【解決編】For You

《あなたのために》




『はーい、ここらでワンダーがログインしまーす!』


 狼花さんの潔白を証明して、議論が停滞した途端に、そんな声が響いた。

 食堂の扉を押し開けて、ワンダーがやって来る。


『いやっほう、盛り上がってるみたいだね! 人が死んだ一時間後には口喧嘩とか、いやー、みんな元気だねー!』

「お前が仕組んだんだろうが!」


 実際に犠牲者が出てなお、浮ついた口調を改めないワンダーに、狼花さんが怒りを露わにする。

 その怒声に、ワンダーは開き直りを返した。


『その通り! これはボクが仕組んだことなのでした! いやぁ、みなみなさまがギスギスするその姿が、ボクの最高の娯楽だよ! いいぞ、もっとやれー!』

「そういうのは、もう終わったんだよ。彼方が終わらせた」

『ええっ!? まさか乗り遅れた!? ……なんてね。実はボクも、話は全部聞いてたんだよね。あはは!』


 ワンダーは、ぬいぐるみの表情を変化させない。しかし、醜悪に嗤ったであろうことは明らかだった。


『ギスギスが終わりぃ? まさか、そんなわけないじゃん! 容疑者の一人が潔白を証明した! で? だから? それが何? まだ【犯人】を晒し者にしてないでしょ? 人を殺して、侮蔑を一身に浴びる栄誉ある魔法少女はどこ?』


 ワンダーが、魔法少女、総勢十二名を見回す。


『ボクはね、それが見たいんだよ! ぶっちゃけ、事件の途中で出てくる容疑者なんて前座でしかないんだよね。本格的に罪を確定させて、疑問の余地なく、誰もが信じ込める大罪人! どす黒い悪を前にして、魔法少女が掲げる正義の視線! 軽蔑! 嫌悪! 憎悪! 唾棄! 殺意! 絶対的正義が、【犯人】に向ける負のオーラ! それこそが最高のメインディッシュなんだよ! あはははははははは!』


 魔王の哄笑が響き渡る。


『ああでも、【犯人】が笑う展開もそれはそれでいいよね。圧倒的悪は悠然と去りゆき、絶対正義はボクによって絶望に染められる……。あああああ、いいよいいよ! 素晴らしいバッドエンドだよ! 興奮しちゃうよね!』


 ワンダーは、その魔王たる所以を存分に見せつける。


『――はい、というわけで、お時間を取らせました! ここからはボクも、ここで議論を聞かせてもらうよ! どうぞみなみなさま、【犯人】を追い詰めるため、徹底的に激論を交わしてくださいませ! 【真相】に辿り着けなかったそのときには――。あははははははは!』


 ワンダーがテーブルによじ登り、その真ん中に陣取った。

 動きもせずに座るその姿は、ただのボロボロの人形にしか見えない。


「「「…………」」」


 その振る舞いに、誰もが口を噤む。


『おろ? ボクのことは気にしないでいいよ?』


 そう言われるも、目の前に魔王がいてどうしろというのか。

 気にしない魔法少女なんて――一人しかいない。


「ほーい、じゃっ、再開しようか(*'ω'*)」


 空澄ちゃんだけは、魔王の気配に全く怯むことなく、平常運転で議論を再開させた。


「ロウカスはこの方法じゃ殺せない、っていうのはいい加減認めるよ。その上で、じゃあ、あの鏡はなんだったのかな? カナタン、正解をどうぞ('ω')ノ」

「えっ……」


 私?

 自分の役割はもう終わったものと考えていたから、ここで私に振られるとは思っていなかった。

 しかし――それなら、答えられる。


「【犯人】が、狼花さんに罪を押し付けようとした――んだよね」

「正解! たぶんだけどね(^O^)」


 空澄ちゃんが手を叩く。


「そもそも、普通に考えて無理があるんだよね。そこのベルトコンベアの穴、普通に手を突っ込んだって奥まで届きそうもないし(・ 。・)」


 空澄ちゃんは席を立って、ベルトコンベアの穴に手を突っ込んだ。

 言った通り、その手は奥まで全く届いていない。


「それなのに、厨房の様子が映るように鏡を調節するなんて、できるわけないよね。たぶん、ロウカスの言った、横にしてあったっていうのも嘘じゃないんだろうね。(´Д`) 【犯人】はこれを投げ入れるか、長い棒を使うかして、奥まで押し込んだ。あたかも、ロウカスが犯行可能だと見せかけるために(*´з`)」


