Grip the sword of the dead.

《死者の剣を握れ。》




 私は、空澄ちゃんに叫んだ。


「ど――どこ!?」

「えっ? 何が――(;'∀')」

「いいから、早く! それ、どこ!?」

「きゅ、旧個室って聞いたけど……(>_<)」

「――っ」


 空澄ちゃんから場所を聞き出して、私は走る。

 今度こそ――間に合わせる。私の[外傷治癒]で命を繋ぐ。

 そうじゃないと、私は、なんのためにここに――。


「狼花さん!」


 部屋の前に既に何人か――香狐さん、佳奈ちゃん、凛奈ちゃんが集まっていたけれど、全て無視して旧個室に押し入る。

 部屋の中は、酷い血の匂いがした。

 靴の裏で血を踏む、べしゃりという水音が響く。

 バタンと、ドアが閉まった。薄明りの中で、右の足元に何かが転がっているのに気づく。

 倒れた人型のシルエットを、に見出す。


「狼花さん!」


 服が血で汚れるのも構わずに膝をついて、に[外傷治癒]を施す。

 効く。治る。傷が塞がっていく手応えを、確かに感じる。


「お願い、治って……っ」


 必死に、[外傷治癒]を施す。全ての魔力を絞り出すような勢いで。


「狼花さん、狼花さん……っ」


 を揺すりながら、私は名前を呼び続ける。

 何かあったら言えって。狼花さんはそう言ってくれた。

 空澄ちゃんが何か企んでいるのなら、一緒に戦ってくれるって。

 約束をしてくれた。それは、ここ数日で感じたことがなかったほどに嬉しかったのに。


 こんな形で、約束を破るなんて。

 こんな形で、終わりだなんて。


 私に借りがあるって、そう言っていた。

 なら――生きて、ちゃんと、約束を果たして。

 じゃないと、そうじゃないと――。


「ぁ……」


 魔力の使い過ぎで朦朧とする意識の中で、完治の手応えを覚える。

 ――届いた? 生き返らせることができた?


 それを確認する前に、意識が遠のく。

 魔力枯渇による、気絶。

 抗えない重さが、私の意識をゆっくりと闇に落とす。

 深い底まで沈むような、溺れるような――。


 ――狼花さん。どうか、生き返って。


 私はそれだけを祈りながら、暗闇に意識を委ねた。




     ◇◆◇◆◇




 ふわふわと、意識が焦点を定められずに浮遊する感覚。


「……っ!」


 意識がゆっくりと覚醒に向かっていくのを待っていられず、跳ね起きた。

 辺りを見回す。ここは――。


 猛々しい狗の像が部屋の中央に設置され、床には白線の魔法陣が引かれた部屋。

 灯りは壁の篝火のみで、薄暗く不気味。

 ――儀式の間。旧個室の、隣にある部屋だ。

 私は、どうして……。


「起きたわね、彼方さん」

「あ……香狐さん」


 背後から声がした。振り向くと、床に正座した香狐さんがこちらを向いている。


「えっと……あの、私なんで……?」


 現状を把握しかねて尋ねた後に、記憶が呼び起こされる。

 そうだ。私は、空澄ちゃんに言われて――。


「魔法で、気絶して――。それなら、狼花さんはっ!?」


 香狐さんに飛びついて、問い詰める。

 香狐さんは少し苦しそうな表情をした後に、言った。


「残念だけれど……」

「――――」


 声が出なかった。何を返していいのかすらわからなかった。

 狼花さんは、生き返らなかった?

 私の全魔力を注いで、癒してもなお足りなかった?


 ――狼花さんは、殺されてしまった。

 その事実が、脳に、心に、魂に浸透していく。


「――ぁ」


 私は、崩れ落ちた。

 唇を噛む。……どうして。どうして、狼花さんが殺されなければならなかったのか。

 狼花さんが何か悪いことをしただろうか。

 そんなはずはない。狼花さんは優しくて、殺し合いを食い止めようと必死になっていた。

 むしろ狼花さんは、この場で最も酷い立ち位置に置かれた人だった。

 空澄ちゃんにも、初さんにも利用され。

 だから――これ以上、狼花さんに酷いことが起きないように、祈っていたのに。

 世界はこれほどまでに残酷に、優しい人の命を奪っていく。


「…………」


 私はふらふらとした足取りで、儀式の間を出ようとする。


「あ、彼方さん……」


 その力ない歩みは、香狐さんによって簡単に食い止められた。

 きっと香狐さんがここにいるのは、気絶した私に付き添ってくれたからだ。

 私が旧個室から儀式の間に移されたのは、気絶していて捜査の邪魔になったから。

 私は自分の衣服の状態を見る。あそこで気絶したのなら、相当量の血で汚れているはずだった。にもかかわらず、その血は既に綺麗になって、何の汚れもない。純粋無垢な、魔法少女としての正装に立ち戻っている。

