プロローグ:今から殺し合いをしてもらうよ

Welcome!!!

《ようこそ!!!》




「……んぅ」


 心地よい眠りから、意識が覚醒へと向かう。

 身を起こすと、上半身にかかっていた布団がずり落ちる。


「……あれ?」


 離れていく布団を惜しもうとして、違和感を覚える。

 なんだか、慣れない布団だった。


 顔を上げると、そもそも自分が全く見覚えのない部屋にいることがわかった。

 部屋の壁は目に優しくない赤。なんだか心休まらない色合いだ。

 そもそも部屋の形自体歪で、菱形になっている。こんな奇妙な部屋は見たことがない。

 内装は質素で、引き出しのついた机が一つと、今私がいるベッドが一つ。目立つものはそれくらいで、あとはゴミ箱や観葉植物やデジタル時計などがさりげなく置いてあるくらいだった。

 デジタル時計は現在、午前十時過ぎを示している。


「ホテル?」


 内装を見て咄嗟に思ったのは、旅行にでも来てたっけ、というどうしようもない感想だった。

 でも、旅行にしたって、何もこんな窓がないホテルに泊まらなくても。

 景観の悪さと寂しさを思いそんなことを呟いて、はてと首を傾げる。

 旅行の計画なんて立てた覚えはない。まだ高校一年生だ。一人旅ができるような年齢じゃない。

 それなら、どうしてこんなところにいるんだっけ。


「えっと……」


 昨日は普通に学校へ行った。……ような気がする。

 それで、普通に家に帰って――。

 そうだ。それから、として呼び出された。

 深い森の中で、呪いの館と恐れられる館の探索、魔物を発見し次第撃破――だっけ。そんなお役目だったはず。

 それで、館の玄関扉を開いて、中に――。

 そこからの記憶がない。


「あれ?」


 必死に記憶を呼び起こそうとしていると、ふと、自分の格好のおかしさに気づく。

 ……魔法少女のコスチュームのまま寝ている。

 私の魔法少女のコスチュームは、これでもかとフリルがあしらわれた、これぞ魔法少女みたいにフリフリしたもの。ピンクと白が目に映える。

 自分でも可愛い衣装だと思っているけれど、それをこんなにしちゃって……。

 シワとかにならないかな。マジカルなパワーで大丈夫とか、そういう守りがあってほしい。じゃないと今後、シワシワの服のままで敵の前に駆けつけることになる。それはちょっとバカみたいだ。

 とりあえず、これ以上どうにかなる前に、早いこと変身を解いて――。


「…………」


 変身が解けない。

 今までこんなことなかったのに。

 変身を解くには、何も特別なことは必要ない。ただ変身を解除したいと思うだけで、勝手に解除されるはずなのに。

 ここに来て、私はようやく異常事態を認識した。


 さっと周囲を確認する。

 呑気にベッドで寝られていたことからわかってはいたけれど、室内に魔物の姿はない。

 ――いや、油断しちゃいけない。魔物はなにも、ただ単純に襲ってくるものばかりじゃない。怪談や都市伝説で語られるように、複雑なルールで行動する魔物もいる。目覚めたばかりの人を狙う、なんて魔物がいてもおかしくない。

 とりあえず武器が欲しい。しかし、


「……出てこない」


 変身と同じく、念じれば手元に出てくるはずの武器が出てこなかった。

 これじゃあ戦うことも満足にできそうにない。

 いざ魔物に出くわして、対抗手段がなかったら――。


 膨れ上がった不安に向き合っていると、唐突に、何かの声が聞こえてくる。


『えー、お集まりのみなみなさま、お目覚めですかー?』


 姿は見えない。スピーカー……?