 ……そこまで根拠を考えていて、それでもなお狼花さんを糾弾していたなんて。

 本当に信じられない。


「あとさー、あーしさっき、ロウカスの席から鏡を見るのは不可能じゃないとか言ったけど。普通に無理があるよね? あの穴暗いし、席から割と遠いし。すごい視力持ってる人とかはできるのかもしれないけど、ま、ロウカスだしね。そんな特技持ってないでしょ('ω')」

「……持ってねぇよ」


 狼花さんは、苦々しい顔をしながらも肯定した。


「だよね。ってことで、この方法での殺人はロウカスには無理だね。うん(´Д`)」


 狼花さんを糾弾していた旗頭がそう宣言し、納得がいかない顔をしていた面々も、ようやく狼花さんが【犯人】でないと認めた。


「で、このあと、どうやって【犯人】を追い詰めよっか?(。´・ω・)?」

「は? お前、もう誰が【犯人】なのかわかってんだろ?」

「んー、そんなこと言ったっけ? 忘れちゃった(・ω<)」


 空澄ちゃんが白を切る。

 ……実際に空澄ちゃんが言ったのは、【犯人】が用いた殺人の手口がわかったという風なことだったけれど。それはつまるところ、【犯人】がわかったと主張しているに等しい。


「アリバイ等を洗い出すのはどうかな」


 接理ちゃんがそう主張する。

 空澄ちゃんは、迷いもせずに首を振った。


「あー、それは意味ないね。あの鏡の破片、衣装室の中にあった試着室の鏡のやつだったんだけど。その鏡割ったのって、たぶん夜中だよ? この中で、グループ行動の規則を破って夜中に出歩いて、怪しい人を目撃した人っている? それか、昼間のグループ行動中に、目の前で鏡を叩き割った馬鹿とかいたりした?(o゜ー゜o)?」

「…………」

「まあ、いないよね(;´・ω・)」


 誰も答えない。当然だ。

 夜中に出歩いていたと名乗り出れば、【犯人】ではないかと疑われる。

 昼間に鏡を叩き割った人なんているはずがない。

 だから、その線は負うことができない。


「ああ――でも、倉庫の件は別かな。さっきカナタンが持ってきてくれたタコ糸は、倉庫にあったやつなんだけど――。これが倉庫にあるって知ってた人は、そう多くはないはずなんだよね。実際、あーしも知らなかったし。"(-""-)" だから、【犯人】を絞り込む手掛かりにはなるんじゃないかな。んじゃ、あのタコ糸が倉庫にあるって知ってた人、手ぇ挙げて!('ω')ノ」


 空澄ちゃんの呼びかけに応えて手を上げたのは、私、夢来ちゃん、摩由美ちゃん、藍さん、――初さん、狼花さん、香狐さん。


「ほーん。ウイたんたちは、初日の探索で二階には行ってないはずだけど。いつ調べたの?(・_・?)」

「昨日の、午前中です。わたくしたちは二階の様子を知らなかったので、一応、見回っておこうかと」


 ――そうだ。

 そういえば、書庫で会ったときに言っていた。倉庫を調べていたと。

 それをすっかり忘れていた。


「なるほど。まあ、倉庫を調べたことがない【犯人】が倉庫を漁って、偶然タコ糸を見つけたって線もあるけど――その可能性を無視するなら、【犯人】はこの中にいるってことになるんじゃないかな('ω')」


 空澄ちゃんが言うと、途端に視線が、そのメンバーに集まった。

 一方で、そこに含まれなかったメンバーは、明らかな安堵を浮かべていた。


「ついでに言うと、カナタンは違うよね(^O^)」

「えっ?」


 なんで、私だけ?


