【解決編】Save You from the Doubt

《あなたを疑いから救う》




「あーしの方が詳しい、ねぇ。ちゃんと説明してくれるよね?(;¬д¬) 」

「……うん」


 狼花さんが【犯人】ではないと示す、決定的な証拠。それは――。


「爆発が起こったのって、どこ?」

「んー、どこって、厨房でしょ? 今更何言ってるの? ボケちゃった?(;'∀')」

「そうじゃない。厨房の、どこだったか。空澄ちゃんは、覚えてるよね?」

「あはー、どうだっけなぁ (・3・)」


 空澄ちゃんはどこまでも白を切る。

 それなら――。


「――摩由美ちゃんなら、覚えてるよね? 摩由美ちゃんは、爆発が起こったとき、どこにいた?」

「ほあ? みゃーか? みゃーは、水道近くの壁に寄りかか……って……。にゃ?」


 摩由美ちゃんが、気づいた。


「にゃー、気のせいかにゃ? その位置だと、狙われてたのはみゃーってことになるような……」


 冷や汗をかいて、私に確認するように問いかけてくる。

 申し訳ないけれど――私はそれに、頷かないといけなかった。


「……うん。ベルトコンベアの穴から狙われてたとしたなら、そういうことになるね」

「みゃああああああ!?」


 摩由美ちゃんが驚いて、椅子から転げ落ちた。

 ペタペタと、自分の無事を改めて確かめるよう触る。


「みゃ、みゃー、生きてるかにゃ? ちゃんと生きてるかにゃ?」

「あー、死んじゃってるんじゃない?(;'∀')」

「みゃああああああああああああ!?」

「なんつって。生きてる生きてる(*^^*)」

「みゃっ!? お、おお、おおお、脅かすにゃあああああああ!?」


 摩由美ちゃんが声を荒らげる。

 気の毒とは思うけれど、止めてはあげられない。

 これは、狼花さんの潔白を示す重要な証拠だから。

 そして――摩由美ちゃんが、その決定的な言葉を口にする。


「にゃ? でも、それなら――なんでみゃーは生き残って、米子が死んでしまったのにゃ……?」


 来た。ようやく、大勢を覆せる。

 私は、幾度となく繰り返した結論を、再び口にする。


「……狼花さんは、【犯人】じゃなかったから。爆発を起こしたのが、狼花さんじゃなかったからだよ」


 私の出した結論に、ようやく、誰も口を挟まなくなった。

 それだけの空気を、作り上げることができた。

 既にみんな、疑い始めている。本当に【犯人】は狼花さんなのか。何かがおかしいと思い始めている。

 ここで一気に狼花さんの疑いを晴らすため、私は畳みかけた。


「狼花さんがベルトコンベアの穴を使って厨房を爆発させたのなら、水道の辺りで爆発が起こるはずです。……摩由美ちゃんは爆発が起こったときに、水道の前にいたらしいです。その場合、きっと、一番酷い傷を負ったのは摩由美ちゃんでした。だけど……実際に一番酷い傷を負ったのは米子ちゃんでした」


 摩由美ちゃんも空澄ちゃんも、爆発の被害を受けていたけれど、それはあくまで余波だった。だから、こうして生き残ることができた。


「それに、爆発の跡もおかしいです。今、爆発の跡は厨房の床にありますけど……狼花さんが爆発を起こしたのなら、爆発の跡は水道周りにあるはずです」


 それが、決定的な齟齬。

 狼花さんが【犯人】ではないという、動かぬ証拠。


「……これでもまだ、狼花さんが【犯人】って言い張る?」


 空澄ちゃんに問う。

 反論はできないはずだ。

 ベルトコンベアの穴と鏡を用いた方法では、水道の辺りを爆破することしかできない。二つ目の鏡が置かれていたということもなかった以上、届くのは間違いなくその辺りだけ。厨房の中心は範囲外だ。

 どうやっても、狼花さんにこれは成し遂げられない。


「……はぁ」


 空澄ちゃんがため息を溢す。そのため息は、落胆のため息ではなかった。

 諦念から来るため息。

 遂に、空澄ちゃんが認めた。狼花さんは【犯人】ではないと。


「――きっと、【犯人】は想定外だっただろうね(・ 。・)」


 空澄ちゃんが、ふっと笑う。

 そこから、どんな言葉が飛び出すのか。

 私は空澄ちゃんの次の言葉を想像する。――その想像は、どれも外れた。

 空澄ちゃんが呟いたのは、私が予想していなかった言葉だった。


「あーしの鬼ごっこで計画が破綻するなんてね(-ω-)/」

「……えっ?」


 鬼ごっこ?

