Nice to meet you, magical girls.
《初めまして、魔法少女たち。》
場が完全に混乱に包まれ、誰もが行動を起こせない中。
「ねぇ……彼方ちゃん?」
「えっ……?」
ふと、名前を呼ばれた。
顔を上げると、そこにはさっき、ワンダーに痴女ちゃんなんて呼ばれ方をしていた子がいた。――やっぱり、見れば見るほど知り合いに似ている。
「彼方ちゃん、だよね?」
「
知り合いの名を呼んでみる。
その名前に、彼女は頷いた。
「やっぱり、彼方ちゃんだった……」
「夢来ちゃん? な、なんで……」
――
それは同じクラスの女の子だった。
引っ込み思案で、何かにつけて失敗している。
痴女なんて言われていたけれど、その子は露出の多い服どころか、学校の水着だって恥ずかしがる子だった。
だから、こんなところにいなければいいと願っていた。こんな異常事態に巻き込まれず、ここにいるのは他人の空似で、彼女は安全な場所で過ごしていてほしいと。
それなのに私は、最悪の中の最悪を引き当てたようだった。
「夢来ちゃん、魔法少女だったの……?」
「――うん。ごめんね、黙ってて。わたし、彼方ちゃんが魔法少女だって知らなかったから……」
夢来ちゃんは気弱さを隠しもせずに謝ってくる。
その仕草に、本当に夢来ちゃんなんだと確信した。
格好のせいで、どうしても夢来ちゃんと結びつかなかったけれど。
目の前の子の格好はすごく肌の露出が多く、肩もお腹も足も腕も、惜しげもなく外気に晒されている。大事な部分だけを守るような、極めて防御力の低い格好だ。背中には小さくて黒い羽が生え、更には尻尾もついている。小悪魔的という表現があるけれど、その言葉をそのままファッションに適用したかのような格好だった。持ち前の紫の髪も相まって、本当に悪魔みたいに見える。
そんな魔法少女にあるまじき格好は、実際に目にした今でも、記憶の中の気弱な子とは重ならなかった。
「ふぁ……そ、そんな見ないで……。恥ずかしいから……」
「あっ。ご、ごめん。――じゃなくて!」
あまりに日常的な彼女の様子を前に、私は叫んだ。
「ねぇ、夢来ちゃん。さっきのって……本気だと思う?」
「さっきの、って、あの――ワンダーさんの?」
「さん、って……」
魔王を名乗る相手に、さん付けをする魔法少女がいるとは思わなかった。
「それで……どう思う?」
「わたしは、たぶん、ワンダーさんは、本気……だと思う」
「…………」
できれば、否定して欲しかった。
勝手な願いとはわかっているけれど、知り合いがこんな異常な状態を否定してくれれば、私はそれを無理矢理信じ込むことができたかもしれない。
けれどもう、駄目だった。
目の前にある現実が、無根拠な否定を圧し潰してしまった。
最後の希望が折られ、涙が溢れてくる。
「彼方ちゃん……」
私の背を、夢来ちゃんがさすってくれる。
たぶん、夢来ちゃんだっていっぱいいっぱいのはずなのに。
私はその気遣いに悪いと思いつつも、私は甘えて縋り続けた。
泣いて、泣いて――どのくらいそうしていただろう。
「あの、みなさん!」
未だ収まらない喧噪の中、誰かが言った。
発言の主は、修道服に身を包んだお姉さんだった。うねった金髪が頭巾の間から垂れている。
儚げな顔を、今は緊張感で満たしていた。
「このまま互いのことを知らないままだと、誰が何をできるのかもわからず……殺した者勝ちになってしまいます。誰かがワンダーの話を真に受けて、誰かを殺してしまうかも。だから……一度自己紹介でもして落ち着きませんか? 言葉を交わした仲なら、殺し合いの予防にもなるでしょうし……」
それは、混乱の中で示された初めての指針だった。
何人か、それに賛成の声を上げる。大多数の意思はそちらに傾いていた。
反対した人もいたけれど、殺し合いを宣言されたこの状況で別行動を許すわけにもいかず。
結局は全員、食堂に収まることとなった。
◇◆◇◆◇
