The rules are very simple.
《ルールは簡単》
『はーい、みんなが静かになるまでにゼロ秒かかりましたー。つまり誰も反応してくれなかったってことだねー。寂しいなあ! 寂しいなあ! ねえ誰か構ってよー! 構って構って構って構ってー!』
ワンダーは駄々っ子のようにその場でジタバタ暴れる。
その思惑に乗せられてか、誰かが前に出る。
不良のような、柄の悪そうな女の人だった。
「テメェ。それは何かの冗談か? ちっとも面白くねーぞコラ」
『ええっ! 嘘だー! だってボクのおばあちゃん、すっごい楽しんでくれたよ! 楽しみすぎて、うっかり三途の川まで渡ってっちゃったけどね!』
「イカレたぬいぐるみのババアなんざ知るかよ」
『ええっ、酷い! ボクの大切なおばあちゃんになんてことを言うんだ! 殺し合いの実験台になってくれた、優しいおばあちゃんだったのに!』
「十分イカレてるだろうが。お前共々」
『あはっ。まあ、そうとも言うかもね!』
ワンダーはゲラゲラと笑い声を上げた。
『それで、何だっけ? 殺し合いなんてしたくないからどうかその発言を取り下げてください、魔王さま、だっけ?』
「言ってねーよタコ」
『タコじゃなくてイヌだよ! ワンダーだよ! 由緒正しいワンワンだよ!』
「テメェ。いい加減にしないと……」
『しないとどうなるの? ボクは魔王だよ? たかが不良の一匹に負けるはずないのだーっ! あーっはっはっはっは!』
ワンダーは耳障りな哄笑を上げる。
『まあいいや。真面目に答えてあげるけど。ボクはマジだよ。真剣と書いてマジだよ。大真面目のマジだよ。そのためにここまで準備してきたんだからね!』
「――ッ!」
『命の削り合い! 大いに結構! 舞台はボクが用意しました! どうぞみなみなさま、存分に殺し合ってくださいませ!』
ワンダーと言い合いをしていた彼女も、遂に言葉を失った。
その雰囲気のまま、ワンダーはまくしたてる。
『魔法少女同士の殺し合い! いいよいいよ、そそるテーマだよね! 壊れゆく友情! 意味を失う博愛! 純潔を守って命を散らすっていうのも一興だよね!』
『ああでも――これだけ言わせてもらうけど。ただの殺し合いには興味ないんだよね。ボクはもっとエキサイティングな殺し合いが見たいんだ!』
『だってアレじゃん。目撃者がいる前で殺すなんて、公衆の面前ですっぽんぽんになるようなものでしょ? そんなのお下品だよ!』
『だからボクがルールを用意したよ。いやー、喜んでもらえるといいなー』
『それじゃあルールを説明します!』
『ボクはキミたちをここに閉じ込めました! これから、最高にエキサイティングな
『ルールは単純! みなさんは、バレないように他の人を殺してください!』
『手段は問いません! 厨房の包丁で刺殺してもいいし、キミたちの魔法で呪殺してもいい。うまい感じの殺し方を探してください!』
『手段を問わず、殺人を企て、その人によって命を奪われた者が発生した場合に、その計画者を【犯人】と認定します!』
『参加者は殺人事件が発生した場合、如何なる例外もなくその事件の【真相】を突き止めないといけません。要は推理ゲームだね!』
『――ああちなみに。【真相】を探ってる最中の人殺しは禁止するよ。それじゃつまらないからね!』
『それと、ここでいう【真相】っていうのは、
『フーダニットについては完全正答、ハウダニットについては可能な限り正確な答えを要求するよ!
『【真相】究明の制限時間は三時間! 死体発見から三時間が経過した後に、辿り着いた【真相】を披露する機会が一度だけ与えられます! ただし、解答された【真相】が不正解の場合、【真相】は突き止めることができなかったものと見做されます!』
『いやー、一度だけだって。怖いねー。あー、ちなみに、【真相】の究明は強制参加だよ。こんなゲームやってられるか! 俺は部屋に戻るぞ! なんて言っちゃうお馬鹿さんにはオシオキだからなー!』
『それで、ここからが大事なお話だよ』
『【真相】を突き止めて殺人犯が露見した場合、ボクがその殺人の顛末をスウィーツにリークします。――わかってると思うけど、スウィーツっていうのは、キミたちが大事にしてるマスコットキャラだよ。あのなんか妖精みたいなやつだね。お菓子の方じゃないから』
『魔法少女のルールは憶えてるよね? 魔法少女が非道な行為に走った場合……例えば窃盗、傷害――そしてもちろん、殺人。万が一そんなことが起こって、スウィーツに露見すれば、キミたちは魔法少女でいられなくなる』
『……ああ、それだけで済むんだって顔だね。もちろん違うとも!』
『キミたちが魔法少女としての資格を失って、穢れた人間に堕ちたとき。それを以て、魔王の名において、この世で最も芳醇なる――死を与える』
『あはっ。怖がってる怖がってる。いいよいいよ、その表情! みんなすっごい素敵だよ!』
『で。みんなどうせこう思ってるんでしょ? バレたら死んじゃうのに、殺人なんてするわけない! って。ちっちっち。リスクに対しては、それに見合ったリターンがあるものなんだよ』
『というわけで、今度は【真相】がバレなかったときの話をしようか』
『えー、おっほん。参加者が【真相】を突き止められなかった場合、【犯人】にはこの閉じた館から出してあげる。自由の身だよ、やったね!』
『――さらにさらに! 脱出の権利に加えて、何か一つ、魔王の名において叶えられる範囲の望みを要求する権利が与えられます』
『――ああもちろん、願いは聞いてやるが叶えるとは言っていない、なんてみみっちい真似はしないよ! 要求した願いは、魔王に叶えられる範囲ならなーんでも叶えてあげる。言葉の揚げ足取りとか、曲解もしないであげるよ。キミらが望む通りに、願い事を叶えてあげる。……願い事を増やしてはナシだけどね!』
『いやー、【犯人】には非常にお得感満載ですね! これは思わず殺っちゃいそうだ! いぇいいぇい!』
『一方、【真相】を突き止められなかったお馬鹿さんたちには、当然ペナルティがあるよ!』
『【真相】を当てられなかった参加者には、魔王の名において、最も深い絶望が与えられます!』
『殺すとはあえて明言しないよ。まあ、うっかり殺っちゃうことはあるかもしれないけどね! そうなっても許してね? お墓は立ててあげるから。ね? 食べ終わったアイスの棒でちゃんと作っておくから! ○○のおはか、って!』
『あはははは! いい表情! いい表情だよみんな! 綺麗だよ、可愛いよ!』
『ちなみに、実は第三の勝ち方もあるんだけどね。全力で生き残って、全力で【真相】を暴いて、そうして最後の二人まで生き残ったら――』
『その二人にも、脱出と願い事の権利をあげちゃいます! でもこれは勝ち目が薄いよねー。一思いに殺っちゃった方が早いよねー』
『あははははははははは!』
『ついでながら言っておくけど、殺されるのが怖いから引き籠もるっていうのはナシね。ボクの温情で個室には鍵がかかるようにしてあげたけど、殺されないように閉じこもっちゃったりしたら、ボクがついうっかり鍵を壊したりなんかしちゃうかもしれないからね! あははははははは!』
『このゲームに安全地帯なんてないよ!』
『精一杯警戒して、精一杯疑って! 嘆いて嘆いて心がすり減って、そうして殺す側に回るゲームなのさ、これは!』
『さあ、キミもレッツハンティング! 間抜けな馬鹿の命はキミのものだ! ってね。あっはっはっはっは!』
『殺し合いの期限は無期限! いつまでもここにいてもらっても結構です! 裏を返せば、殺し合いのルールに則って脱出の権利を掴むまでは、誰も出してあげないってことだけどね! あはははははは!』
『はい、以上でルール説明を終了いたします! 何か質問がある人はいるかなー?』
押し付けられたルールを前に、沈黙が蔓延る。
質問なんて、誰もできるはずがない。
そう思うほど痛々しい沈黙の中、場違いなほどに陽気な声が入ってくる。
「はいはーい、質問質問ーヾ(@⌒ー⌒@)ノ」
『ん? アバンギャルドちゃん、質問あるの?』
手を上げたのは、奇妙な格好をした少女だった。
水色とピンクという組み合わせで、ストライプ柄の髪を構成している。
服装も完璧にアシンメトリーで、左右の靴下は柄が違う以前に長さも違う。ボーダー柄の長ソックスとキャラクターもののソックスは、驚くほどに不釣り合い。
まさにアバンギャルドと形容されるにふさわしい格好をしていた。
