Chapter1:号砲の音は花火のようで 【解決編】

【解決編】That is fake.

《それは偽物だ。》




 全員が、食堂の席に着く。

 ――いや、全員じゃない。席は、一つだけ空席となっていた。

 誰の席か、なんて言うまでもない。


 みんなその席に怯えた目を向けたり、あるいは嫌悪に満ちた目を向けたり――。

 皆が一様に、方向性は違えどネガティブな感情を向けていた。


 彼女が恨まれるようなことをしただろうか。

 していないはずだ。むしろ、みんなの役に立ちたいと思っていた優しい子だった。

 けれど彼女は今や、悲劇の象徴であり、不吉の旗印であり、最悪の代名詞だった。


 彼女を陥れ、貶めた存在がこの中にいる。

 それを意識しているのか、食堂に集まったメンバーに対して不信を向けている人もいた。

 ――いや、包み隠さず言ってしまえば。

 不信を集めているのは、狼花さんだった。

 当然だ。死因は爆死。空澄ちゃんがそうであったように、狼花さんが疑われるのは自然な流れだった。

 険悪な雰囲気が支配する中で、初さんが一先ず場を取りまとめようとする。


「あの、皆さん。まずは、情報を――」

「――そんな必要ないでしょ!? 犯人はそいつに決まってるんだから!」


 初さんの発言を遮り、ヒステリックに叫んだのは、佳奈ちゃんだった。

 そいつ、と示す指の先にいるのは――もちろん、狼花さん。


「あ、米子あいつが死んだのは――爆発が原因だったんでしょ! だったら、狼花あいつが【犯人】に決まってる! 狼花あいつの魔法、爆発するやつだったでしょ!?」


 佳奈ちゃんは指を振り回し、あいつ、という言葉の先を示していく。頑なに名前を呼ばないその姿勢が、周囲と融和しようとしない意思を示しているようだった。


「ち、違う! オレじゃない!」

「ひっ……」


 犯人扱いされた狼花さんが叫び返すと、佳奈ちゃんは明らかに気圧された様子を見せた。

 しかし、すぐに強気を取り戻す。


「あ、狼花あんた以外に、こんなことできるやつなんていないでしょ!? あ、あんな……うえっ……し、死体作るのなんて!」


 佳奈ちゃんが、死体に言及して気分を悪くする。

 たぶん――佳奈ちゃんもアレを見た、あるいは見せられたのだろう。【真相】の究明は強制参加だったから。


「何度も言ってるだろ! オレの魔法は、目の届く場所じゃなきゃ使えないんだよ!」


 狼花さんが、テーブルに一枚の紙を投げる。

 初日に配布された、各人の固有魔法が示されたメモだ。

 狼花さんのメモには、こう書かれていた。


猪鹿倉 狼花 固有魔法:[爆炎花火]

色付きの爆発を操る。着色は自由にすることができ、普通の爆発に近づけることもできるし、普通ではあり得ない色彩の爆発を生み出すことも可能。爆発の形を変えることもできるが、こちらは割と集中力が必要なので、戦闘中には使えない。魔法の性質上、爆発させる目標を逐一観察している必要があり、視界内でなければ発動に失敗してしまう。


 最後の文に、明確に記されている。視界内でなければ発動に失敗してしまう、と。

 しかし厨房と食堂は壁で明確に仕切られていて、視線なんて通るはずがない。――通常なら。


「だーから、トリックがあったって言ってるじゃん(*´з`)」


 ここで、空澄ちゃんが議論に参加した。

 そして――テーブルの中央に置かれた、煤けた鏡の破片を指差す。


「その破片、ベルトコンベアの奥に置いてあったんだよ。カナタンから聞いたけど、ロウカスは事件前、ベルトコンベアの穴を覗いてたんでしょ?(。´・ω・)? だったらさー、可能だよね? ――厨房の様子を鏡に映して、視界に入れるって芸当がさ(`A´)mp」

「はっ……」


 狼花さんの息が詰まる。その隙に、空澄ちゃんは畳みかけた。


「ベルトコンベアは、直角に曲がる構造になってる。だから、角の所に鏡を一枚設置してやれば、それだけで向こう側が覗けるようになる。(=_=) しかも、ロウカスの席はベルトコンベアの穴の直線上にあるから、座ってても穴は覗けるよね? どんだけの視力が必要かは知らないけど、見える人は見えるはずだよ。――まあ今回は、ウイたんが引き寄せたみたいだし、確定で見れただろうね(^O^)」