 どうにも性別が読み取れない感じの声質だった。

 声の持ち主に心当たりはない。


『まだ起きてないねぼすけさん、もう十時ですよー』


 ガンガンと、甲高い音が聞こえる。フライパンにおたまを打ち付ける、あの古典的な目覚めの音だ。正直、耳が痛い。


『はい、起きましたねー? 色々思うところはあると思いますが、まずは一階の玄関ホールまでお越しくださいませー! 一階玄関ホールだよ! いいね? それじゃボクは、他にも準備があるからこれで……』


 唐突に始まった放送は、やはり唐突に終了した。


「今の……何?」


 一体誰の放送だったんだろう。

 そもそも、一階玄関ホールと言っていたけれど、ここがどこなのかわからない。

 一つ言えることは、ここは玄関ホールではないだろうということ。今の放送に従うなら、部屋から出て移動しないといけない。


「――よしっ」


 止まっていても仕方ない。魔法少女なら行動すべきだ。

 私は警戒心を残しつつも、勇気を奮ってベッドから下りる。

 ……とりあえず、下りた瞬間何かが襲ってくるような展開はなし、と。


 私はドアに目を遣る。何の変哲もない白いドアだ。鍵もかかっている。

 ドアに近づく。……特に何も起こらない。警戒しすぎみたいだ。

 私は鍵を捻り、そうっとドアを開ける。


 危険がないことを確認して外に出ると、左右の景色は大きく違っていた。

 部屋を背にして右は、長い廊下が続いている。赤い絨毯が敷かれ、左側面は肌色の壁が続く。ところどころに絵も飾られている。絵に描かれているのは、どことなく狂気的な雰囲気のある人物画だった。少し気味が悪い。右側面は肌色の壁の中に、ぽつりぽつりとドアがある。今私が背を預けているドアと同じものだ。

 部屋を背にして左は、大きな空間に繋がっていた。壺や観葉植物なんかが置かれている傍には、下り階段があるようだった。どうやらここは一階でもなかったらしい。誰か――女の人がそこを下っていくのが見える。追いかけるべき? 


 少しばかり逡巡してから、私は駆け出した。

 絨毯の上を駆けながら、私はようやく靴を履きっぱなしだったことに気が付いた。土足で走り回っちゃっていいのかな、という思いと、土足のまま寝ていたという異常さを同時に感じる。

 左の広い空間に出ると、階段が二つあることに気が付いた。さっきは曲がり角で死角になって見えていなかった。

 それから、壁に一枚、額に入った絵が飾られているのが見える。

 今度のは人物画じゃなかった。どうやらこの建物の見取り図らしい。


・3F見取り図

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221404814299


 たくさんの部屋に対応して名前が書かれている。彼方かなた、という私の名前も見て取れた。さっき私が出てきた部屋の位置とちょうど重なる。

 じゃあ、あそこは……私に割り当てられた部屋?


 それからどうも、この階は三階らしい。一階の玄関ホールに集合とのことだったから、階段を二階分下りる必要がある。

 億劫だし、未だに何が起こっているのかわからないけれど、ひとまずの行動の指針にはなる。ここは放送の指示に従うべきだ。


 さっきの人が下りて行ったのと違う、もう一方の階段を選ぶ。

 とたとたと階段を下りると、なんだか避難訓練のような感じがしてくる。

 放送で○○に逃げると指示されて、下の階に逃げていく。目的地にたどり着くと、そこには大勢の人が集まっていて――。

 そういえば、最近避難訓練をやった覚えがない。ああいうのって、一学期に一回ずつやるんだっけ。それとも月に一回?