「だってカナタンが【犯人】なら、ロウカスを庇うわけないもん。あの暗号がどうしてあそこにあったのか、忘れちゃったわけじゃないでしょ?(o゜ー゜o)?」

「……うん」


 狼花さんに、罪を押し付けるためだ。


「だから、カナタンは違うよ。よかったね('ω')」

「…………」

「おい、それならオレだって除外だろうが」

「うへぇ。まあ、そうだね。ロウカスが自分に罪を押し付けるとか意味わかんないし。――あ、いやでも、実行不可能って準備してみるまでわからない低能だったって可能性が……。それだと、証拠を残したのも頷けるし……( ̄д ̄)」

「ああくそっ、勝手に言ってろ!」


 どうしても可能性を消そうとしない空澄ちゃんに、狼花さんが悪態をつく。


「うん、りょーかーい。勝手に言ってるよ。――それで、カナタン。そろそろわかった?(〟-_・)」

「えっ?」

「【犯人】の手口でも、【犯人】の正体でもいいからさー。そろそろ推理は完成した?o(^o^)o」

「……ううん」


 まだ、私にこの事件は紐解けていない。


「むしろ……なんで空澄ちゃんは、そんなに私に言わせようとするの?」

「ん? 単純なことだよ。今回、ロウカスの容疑を暴こうと奮闘した名探偵はカナタンだよね。だったら、最後まで決着をつけるべきだよ。名探偵が途中で推理を下りる推理小説なんて、読者は認めないだろうからねヾ(@⌒ー⌒@)ノ」

「……名探偵」


 そんな肩書きのために、私は必死になって考えたわけじゃない。

 ただ、狼花さんに贖罪がしたくて。それだけの思いでここまで事件を紐解いた。

 その原動力がなくなった今、私に、頑張る理由なんて――。


 そう思ったとき、右手に圧力を感じた。

 それで、思い出す。夢来ちゃんと、ずっと手を繋いでいたことを。

 ……どうして、私は忘れていたんだろう。

 夢来ちゃんは、震えている。進まない議論に。迫るタイムリミットに。

 ――迫る絶望に。


 私が責任を負わなくちゃいけなかったのは、狼花さんに対してだけじゃない。

 夢来ちゃんのために。そう決意したのに。

 いつしか、そのための思考をやめていた。


 唇を噛む。自分が情けない。

 私は、夢来ちゃんを安心させてあげたい。その役目は、他の誰かに譲りたくない。

 私がこの事件の【真相】を解き明かすことで、夢来ちゃんが安心してくれるのなら――。


 ……ごめん、夢来ちゃん。

 心の中だけで謝る。今謝罪を口にしても、不安にさせてしまうだけだろうから。

 だから、心の中だけで。

 そして――考える。


 誰がこんなことをしたのか。

 どうやってこんなことをしたのか。

 それらを紐解く鍵はどこにあるのか。


 ――私の決意を感じ取ったのか、空澄ちゃんが唇を吊り上げる。


 突破口はどこにある。

 暗号? タコ糸? ベルトコンベア? 鏡の破片? 空澄ちゃんの鬼ごっこ? 米子ちゃんの魔法? 爆発? 死体?


 この殺人は実行不可能?

 そんなはずはない。米子ちゃんの『死』は作られた。不可能なわけがない。

 どうして不可能とされた? 最重要容疑者が実行不可能だったからだ。

 どうして狼花さんが最重要容疑者にされた? 死因が爆発だったからだ。

 どうしてその爆発は起きた? その爆発が起きたきっかけトリガーは?


 ――きっかけは、

 だったら、【犯人】は、ここには――。

 いや、違う。そうじゃない。

 いる。二人だけ。それが実行可能だった人が。

 そしてその中でも、唯一、それらしい行動を取っていた人がいる。


 ……本当に?

 本当に、この人が【犯人】?

 私の推理が間違っている?

 でも、私には、これしか――。


「――出たみたいだね。じゃあ、聞かせてよ、カナタン。君の推理を」


 空澄ちゃんが、ふざけた調子を抜いて、問いかける。

 私は――。


 夢来ちゃんの手を、強く握る。


「……彼方ちゃん?」


 夢来ちゃんに、私の決意を伝えるつもりで握る。

 そして――始める。


 米子ちゃんを死に追いやった、【犯人】への断罪を。

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