「うん、しつもーん。共犯者を作るって可能なの?('_')」
『共犯者? なんでそんなこと気にするの?』
「いやぁ、例えばだけどさー。ここにいる十三人中、十二人で共犯関係を結んで、他の一人を殺してー( ;∀;)」
『うわぉ。酷いことするねー』
「でさー、そのまま【真相】を話さなかったら、【真相】を暴いたことにはならないよね? それは残った十二人の勝ちってことになるの? そうなるとあーし的には、一人の方に選ばれたくないなーって感じなんだけど。そこら辺どう?|д゚)」
アバンギャルドちゃんと呼ばれた人は、どうしてか、この状況で笑いながら尋ねる。
しかし、ふざけた態度とは裏腹に、その指摘は驚くほど的確だった。
鋭い指摘に、ワンダーはニヤリと笑う。
『えー、お答えしましょう! 【共犯者】がいる場合、【犯人】には、事件の中で最も重要な役割を果たした者が認定されます! 【共犯者】は【犯人】じゃないから【真相】がバレても殺しはしないけど、もちろん特典もナシだよ。更に、【真相】を暴けなかったら、【共犯者】は他の参加者と一緒に絶望を味わってもらいます! まあ要するに、やるだけ損ってことだね』
「ふーん、そっか('ω')」
『あーあ、ほんとは【共犯者】がいる事件が起こってから説明しようと思ってたのになー。【犯人】と【共犯者】の絶望を味わいたかったんだけどなー。頭のいい子がいて助かったね、未来の【犯人】さんたち?』
そう言って、ワンダーは私たち十三人の顔を見回した。
あたかも、この中から【犯人】が出ると言わんばかりに。
『他に質問はないかな?』
「うん、ないよー(^◇^)」
『他の人も? ……ないみたいだね。それならこれで、ルール説明を――っと。ああ、一つ忘れてた。失敗失敗。いやぁ、ボクはなんて馬鹿なんだろう。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿』
ワンダーは自分の頭をポカポカと叩く。
形ばかりの自省を見せた後、ワンダーは付け加えた。
『これはルールというより、制限事項に関してなんだけど。この館の内部では、魔法少女の力は制限されています。――もう気づいてる人もいるかもだけど、ここでは変身もできないし、武器も出せないようにしてあります。ええ。出せませんとも』
『あと、魔法少女の身体能力強化も使用不可にさせてもらったよ。超人的な身体能力で参加者全員皆殺しにして勝ち、なんてされても面白くないからね。キミらの身体能力は常人レベルで固定されています、ってことで』
『要するに、キミたちに残された力は固有魔法だけってことだね!』
『ああ、そうだ。それぞれの固有魔法を知らせておかないとフェアじゃないと思うから、あとでみんなの固有魔法についての資料を渡してあげるよ』
『それと、発動の際に魔法陣が出ちゃう固有魔法とかあるけど、それだと暗殺向きの魔法を持ってる子の方が有利になっちゃうからね。そういう見え見えなエフェクトは基本的に消しておいてあげたよ。いやー、ボクって気遣い屋さんだねー!』
テレテレと、ワンダーが後頭部を掻く。
『それじゃ、ルール説明は本当にこれで以上だよ。……以上だよね? ……以上! ヨシ! いやぁ、さっきやらかしたばっかりだから、つい疑ってしまった。あはっ』
『ボクはこれで一旦お暇させてもらうから、キミたちは自己紹介なり無駄なあがきなり早速誰か殺しちゃうなり、好きにするといいよ』
『あ、みんなで話をするなら食堂を使うのがおすすめだよ! 向こうの廊下を進んだ突き当りにあるからね。活用してくれると嬉しいな!』
『それじゃあ。またあとでねー!』
ワンダーは、先ほど出てきた壁の中へと戻っていった。ファスナーが開くように、壁が裂けては元に戻る。
今度こそ、誰も何も言えなかった。
殺し合い? 【犯人】? 【真相】探し?
くだらない、と切り捨てるには舞台が整いすぎていた。
既に私は、自分の魔法少女としての力が制限されていることを実感してしまっている。だから、他の言葉にも嘘はないのだろうと、信じられる下地ができてしまっていた。
堪えきれない不安が原因で涙が滲んでくる。
この中で唯一名前を知っている、色川さんの方を窺う。
色川さんはその表情に何も浮かべず、ワンダーが入っていった壁を見つめていた。
次第に、壁を殴って苛立ちを表現する人や、ワンダーへの罵倒を並べ立てる人が現れる。その空気が伝播し、個々人が感情を露わにし始める。
ある人は泣き、ある人は茫然自失とし、ある人は現実逃避に耽る。
ある人は他人に縋り、ある人は周囲に疑心を向け、ある人は静かに目を伏せる。
――こうして、悲劇のゲームが幕を開けた。
人が死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んでしまうゲームが。
どうしようもない悲劇が、私たちを呑み込んだ。
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