【解決編】How to Explode Her

《彼女を爆破する方法》




「に、偽物……?」


 私の発言で場がざわつく中、夢来ちゃんが衝撃を受けたように呟いた。


「彼方ちゃん、どういうこと……?」

「……そのメモは、ワンダーが用意したものじゃないの。――香狐さんは、その可能性も考えてましたよね?」


 思い出す。今日の朝に起こされて、厨房に招き入れられたときのことを。

『ワンダーが、あまりに動きがないのに焦れて、こんなものを設置したか、あるいは……』と、香狐さんは言っていた。

 その、あるいは、という言葉の先を、私は香狐さんと共有していた……はずだ。


「ええ。私も、その可能性はあると思っていたわ。そのメモは、ワンダーが用意したものではなくて――誰かが用意した、質の悪い悪戯だ、って」


 質の悪い悪戯。

 謎めいた宝箱を用意して、その実、中身は空っぽ。

 それもそのはず。何せ、そのメモを用意したのは――。


「……そのメモを用意したのは、この中の誰かです。だから、鍵の在りかなんて、知っているはずがないんです」

「はぁ!?」


 何度目かわからないざわめき。


「ちなみに、カナタン、根拠もちゃんとあるよね?(o゜ー゜o)?」

「うん。……根拠は、これ」


 私は、倉庫で見つけたタコ糸を、証拠として提出する。

 手近に置いたそれを、香狐さんが手に取った。


「……糸ね。メモを括りつけていた紐と同じ」

「はい。これは、倉庫にありました。見てもらえばわかると思いますが、少し使われた形跡があります。その使い道は、たぶん、メモを厨房の水道に括りつけること」


 どうして、このタコ糸が使用されたのか。

 どうして、わざわざメモを水道に括りつけたのか。


「ワンダーなら、わざわざこのタコ糸を使う必要はないと思うんです。ヒントを出すにしても、もっとうまい出し方があると思いますし。どうしてもあのメモを紐で括りたかったとしても、こんなみすぼらしい糸じゃなくて、上等な糸はあったはずです。……魔王なんだから、それくらいは用意できたはずです」


 ワンダーが――あの性悪の魔王がヒントを出すなら、おそらくはそうする。

 大して驚くこともできないようなやり方でヒントだけ残していくなんて、あの意地の悪い魔王らしくない。

 まして、見た目を損ねてまで、タコ糸で適当に括るなんて。


「誰か、ワンダーの口から直接聞きましたか? そのメモはワンダーが用意したものだって」

「「「…………」」」


 誰も答えなかった。その沈黙は、全体による明確な否定となっていた。

 そう――誰も、ワンダーから暗号のことなんて聞いていない。

 一度、この暗号のことで集まった時間があった。いつものワンダーなら、そのタイミングで乱入してきてもよさそうなものなのに。今回は、事件が起こるまで何もしてこなかった。


「それに、このタコ糸は、使ったことを隠すようにして倉庫に置いてありました。ワンダーがわざわざそんな細工をする意味があるとは、考えづらいです」


 何かこのタコ糸がやましいことに使われたとしても、魔王がやましいことをするなんて当たり前だ。隠されたところで、どうとも思わない。なら隠す意味もない。


「んー、でもそれだと、証拠としては弱いよね? ワンダーが気まぐれでそのタコ糸を選んで、気まぐれで隠しただけかもしれないし(;'∀')」

「…………」


 空澄ちゃんはきっとわかっているくせに、そんなことを言い続ける。

 それを認めてしまえば、暫定【犯人】の潔白を認めることになってしまうから。


「ワンダーがわざわざあの水道にメモを設置したところで、いいことは一つもないです。だけど……あの水道にメモを設置して、喜ぶ人が一人だけいるんです」


 これを言うと、絶対に空気が悪くなる。

 だから、最後まで言うのを躊躇っていたけれど――。

 空澄ちゃんが納得してくれない以上、この確たる論拠を突きつける他ない。


「……ベルトコンベアの奥に、鏡を設置した人」

「なっ!? 彼方!?」

「はっ!? それって――やっぱり【犯人】は狼花あいつってことでしょ!?」


 狼花さんが、私の裏切りのような行為に愕然とする。

 そこを逃さず糾弾する佳奈ちゃん。

 一斉に、みんなの視線が狼花さんに向いた。

 今のところ、空澄ちゃんの推理のせいで、鏡を設置した人物=狼花さんという図式ができあがってしまっている。だから、この話を切り出すなら、本当は狼花さんの疑いを晴らしてからにしたかった。

