Declaration of Opening

《開幕宣言》




「……魔王?」

『そうですとも。ボクはとーっても偉い魔物の親玉なんだ。びっくりした? ねぇびっくりした?』


【十二魔王】と名乗ったぬいぐるみ、ワンダーは、ふざけた調子を崩さない。

 魔法少女十人を前にして醸し出すその余裕に、誰もが、ひょっとしたらと思う。

 目の前の存在は、本当に魔王なのではないかと。


 ――魔王。それは魔物の中の頂点。

 私たち魔法少女が戦う魔物というのは、だいたい無軌道なものだ。

 呪いのメールの送り主だったり、学校の怪談の元凶だったり、巷を騒がせる都市伝説の生みの親だったり。要するに、メリーさんとか動く人体模型とかテケテケとかだ。

 魔物というのは、それぞれがそれぞれに、何の関係もなく動いている。妖怪みたいなものだ。悪の組織みたいな統制の影なんて全く見られない。

 けれど、そんなルールを覆す存在が、たった十二体だけこの世にいる。

 それが【十二魔王】。


 魔物というのは厄介さの順に等級が分けられている。

 友達の間でささやかに話が交わされるくらいの存在、噂級。

 学校中でその名を聞くくらいの存在、怪談級。

 どこにいってもその名を聞くことができるくらいの存在、都市伝説級。

 常識では推し量れない異端の存在、空想級。

 ――そして、それらを統べる魔物の王、魔王級。


 魔王は、魔物を意のままに従える力を持っている。

 自らのルールに従ってしか動かないはずの魔物を自分の手駒として、悪意を持ってそれを繰る。

 誇り高いドラゴンは魔王の馬となり、淫魔と名高いサキュバスはただの悪魔兵と化し、地縛霊はこぞってその地を離れ魔王の元に集まる。

 そうやって、他の魔物の在り方すら変えてしまうのが魔王という存在だ。


 魔王の力で作られた軍団は、凄腕の魔法少女でも容易く屠ってしまうと言われている。まして私は凄腕でも何でもない。敵対すれば、冗談でなく瞬殺されてしまう。

 それが――どうしてこんなところに? それも、こんなふざけた様子で。


『いやー、おどろいてもらえてよかったよ。これで爆笑でもされたらボクもうほんとどうしようかと。――そうしたらボクも爆笑してたかな! あはははは! ああおっと、やっぱり爆笑してしまった。くぅ、笑いのツボが浅い自分が憎いぜっ』


 ケタケタと笑う魔王を前に、どうしてか狂気を感じた。

 誰もが押し黙った状況の中、一人だけテンションの高い存在というのは明確な異物だ。


『えー、お集りの十三名のみなみなさま。本日はお日柄もいい感じな日和で――って、おろ?』


 魔王という肩書にそぐわず、運動会の校長先生のような演説を始めたワンダー。

 そのワンダーが、始めたばかりのその演説を止めた。


『ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……おろろ? 十人しかいないよ? 他の三人は? 双子ちゃんと痴女ちゃんは?』


 双子? 痴女?


『さてはまだ寝てるなー? ここに集合って言ったのに、まったく。ボクに逆らうお馬鹿さんには、魔王の恐ろしさを教えちゃうんだからなー!』


 ワンダーはぽふぽふと、綿の詰まった両手を打ち鳴らす。

 程なくして、悲鳴のような声が響く。


「ちょっと、下ろしなさいよ! 佳奈と凛奈をどうするつもり!?」

「ひゃああああ!」


 まさか――と、冷たい想像が脳裏をよぎる。

 魔王に逆らう者の末期は、死――。


『三名様、ごあんなーい!』


 勢いよく何かが階段を下ってくる音が聞こえる。

 それは、羽のついた白馬――ペガサス。それが二頭。片方の背には小さい女の子二人が、もう片方の背には妙に艶めかしい格好の女の子が乗せられて……。

 ……ん? ペガサス?

 一階玄関ホールに到着したペガサスは、背に乗せた女の子たちを恭しく下ろした。


『まったく。お寝坊さんは毎朝ペガサスで迎えに行っちゃうんだから! やだ、ボクって王子様みたい……。求婚とかされちゃったらどうしよっかなー』


 誰もしないから安心しろ、という視線がワンダーに突き刺さっているような気がした。この時点で、魔王の威厳らしい威厳はあらかた吹っ飛んでいる。

 一方、連れてこられた双子ちゃんと痴女ちゃん(?)は状況が呑み込めていないようで、キョロキョロと辺りを見回したり、あるいは双子の片割れにしがみついたりしている。

 ――というか。痴女と呼ばれていた方の子に、見覚えがある。思いっきり知り合いだ。いや、でも、私の知ってるその子は魔法少女じゃなかったはずだし――。

 もしかしたら他人の空似かもしれない。

 今ここにいるその子は、痴女と呼ばれるだけあってかなり露出度の高い格好をしている。私の知り合いの子なら、そういう格好は嫌がるだろうし。

 ……どちらにせよ、今この空気で話しかけられはしない。後で落ち着ける時間があったら話しかけてみるってことで、ここは抑えておこう。


『はーい、十三人集まりましたねー。それじゃあ改めて自己紹介をば。ボクは【十二魔王】の一人、ワンダーでーす! 今日はこうして、魔法少女のみなみなさまにお会いできて嬉しく思います!』


 ワンダーが両手を上げて歓迎の意を示す。


『いや、ほんとにもう。今日この日を迎えられて、小躍りしちゃうくらい嬉しいよ。るんたらったるんたらった』


 ワンダーは言葉通り、その場で小躍りして見せる。

 その様子は、人形劇か何かのように映っていた。

 未だ異常な状況に置かれているという意識はあれど、この目の前のぬいぐるみのコミカルな動きを見ていたら、だんだんと緊張感が薄れてきた。


「で、何? 言いたいことがあるんならさっさとゲロったほうがいーんじゃない?(´Д`)」

「狂犬よ、貴様に語る言葉があるのなら、魔の舞踏よりも先にするべきことがあろう」


 一人二人、野次を飛ばす者も現れる。

 空気が弛緩し、魔王という称号が薄れていく。


『キミたちには今から殺し合いをしてもらうよ』


 だから、次いで放たれた言葉は、きっと誰の耳にも届かなかった。

 もしくは、聞こえていても、認められなかった。


 ――今、なんて言ったの?


『あれ? 聞こえなかった? いやー、もうありきたりな台詞になっちゃって、繰り返しで言うのもハズいし申し訳ないけどさー。でもこれが最高の表現だと思うんだ。だからもう一回言うよ? あはっ』


 ワンダーは、笑った。

 醜悪に、凄惨に。

 ぬいぐるみの表情の変化なんてわからないのに、そうだという確信があった。


『キミたちには! 今から! 殺し合いをしてもらいます! いぃぃえぇぇいっ! みんなー、拍手拍手ーっ!』


 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。


 館内のいたるところから、無数の拍手が巻き起こる。


 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。

 ――パチパチパチパチ。


 拍手は永遠に続くかのように、長く長く打ち鳴らされた。

 全身全霊の歓喜にあてられて、私の全身はガタガタと震えだす。

 鳥肌が立つ。胸の内に、明確な恐怖が沸き立つ。


『あはっ。あははっ。あはははは! あははははははは! あーっはっはっは!』


 魔王が、そこにいた。

 コミカルな見た目だろうと、ふざけた言動をしていようと。

 目の前にいるのは紛れもなく魔王なのだと、私たちは知らしめられた。

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