 よく覚えていない。そもそも避難訓練を思い出しているのに、のうちの駆けないは既に守っていない。それに――。


「あら?」

「わっ」


 喋らない、もどうやら守れそうになかった。

 三階から二階へ下る階段は、学校の階段のように途中で方向転換するような作りになっていた。

 その踊り場でターンすると、ちょうど反対側の踊り場の人と目が合った。


 美しい黒髪を持つ人だった。一本一本が艶を持って煌めいている。

 年齢は――大学生くらい? もしかしたら大人の人かもしれない。

 迫力はないけれど、どうにもこちらを引き込む色香を持っている人だった。

 薄い黒のドレスに包まれ、豊満な胸がそのドレスを押し上げている。胸が強調されるようなデザインでもないのに、それがどうにも目立っている。けれどいやらしさはなく、それもまた彼女の『美』を構成する一要素となっている。

 顔立ちも整っていて、今が異常事態であることを忘れてしまうくらい見惚れてしまう。

 総合すると、いいとこのお嬢様といった出で立ちだった。


「あなたも一階を目指すところかしら?」

「は、はいっ」

「そう。一緒に行く?」


 そう誘われて、断ろうとは思えなかった。

 私は首を縦に振り、二階まで降りて彼女と合流した。


「おはよう、って言えばいいのかしら。あなた、ここがどこだかわかる?」

「いえ……」

「やっぱり……。私も、何もわからなくて」


 お姉さんは、肩に乗せた白い何かを撫でた。

 露出された肩に乗る、白い何か。肩から肩まで、コートとかについているファーのようにまたがっている。ドレスにそんなものはついていないはずだけど、なんだろう、あれ。


「もしかして、あなたも魔法少女?」

「えっ。はい、そうですけど……」

「まあそうよね。私服がそれというのはあまり考えられないわ」


 そういえば、私は魔法少女のコスチュームのままだった。

 彼女のドレスと比べて、なんだか恥ずかしくなる。


「えっと、その言い方……お姉さんも魔法少女ですか?」

「ええ。そういえば自己紹介がまだだったわね。私、色川いろかわ 香狐かこよ。よろしくね」


 お姉さんはドレスの裾をつまんで優雅に一礼する。

 私もそれに倣おうとしたけれど、作法を知らないし、不格好になるだろうからやめておいた。


空鞠からまり 彼方です。よ、よろしくお願いしますっ」

「ええ。それで……」


 お姉さん――色川さんは、二階の壁にあった見取り図に目を向けた。


・2F見取り図

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221404904241


「これが二階の見取り図ね。」


 色川さんは見取り図をしげしげと眺める。

 遊戯室やシアタールーム、書庫なんかがあるようだった。

 色々気になるけれど、そもそも、ここはどこなんだろう。

 遊戯室とかシアタールームがあるような場所に、私は心当たりがなかった。

 何か忘れているんじゃないかと記憶を探っているうちに、お姉さんが見取り図から顔を離す。


「ごめんなさい。そろそろ行きましょうか」

「あ、はい」


 色川さんと二人、連れ立って階段を下りる。

 色川さんは何も話しかけてこない。それを気まずく思うと同時に不安が再燃する。

 その不安を口に出すべきか迷って、結局私は尋ねてみた。


「あの……」

「ん? 何かしら?」

「いえ。私たち、どうしてここにいるのかな、って……。私、昨日の夜は魔物退治に出かけて――それで、その後の記憶がないんですけど……」

「そうね。私も同じよ」

「そうですか……」


 この人は落ち着いた様子だし、何か知っているんじゃないかと思っていたけれど。

 その予想は外れていたらしい。


「でも、たぶんすぐにわかるわよ」

「えっ? どうして――」

「さっき放送で呼ばれたでしょう。三階の見取り図を見た限り、ここには私たち以外にも大勢いるみたいだし、その人たちか――そうでなければ、さっき放送をしてた人が何か知っていると思うわ」

「…………」

「私もそれが知りたいから、こうして階段を下ってるの。――ほら、見えてきた」


 階を一つ下るだけの会話はすぐに終わりを告げた。

 階段の下は、三階・二階と同様に、広いスペースとなっていた。奥には大きな両開きの扉がある。たぶん、玄関の扉だ。

 そういえば、昨日私が魔法少女のお役目で向かった館にも、こんな玄関扉があった気がする。

 それじゃあここは、私が魔法少女として向かった館……?