 それって……事件の前に、メモを取り合った?


「おろ? カナタン、気づいてない?(〟-_・)」

「気づいてって……何に?」

「【犯人】の、真の殺害方法」

「…………」


 私は黙り込む。場に動揺が走る。

 それは、私が辿り着いていない【真相】だった。


 悩んで考えて、真の【犯人】のことを探っても、私には辿り着けなかった。

 だから、思考の目的を変えて、狼花さんを守ることだけに注力した。どの証拠なら、狼花さんの潔白を証明できるのか。それだけの観点で、証拠を吟味した。

 だから――真の【犯人】も、その殺害の方法も、私は全くわかっていなかった。

 どんな風に殺害したかもわからないから、どうして空澄ちゃんが鬼ごっこをすると計画が破綻するのかもわからない。


 ……それを悔しく思ってか。

 つい、負け惜しみのようなことを言ってしまう。


「……やっぱり、狼花さんが【犯人】じゃないって、気づいてたんだね」

「いや、まだわからないよ? 案外、真犯人はロウカスって流れかも( ̄д ̄)」

「……本当に狼花さんが【犯人】なら、その方法も言えるよね?」


 私は既に、狼花さんが【犯人】ではないことを確信している。だから、強気に攻められた。


「おっとそう来るか。……まあ、ここまで来て言い逃れはできないよね。(=_=) うん、そだよー。ぶっちゃけ、途中からわかってましたー(・ω<) テヘペロ」

「はぁ!?」


 ようやく、先ほどまで黙り込んでいた狼花さんが、怒りを爆発させた。

 私がアイコンタクトで任せてほしいと伝えたから、先ほどまでは口を挟まずにいてくれたけれど。もう、我慢の限界のようだった。


「お前、なんでそんなこと!」

「んー、いや、だってミステリーには必要不可欠でしょ? 推理を間違えるヘボ探偵役が。あーしがその役目を引き受けてあげたんじゃん(*'ω'*) ロウカスには、個人的な恨みもあったしね。ま、ちょうどいい機会だと思って、つい(-ω-)/」

「…………」


 個人的な恨みと聞いて、狼花さんが閉口する。

 その恨みというのはきっと、あのときの暴発の話だろう。

 傍目に見れば、完全な空澄ちゃんの自業自得。けれど――狼花さんだけは。

 なんとかする技術を持っていた狼花さんは、そこに僅かな負い目を抱いていた。


「あれ、噛みついてこない?(。´・ω・)? 自業自得だろ! とか、そういうツッコミが来ると思ってたんだけど(・ 。・)」


 空澄ちゃんが不思議そうな目をする。

 ――空澄ちゃんは、狼花さんのことを何もわかっていない。

 私も狼花さんのことを深く知っているわけではないけれど、それでも、人柄に触れる機会は空澄ちゃんより多くあった。

 狼花さんは、通すべき筋を過剰に気にする。受けた恩は、いっそ過剰ともいえる形で返そうとする。

 そのくせ、自分が誰かに振りまいた気遣いは、自分の手柄ではないと頑なに主張する。

 狼花さんはそういう人だ。空澄ちゃんのように、ただ感情だけで突っかかっては行かない。

 だから、狼花さんは――不思議がる空澄ちゃんを無視して、私の方を向いた。


「彼方」

「な、なんですか?」

「いや。ありがとな。おかげで助かった」


 狼花さんは、ふっと笑った。

 常の笑い方とは違い、疑われ続けたことによる疲弊が垣間見えていたけれど――それでも、笑う元気を取り戻した。


「……はいっ」


 私は、自分の行為が無駄ではなかったとわかって嬉しくなる。

 私の最大の目的は、これで達成された。

 しかし――これで解決ではなかった。


 狼花さんは、容疑者から外れた。

 しかし、未だに【真相】は遠い。

 この中にいる誰かが、米子ちゃんを殺した。

 この中にいる誰かが、狼花さんに【犯人】の座を押し付けようとした。

 この中にいる誰かが、今も罪から逃れようと藻掻いている。


 ――それが誰かを、暴かなくてはならない。

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