 ……思えば、メモのことに話題を逸らしたのは、空澄ちゃんだった。本当に、空澄ちゃんは何がしたいんだろう。

 そう思うも、一度醸成された空気は覆せない。

 一度声を張って、私の言葉に耳を傾けてもらうしかない。


「待ってください! 狼花さんは、【犯人】じゃないんです!」

「にゃー、でもおみゃーが、ベルトコンベアに鏡を置いたやつって言ったんだにゃー」

「それは、狼花さんじゃないの。……一から説明するから、まずは私の話を聞いてください」


 全体に向けてそう言ってようやく、話が進められないほどの喧騒は収まった。


「それで、貴様は説明と言うが、どうするつもりなのだ?」

「……とりあえず、暗号のメモが、厨房の水道に置かれた理由から説明します」


 暗号のメモが、タコ糸を使ってまで水道に括りつけられたのは、意図的なことだ。

 だって、そうすることで得をする人物がいるんだから。


「仮に、狼花さんが【犯人】だったとして――あくまでも仮にですけど――鏡を使って厨房に爆発を起こすなら、こちらから覗けるようにすること以外にもう一つ、大事なことがあります」


 こちらでやるべきなのは、鏡を自然な形で見ることができるようにすること。――狼花さんの座席はちょうど、その条件に合致している。

 そして、もう一つ。


「せっかく厨房を覗けるようにしても、厨房に相手がいないと意味がありません。……被害者になる誰かがそこにいないと、爆発させるなんてことができないから」

「おっ、確かにそうだねー。標的が見えないとぶっ殺すのは大変だからねー('ω')」


 空澄ちゃんが白々しく納得を示す。


「だから、誰かを水道におびき寄せる必要があったんです。そのために、意味深なメモを用意して、水道に巻き付けたんです。厨房のベルトコンベアの先にあるのは、水道だから」


 そうして、視線の通った先に、メモに引き寄せられた誰かがやって来る。


「わざわざ暗号にしたのは、そうすればお米ちゃんは絶対に引っかかってくれるからかな? 紐で括ったのは、メモを動かされたくなかったから。うん、いい感じに筋が通るね(*'ω'*) あとはメモに引き寄せられた哀れなお米ちゃんを爆破するだけで、殺人完了、ってね。いやーカナタン、お見事な推理だったよ! よっ、名探偵カナタン! これは土曜午後六時の少年探偵の枠もいただきだね!(*'▽')」


 空澄ちゃんが拍手して、私のことを誉めそやす。

 それにつられて、やっぱり、と周囲が騒ぎ出す。

 狼花さんも、抗弁のために口を開こうとする。

 私は、それを制した。目線だけで、『私に任せてください』と主張する。

 その上で――私は、その空澄ちゃんのことを、はっきりと睨んだ。

 これ以上、狼花さんを傷つけてほしくなかったから。


「……それは、違うよ」


 だから私は、全体に向けてではなく、空澄ちゃんに向けて反論を投げかけた。


「ん? 違う? 何が?(o゜ー゜o)?」

「狼花さんは、【犯人】じゃない」


 何度でも繰り返す。

 これは贖罪だ。私も、狼花さんを一度でも疑ってしまった。

 だから、私が狼花さんの汚名を雪がなくてはならない。


「へぇ。そこまで断言するんだったら、証拠があるんだよね?(〟-_・)」

「うん。……空澄ちゃんの方が、詳しいはずだよ」


 だって、私にそれを教えてくれたのは、空澄ちゃんなんだから。

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