 空澄ちゃんは、推論を振りかざして笑う。

 そこまで挑発されて、狼花さんはようやく反駁した。


「ち、違っ……。その鏡って、ベルトコンベアの穴の奥にあったんだろ!? なら、あの板みたいなやつだ! アレは最初から横にして置いてあったんだよ! なあ、初、そうだったよな!?」


 狼花さんが初さんに期待を込めた眼差しを送る。

 しかし――。


「いえ、ごめんなさい……。その後のことで色々あったせいで、よく覚えていなくて」

「はぁ……? そ、そんな……」


 狼花さんの顔が絶望に染まる。

 初さんは事件を目の当たりにして、気絶してしまった。それだけショックを受けたのだとしたら、前後の記憶が怪しくてもおかしくはない。まして、事件前の些事のような記憶だ。そう強烈に刻み付けるような記憶でもない。

 だから――その記憶は、狼花さんの一助にはなってくれなかった。


 しかし――。


 私は、狼花さんに視線を向ける。

 項垂れていた狼花さんは、やがてそれに気づいた。

 普段、頼りがいのある様子を見せてくれる狼花さんだけれど――今だけは違った。

 助けてくれと、そう私に訴えている。

 恥を忍ぶように。それでも、現状をどうにかしてほしいと願って。

 だから、私は――。


「……空澄ちゃん」

「んー、何、カナタン(・ 。・)」

「空澄ちゃんは、わかってて言ってるよね?」

「わかって、って何が?(・・?)」


 この態度は、絶対にわかって言っている。

 その上で、私に言わせようとしているかのようだった。

 空とぼけた態度で、その真意は読めない。

 狼花さんを追い詰めることを楽しんでいる。自分以外の誰かをこの議論に引き摺り込もうとしている。何かを隠そうとしている。

 理由はいろいろ考えられるけれど、どれも納得はいかなかった。

 どれも、こうやってねちっこく、狼花さんを追い詰める理由にはならない。

 だから、私は――立ち上がって、議論の場に躍り出た。


 狼花さんに目を向けて、そして、はっきりと告げる。


「――狼花さんは、【犯人】じゃないです」

「はぁ!? そんなわけないでしょ!?」

「か、彼方ちゃん……?」


 場が騒めく。当たり前だ。

 それだけ、混乱をもたらす発言をした自覚はある。

 けれど――これ以上無意味に、狼花さんが責められることは耐えられなかった。


「んー、でもさぁ。暗号のメモのことだってあるよね? あれがある以上、ロウカスが【犯人】って疑うのは自然な流れじゃない?(。´・ω・)?」

「はっ? 暗号のメモ? 今はなんも関係ないだろうが」

「いーや、大ありだよ。カナタンはあーしに意味深なこと言ってくれたけど、カナタンだってわかってるよね? あの暗号のメモの意味(-ω-)/」

「……うん」


 それはおそらく、私がこの中で一番よくわかっている。


「は? 暗号のメモの……意味? 鍵の在りかだろ? あのワンダーが用意した、意地の悪い仕掛けに決まってる」

「うん。確かに、鍵のレシピって書いてあったよね(;'∀')」


 空澄ちゃんが、一枚のメモを取り出す。

 それは、あの暗号のメモの写しだった。

 ああ――そういえば、写してもらうのをすっかり忘れていた。タコ糸を調べるだけじゃなくて、倉庫には紙とペンを取りに行く用もあったのに。

 たぶん、機会を逸したと見て、空澄ちゃんが自分で用意したんだろう。


「じゃーん。実はこんなこともあろうかと、書き写しておいたのでしたー(*'ω'*) この文章に間違いがないっていうのは、見つけてくれたウイたんとカッコーが証明してくれるよね('ω')ノ」


 空澄ちゃんが、暗号の写しを香狐さんに渡す。


「……ええ。確かに、間違いはないと思うわ。私も完全に覚えているわけではないけれど」


 香狐さんは、写しの正確性を認めた。


「確かに頭のところに、鍵のレシピって書いてあるよね。あーしも最初は、鍵の在りかか、それとも作り方か、そんなことが書いてあるのかなー、って思ったけど。――ねえ、カナタン。カナタンはわかってるんだよね? このメモの意味( ̄д ̄)」

「……うん。そのメモは――」


 その、記された暗号は。希望の鍵は。


「――偽物、だよね」

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