー、恩返し? 彼方は色々してくれたから」
恩返しというのは、第三の事件の前に言われたアレのことだろうか。
凛奈ちゃんを殺しかけた忍くんを、私が処刑に追い込んだこと。そんなこと、感謝なんてしてほしくない。それは私の罪で、誇ってはいけないものだ。
でも……手伝ってくれるのは、ありがたい。本当に。
「……君は」
接理ちゃんが呟く。
「無策でそんなことを言っているんじゃないのか?」
「ううん。方法はあるよ」
その方法だって既に、私たちに提示された。必要な手順はたった二つだけ。
だけど魔王に抗う以上、そう易々とはいかないはずだ。だからこそ、みんなの協力がいる。
接理ちゃんはきっと、信じたくないんだと思う。自分が正しいと思う道以外を。
その気持ちは、わからないものじゃない。私だって、誤った道を妄信して、二人の【犯人】の死という結末すら作り出し、その上でここにいる。
私たちは簡単に間違える。そして間違いに気づくたびに、また正しいと思える方向を選びなおして、そうして進んでいくしかない。……今の、贖罪を迫る私の姿だって、未来から見たら間違っているものかもしれない。
だけど、今は今でしかなくて、過去でも未来でもない。だから、私たちは今の自分に基づいて進むしかない。
「もしそれが嘘なら……」
「嘘かどうかは、接理ちゃんが自分で確かめられるでしょ?」
「…………」
接理ちゃんの持つ万能魔法、[確率操作]。それなら、できるはずだ。
それでもやっぱり、気に入らないようで――。
「……嘘だったら、覚えておけよ」
接理ちゃんは苦々しくそう言って、手を白衣のポケットに入れてそっぽを向いた。
私からも、魔王からも顔を背ける接理ちゃん。
これは、了承してくれた……ということでいいのだろうか。
私の詭弁が、相当に刺さったらしい。……本当に申し訳ないことをしたとは、思っている。これが終わったら、謝らないと。
「……空鞠 彼方」
今度は、藍ちゃんから声を掛けられる。
「すまなかった。我は度々、貴様を疑った」
「……ううん。私だって何度も、みんなのことを疑ったから」
最初は、疑うことに罪悪感を覚えていた。それがいつの間にか、疑うことこそ当たり前だと思い込んで、私は箍を外してしまった。
この殺し合いの空気に、私も、藍ちゃんも、みんな呑み込まれた。
疑わなければ、どうしようもなかったから。
特に私は、藍ちゃんに対しては……それが確かな真実だったとしても、第四の事件の【犯人】だった藍ちゃんを本気で死に追いやるつもりで行動したのだから、謝るべきはむしろ私だ。
……だけど今だけは、弱いところは見せられない。弱さを見せれば、説得なんてできもしないから。
ごめんね。全部、後で謝って……償うから。
「そうか。だが、その上で一つだけ疑うことを許せ。本当に、奴に罪を認めさせることが可能なのか?」
「うん。接理ちゃんと、藍ちゃんと、佳凛ちゃん、みんなが協力してくれるなら、できるはず」
「……そうか。その言葉、信じるぞ」
「……ありがと。それと藍ちゃん、魔力は残してる?」
先ほど、接理ちゃんに[刹那回帰]を使っていたけれど。
「ああ。禁忌にも手を伸ばさなければ、この場は生き抜けやしない……。いや、違うな。我は結局、自らの命を危険に晒すのを恐れていた。故に、魔力は常に万全の状態にしていた。それだけのことだ」
「……そっか」
批判はしない。誰だって、命を危険に晒すのは怖い。
最前線で常に身を張り続けた【無限回帰の黒き盾】は、私たちよりも――命を危険に晒さず、弱い魔物ばかりを相手にする私たちより、よっぽどその恐怖を知っていることだろう。
私はそこに、口出しする権利を持たない。
だけど、これで……ようやく、全員が足並みを揃えた。
この殺し合いが始まって以来、初めて。
そうして、私は改めて、香狐さんの方へ向き直る。
「……邪魔、しないんですね」
「ええ。登場人物たちの団結シーン……というには些か過激だったけれど、それを邪魔するほど無粋ではないわ。敢えて言わせてもらえば、団結イベントはもっと早くにやっておいてくれると面白かったと思うのだけれど」
香狐さんはあくまでも、彼女なりの姿勢を崩さずに言う。
私はそれを徹底的に無視して、要求を突き付けた。
「もう一度言います。香狐さん、罪を償ってください」
「……ふぅん。私の物語の完成度を人質に取って、言うことを聞かせようというわけね。だけど償いと言っても、今更何ができるって言うのかしら。死者を生き返らせる? そんなことは不可能よ。――まあ、理性の無いアンデッド系の蘇生でもいいのなら、
「……っ! そんなのは、ただの……殺された人たちへの冒涜です!」
「ええ、わかっているわ。死者を辱めることは最大の禁忌。だから、徒に死を弄ぶ【犯人】には死が与えられる。それが道理でしょう?」
言葉が通じるのに、果てしない溝が間に広がっている。
「……殺された人たちに、報いようとは思わないんですか?」
「思うわよ? だから私が死んで、その人たちと同じところまで行くの」
「生きて、償う選択肢はないんですか?」
「そんなことをして何になるの? 死者は黙して、何も語らない。あなたが一番よくわかっているでしょう? 生きて何かをしたところで、死者は喜ばない」
「……っ!」
唇を噛む。反論するならきっと、ここだ。
「……それは、違います。償いは、死者がどう思うかじゃないです」
「じゃあ、何だというの?」
「生きて、償おうとすることが、一番大切なんだと思います。死んだ人が、何を大切にしていたのか。それを考えて、その穴を埋め合わせる。……死んだ人だって、もともとはこの現実で、生きて何かを大切にしたはずだから」
死んだ人は、死後の何かなんて、大切と思っていなかっただろうから。
生きている人は、生きている間に見て、触れて、感じる何かを大切にする。その意思は、今や遺志となってしまったけれど。
その繋がりを断ち切ってしまったのなら、せめて意思の代行を……精一杯の埋め合わせをするしかない。
贖罪は、既に死んでしまった誰かに報いるのではなく、そこに生きていた誰かに報いるためにするものだから。
「……はぁ、平行線ね」
香狐さんは、私の言葉に全く心を動かさず、ただ嘆息した。
しかし……状況は変わってしまった。
「登場人物の意思に逆らって、黒幕が勝手に死んで終わり? 黒幕の行動に不満を残して幕引き? ――最低だわ。そんなシナリオ。敵を打ち倒すなら、最後は敵をねじ伏せて、思い通りにさせなければならない。中途半端に敵にダメージを与えて、最後は敵の自滅で終わるなんて。しかもラスボスとの最終決戦の結末がそれ? 納得できるわけないでしょう、そんな駄作」
「……なら、どうするつもりですか」
「仕方がないから、シナリオ変更よ」
香狐さんは、玉座から立ち上がった。クリームちゃんを床に落として、別の場所に避難させる。
「――こうしましょう。せっかく玉座の間に来たのだから。追い詰められたラスボスは第二形態に進化して、圧倒的な暴力を発揮し、あなたたちを苦しめる。そんな私に必死に抗うも、力及ばず魔法少女たちは倒れ伏し、全滅。――魔王は笑い、次のデスゲームの準備を始める。次のゲームのための、いい前日譚になると思わない?」
「…………」
違う。きっと香狐さんは、そんな
この頑な魔王はきっと……殺す以外の道はないと私たちに悟らせて、討伐されることを望んでいる。ビターエンド。それもまた、一つの結末だと思っている。
一人か二人、私たちの中から死んで、最後に魔王が殺される。悲劇的な結末としては、それなりに盛り上がるものだろう。――これを、ただの物語と捉えるのならば。
「そうと決まれば、戦いの準備をしましょう。――まず、あなたたちの能力は返しておくわ」
パチンと、魔王が指を打ち鳴らす。それだけで、体を縛っていた何かが外れたような気がした。
試しに、剣を呼び出してみる。――すると、今まで絶対に取り出せなかったのが嘘みたいなくらい、簡単に見慣れた剣が現れた。
こんな重さだっただろうかと、少し疑問に思う。この剣は、もう少し軽かった気がする。それが……今はかなり重い。
いや、違う。身体能力強化を使わなければ、ただの女の子が金属剣なんて振れっこない。魔力を操って、身体能力を向上させる。それだけで、剣はかなり軽くなった。
でも、今の私には……ほとんど魔力が残されていない。回復したのはせいぜい、十分の一程度だろうと思う。実質的に、私は戦闘に参加できない。
――むしろ、私が最初の犠牲になるのではないかと思えるほどに、私の状態は悪い。
……それでも。
「フィールドはこのままでいいわね。それじゃあ――あなたたち、覚悟は決まった?」
魔王は、酷薄な笑みでシナリオとやらを描き続ける。
きっと魔王は、合図を待っているのだろう。
魔王戦は、正義の叫びで戦いが始まるものと相場が決まっているから。
私は、全員の様子を見る。
白衣のポケットに、いつの間にか大量の試験管が入っている接理ちゃん。腰にはベルトがかけられ、そこに小型のナイフケースが固定されている。これが接理ちゃんの武器なのだろうか。
佳凛ちゃんは、全く同じデザインの刃物を両手に一本ずつ持っていた。双剣使い? ……いや、本人も戸惑っている様子から察するに、元々は一本しか持っていなかったのだと思う。だけど固有魔法を二人分習得しているのと同様に、武器も二人分持つことになった。そういうことなのだろうか。
藍ちゃんは慣れた様子で、大きな盾を握っていた。光を吸い込むような漆黒の盾。その盾は縁が刃となっており、守りのための道具でありながら、攻撃用の武器にもなっていた。きっとこれが、【無限回帰の黒き盾】の名の由来の一つなのだろう。
全員、臨戦態勢。
未だに迷いはある。本当にこれでいいのかという気持ちはなおも燻っている。
それでも。
一介の魔法少女が、魔王に向けてまっすぐ剣を突きつける。剣先には、死者への想いを乗せて。
「必ず、償ってもらいます。これ以上、誰も死なせずに」
「ふふっ。返り討ちにしてあげるわ」
魔王は微笑みを、嗜虐的な笑みに変換する。離れた場所から、互いに見つめ合う。
そうして――藍ちゃんが前に出て、盾を構えるのと同時に、真の最終決戦の火蓋が切られた。
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