少し警戒して進んだけれど、魔王が用意した館であるこの場所に、魔物は徘徊していなかった。それについては少しだけ安心する。
食堂の中に足を踏み入れても、魔物の気配は全くない。
館の見取り図を見た時点でわかってはいたけれど、食堂もやっぱり奇妙な菱形をしていた。
その形に合わせて、斜めになった長テーブルが設置されている。
席は十三席用意されていたけれど、奇数だったからか、一つはお誕生日席として短い辺に押しやられている。
そのお誕生日席には、さっきワンダーに食って掛かった、あの不良っぽい人が収まった。
その他は適当に椅子を選び、あるいは知っている人と固まって席に着いた。
・食堂 図解
https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221409745325
「それじゃあ、自己紹介をしましょうか。わたくしから、時計回りに。円滑に進めるためにも、余計な私語はなしにしてください。」
先ほど自己紹介を呼び掛けた修道服のお姉さんが、そのまま音頭を取る。
自己紹介に際して、お姉さんは立ち上がった。
「わたくしは
お姉さん――初さんの問いかけに、誰も否定を挟まなかった。
「そうですよね。どうやらわたくしたちは、異常な事態に巻き込まれてしまったようですが……。この後、何か脱出方法がないか、皆さんで調べてみましょう。力を合わせて、ですよ。よろしくお願いしますね」
お姉さんは席に座った。
それを以て、次の人に自己紹介の番が移る。
次に立ち上がったのは、これまた奇妙な格好をした女の子だった。
赤ずきんのような恰好で、フードからは猫耳が生えている。体格は割と小柄。
編み込まれて一本に束ねられた赤毛は、首の左を通して体の前に垂れていた。
顔にはそばかすが目立つ。
「みゃーは
おどおどした喋り方で、周囲に多少の疑念を向ける。
言いたいことはそれだけだったのか、その子――摩由美ちゃんはさっと席に着いた。
「はいはーい、じゃあ次はあーしの番ね(*^^*)」
次に順番が回ってきたのは、ワンダーにアバンギャルドちゃんと呼ばれていた彼女だった。靴下だけでなく、服装も上下共に目に悪い色彩をしている。
「あーし、
にしし、と彼女――空澄ちゃんは笑う。
「まあ、中学三年生とも言うよねー☆ なんか変なことになっちゃったけど、あーしはみんなの味方するからね(: 'ω' :) あんな可愛くないぬいぐるみなんてさっさとぶっ殺しちゃって、こっから出よー? よろしくねー('ω')ノシ」
空澄ちゃんは大きく手を振って友好をアピール。席に着いた。
「ふっ、我の番か」
次に立ち上がったのは、呪いのアクセサリーのようなものがじゃらじゃらぶら下がった、黒い改造制服に身を包んだ子だった。
口元を隠すように赤いマフラーを巻いている。
「我は黒翼の反逆者! まあ、そうだな……真名を語るのは我が魂の純潔を汚す要因にもなろうが、我が二つ名では貴様らに理解できないだろう。仕方がない! 我が真名を貴様らに教えてやろうぞ!」
彼女はよくわからない語り口で自己紹介を進めた。どうしてか、目を閉じたまま自己紹介をしている。
「我が現世での名は、
彼女――藍さんが目をカッと開く。
彼女の瞳は、左右で色が異なっていた。右目は透き通る空の色、左目は輝く金の色。魔法少女であるということ以上に、神秘的な何かを感じる色だった。
それを見せて、藍さんは満足したように席に着いた。
次の子は、なかなか立ち上がらなかった。
それも当然で、彼女はここで自己紹介するのに反対していたうちの一人だ。
「あの……次の方?」
初さんに促されて、彼女は渋々といった様子で席を立った。
立ち上がった彼女は、ワンダーに双子ちゃんと呼ばれていた片割れだった。
立った状態でも、もう片方の子としっかり手を繋いでいる。
双子というだけあって、その二人は瓜二つな外見をしていた。
その真っ白な髪も、白セーラーという魔法少女のコスチュームも、小学生のような背丈も全く同じ。