 玄関の扉があるということは、ここが呼び出しのあった玄関ホールで間違いない。

 ここには、三階と同じく壺や観葉植物、絵画などの調度品が揃えられていた。

 赤いソファーが二つずつ、階段の脇に並んでいる。誰も座っていない。

 ここが集合場所のはずだけれど、まだ誰も来ていなかった。私たちが一番最初の到着だったらしい。


「またあったわ。見取り図」


 再び、色川さんが見取り図を眺める。


・1F見取り図

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221404914762


 この階だけは他の階と形状が違って、一部屋分の四角いスペースが追加されている。『???』としか書いておらず、ここだけ何の部屋かわからない。

 入り口も見当たらない。一体何のスペースだろう。

 中が気になるけれど、魔物なんかが中に潜んでいたら怖い。ここは一度放っておこう。

 それから、他の施設にも目を通す。

 衣装室、食堂、厨房、屋内庭園、浴場……。

 他の階の地図も見た限り、ここで生活できそうなくらいに施設が整っていることはわかった。

 でも、普通の施設じゃないこともまた確かだった。普通の宿泊施設は、利用者が入ってくるような場所に厨房を作らない。

 そんなことを思いながら地図を眺めていると、だんだん手持無沙汰になってしまった。――集合場所はここだったはずなのに、誰も来ない。もしかして、集合場所はここじゃなかった?


「少し、待っていましょうか」

「あ、はい……」


 不安に思ったけれど、色川さんに促され、ソファーに座って待つことにした。

 色川さんとの間に会話はない。ただ静かに時が流れる。

 そうして黙って待っていると、数分後に、パタパタと音が聞こえてきた。大人数が一斉に階段を下りてくる。その数八人。知らない人たち。みんな女の人だ。

 ほとんどの人が、私服と言い張るには無理のある格好をしている。

 まさか――ここにいる全員、魔法少女?

 十人も魔法少女が集まるなんて状況、聞いたことがない。

 これまで魔物を倒すうえで他の魔法少女と協力したことは多々あるけれど、たいてい二人か、多くて五人。それ以上集まるなんて、どれだけの異常事態だろう。


 奇妙な状況に寒気を覚えていると、まるで私たちが集まるのを待っていたように、異変が起こった。

 見取り図がかかっている壁の一部が、冗談のように縦に裂けた。ファスナーの開けられた筆箱のように。

 位置からすると、繋がっている先はあの用途不明だった部屋だ。

 ――そこから、小さい何かが飛び出してくる。


『いぃぃいやっほぅ! みなみなさま、いらっしゃいませ! ボクの館へようこそ! めいっぱい歓迎して、手厚くもてなしてあげるからね!』


 そう言って、飛び出してきた何かは、びしっとポーズを決めた。手には謎の紫の宝石を掲げている。

 飛び出してきたのは、犬のぬいぐるみだった。雑な縫製で、ところどころから綿がはみ出しているのが見える。目に使われているボタンも左右で色、大きさともに異なり、呪いの人形っぽい不気味さを醸し出している。

 黙っていれば完璧にホラーでしかない人形は、しかし、見た目に反してコミカルに騒ぎまわる。先ほどまで手を天に掲げるポーズを取っていたと思ったら、今度は自分の尻尾を負う猫のように回りだした。見た目が犬であるだけに、コミカルさが際立つ。

 それを見て、誰かが呟いた。


「喋る――ぬいぐるみ? 魔物か?」


 他にも、銘々が好き勝手に独り言を、あるいは相談を始める。


『やーやー、静かに。静粛にー。ボクが名乗りますよー。えー、おっほん』


 収拾が付きそうもない喧噪の中。

 ぬいぐるみはわざとらしい咳払いを挟んで、そして告げる。

 その名乗りは、私たち全員を沈黙させるのに十分な威力を持っていた。

 ――曰く。


『ボクはワンダー。キミたちの宿敵、【十二魔王】の一人だよ! よろしくね!』

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