 魔法少女の衣装の自浄作用。それが作用するには、多少の時間が必要となるはずだから――。

 そう――きっともう、捜査は始まっている。


「香狐さん……今、何時ですか?」

「……今は、彼方さんが気絶してから一時間くらい経ってるわ」

「……そうですか」


 それなら、早く行かないと。

【真相】究明のタイムリミットは三時間だ。早くしないと――。

 狼花さんを殺した【犯人】だけが笑う、最悪の結末を迎えることになってしまう。

 私は引き留める香狐さんの手を振り払って、儀式の間を出た。

 そしてそのまま、隣、旧個室を目指す。


「ああ、カナタン、起きた?(-ω-)/」


 旧個室で私を出迎えたのは、空澄ちゃんだった。

 スタンドライトの灯りがつけられて、ほんの少しだけ明るくなった部屋。

 夢来ちゃんもまた、捜査をしているのか、あるいは空澄ちゃんを見張っているのかはわからないけれど、半開きになった引き出しを覗きながら旧個室の中にいた。

 そして――人の形は、もう一つ。


 旧個室の入って右。

 私が[外傷治癒]を施した位置とおよそ寸分違わぬ位置に、はあった。


 遺体は、本当に綺麗な状態だった。

 当然だ。傷は全て、私が治したのだから。

 けれど、その死体は既に命を宿してはいない。

 血だまりの中に倒れ伏し、身動き一つしないことが、本当に死人であることを示していた。

 あの特攻服姿は既になく、そこには、私服姿のただの女子高生がいた。


「狼花、さん……」


 呼び掛けても無駄なことは、もう十二分にわかっていた。

 心が理解を拒絶しようと、最初の【犯人】を追い詰めた頭脳は見たままの事実を突きつけてくる。

 もう、何をしても無駄なんだと、理解させられる。


「…………」


 死体を前に、沈黙する。


「――あ、そうだ。カナタン、今何時?」


 目を伏せていると、空気を読まない空澄ちゃんが無遠慮に訊いてきた。

 無視してもよかったけれど、わざわざこの場で訊いてくるなら相当に重要なことと推測して、応じる。


「私が気絶してから一時間くらいって、香狐さんが言ってたけど……」

「あ、ほんと? じゃあ、そろそろ行かないとかな( ̄д ̄)」

「行くって、どこに……?」

「ん? シアタールーム。一時間くらいしたら、一度全員集まろうって言われてたから(´Д`)」

「……そっか」


 私が気絶している間に、そんなことが決まっていたらしい。


「ほら、ムックも。早く行かないと遅れちゃうよ?(〟-_・)?」

「…………」


 夢来ちゃんは返事をせずに、私を一瞥した後、旧個室を後にした。

 空澄ちゃんを置いていくということは、夢来ちゃんは監視ではなく、純粋に捜査のためにここにいたらしい。

 ――最初の事件では、怯えて何もできなかった夢来ちゃんが。

 その姿に夢来ちゃんの成長を感じると同時に、深い溝をも感じる。

 いつの間にか出来上がってしまった、夢来ちゃんとの隔絶。

 夢来ちゃんが備えていた非常事態が現実となったことで、その隔絶がよりいっそう浮き彫りになる。


 ――一人で戦えるように。

 そう言った夢来ちゃんは、本当に孤独な戦いに身を置こうとしている。


「それで、カナタンは行かなくていいの?(。´・ω・)?」

「…………」


 言われなくても、私も行くところだった。

 でも――その前に。せめて最低限、情報は得ておきたかった。

 私は死体から目を離して、旧個室内部を見回す。


・旧個室 図解

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221409843971


 死体と血だまり以外は、摩由美ちゃんに連れられてきたときとなんら変わりなかった。

 ベッドは血に汚れ、ズタズタに切り裂かれた状態。

 乾いた血は、ベッドの他に、床にも付着していた。その床の血を上塗りするように、乾いていない新しい血が広がっている。

 部屋の隅の観葉植物は誰かによって倒され、机の引き出しは半開きのまま。

 高い高い天井の電灯も割れたまま。

 ――いや、一つだけ違うところがあった。

 空澄ちゃんが摩由美ちゃんに振りかぶったスタンドライトは、ベッドの頭から、机の上へと移動している。そして暗い室内で明るさを確保するために、その場所で灯りとして機能していた。まさかこれが、事件に関係しているとも思えないけれど。

 他には――。


「……ねぇ、カナタンは、今回の事件も解ける?」


 不意に、空澄ちゃんに尋ねられた。

 その声音に、ふざけた様子はない。


「この事件、あーしはどうもピースが足りてないみたいなんだけど。これしかないと思えるのに、これじゃないとしか思えない」

「…………」


 空澄ちゃんのその言葉は、SOSなのだろうか。

 自分じゃどうにもできないから、なんとかしてほしいという。

 もしそうなら――なんとも傍迷惑なSOSだ。


「それともまた、【犯人】を殺すのを恐れて、足を止める?」


 空澄ちゃんは、その可能性を指摘する。

 ……正直、本当にそうなるかどうかはわからなかった。

 だけど、そうならないとも言い切れなかった。


「そのつもりなら――あーしが教えてあげよっか?」

「……何を?」

「死者の剣の握り方を、かな」


 死者の、剣?


「ロウカス――ああいや、今だけはやめておこうか。猪鹿倉 狼花は、死の間際に何を考えたと思う?」

「…………」


 私は、死者の想いを想像する。

 そうして真っ先に思い浮かんだのは、無念だった。

 この世に存在するありとあらゆるものから切り離される無念。

 それを想像すると、怖くて、痛くて、怒りが湧く。


「思い浮かべたなら――そこで、カナタンは何を思った? それが死者の剣だよ。あとはそれを、その人の仇に振り下ろせばいい。正しく握った死者の剣は――」


 空澄ちゃんはそこで、言葉を切った。


「――その威力は、あーしも確かめたことがないけどね。でも、その剣を握る人間は、無限の行動力を手に入れる。孤独に戦うより、何倍も強くなれると思わない?」


 空澄ちゃんの口調は、至って真剣だった。

 死者の剣。誰かの死によって生み出される魔剣。

 空澄ちゃんがそれについて語る様は、まるで――。


「……それが、空澄ちゃんの正義?」

「――さて、どうだろうね?(。´・ω・)?」


 空澄ちゃんは、答えをはぐらかした。

 いつも通りの、ふざけた口調が戻る。


「ま、無駄話してないで早く行かないと、ロウカス辺りに怒鳴られるからね。――ああ、もう死んじゃったんだっけ?((+_+)) まあともかく、あーしはもう行くよ」

「……うん」


 狼花さんを貶すその態度が、今だけは本心でないと思ったから、私は怒りを覚えなかった。

 旧個室を出て行く空澄ちゃんを、黙って見送る。

 そうして、空澄ちゃんが語ったことを反芻する。


 ――死者の剣。

 それは、私がここで戦う理由になるだろうか。

 自分のための復讐ではなく、個人的な正義に基づくわけでもない。

 死した人の想いを代弁するためだけに、手足を動かす。

 そんな魔法少女としての在り方も――もしかしたら、いいのかもしれない。

 誰かのために戦うのが魔法少女だ。なら、その在り方は十分に魔法少女らしい。

 たとえその相手が、死者であったとしても。


 私は、狼花さんの遺体に目を落とす。

 誰かによって、命を奪われた狼花さん。

 彼女の意思に、深く深く潜る。人格をトレースするような気持ちで、死の間際の彼女の想いを、可能な限り吸収する。

 これほどの血だまりを作るほどの傷をつけられた狼花さん。

 さぞ痛かったことだろう。さぞ苦しかったことだろう。さぞ辛かったことだろう。さぞ呪わしかったことだろう。……そして、祈ったことだろう。願ったことだろう。死にたくないと。生きたいと。誰にも死んでほしくないと。こんな殺し合いは終わりにしたいと。こんな悲劇を起こさないようにと。

 狼花さんは、優しいから。死の間際であっても、そんな想いを抱いたであろうことが簡単に想像できる。

 ――その想いを、想像の中で剣として凝固させる。


 切っ先は鋭く美しく。

 刃は黒々と妖しく輝く。

 鍔は蔦のように細く美しく広がる。

 そんな、芸術品のような死者の剣を想像する。


 そう――私の魔法少女としての武器は剣だった。もう何年も使ってきた武器。振るい方はわかっている。

 想像の中で、死者の剣を強く握る。


「……っ」


 そうして、決意を固めた。

 ――挑もう。この剣無くして歩けない戦場に。




――Second Case

被害者:猪鹿倉 狼花

発見場所:旧個室

死亡時刻:午後6時58分


――捜査、開始。

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