ぱっと見てわかる違いはといえば、立っている子が右側のワンサイドアップ、座っている子が左側のワンサイドアップになっているというところだ。
それから、立っている子の方が気が強そうに見える。座っている子は今も、立っている子に縋りつくように身を寄せている。
「
言って、佳奈ちゃんは席に着いた。
みんなの視線が、もう一人――凛奈ちゃんに集まるけれど、凛奈ちゃんはその視線から逃れるように、佳奈ちゃんの背に隠れてしまった。
どうやら、自己紹介をする気はないらしい。
その意図を汲んで、凛奈ちゃんを飛ばした次の子が立ち上がる。
その子は、くノ一のような忍び装束に身を包んでいた。
栗色の髪を目が隠れるくらいまで伸ばしていて、表情がうまく窺えない。
「み、
口下手なのか、それだけ言って、忍ちゃんは席に着いた。
次の子は、魔法少女というよりも研究者のような出で立ちだった。
白衣を纏い、そのポケットに手を突っ込んでいる。
赤いふちの眼鏡が頭のよさそうなイメージに拍車をかけている。
翠色の髪は、彼女の不思議そうな雰囲気を助長していた。
「
彼女――神園さんは忍ちゃんよりも口下手らしく、その二言で締めて席に座った。
微妙な空気を引き継いで席を立ったのは、少しぽっちゃり気味の女の子だった。
オレンジのウェーブヘアは、太陽の光のような温かさを持っている。
魔法少女としての衣装は、どうしてか割烹着。これで戦えるのかは少し疑問だった。
「う、ウチ、
言って、彼女――米子ちゃんは席に座る。
と思いきや、勢いよく立ち上がって。
「あっ! よ、よろしくお願いします……っ! ……言い忘れちゃった」
米子ちゃんは一礼をして、今度こそ席に着いた。
次は夢来ちゃんの番だった。
引っ込み思案な彼女は案の定緊張してしまっている。
「あ、あの。わひゃし――」
いきなり噛んだ。
「わ、わたし、桃井 夢来です。……その、よ、よろしくお願いしますっ」
夢来ちゃんは礼をして、三秒ほど頭を上げなかった。
「あ、それから、あの……。わ、わたし、痴女じゃないですから! あの、好きで着てるわけじゃ、ないんです……。すっごい、すっごい恥ずかしいんです……。だ、だから、その……。あ、あんまり見ないでください……」
夢来ちゃんは露出した肌を腕で隠しながら席に着いた。
そして私の番が来た。
今までの魔法少女のみんなと比べて、私のコスチュームはなんだか浮いているような気がした。
フリルが沢山あしらわれた私のコスチュームは、世間一般で言えば一番魔法少女らしいはずなのに、ここではなんだか子供っぽく映ってしまう。
「私、空鞠 彼方です。わ、私は……殺し合いなんて、するつもりないです」
子供の空言と取られてしまうだろうか。そう恐れながらも、言葉を紡いだ。
「みんなもそう思ってくれれば、殺し合いなんて、起こらないはずですから……。間違いが起こらないよう、祈ってます。――よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる。
みんなが私の言葉にどんな顔をしているのか、確認する勇気はなかった。
ぺたんと、力が抜けたように席に着くのが精一杯の行動だった。
私の次の番は、色川さんだった。
「私は色川 香狐よ。よくわからない状況だけれど――彼方さんの言う通り、誰も変なことを考えなければ、殺し合いなんて起こらないはず」
色川さんは、そこで私に微笑みかけてくれた。
「ここで誰かが裏切るのが、一番最悪の展開になるわ。それだけは、よくわかっておいて。――よろしくね」
色川さんは、礼はしないで席に着いた。
それは失礼というよりも、お嬢様らしい気品に満ちた仕草のように映った。
そして、最後。十三人目の魔法少女。
最初にワンダーに食って掛かった、お誕生日席の彼女の番となった。
私以外のどの人も魔法少女らしい服装からはかけ離れていたけれど、この人は群を抜いて魔法少女らしくなかった。
豊満な胸にサラシを巻き付け、その上に特攻服を羽織っている。
日焼けした肌も、その野性味を高めるのに一役買っている。
魔法を操るより、釘の刺さったバットを握っている方が似合いそうな人相だった。
「オレは
彼女――猪鹿倉さんは、拳を鳴らしながら席に着いた。
これで……十三人全員。
特徴的な顔ぶれを一周して、それから視線は初さんに戻る。
「……はい。みなさん、ありがとうございます。最初に言った通り、次はこの館から出る方法がないか探してみましょう。ここには魔法少女が十三人もいるんです。魔法を使えば、脱出の糸口だってきっと――」
『そう言うと思って、待ってました!』
初さんの言葉の途中で、耳障りな声が割り込んでくる。
ワンダーだった。
バーンと扉を開けて仁王立ちしている。手には何やらメモの束を持っていた。
その姿に、真っ先に猪鹿倉さんが反応する。
「テメェ。外で盗み聞きしてやがったのか?」
『盗み聞き? いやいや失礼な。ボクの優秀な部下たちが、そろそろ自己紹介が終わって殺し合いを始める時間だよー、って教えに来てくれたんだ。あは』
「殺し合いなんてしないって言ってんだろうが!」
『ええっ!? ちょっとネズミくんたち! ボクに嘘ついたの!? カモーン! 説教してくれる!』
ワンダーが何か――宝石のようなものを
ネズミはぷるぷると怯えて縮こまっている。
「ちゅー」
『おいこらぁ! ちゅんちゅん言ってないで、ちゃんと説明してよ!』
「ちゅんちゅんはスズメじゃない?(;'∀')」
ワンダーの怒声に恐れず、空澄ちゃんがツッコんだ。
『うぇ!? スズメだったの!? じゃあ幻覚を見ていたのはボクの方だったのか……』
「ちゅー、ちゅー」
『ごめんよ、ネズミくんたち。あとでちゃんとお米あげるからね」
「お米食べるのもスズメだけど……まあいいや('ω')」
空澄ちゃんはツッコミを放棄した。
『って、違う! 誰だよ話を脱線させたやつは! ボクか! ボクはなんて手際が悪いんだ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿』
ワンダーがまた自分から脱線して、自分の頭をポカポカ叩く。
『あーそうだ。ちなみに一応補足しておくけど。この館で何が起きてるかは、こうしてネズミくんたちが報告してくれてるんだ。ボクが【真相】を知ってないと、いざ事件が起こったときにみんな困るからね。健気でしょ? 可愛いでしょ? このネズミくんたち。まあ魔物なんだけど』
「ちゅー」
可愛いと言われたことを誇るように、ネズミが鳴いた。
『だからまあ、そろそろ自己紹介が終わる頃っていうのはわかってたの。そんなわけで、そろそろご入用になるかと思って持ってきました! 固有魔法メモ! これで誰が何の魔法を使えるか丸わかりだ!』
ワンダーが長テーブルに飛び乗って、その上にメモをばら撒く。その枚数は、百を優に超えている。
メモには一枚につき一つの魔法が書かれていた。おそらく、十三種類の紙を各人一枚ずつ。計百六十九枚を一度にばら撒いたんだと思う。
整理もされていないメモはぐちゃぐちゃに広がって、仕分けるだけで大変そうだった。
『えー、それではみなみなさま。たぶんこれから脱出のための無駄な足掻きをなさるのでしょうが! まあ、せいぜい頑張って現実を知って絶望してくださいってことで! ボクは止めないから、存分にどうぞ! それじゃーねー!』
ワンダーは来た時と同じで、騒がしく帰っていった。
誰もが、その振る舞いに閉口する。
「……まあ、乗せられるのは癪ですが。それならそれで裏をかけばいいだけです。みなさん、頑張って脱出の方法を探しましょう。案外、玄関の鍵を閉め忘れるうっかり魔王かもしれませんから」
初さんはみんなを元気づけるかのように冗談を言って、メモの整理を始めた。
――みんなが持つ魔法。それで何事もなく脱出できるよう、私は祈り、メモの整理を手伝った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます